現代日本で超能力に目覚めちゃった件について   作:二度見屋

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第24話

 銀行の事件が解決してから、数日が経過した。

 

 あの日、俺が部屋に入ってから再びドアを開けるまでの時間は、一分にも満たなかったはずだ。だが、その短い時間で俺が引き起こした「事象」は、倉田正樹という一人のベテラン刑事の価値観を根底から叩き壊すには十分すぎるものだったらしい。

 

 「魔法使いなのか?」

 

 そう問いかけてきた時の彼の顔を、俺は一生忘れないだろう。

 それは、長年追い続けてきた犯人の正体を突き止めた喜びでも、事件を解決した達成感でもなかった。もっと根源的な、自分の立っている地面が実は底なし沼だったと気づいた人間のような、愕然とした、救いようのない表情だった。

 

 俺が「その呼び方はやめてくれ」と言ったあと、倉田はそれ以上何も聞かなかった。

 何かを察したのか、あるいは理解することを脳が拒否したのか。彼は深い一礼を残し、逃げるように、あるいは祈るようにして、息子が待つ現場へと向かっていった。

 

 後日、彼は一度だけ俺のアパートを訪ねてきた。

 現職の刑事が持ってくるには不釣り合いな、有名メーカーの菓子折りを手に、彼は震える声で礼を言った。

 

 「……今回のことは、墓まで持っていく。君の秘密を誰かに話すような真似は、命に代えてもしない。……田中君、本当にありがとう」

 

 正直に言えば、現職の刑事に自分の正体を明かしてしまったことに、一片の悔いもないと言えば嘘になる。

 

 明日、彼の気が変わって警察組織に俺を売るかもしれない。あるいは、さらに大きな事件に俺を利用しようとするかもしれない。そんな不安がゼロになったわけではない。

 

 だが、それでも。

 倉田のその言葉で、俺の胸の中にあったそれらの冷めた感情は、少しだけ温かくなった。

 

 見ず知らずの他人のために力を使ったことで、一人の男の人生と、その父親の心が守られた。

 あの事件が映画やドラマなら、物語の結末としては百点満点だろう。

 

 

 

 それからの日常は、驚くほどいつも通りに流れていった。

 

 朝六時のアラーム。朝飯の焼き鮭の匂い。スーパーでの品出し作業。

 倉田さんは宣言通り、俺の前に現れることはなくなった。

 

 職場では、甘寺店長が「最近、駅前の事件のせいか客足が少し遠のいて困るよ」と零しながらも、元気に野菜の鮮度をチェックしている。

 俺はレジを打ちながら、時折、自分の手のひらを見つめる。

 

 俺はこの力を「日常」の一部として飼い慣らせているのだろうか。それとも、やっぱりいつか、この巨大な力に俺自身の日常が飲み込まれてしまうのだろうか。

 

 そんな哲学的な自問自答さえ、忙しいレジ打ちの最中には贅沢な暇潰しに思えた。

 

 俺はヒーローでも魔法使いでもない。ただの田中真也だ。

 

 しかし、銀行の事件から二週間が経った、ある日の昼下がり。

 その平穏は、一本の電話によって、木っ端微塵に砕け散った。

 

 「田中君、ちょっといいかな」

 

 バックヤードで在庫整理をしていた俺に、甘寺店長が険しい顔で近づいてきた。

 店長の手には、店の事務用電話の子機が握られている。

 

「今、事務所の方に連絡があってね。……君のお母さんが、事故にあって危篤らしいんだ」

 

 一瞬、店長が何を言っているのか理解できなかった。

 「母親」という単語。それが、俺の現在の生活とはあまりにもかけ離れた、遠い異世界の言葉のように感じられたからだ。

 

「……事故、ですか」

 

「ああ。病院からの連絡だ。すぐに来てほしいって。……田中君、顔色が悪いぞ。今日はもう上がっていいから、すぐに行きなさい」

 

 店長に背中を押されるようにして、俺はエプロンを脱ぎ捨て、店を飛び出した。

 

 駅へと向かう足が、自分でも驚くほど重い。

 

 俺の母親――田中律子。

 

 彼女は、敏腕の弁護士だった。

 

 父は元々体が弱く、俺が物心の着く前に病気で亡くなったと聞いている。女手一つで俺を育て上げた彼女は、常に「正解」を求める人だった。勉強、進路、就職。彼女が引いたレールの上を走っている間だけ、俺は「彼女の息子」として認められていた。

 

 大学卒業後、俺が就職に失敗し、メンタルを崩して実家に引きこもったとき、彼女が放った言葉を今でも鮮明に覚えている。

 

 『出ていって。私は穀潰しを息子とは呼ばないの』

 

 それ以来、俺たちは半ば縁を切るような形で疎遠になった。

 俺がこの街でフリーターとしてくすぶっていることも、彼女は「出来損ないの現実逃避」として軽蔑しているはずだ。

 

 たった一人の肉親だ。だが、彼女を好きになれるはずがなかった。

 俺という人間を、ありのままの「田中真也」としてではなく、自分のキャリアの「実績」の一つとしてしか見ていなかった母親。

 

 だが。

 胸の奥で、嫌なざわつきが止まらない。

 俺が就職に失敗したのは、自分の弱さゆえだと自覚している。大学まで育ててもらったのにも関わらず、彼女の期待に応えられなかった負い目もある。

 

 それか、疎遠になってからの数年間、俺は心のどこかで「いつか、普通に働いている姿を見せれば、少しは認めてくれるんじゃないか」という、子供じみた幻想を抱き続けていたのかもしれない。

 

 (今さら、なんだよ……)

 

 新幹線で一時間ほど移動し、駅から出る。こんな時だと言うのに、久しぶりに見る地元の景色が妙に懐かしく感じる。

 

 病院に向かう道中、風が俺の頬を冷たく撫でる。

 

 俺には「力」がある。

 怪我を無かったことにし、人間を一瞬で昏倒させられる、神にも等しい力が。

 

 もし、彼女の病が死に至るものだとしたら。

 俺は、彼女にその力を使うのだろうか。

 

 愛しているわけでもない。

 

 むしろ、恨んでいる部分の方が多いかもしれない。

 確かに血の繋がった母親だ。しかし、そうやって一言で言い表せられるほど、軽い関係ではない。

 

 それに今回は、言い訳が出来ないかもしれない。考えすぎかもしれないが、病院で「危篤」と判断されるような怪我人を治してしまったら、それを不思議がる人間は一人や二人ではない。倉田のように俺に「何かある」と勘付く人間がいるかもしれない。

 

 病院の白い巨塔が見えてくる。

 俺の日常を繋ぎ止めていた細い糸が、今、再び強い力で引き絞られようとしていた。

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