5
「ダメよ」
タマキはバッサリと言い切った。
「戦争が始まるかもしれないって時に旅行なんて出来ないわ」
タマキに見せつけるように端末の地図アプリでサイド2行きのシャトルの時刻表を表示していたマチュは顔を歪めた。
仕事から帰ってきたタマキに対してマチュはサイド2への旅行計画と題してプレゼンテーションをしたが、10秒も経たずに却下された。
タマキが自宅である政府官舎に帰ってきたのは夕方になってからだった。
イザギは未だ帰ってこない。
「それにこんな時にサイド2に行くなんて一番危険なの、旅行はまた今度にしましょ」
そういうとタマキは着替えのために自室へと足を運ぶ。
次回から消えていくタマキを見てマチュも自分の部屋へのドアを乱暴に開いて叩きつけるように閉めた。
「お腹空いてるみたいだし、それで機嫌悪いのかしら」
タマキのぼやきがドアの隙間から微かに聞こえてくる。
これだから親は嫌なのだ。
自分の子供のことを分かったような気でいるから、頓珍漢なことを平気で言えるのだ。
「ねればキラキラみれないかな……」
マチュはそんな苛立ちを覚えながらか壁にうずくまる。
タマキの言い分も分からない訳ではない。
クリスマスイブですら仕事が入るくらい忙しいのだから、旅行なんてもっての他だ。
仕事から帰ってきてクタクタのところに一日中家にいた自分がそんな提案をしてきたのだから、苛立ちもあったのだろう。
マチュはなるべく物事をフラットに見ようと考えた。
そしてこれからのことも考え始めた。
家族と一緒にサイド2へ行くことはできない。
自分ひとりで行くにもお金が足りない。
仮にお金があったところでジョンがどこにいるかも分からない。
いくら住んでいるコロニーが分かったところで住んでいる場所が分からなければどうしようもない。
旅行という名目でキラキラの中で出会ったジョン・マフティー・マティックスに会う、というマチュの計画は早々に暗礁に乗り上げることになってしまった。
マチュはキラキラとジョンのことをタマキに話していない。
ジョンのことをタマキに話してもまともに信じてもらえない、と思っている節もあったが、何よりもあの空間での出来事を自分とジョンの2人だけの物にしたかった。
アイランド・イフィッシュでジョンに会えればキラキラのこともおのずと分かるだろう。
サイド2に行ければ、今の自分の胸のざわつきが解消されるに違いない。
剥き出しの感情のままにマチュはこう結論づけた。
「ジョンとキラキラしなきゃ」
タマキのような不純物にキラキラが汚されてたまるか。
6
タマキとしてはマチュの言うことを頭ごなしに否定するつもりは無かった。
いずれ家族旅行はしようと考えていたのだ。
ただ、時期と場所が悪い。
特にサイド2というのはタマキの立場からはナシとしか言いようがない。
「連邦とジオンの戦争は確実、戦争が起こったらサイド6は中立の立場を取る」
クリスマスイブの夜にタマキの務める会計監査局外交3部では地球連邦とジオン公国の開戦が確実視されている。
ジオン公国はスペースノイドの独立を常日頃から訴えているが、タマキからすれば欺瞞にしか思えない。
彼らの国政を考えれば、そのスペースノイドというのはジオニストだ。彼らは決して口に出さないが、ジオニストではないスペースノイドはスペースノイドではないという考え方がマスメディアとインターネットで配信される思想に滲み出ていた。
サイド2は各サイドの中でも比較的親連邦の立場のサイドだ。
仮に戦争が始まれば、サイド2は真っ先に占領されるだろう。
「サイド3は連邦からの独立を謳っているが、あれは子供の癇癪だ。自分の思う通りにならないから何でも連邦とアースノイドのせいにしている。
ユズリハ君、サイド3は一番優遇されているサイドなのだ。
月の裏側にサイドを建造するために連邦は現場に手厚い支援をしてきたし、ジオンがあんなに威張り散らせるのも連邦が相当な投資をしてきたからだ。
