「始まりはね、十五年ほど前。私が二十六歳くらいの時だった」
三人と三機が唖然とする中、灰沢は言葉をつぐむ。仮面越しには見えないが、その声はどこか悲しげであった。
「私は警察官ではあったけれど平凡な男だった。それでも高校の頃から付き合っていた妻との間にもできた娘がいて、幸せな生活をしていた。慎ましいけれど、本当に幸せだった。でもあっけなくその日常は、いとも簡単に踏みにじられた」
言葉に怒気が込められた。
「ある日、私が家に帰ったら妻と娘は殺されていた。そして犯人はまだいた。獣のような姿をしているのに、鋼鉄製の外皮をまとっていた」
それがエヴォルダー装着者だったというのは全員が想像するに難くなかった。
しかしそれを知らなかった当時の灰沢は怒りに任せ、無策で無謀に飛びかかった。
全力の拳はその固さに呆気なく皮膚が破れ、灰沢の骨にヒビをいれた。
そしていともたやすく灰沢は小蝿を払われるかのように、無造作にふるわれた一撃で呆気なく吹き飛ばされた。
壁を突き破り、全身の骨が多大な損傷を受けた。
立ち上がろうとしても、気力だけでは起き上がれないほどの痛み。指をまともに動かすことすら困難だった。
「そして犯人は逃走、私は近隣住民が警察と救急車を呼んでくれたおかげで一命をとりとめた」
「……それだけ聞くとなんで灰沢さんが戦麗華なんて結成したのかわかんないんだけど」
一姫の疑問はもっともである。
ここまでの話では灰沢がエヴォルダー犯罪を憎むことはあっても、犯罪組織を作り上げることはない。
「そう急かすなよ。まぁ、そこから入院先でエヴォルダーの存在を知って、それから妻と娘の葬式をして警察から管理局に出向したわけさ。でもね……どこに行っても腐った人間っていうのはいるものさ」
『まぁ、早い話志郎の仇はこの管理局の人間というわけさ』
補完するようにエグゼが一言添える。
「そう。私が管理局に入って数年経っても犯人の足取りはわからなかった。けれどね、独自で調査を続けたらこの管理局の支部長、つまりは所長が『俺』の仇と通じていることがわかった」
灰沢の一人称が、変わった。
けれどもこれでもまだ戦麗華を作る理由を見出せない、と一姫は考える。
灰沢は有能な人間であり、また人望もある。この管理局の支部長程度ならば証拠を掴んでさらに上位の人間に告発し、芋づる式に犯人も捕まえることができたはずだ。
そんな考えを見透かすように灰沢は続けた。
「たとえ証拠があったとしても、さらに上に繋がりがある場合握り潰される。実際、俺の世話をしてくれた当時の先輩も証拠ごと『潰された』。参ったよね、仮にも治安を守る側の俺たちが悪人の加担をしている上、それを告発しようとしてもなかったことにされる」
絶望と憎しみ、それらを一緒くたにした声は深い闇を背負っていた。
「どうすればいい、どうすれば復讐を果たせるか。そう考えていた時だった」
助けて、とか細い声だった。それを聞いた灰沢は声が聞こえる方向へ走り出した。
そこで見つけ出したのがエグゼであった。素人目ながらかなり弱っていた。
「俺はそうしてエグゼと出会った。奇しくも俺がエヴォルダーとの適性があるとわかったのはこの時だったわけだね」
『私は志郎に助けられた。そして彼の話を聞いて、彼を手助けすることを決めた』
そこからは非常にやることは簡単だった、と灰沢は言う。
「証拠はまた集め直す。エグゼとの戦闘力を高めるために自分を鍛えること、そして仲間を集めることを主目的にした」
「それは管理局は脅威にならないってわけね」
「そういうこと。俺が管理局に残っていれば情報もリークし放題だ。そして子飼の装着者を雇えば、ほら簡単に足切りの戦力の出来上がりだ。まぁ一部は調子に乗ってたのもいたけどそこは俺がちょいとお灸を据えればいいだけだ」
全部が全部掌の上というわけではないけど、と付け加える。
「実際問題既存の武装ではエヴォルダー装着者に効果は薄い。そこで管理局にも合体者が必要だった。それもなるべく強い、ね。そこで目を付けたのは君だったんだよ都宮くん」
「私……?」
「そう。戦麗華の仲間に調べてもらって管理局についてくれそうな人間を探していた。君は家を出て生活に困っていただろ? しかもけしかけた合体者を簡単にあしらった」
一姫の脳裏に灰沢と出会った時のことが映る。
確かに当時一般人を襲おうとしていたカマキリ型のエヴォルダーと交戦し、撃退した後に灰沢がやってきてそのままスカウトを受けた。
「実際管理局に君がやってきてくれたおかげで戦麗華と関係ないエヴォルダー事件はどうとでもなった。君は間違いなく天賦の才に恵まれていた」
そのことは今まで見てきた中で間違いないという灰沢には確信があった。
「唯一の欠点と言えば相棒との適合率が比較的低いことだったが、それを補って余りあるほどの強さだった。誇っていい。それにエグゼ以外のエヴォルダーのデータも増えるのはいいことだった。他にも語ることはあるけど……結果としてゼロという人工のエヴォルダーを生み出せるまでに至った。ああ、君たちには感謝しかないとも!」
本心でこれを言っていると一姫とシンザンは理解した。
今までいいように利用されていたことに気づかなかったことに憤った。
しかしまだ疑問はあった。
『ねぇ、どうして剣くんだったの』
『それはさっき彼にも説明したんだが……ま、花奏くんのお眼鏡にかなった人間だったからだ。いやそして実に彼は面白い。本当に無力であったというのに、短期間でかなりの成長を見せている! よもやよもやだ!』
「エグゼ、少しボリューム下げてくれ。耳に響く」
『ああ、いやすまない。だが花奏くんとしては嬉しくなかったかもだが』
「かもね。だけど彼女が所属してくれたおかげで俺たちはこうやって目的を達することもできた。やはりあの男を殺したのは正解だったようだ」
「あの男って……」
『灰沢さんの奥さんと娘さんを殺した犯人?』
「そうともそうとも。彼女と出会ったのもその男に殺されかけていた時だった。そしてもう一人の仇にも制裁は与えた。機密データを命大事さに俺に所長権限でしか手に入れられない機密データを俺に渡し、汚職の証拠を、全て……ようやく上に暴露できた。そして俺と言う人間の離反、謀反。どう足掻いても奴は終わりさ」
灰沢は冷めた笑みを浮かべる。
確かに内部の有能な人間が謀反を起こしたことを許し、加えて汚職が全て暴露されて仕舞えば社会的に抹殺したも同然だ。
「さて、長話はこれくらいでいいかな。紅くんを連れて帰らせてもらうよ。安心しなさい、君と剣くんは殺さないから。ただしばらくは立ち上がれないように、足の健くらいは切らせてもらう」
西洋剣を持ち、灰沢は切っ先を一姫にむけた。