3
地球圏全体を不穏な雰囲気が支配していた。
はるか以前より地球連邦政府とジオン公国の折り合いが悪かったが、ここ数年で仲の悪さがより顕著に現れていた。
地球連邦のジオン公国に対する経済制裁が強化されるたびに、ジオン公国は周囲に見せつけるように軍備拡大を進めていた。
U.C.0078年現在、地球圏に存在するサイド1からサイド7までのコロニー群の中でジオン公国と名を変えたサイド3は他サイドよりもあらゆる面で頭一つ抜けている。
コロニーの数が他サイドよりも多い上に衛星資源も豊富、工業基盤も盤石、ジオン公国は自国に所属するコロニーだけで自給自足できる、とコロニー開発の専門家の多くから太鼓判を押されるくらいには地球から独立できる地力を持っていた。
ジオン公国に触発された他サイドもジオン公国には及ばさないにせよ、次第に経済力をつけるようになっており、U.C.100年代には地球に頼らずともコロニーだけで経済圏を築くことが可能になり、地球連邦から自治権を得られるくらいの政治力を持てるようになるという見方も存在し、確かな説得力を持つようになっていた。
ジオン共和国初代首相のジオン・ズム・ダイクンが目指した政策の1つである『地球連邦から独立したスペースノイドによる国家』というのは決して非現実的な話ではなく、十分に地に足がついた話でもあった。
ただし、自身が提唱した思想が地に足が付かないにままにジオン・ズム・ダイクンはこの世を去っていた。
ジオン・ズム・ダイクンがジオン共和国の首相に選ばれたのは政治家としての優秀さもあるが、それ以上に彼が提唱した『ジオニズム』という思想がサイド3の有権者と地球連邦の圧政に苦しむ一部のスペースノイドに強い共感を与えたからであった。
ジオニズムはスペースノイドによる自治権獲得、独立国家の建国を目指すコントリズムと全人類の宇宙移民化による地球環境の回復を行うエレズムを組み合わせた思想だが、ジオニズムにはアースノイドとスペースノイドの目を引くような主張が存在する。
人類の宇宙進出に合わせて宇宙に進化した新たな人類が現れることを予言する『ニュータイプ』思想である。
地球で生まれた生き物である人間にとってはあまりに厳しい環境である宇宙空間に揉まれたスペースノイドから新人類が生まれるというのが、ジオン・ズム・ダイクンの主張であった。
「私は思想家としての貴方のことは嫌いです。ですが、近い将来、この場にいらっしゃる皆さんの子供たちの髪の毛が白くなる頃までにはスペースノイドが地球から独立して生きていける、という貴方のジオニズムは正しいと考えています」
ジオン・ズム・ダイクンは首相になる以前は地球連邦議会の議員であった。
議員時代のジオン・ズム・ダイクンはその思想を巡って多くの論敵が存在したが、彼の主張するジオニズムの在り方については敵対相手からもある程度の理解は得られていた。
「しかし、ニュータイプとは何です?宇宙に上がったからと行って人間がスーパーマンになれるとでも思っているのですか?」
「貴方は以前、スペースノイドからニュータイプが生まれることを第3のルネッサンスであると語っていましたが、それはスペースノイドのための選民思想的な考え方ではないか?」
「我々ヒトはメンデルの遺伝法則の発見が行われた時代から極端な進化はしていない。ルナ・チタニウム合金は月の環境下でしか作れない合金だ。
それと同じように宇宙だからこそ地球ではありえないようなヒトの進化があると貴方が考えるのは自然かもしれない。しかし、それは優生思想に片足を突っ込んだ考え方だ」
「今は宇宙世紀0050年、西暦換算なら今年は西暦2000年だ。フランシス・ゴルトンが生きていた19世紀から1世紀近く経っているのだぞ。20世紀も終わるような時代に優生思想を復活させるつもりか?」
「ダイクン、君も連邦議会の一員ならメタルギア改Dのことは知っているだろう。
あのマッドナー博士が開発した核搭載二足歩行型戦車だ。
去年のザンジバーランドの一件で破壊されたみたいだが、あれは核兵器を運用できるからその存在価値があった。それが無ければ何のタクティカルアドバンテージもない。
マッドナー博士には悪いが、私は戦車に脚をつけるなど合理性のない愚かさの極みだと思っている。
メタルギアは異常現象だ。
君の主張するニュータイプとやらはメタルギアと大差ないぞ」
「彼はああ言っているが、皆が君の考えを頭ごなしに否定しているわけじゃない。だからこそ君の中にあるニュータイプの定義を我々に授けてほしい」
コントリズムとエレズムを統合した思想は理解は得られど、ニュータイプ思想というのは多くの論敵から指摘されることが多かった。
悪意のある論敵こそいるものの、ダイクンの語るニュータイプ思想においてその意味を問う者は多かった。
だが、ジオン・ズム・ダイクンはその問いにまともに答えることなく、彼はサイド3へと移住してしまう。
論敵たちが指摘していたニュータイプ思想はジオン・ズム・ダイクンの暗殺後、公王制へ移行したジオン公国の公王、デギン・ソド・ザビとその一族によってスペースノイドがアースノイドに対する優位性の1つとして利用されていくことになってしまった。