ジオン共和国の自治権も認めたし、税金も現実が許す限り少なくしてきた。
あれもこれもと認めて、今度はスペースノイドの独立か、笑わせてくれる。」
今日、サイド2の首都コロニーからやってきた高官が接待してくれたタマキに対して吐き捨てるように言った。
「優性人類生存説など真に受けてこんな政情を作ったのならジオンの政治家は全員無能だ。サイド3に投資した金と資源の何割かを他サイドに割り当てればこんなことにならなかった。
それに比べてサイド6はよくやっている。八方美人は嫌われるが、サイド6はジオンみたいにはなるなよ」
サイド2の政治家がジオン公国への非難を公然と周囲に言い放つような情勢なのだ。
外交3部の一員としてタマキはやられねばならないことは今後激増するだろう。
旅行計画がダメだったとしても、娘もそれは分かってくれているはずだと思ったタマキだったが、同時に旅行をプレゼンテーションする娘の姿を見て寒気を覚えたことを思い出す。
タマキはマチュが何を考えているのか分からなかった。
何の脈拍もなくサイド2への旅行を提案してくる上にあの言動を見るにただの旅行じゃないのだろう。
マチュが何かに執着しているのをタマキは何処となく感じていた。
自分は娘を真っ当に育てようとしているはずだ。
マチュの周囲からの評価は「良い子」だ。
それは小学校の先生からも、マチュの友達から聞く評価も一致している。
それなのに、何かがおかしい。
タマキはそれを自分の中で飲み込めずにいた。
7
人間は24時間の内どこかで寝ても、コロニー公社という組織は24時間起きている。
たとえ年末が来ようが、コロニー公社は24時間営業だ。
「部長、ジョン君が言ってた通りですよ」
コロニー公社アイランドイフィッシュ支局の一角にある車両班の事務室で職員の1人がニャアンの父親に言った。
「あのプチモビルスーツ、ジオニックの奴ですよね。やっぱ他所でも動作不良の報告が出ています」
「オートバランサーに異常はない。機体自体も整備は万全、すると…ソフトウェアの方か」
「ジョン君が出してくれたログを見る分にどうもおかしいんですよ」
「何が?」
ニャアンの父親の言葉に答えるように職員はパソコンのディスプレイにプチモビルスーツのコンピュータ、CUIの文字だらけの画面をスクリーンショットで撮影した画像を表示する。
画像にはジョンが指摘した箇所が赤線で示されている。
「ここ、どんな使い方をしてもこんな表示にはなりません」
「じゃあ何だ?これが仕様なのか?」
「まだ調べていますが、おそらく1週間前のアップデートが原因ですよ」
職員はデスクに置いていた端末で検索エンジンでニュースサイトを開く。何度かタップしてガジェット関係のニュース記事を表示してデスクに置いた。
「これが一番新しい記事です。今回のプチモビと関係があるかと」
「どれどれ…」
ニャアンの父親は端末のディスプレイに表示された記事を読み始めた。
『リコールか?ジオニック製プチモビルスーツ続々転倒
ジオニック社が販売しているモビルワーカーの不具合が多発している。
ジオン公国(旧サイド3)の軍需複合メーカー、ジオニック社が販売しているモビルワーカーを始めとしたメカの動作不良の報告が相次いでいる。
サイド5でジュニアモビルスーツクラブに所属しているエグザベ・オリベ(17)君は我々の取材に対し
「昨日まで普通に動いていたのに3歩歩いたら転んでしまうようになり、高校の外壁を破壊してしまいました。周囲はジオニック社が悪いと言っていましたが、僕にも至らない点があったと思います」
と答えてくれた。
不具合は24日から確認されており、現在までに不具合を原因とした負傷者は出ていないが、早急な対策が必要だ。
ジオニック社の広報担当者であるハーコート氏は我々の取材に対し
「ただいま一生懸命不具合を調査させています。もうしばらくお時間を…」
と答えているが、果たして本気で調べるつもりなのだろうか?
