サイキョーと無敵しかいないドラゴンのお食事屋さん 作:ナツコソビオレ
それは、とびっきりの禁呪。
人が、それをもしも目の当たりにしたとしたら、きっとそう言うことだろう。
……まぁ、それを知りえること自体が禁忌に触れる知識を求めた悪事になるだろうし、目の当たりにしたとしたらその生き物は生きているはずがないので、その仮定はあまりに無茶ともいわれるだろうが。
着物を着た怪物の唱えたそれは、そういうシロモノ。
この世界どころか異界の干渉にもていしょくした、とびっきりの禁呪であり、生命そのものを冒涜し、侮辱すると言われた、命を意のままに操ろうとする呪文。
ためらいもなく、それは使用された。
「これはこれで不快ではあるのですが」
ギンと彼女たちに言われた存在が、ぼそりと言ったのが、この場の沈黙を最初に破った音であった。
『……どうした…ことだ!?』
使った側も、そこに続くようにうめくような声を上げる。
周囲に、先ほどこのローブの怪物を応援するような声もあったのだが、今はしない。
おそらくだが、こいつの呪文の余波で死んだのだろう。
もしくは、呪文が対象を見つけられず暴走でもしたのか。
「思った通りにならないのは顔見たらわかるからさ、色々説明してくれないもんかなぁ、きみ」
緊張感のない声がそこに、無用のいら立ちを添えてくれる。
メラ美だ。
命と魂をもてあそぶ呪法。
それは見た目に派手でもなければ、周囲の物体がしこたま荒れたり壊れたりするものではないらしい。
だから、見た目には何も変わらないままにも見えるのだ。
より遠くでは、バタバタと死体が増えていたりするんだが。
メラ美たちとローブ姿の怪物…そのお互いに、今はそれは目に入っていないようである。
「いろんな生物をかき集めて、ヒトのいるところで暴れさせたかったのかな…というのはちょっとわかってきたんだよ、あたしたち」
「…これを見て、ちょっとパフォーマンスしたくて癇癪起こしたくらいの感想なんですね…」
メラ美の物言いに対して、先ほどまで殺戮の限りをつくしていたフォルセティが、むしろ引くような言葉。
「でもね、私たちが知りたいのは状況や経緯じゃない、結果と感情だけでいいんだ」
『何がむしろ言いたいのだッ!!』
「おや、ちょっと前向きに話聞いてくれるきもちになってくれたのかな?」
「…そんな態度につながる話、オマエしたのか?」
毒子も、メラ美の能天気っぽい空気にさすがにモノが言いたくなってくるようだ。
飄々と、圧倒的な死体とガレキに囲まれたこの地獄でしかなくなった村で、ひとりワイワイと明るい顔で説明聴かせてくれと問いかけ続ける存在、メラ美。
恨みであれ敵意であれ、感情というものをその身に受けることに意味があるのだという主張を繰り返し、それの生き死にに対しては欠片も感情を表さない。
結局コイツが、感情がありそうで一番異常なのだ。
それを傍から見たものが大体みんな…。
敵も味方もわかっている。
それがメラ美だ。
「やっぱり古代龍の子孫で君が生まれるって言うのは無理があると思うんだよね、私たちとしてはさぁ…それと、その話が今の、この村の状況に何か関わっているのか、こっちとしては気になるところだよねぇ」
『…度重ねて侮辱をしてくる貴様こそ、いったいなんだッ!!』
「…まぁ、自分の信じていた信念みたいなものをすべて否定して来たら、そういいたくなるのかもしれんな」
「ギン様は、そういうときにばっかり理解したようなことを言ってくる」
不意な反応がそこそこメラ美に効く。
「何度も言うけど、私たちの存在が近寄ってくる時点で気が付いておくべきだよ」
『言葉が通じていないのか!!!』
「そして、私たちが存在であるように見えた時点で…お前は大きく持ち得ていないものがあると、自覚しなくては、いけなかった」
『…存……在…?』
おおよそ、何を言われているのかわからなかった。
誰にとってもそうだろう。
彼女たち以外、おそらく誰も、である。
「お前たちが伝承上の、古代龍であるとか、始祖皇龍だとか、そういった呼称で呼んでいるのは、そいつらは全て現存するものでも、存在しているものでもなく、いつでも認識の中で確認だけをされ続ける存在のようなもの……つまり存在ではなく現象なのだと、私たちは認識してるんだね」
『居ないのだと言っているのか…お前たちは、我々の祖先をいないと言うつもりなのか』
「そうじゃないよ」
一息つく。
「私たちは、この世界の中で物質としても形としてもそこに『在った』ことはないものたちだってことで、そんなものが子孫を残したりはしないし、出来ないって言ってるのさ」
『…私たちと、なぜ今、言う!?』