更にニュータイプ思想はジオン公国軍総帥の地位に就いたデギンの長男、ギレン・ザビによって歪められた形で利用されてしまう。
「ジオン国民は選ばれた優良人種である」
そう唱えるギレンの号令により、ジオン公国軍はかねてより計画されていた地球連邦への独立戦争に向けて準備が進められていく。
4
『ごめんなさい、アマテ。今日も仕事で帰りが遅くなっちゃう。冷蔵庫にご飯を入れているから朝ごはんはそれを食べて。…クリスマスプレゼントは今度渡すわ』
子供用端末の留守番電話を聞いた後、マチュは端末はリビングテーブルの上に乱暴に置いた。
母親のタマキ・ユズリハは会計監査局の仕事、父親のイザギ・ユズリハは外交官の仕事でクリスマスイブには帰ってこなかった。
両親が帰ってこれないやむを得ない理由というのを11歳のマチュはある程度理解はしていた。
テレビでは年末番組が放送しつつもジオン軍が戦争を始める噂が流れており、一部のコロニーでは地球連邦軍の退役軍人による自主的な訓練が行われているらしいし、イズマ・コロニーではシェルターの場所の把握と端末で緊急速報を受信できる設定をするように呼びかけている。
会計監査局と外交官がどういった仕事をしているのかマチュはよく分からないが、世の中がこんな状態なら忙しくても仕方がないのだろう。
事情は分かるが、それでもマチュは「あの時」までは寂しくて仕方なかった。
冷蔵庫に入れていたクリスマスケーキを食べる気力すらなく、自室のベッドで不貞寝をした時、「あの時」がきたのだ。
「ふふ…」
冬休み期間中のアマテは流行りのスローライフもののビデオゲームで遊んでいた。
友達とオンライン機能で遊んでいたこともあって、マチュの声がビデオゲーム機のマイクが捉える。
『どうしたのアマテ?』
「なんでもない、おもいだしわらい」
『へんなの、でもだいじょうぶかな』
「なにが?」
『せんそうがはじまるみたい。せんそうがはじまったらゲームなんてできるのかな。それにおとうさん、トータチスにのってるし…』
「だいじょうぶ、せんそうなんておきないよ」
マチュの言葉はある意味、気遣いから出た物だった。
画面の向こうにいる友達の父親は地球連邦軍の将校だ。
マゼラン級戦艦の『トータチス』に勤務している。
父親が戦争に行くかもしれないから心配に思うのは当然の話だとマチュは思う。
タマキとイザギの仕事量の増加を見るに、戦争が始まるかもしれないという友達の見方は現実的であった。
(せんそうがはじまるまえにジョンにあいにいかなきゃ…)
不貞寝をしたマチュは気付くと「キラキラ」した場所にいた。
不思議な空間だったが、とても居心地の良い場所だ。
短い間だったが、あの場所にいれば何でも出来るような気がしてならない。
(ジョン、かっこよかったなぁ)
あの空間で出会った自分と同い年の少年のことを思い出すとマチュはニヤニヤが止まらない。
ジョンはイズマ・コロニーではまず見ない顔たちだ。
金髪で青い瞳、端正な顔立ち、自分が知る範囲の同世代の少年よりも遥かに大人びた性格、そして何よりキラキラの中で明らかに困惑したような顔で自分を見ているジョンのことがマチュは可愛くて仕方なかった。
ジョンを一目で見た時、マチュは自分の中に不思議な高揚感が芽生えた。彼を見ていると顔が赤くなり、心臓がバクバク動き、口の中が乾いた。
それを自覚した時、マチュは不貞寝をした時と同じようにベッドの上で目覚めた。
周囲を見渡してもジョンはいない。
見慣れた自室にはあのキラキラの痕跡は何もなかった。
部屋を何度も見渡してジョンがいないことを脳が理解するとマチュは涙を溢していた。
キラキラの中でジョンに指摘された時以上にマチュは泣いた。
あの出来事が夢かもしれない。
何もかも突き放された気分になりマチュはひとしきり泣いた。
気分が落ち着いた頃、マチュは恐る恐る端末の地図アプリでジョンの言っていたアイランド・イフィッシュを探し始めた。
ジョンが言っていたことが本当か確かめるためだ。
もしも見つからなかったら、あのキラキラもジョンも全て夢だったという現実を喰らうことになり、マチュは怖かった。
だが、アイランド・イフィッシュはすぐに見つかった。
地図アプリではっきりとその名が表示された。
『サイド2 8バンチ アイランド・イフィッシュ』
夢じゃない、夢じゃないのだ。
ジョン・マフティー・マティックスは存在するのだ。
あのキラキラがどういう理屈で成立しているのかはマチュにとってどうでも良かった。
重要なのはクリスマスイブの夜の出来事が現実に起こったということだけだった。
ジョンはマチュにはっきりとこう言った。
「メリークリスマス、マチュ」
サンタクロースを信じなくなり、メリークリスマスがたわいもない世間話になって久しいマチュにとってジョンの言葉はどこまでも胸に染みてしょうがない。
モニター画面に映るゲーム画面を見て、友達と雑談をしながらマチュはタマキとイザギが帰ってきた時に話すことをずっと考えていた。
どうやってアイランドイフィッシュに行こうか、そのことで頭がいっぱいだった。
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