現代日本で超能力に目覚めちゃった件について   作:二度見屋

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誤爆してることに気づいたので1度消して上げ直してます。展開などには大した変更はありません。


第8話

 三十年もデカをやっていれば、世の中には「説明のつかないこと」が多々あることくらいは理解している。

 だが、それはあくまで人間のどろどろとした感情の機微であったり、偶然が重なりすぎた不幸な巡り合わせであったりする。決して、物理法則そのものがへし曲げられるような話ではない。

 

「……で、ガイシャ(被害者)に怪我はないんだな?」

 俺――県警捜査一課の警部補、倉田正樹は、灰皿代わりの空き缶に吸い殻を押し込みながら、目の前の若手に問いかけた。

 現場は住宅街の端にある、薄暗い二階建ての一軒家だ。誘拐されていた小学四年生の少女、美咲ちゃんは昨夜保護された。病院での検査結果も、幸いなことに目立った外傷はないということだった。

「はい。外傷も、乱暴された形跡もありません。ただ、犯人の男の供述が要領を得なくて……」

 

 若手の刑事が、手元のメモを見ながら眉をひそめる。

「男はすでに意識を取り戻していますが、確保された瞬間のことを『覚えていない』と言い張っています。急に意識が遠のいて、気づいたら警察に囲まれていた、と。薬物反応も出ませんでした」

 俺は一軒家の二階、犯行現場となった部屋に足を踏み入れた。

 鑑識課員が床に這いつくばり、微細な証拠を集めている。一見すれば、どこにでもある誘拐事件の潜伏先だ。だが、何かが決定的に欠けている。

「倉田さん、ここなんですが」

 

 鑑識の主任が、犯人が倒れていた位置を指差した。

「犯人の男、外傷らしい外傷が一切ないんです。スタンガンで焼かれた痕も、絞められた痕もない。それなのに、あいつはまるで糸の切れた人形みたいにその場に崩れていた。少女の話では『急に倒れた』とだけ。まるで脳が直接シャットダウンしたような……そんな落ち方です」

 俺は腕を組み、現場を冷めた目で見つめた。

 この事件は、入り口からしておかしかった。

 

 まず、通報だ。

 通信指令室に入った110番通報は、現場から数キロ離れた公衆電話からだった。録音された音声は、まるで機械が喋っているような不自然な響きだったという。

 さらに不気味なのは、その公衆電話の受話器を調べた結果、指紋も、通報に使用された形跡(ボタンの指紋や残留物)も、何一つ検出されなかったことだ。おそらく直近数年間は誰にも使われてなかったんだろう。誰も触れずに通報だけが行われた。そんな手品のようなことが現実に起こっている。

「聞き込みの方はどうだ。少女の友人たちだったか」

「はい。昨日美咲ちゃんと遊ぶ約束をしていた子供たちから、まずは軽く話を聞いただけですが」

 

 部下が手帳を閉じる。

「親御さんたちも気が立っていますし、子供たちもショックを受けているので詳細はこれからですが、変なことを言う子が一人いまして。『魔法使いのおっちゃんに相談したから大丈夫』って。昨日の夕方、道端で相談したんだそうです」

「魔法使い?」

「ええ。この辺りに住んでいる誰かのあだ名でしょうが、今のところ心当たりはありません。その『おっちゃん』が誰なのか、そもそも実在するのかも含めて、明日から地道に洗い出す予定です」

 俺は鼻を鳴らした。

 子供の妄想と言って切り捨てるのは簡単だ。だが、その「おっちゃん」と呼ばれる人物が、もし事件の居場所を知り得る立場にいたとしたら。

 

 駆けつけた警察官によれば、この家には鍵がかかっていたらしい。明かりは着いているのに反応がないことを不審に思った警官が、鍵のかかった窓を割るまでここは密室だった。犯人の男と少女以外、ここには誰も出入りしていない。だが警官がカッターで切るまで、彼女は結束バンドで縛られたままだった。犯人だけが、不可解な力で排除されている。

 犯人には痣一つ残っていない。抵抗した形跡も、組み合った痕跡もない。

 

 もし。

 もし、子供が口にした「魔法使い」という単語が、単なるごっこ遊びの延長ではないのだとしたら。

 そいつは、ここから数キロ離れた公衆電話を、指一本触れずに操作し。

 壁を通り越して、犯人の意識だけを的確に奪い、無力化させた。

 そんな荒唐無稽な想像が、ベテラン刑事としての俺の頭をよぎる。

 

 あり得ない。そんなことは、この現実社会では起こり得ない。

「……倉田警部補、どうしますか? 男の身辺調査と並行して、その『おっちゃん』の特定を急ぎますか?」

 部下の問いに、俺はすぐには答えなかった。

 

 もし「誰か」が意図的に情報を流し、かつこの事件に干渉したのだとしたら、なぜ名乗り出ない?

 

 普通、人は手柄を立てれば認めてもらいたいものだ。正義の味方を気取って名乗り出るか、少なくとも「見ていました」と証言に来るのが一般的だ。

 それが全く姿を見せず、通報手段すら痕跡を消している。

 

 そいつが恐れているのは警察か、それとも――「自分の力」が世に知られることか。

「……焦るな。まずは基本通りに行け。犯人の男の交友関係、ここ数日の足取り。それから、子供たちの言う『おっちゃん』が実在の人物か、近所の不審者リストに該当がないか当たれ。……一日二日で答えが出るほど、甘い事件じゃなさそうだ」

 俺は空き缶に最後の煙を吐き出した。

 

 現場には、鑑識のフラッシュが相変わらず、無機質な証拠だけを白く照らし続けていた。

 何一つ不自然な点がないことが、かえって不自然に思えてくる。

 

 三十年前から、この仕事をやってきた。

 人間の悪意は飽きるほど見てきたが、こんな「透明な善意」のような気味の悪い介入は初めてだ。

「……面白いな。魔法使い、か」

 倉田は自嘲気味に笑い、冷え切った現場を後にした。

 

 まだ、俺たちは何も掴んでいない。

 あの時、畳の上で孤独な戦いを終え、今はどこかで履歴書を抱えて震えているかもしれない、一人の青年の存在など――。

 この時の俺は、露ほども疑っていなかった。

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