もっともの疑問だ。
それはそう。
当然だ。
「つまりだ、私たちは存在ではない、現象だ」
「古龍と呼ばれるものたちは、すべてそこに在ることが認識できるだけの現象にすぎないものだって、今更だけどメラ美ちゃんは説明したいんだってよ」
そういうこと、らしい。
だが、ことさらそれを、私たちと言っている。
それはつまり。
『お前たちが…』
「私たちは認識の中の歪みでおそらくこの時代、または世界に落ちてきたような現象たち…なんだと思うよ、正しくはないだろうけどね」
「ただ、生き物でもないから私たちは他人を見るための感覚も、生き物が持つべき感覚も何も持ち合わせることが出来なくってね、存在としては極めて哀れな出来損ないだよ」
「…自分で言うかなあ」
彼女たちの間でも、様々な価値観は一応あるようだ。
ただ、共通の意識として確定済みではあるらしい。
彼女たち…いや、古龍たちが、「存在」ではなく「現象」であることは。
「……まぁ、それをふまえてだ…子孫がどうしたを抜きにして、視点を変えてみたら、私たちはもうちょっと、話できるんじゃないかという…」
身内から、自分たちが哀れだの言う言葉が出てくるのにちょっと戸惑いはあったが…。
なんとか、まとめて相手との会話を成立させようと、その程度はメラ美にも目的意識がある。
どうせなら、ここまで来た以上何が起きてこの村の破滅があったのかくらい、知れるなら知っておきたいのだ。
下手に出る気はないが、ちゃんとねじれを解けば会話できる仲にはなるかもしれない。
そういう考え。
『しかし、お前らの作り話を、我が一から十まで間に受けると思ってでもいるのか!?』
「おいおい」
いや、そんなもんだ。
最初から怒らせることしかしていない、印象で最悪な相手がいかに正しく道筋を立てて会話したとしても…。
『時間稼ぎをして、何か別の助けがあるかを探っているのだとしたらッ!! 無駄なことだ!』
思ったより、何を話しても無駄と言う空気が相手からする。
『見るがいい、お前たちがここにいる元の「ヒト」を助けに来たのなら、もうこれが全てだよ!』
怪物が言うと同時に、遠吠えのような音を出し吠える。
それに合わせるように、奥から、何か生き残りが出てくる気配があった。
それは、怪物の手下らしい肉体労働担当のような生き物。
数人で固まって出てきた、それの肩には、別の生き物がちらりと見えた。
それは、おそらくは住人達。
そいつらの遊び道具として、腕が無かったり足が無かったり、それがもはや生きているのか判別もしづらい生物のような何か。
それを、自慢げに抱えたやつらが登場する。
「えーと…流れが読めないなあ、龍の子孫から、どうしてそうなってんだ?」
『こんな物でもお前たちは返してほしくてここに来たのではないのか?』
会話する気はない、と?
『余計な話などいらぬのだ、お前たちは我々の目的のために…』
「それ見せて、お前たちは、私たちが泣いたり笑ったりすると思っている…という認識でいいのかなぁ?」
少し、そのときメラ美が首を鳴らすような仕草をした。
それを見た彼女たちは、少しだけはっとした表情を見せた…気が、した。
そのまま、さっと、集まる様子を見せる。
「つまりお前らは、私たちを歯牙にもかけないというアピールをしたという意味で受け取るぞ、私」
『貴様たちはもう逃げ場などない、我々に潰されるだけの存在だと、わからせてやろうというのだ!』
「…悪いけどね、さすがに私の意図から外れすぎると、カッとしちゃうんだよ…」
「だめだ!! ギン様、シールド!」
その言葉が聞こえたかどうか、それは瞬間的な出来事だった。
メラ美。
種族名 プロミネンスフレアドラゴン。
この竜は、存在するだけで表皮が最低でも二千度を下回ることがなく、感情によって優に八千度を超える熱を発生させ続ける。
噴き出す火炎は50万度を超えるとも言われているが、それを確認できたものは歴史上で存在しない。
なぜなら、その龍がいるだけで周囲が過熱された熱風で周囲の空気は生き物が生存できる温度ではなくなり、常に数千度の空気と熱風、地面は全て溶け崩れた溶岩と化していることで存在しているらしいこと以外を計測できないからである。
さらに、この熱はこの竜が存在しているだけで確定で100キロ前後の範囲をドーム状に満たし、熱が一切距離によっての減衰を起こさない。
まさに、抗いようがない厄災であった。
相手の態度に軽く部ちぎれたメラ美は、何の躊躇もなくそのドラゴンの姿を顕現させたのである。
つまり。
周辺百キロに及ぶ範囲で、山だろうが野原だろうが、すべての存在は焼き払われ…。
村とその周囲全ては…。
壊滅した。