非日常を忘れるには、娯楽に頼るのが一番だ。
そう結論付けた俺は、検証という名の悪あがきを終えた後、久しぶりに身なりを整えて家を出た。
目的地は、電車で三十分ほどの距離にあるターミナル駅直結のシネコンだ。
普段の俺なら、五百円の追加料金をケチって配信サービスに来るのを待つところだが、今はどうしても「強制的に日常の風景に没入させてくれる場所」が必要だった。
駅のホームに立ち、電車を待つ。
平日の昼下がり、ホームには主婦層や、俺と同じような、あるいは俺以上に所在なげな風体の男たちが数人いるだけだ。
ふと、線路を見つめる。
もし今、この線路に念力を広げたら、数キロ先から向かってくる電車の微かな振動を捉えることができるのだろうか。
「……いや、考えない。考えない」
俺は慌てて首を振り、ポケットの中でスマートフォンを握りしめた。
一度「ピースが嵌まって」しまった俺の脳は、無意識のうちに周囲の事象を念力的な解釈で捉えようとする。それは、長年使っていなかった筋肉の動かし方を思い出し、つい力が入ってしまうのに似ていた。
到着した電車に乗り込み、車窓を流れる景色をぼんやりと眺める。
どこまでも続く住宅街、無数に張り巡らされた電線、せわしなく動く車。
この何万、何十万という人々の中に、俺と同じような「ピースが嵌まった」人間はいるのだろうか。
いたら、どうしているのだろうか。
俺と同じように怯えているのか、それとももっと賢く、あるいはもっと大胆に、世界を裏側から動かしているのだろうか。
「……まあ、いないよな」
俺は自嘲気味に呟いた。
もしいたら、今頃この現代日本はもっとこう、物理法則が乱れ飛ぶファンタジーな修羅場になっているはずだ。現状、ニュースを騒がせているのは政治の不祥事か、芸能人の不倫か、どこかの国の紛争ばかり。
超能力者が一人で世界を変えたなんて話は、どこにも落ちていない。
駅に到着し、シネコンの自動券売機でチケットを買う。
観る映画は、最近ネットの広告でよく見かけていたSF洋画『マインド・パルス:覚醒の時』。
タイトルの不吉さには薄々気づいていたが、予告編ではド派手な爆発と最新のCGIが売りだと言っていた。脳を空っぽにして、派手な映像を眺めていれば、俺のつまらない悩みなんて吹き飛ぶに違いない。
売店で、一人で食い切るには多すぎるほどのキャラメルポップコーンと、Lサイズのコーラを買った。
暗いシアターの、後ろから数えたほうが早い中央の席。
ブザーが鳴り、照明が落ちる。
映画の冒頭、物語は平凡な学生が不慮の事故をきっかけに、強力なテレキネシスに目覚めるところから始まった。
(お、いきなりだな……)
ポップコーンを頬張りながら、俺はスクリーンを注視した。
主人公の少年は、いじめっ子に絡まれている最中、激昂と共に周囲のロッカーをベコベコに凹ませ、消火器を爆発させる。
映画館のサラウンドシステムが、凄まじい破壊音を響かせる。
――だが。
「(……いや、おかしいだろ)」
真面目な顔でスクリーンを見つめる観客の中で、俺だけが違和感に眉をひそめた。
劇中の主人公は、顔を真っ赤にして叫び、こめかみに血管を浮き上がらせて、ようやくロッカーを一つ曲げている。
だが、俺の知っている「それ」は違う。
あの力を出すのに、力みなんて必要ないのだ。
もっと、こう、呼吸をするように。
「あそこに置いてあるものを、持てると認識する」だけで、物理現象は勝手についてくる。
映画の演出なのは分かっている。そのほうが「超能力を使っている感」が出て、観客も盛り上がるのだろう。
物語は進み、主人公は謎の秘密組織に追われ始める。
黒塗りの車が何台も連なり、重武装の部隊が少年の家を包囲する。
俺の心拍数が、わずかに上がった。