0078年12月31日9時21分投稿 ジャック・ウッドワード』
「12月24日に動作系のソフトウェアアップデートがあったでしょう。そこからおかしくなってる」
部下の言うことにニャアンの父親も多少納得した。
そもそもの話、ジョンをクリスマスイブの日にプチモビルスーツを乗せたのはそのアップデートのテストをさせるためだ。
大人が操縦するよりもずっとプチモビルスーツを使いこなせるジョンにテストパイロットの真似事をさせたが、やはり正しかったようだ。
「アップデートの内容に不具合があったのか?」
「あるいはワザとか…」
「自分の商品を欠陥品にする理由はないだろ」
「ジオニック自身はそうでしょう。でも、ジオニックじゃなくてジオン公国と軍だったらどうですか?戦争に備えて、敵対勢力に販売した自社製品を使えなくする…とか」
職員の発言にニャアンの父親は微妙な表情を浮かべる。
ありえない話ではない。
連邦とジオンが戦争するかもしれないというのはコロニー公社の間ではほぼ確実な話として扱われている。
自社製品にアップデートと称して不具合を多発しやすいデータを送付している可能性はある。
「確たる証拠もないのでジオニックを詰めれる個人も団体もいない、か」
「現状、前より転倒しやすくなったとか、マニュピレータの感度が悪いとかでユーザーの環境が悪いで突き返されるだけですからね。我々の場合もジョン君が指摘してくれなかったら何も知らずに延々整備してましたよ。それにしても彼は何者なんです?」
職員が苦笑いを浮かべながら言った。
「エロガキだ」
ニャアンの父親ははっきりと言った。
「ジョンはニャアンをエッチな目で見ている」
「何言っているんです?」
「特に……ニャアンの尻を見ている」
ウンウン唸っているニャアンの父親の様子を見て職員は呆れてしまった。
「ただし、度胸はある」
唸り声を止めて、ニャアンの父親はコーヒーを一口飲んだ。
「ずっと前の話だ。ニャアンが女の子たちに差別的なことを言われたことがあった。『肌が黄色い子と一緒にいたくない。なんでこの子が私たちと同じシャトルに乗ってるの?』」
「…酷いこと言いますね。しつけがなってないですよ」
「全くだ。その場にいなかったことが悔しいさ」
宇宙世紀に入っても人種差別は無くならない。
コロニーの入植の順番も、実のところ世界各国のパワーバランスと人種間の問題も少なからず関わりがある。
このコロニーも東南アジアの国から入植してきた人たちが多いのだ。
むしろ、ジョンのような白人が珍しいくらいだ。
「その時、ジョンも居合わせていたみたいで、どうもニャアンを庇ったみたいなんだ」
ニャアンの父親は話を続ける。
「『僕は白、この子が黄、色とりどりでいいじゃないか』」
「ジョン君がそう言ったんですか?」
ニャアンの父親は頷いた。
「それがジョンとニャアンの出会いだ」
事務室に一瞬だけ沈黙が走る。
「……その時のジョン君はこっちに引っ越してきた初日だったよ。この話をニャアンから聞いた時、まさか家が隣同士になるとは思わなかった」
エロガキなのは年相応だ。せいぜい折檻されるがいい。
だが、歳相応なのはそれだけだ。
職員はコロニー公社の中で見かけるジョンの姿を思い浮かべる。
11歳だというのに遥かに大人びた言動とメカへの造詣の深さ、プラスで10歳加算した方がつり合いが取れるような少年だ。
天才とはこういうものかとある意味納得していた職員だったが、ニャアンの父親が感慨深そうに語るその思い出話を聞いて妙な感覚を覚えた。
果たしてジョンは普通の人間なのだろうか、日頃の言動を思うと職員が疑問に思えてしょうがなかった。
8
ジョンが住んでいる地区にある図書館は年末だというのに開館していた。
来訪者はジョン以外におらず、ジョンがキーボードをタイプする音が館内に響き渡っていた。
ジョンが年末の図書館に足を運んでいたのは12月24日の件を調べるためだった。
一昔前ならウェブブラウザで検索すれば世の中の大抵のことは分かると言われていたが、今となっては玉石混淆が極まっており、ウェブブラウザの検索結果だけで結論を出すことが難しくなってきている。
「結局オカルトか」
図書館の検索システムで調べたいジャンルがどうしてもオカルト寄りになってしまうことにジョンは頭を抱えかけるが、イスから立ち上がって書棚へと向かう。
