現代日本で超能力に目覚めちゃった件について   作:二度見屋

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エピローグ

 あの病院での出来事から、半年が過ぎた。

 

 母・律子は、医師たちが首を捻るほどの驚異的なスピードで回復を遂げた。一時は絶望的と言われた後遺症もほとんどなく、彼女は事故前と変わらぬ毒舌を引っ提げて、法曹界という戦場へと早々に復帰していった。

 

 俺といえば、相変わらずだ。

 スーパーでの勤務は、すっかり板についた。甘寺店長からは「君がいるとトラブルが起きても安心だよ」と(妙に意味深な)信頼を寄せられ、子供たちからは相変わらず「おっちゃん、魔法見せてよ」とせがまれる。

 

 そんな、平和で退屈で、愛おしい日常。

 それを揺るがす訪問者は、俺が休みでダラダラと過ごしていた、ある日の午後に現れた。

 

 ピンポーン、と無機質なチャイムが鳴る。

 

「はいはい……。どなたですか?」

 

 ドアを開けた瞬間、俺は思わず「うわっ」と声を漏らした。

 そこに立っていたのは、高級そうなスーツに身を包み、一点の曇りもないヒールを履きこなした、田中律子その人だった。

 

「……な、何だよ、母さん。いきなり」

 

「いきなりとは何よ。親が息子に会いに来るのが、そんなに不自然かしら?」

 

 彼女は俺の制止も聞かず、当たり前のように部屋に上がり込んできた。そして、開口一番に始まったのは、いつもの「ダメ出し」の嵐だった。

 

「相変わらず、薄暗い部屋ね。カーテンを洗ったのはいつ? この空気の淀みは、あなたの将来性の無さを象徴しているわ。それからその棚のホコリ。弁護士事務所なら、事務員を全員クビにしているレベルよ」

 

 彼女は指先で棚をなぞり、眉間にしわを寄せながら部屋の中を物色し始めた。

 

「自炊はしているの? 冷蔵庫の中は……何、この安物のドレッシングは。もっと添加物の少ない、質の高いものを選びなさい。食事の質が落ちれば、思考の質も落ちる。あなたがいつまでもフリーターから抜け出せないのは、こういう細部へのこだわりが欠けているからよ」

 

 俺はため息をつき、散らかった雑誌を片付けながら言い返した。

 

「……いいだろ。ここは俺の城なんだ。あんたの事務所じゃない。大体、退院してすぐに仕事に戻ったんだろ? 体を大事にしろよ」

 

「フン、余計なお世話よ。あなたみたいに割引のシールを張り替えるだけの仕事と違って、私は忙しいのよ。休んでる暇なんかないわ」

 

「貼り替えるだけじゃねえよ! ちゃんとチェックしてるんだよ!」

 

 三十分ほど、一方的な説教とダメ出しが続いた。

 彼女は一通り俺の生活をこき下ろすと、ようやく気が済んだのか、玄関へと向かった。

 

 俺はドアの取っ手を掴む彼女の背中を見ながら、心底うんざりした気分でいた。

 やっぱり、あの時助けたのは間違いだったかもしれない。こんなに元気になって説教されるなら、もう少し大人しく寝かせておけばよかった。

 

 だが、ドアを開ける寸前。

 律子は立ち止まり、背を向けたまま、ポツリと言った。

 

「……病院でのこと、礼を言うわ」

 

 一瞬、思考がフリーズした。

 

「……え?」

 

「あなたの近況報告、退屈だったけれど、あんなところで寝てるよりはマシだったわ」

 

 彼女はそれだけ言うと、一度も振り返ることなく、カツカツとヒールの音を響かせて去っていった。

 

 一人残された部屋で、俺は呆然と立ち尽くした。

 

 ……あいつ、意識があったのか?

 医学的には昏睡状態だったはずだ。まさか聞かれてるとは思ってなくてめちゃくちゃ色んなことを話してしまった気がする。

 

 (「退屈だった」……かよ)

 

 俺の独白を、彼女は全部聞いていたのだ。

 俺が超能力者であることも、日常を守るために戦ってきたことも。そして、憎みながらもどこかで彼女を求めていた、情けない本音まで。

 

 普通なら、もっと驚くとか、事情を問い詰めるとかするはずだ。

 なのに、彼女はそれには一切触れず、いつも通り俺の部屋のホコリを叱り、不摂生を咎めて帰っていった。

 

 その時、ふと気づいた。

 

 あの苛烈なダメ出しも、理不尽なまでの完璧主義も。

 彼女にとっては、あれが精一杯の「コミュニケーション」だったのではないか。

 

 期待しているからこそ、厳しい。

 気にかけているからこそ、否定する。

 

 あの苛烈な言葉も、彼女にとっては「まだ上に行けるはずだ」という、あまりにも不器用で、歪んだ愛情表現だったのかもしれない。

 俺がフリーターであることを受け入れないのは、彼女なりに俺の可能性を信じていたいという、最後の意地だったのかもしれない。

 

「……ハッ、ははは……」

 

 俺は思わず、その場で吹き出した。

 

「なんだよ、それ。……全然、変わってないじゃないか」

 

 俺と彼女の仲は、これからも最悪のままだろう。

 会えば喧嘩をし、互いに嫌味を言い合い、理解し合える日なんて一生来ないかもしれない。

 

 だが、それでいい。

 それが、田中律子と田中真也という、不器用な親子の「日常」なのだ。

 

 俺は再び、自分の手のひらを見つめた。

 神のような力があっても、結局、一人の母親のへそ曲がりな性格さえ治せない。

 

 「魔法使い」も、形無しだな。

 

 俺は窓を開け、淀んでいると言われた部屋の空気を入れ替えた。

 爽やかな風が吹き込み、掃除し忘れた棚のホコリを白く照らす。

 

 さて。

 晩飯は、母さんが「添加物だらけ」と切り捨てた、あの安物のドレッシングでサラダでも食べてやろう。

 

 明日からも、俺の退屈で最高な毎日は続いていく。




この作品はこれで本当に完結です。
ここまで付き合っていただいて本当にありがとうございます。
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