これは娯楽だ。フィクションだ。
そう分かっているのに、スクリーンの中の「見つかってしまった能力者」の末路が、他人事とは思えない。
主人公は恋人を守るために、追っ手の車を念力で次々とひっくり返し、アスファルトを捲り上げて壁を作る。
観客席からは、小さな感嘆の溜息が漏れている。
しかし、俺の頭の中は冷静というより、もはや冷え切っていた。
(あんな派手に暴れたら、もう終わりじゃん……。防犯カメラ、衛星写真、SNSのライブ配信……今の時代、隠し通すのは不可能だ。その恋人も、親も、親戚も、全員一生マークされるぞ。一生だぞ)
映画の後半。ついに現れた悪役もまた、超能力者だった。
彼は冷酷に語る。「この力を持つ我々こそが、愚かな人類を導く神なのだ」と。
そして始まる、超能力者同士の空中戦。
ビルがなぎ倒され、トラックが弾丸のように飛び交い、火花が散る。
俺は手元のポップコーンを口に運ぶのを止めていた。
喉が、カラカラに乾いている。
(……神? 導く? バカか。超能力が使えるからってなんでそんな事しなくちゃいけないんだ。あんな風にビルをなぎ倒す?なんでそんなことしなくちゃならない。それにビルの所有権はどうなる。賠償金はどうするんだ。あんな派手に壊したら、一生タダ働きしても返せない……)
全く物語に集中できない。
目の前で繰り広げられているのは、俺が手に入れてしまった「不条理」を、極彩色で塗りつぶした悪夢のような光景だった。
映画のラスト。
主人公は満身創痍になりながらも、愛の力と友情の力で悪役を倒す。
朝日が昇る中、ボロボロになった街を背景に、彼は空を見上げて微笑む。
「僕はこの力で、みんなを守っていく」的なモノローグ。
「…………二度と超能力物なんて見るか」
俺は暗闇の中で頭を抱えた。
ハッピーエンド? 冗談じゃない。
彼を待っているのは、明日からの政府による強制的な管理、あるいは「いつまた暴走するか」と怯える民衆の白い目、そして、二度と戻らない「平凡な男」としての日常への渇望だろう。
エンドロールが流れ始め、シアターに明かりが灯る。
周囲の観客は「すごかったねー」「最後感動しちゃった」と口々に感想を言いながら、満足げな顔で席を立っていく。
俺だけが、飲みかけのコーラを手に、幽霊のような足取りでシアターを後にした。
ロビーの鏡に映った自分の顔は、映画を観る前よりもずっとやつれ、死んだ魚のような目がさらに濁っていた。
「……絶対に、バレるわけにはいかない」
改めて、骨の髄まで、その思いが染み渡った。
もし、俺があのスクリーンの主人公のように、ちょっとした義憤や、あるいはスケベ心から能力を使ってしまったら。
そこから待っているのは、あの派手な空中戦ではなく、もっとじわじわと、しかし確実に人生が解体されていく、逃げ場のない地獄だ。
覗き? 国家機密?
できるだろう。何でもできるだろう。
だが、それを一度でも行えば、俺は「あっち側」の人間になってしまう。
平和で、退屈で、時給1050円で不満を言っていられる、この素晴らしい「こっち側」の世界には、二度と戻ってこられない。
駅への帰り道、わざと歩道橋の雑踏の中を歩いた。
誰かと肩がぶつかりそうになり、舌打ちをされる。
その、どうしようもなく不愉快で、ありふれた日常の摩擦が、今の俺にはたまらなく愛おしかった。
「おっと……すみません」
丁寧に頭を下げる。
俺はただの田中真也だ。
昨日も、今日も、そして明日からも。
……そう。
この俺が念じるだけで何でも出来るなんて、誰にも悟らせてはならない。
俺は決意を新たにし、夕食に半額の惣菜を買うために、いつものスーパーへと向かった。
そこには映画のような物語はないが、俺が守らなければならない、偽りの平穏があった。