閉館も近い閑散とした館内を歩いていると司書が書棚から物を下ろしている姿を見た。
床に置かれた複数の段ボールの中には見たこともない記録メディアが入っている。
僅かな好奇心でジョンは積み下ろしの場へと足を運ぶ。
ジョンは段ボールの中にある記録メディアの1つを手に取った。
「これって何ですか?」
脚立に乗っていた司書がジョンの方に顔を向ける。
「Hi-MDっていう昔の機械だ。もう作ってないよ」
話し相手が出来たのか司書は嬉しそうに話す。
「図書館は本以外にも音楽や映像も収蔵している。そのHi-MDは学校から寄贈されたものさ」
「捨てちゃうんですか?」
「閉架に入れるだけ。聴く人もいないよ」
ジョンはHi-MDを改めて見直した。
正方形のプラスチックのケースの中には小さなディスクが格納されている。
ディスクを保護するケースには誇らしげに1GBの文字が刻まれている。
発表当時は最先端のマシンだったかもしれないが、U.C.0078の時代に1GBという数字に何の感情も沸かない。
「世の中には誰にも知られずに消えていく物がいっぱいあるんだ。Hi-MDのことなんて覚えてる人はどれくらいいるんだか…」
ジョンはHi-MDを大事そうに段ボールへと戻した。
気を取り直して目的の書棚へ向かおうと後ろを振り返った時だった。
「ジャック…」
ジョンの後ろにはニャアンが立っていた。
「どうしたの?」
「さがしたんだよ?きょういちにちいえにいるっていったじゃん」
「冬休みの宿題片付けたくてね、図書館の方が良いよ」
「じゃあなんでべんきょうどうぐをもってきてないの?」
ニャアンの指摘通りジョンは手ぶらで図書館に来ていた。
憤怒の表情のニャアンを見て、今日の図書館はここまでだなとジョンは決めた。
9
帰りの道中に二人の会話はない。
ミラーの調整で夜になったコロニー内部には照明が点灯していく。
頭上にある大地の照明の光を見るたびに、ここは地球ではないのだとジョンは改めて思う。
「ジャック、さいきんおかしいよ」
ジョンの隣に立つニャアンがボソリと呟く。
「ずっとだれかをさがしているみたい」
苦笑いを浮かべながらジョンは隣のニャアンを見る。
冬物のコートと赤い傘を手に持っている。
「そのコート、似合ってるよ」
ニャアンは答えない。
「ジャックがきったあのケーキ、だれにあげるつもりだったの?」
前髪でニャアンの表情は見えない。
ただ、声が震えている。
あのキラキラをニャアンに話すべきなのか、ジョンには迷いがあった。
マチュの話をしたところで信じてもらえる確証は何もない。
何よりもニャアンを巻き込みたくはなかった。
「ジャックがとおくにいきそうでこわいよ」
そういうとニャアンはジョンへくっつくように肩をつける。
マチュの話をニャアンに隠すことへジョンは多少の罪悪感を覚える。
ジョンとニャアンの関係は幼馴染にすぎない。
それでも11歳になると心身の成長で男女の関係をジョンとニャアンは多少なりとも意識し始めてしまう。
「…最近は立て込んでいたからね、それで気が立って見えたんだと思う」
嘘である。
再び沈黙が走る。
「ジャック、わたしのまえからきえたりしないでね」
少しな沈黙の後にニャアンはどこか縋るように言った。
「…約束するよ」
多少の間を置いてジョンは答えた。
何の保証もない約束にすぎないとジョンは思う。
街灯を過ぎて2人は歩く。
その灯りに照らされて雪が降っていることにジョンは気づいた。
「雪だ…」
ニャアンが手に持っていた赤い傘を開く。
自分は邪魔だと思ってジョンはニャアンから離れようとするが、ニャアンに手を掴まれる。
「いっしょにかさにはいろ?ジャック」
少し甘えた言い方をするニャアンをジョンは拒絶できず、赤い傘を手に取った。
U.C.0078年12月31日、アイランドイフィッシュに今年最後の雪が降る。人々の思いが錯綜したまま、U.C.0079年へと1年時間が進んでいく。
雪が降る夜景の中でジョンとニャアン、2人は赤い傘に身を寄せ合って歩いて行った。
月の処女、おっぱい/Plazma大作戦について
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