町外れのスタンドと呼ばれる場所がある。
今は使われていない、廃れた汽車を利用したカフェスタンド。店名もちゃんとあるが、誰も覚えようとはしない。店名がなくとも、こんな砂漠の中で店を営業するなんて物好きは今のところ1人しかいないからだ。軽食と給油、そしてポケモンバトルを楽しめるということで、小さいながらも常に人は絶えない。
唸るバイクを宥め、改造が施されていると明らかに分かるサイドカー付きのバイクが停車した。跨っていたのは蒼いコートの青年。
青年はゴーグルを押し上げ、金色の瞳で今自分が駆け抜けてきた北東部を見やった。
そこには広大な砂漠と、澄み渡った青い空が広がるばかり。
一面砂漠の大地、それがこのオーレ地方だ。
ここで生まれ育った青年にとっては、見慣れ過ぎた光景。だというのに、今日はいつもと違って見えた。
風が、青年の髪を揺らす。まるで青年を祝福しているような、それでいて拘束するかのような風。
「……行くぞ」
ほんの数秒。空を仰ぎ見た青年はそれからサイドカーに座る2匹の相棒をボールに戻し、歩き出した。
すれ違いざま、2人組の男が汽車から出てきた。ここで張り合って道を譲らないのも馬鹿らしく、青年は1度立ち止まる。
「いやあ、食った食った! 一仕事した後のメシは最高にうまかったぜ!」
「へへへ。大きなエモノもバッチリ捕まえたしな」
「これでボスからたんまりとご褒美がいただけるってもんだ。へへへ、たまらないよな」
男達は青年を気にした素振りも見せずトラックに乗り込み、西に向けて走っていく。
青年はそれを一瞥すらせずに、店内に入って行った。あの程度の会話、そう珍しいものでもない。下手に首を突っ込む余力もない。
古びた外観とは裏腹に、内装は小奇麗にまとめられていた。
入ってすぐのところにカウンターと、奥にはテーブル席が数個。壁掛けの大型モニターからは、ニュースが流されていた。
オーレ地方で唯一といっていい情報番組。しかも信憑性もそれなりにあることから、オーレ地方の住民からは最も好まれる番組といっても過言ではない。青年もタイミングが合えば見ているくらいだ。
『当局の発表によりますと、エクロ峡谷で爆発炎上した不審な建物は、スナッチ団のアジトだったことが判明いたしました』
スナッチ団。
オーレ地方を根城とする窃盗団。メンバーの幹部が皆指名手配されている、凶悪な盗賊。
しかしスナッチ団が恐れられている理由は、それだけではない。
スナッチ団の名をオーレ中に轟かせたのは、他人のポケモンを盗むときの手口。
スナッチ団は、特殊な機械によりモンスターボールのセーフティ……【親】のいるポケモンを認識しゲットできないようにする制御装置を狂わせ、他人のポケモンですらも捕獲してしまうのだ。
その悪名轟かせるスナッチ団のアジトが、数日前に破壊された。
しばらくの間、一面のニュースはこれだろう。そのことに嘆息し、青年は空いているカウンター席に座った。
「よう兄ちゃん、この辺りじゃ見かけない顔だな」
「………」
気安げに声をかけてくるマスターを、青年は一瞥。
「……随分と、スナッチ団が取り上げられてるな」
「ああ。これでスナッチ団が壊滅してくれてりゃ万々歳だが」
「違いない」
青年は僅かに口角を上げ、メニューを流し読み。
「……水。それとコンビーフのサンドウィッチはテイクアウトで」
「ビールじゃなくていいのか?」
「生憎、飲酒運転をする気はないんでな」
「今時義理堅いこった」
声に笑いが混じる。
他地方ではいざ知らず、ここでは飲酒運転を取り締まることは出来ない。道など無きに等しいし、取り締まる機関もない。障害物といえば砂と岩くらい。
つまり節度さえ守れば問題ないのだ。
「早死にするとしても、事故死ってのは含まれてねえよ」
そう嘲り、青年は出された水を一口含んだ。舌先で味わい、それから嚥下する。流石に警戒し過ぎたらしい、毒が盛られることはなさそうだ。
「それにしても、こんな辺鄙な場所にわざわざ何の用だ?」
「……軽食と、給油。それ以外にあるか?」
うっそりと、青年は笑みを深める。
鋭い眼光に、猛禽を思わせる瞳にマスターは思わず唾を飲み込んだ。
これでも、腕に覚えはある。そうでなきゃこんな場末で、1人で店を経営できない。
だが、にも関わらず。10以上も年下の青年に思わず呑まれてしまった。
「……そうだったな。何もねえわな」
互いの素性を詮索しない。それが長生きする秘訣のひとつ。にも関わらず、それを忘れてしまった。
忘れさせてしまう何かが、青年にはあった。
その言葉にレオは笑みを消し、隣りに髪をピンクに染めたライダーが座ったのを無視して。カウンターに置かれた薄いサンドウィッチに手を伸ばす。
「よう。あんたもポケモントレーナーだな」
「………」
「ふっ……オレには分かるぜ。あんた、いい目をしてるしな。きっと、あんたのポケモンも優秀なんだろうな」
青年が無視したのにも関わらず、ライダーは続けた。どうやら一定数いる、人の話を聞かない人種らしい。
「オレの名はウイリー。あんたを見てたら、何だか無性に勝負がしたくなっちまってさ。あんた、どう見ても只者じゃあなさそうだしな。なあ、なあ。オレと一発勝負しようぜ」
「断る」
ポケモントレーナーにありがちな戦いへの飢えがないわけではない。しかし青年にはそれ以上に義務がある。だから断ろうとした。
「まあ、そう言わずによ」
「はっはっはっ、諦めな兄ちゃん。こいつは1度言い出したら退かねえよ」
しかしウイリーは青年の拒否をものともせず、ぐいぐい迫る。マスターも笑うのだから、きっとこれが日常茶飯事なのだろう。
大きく嘆息して、腰に下げた2つのボールを押さえる。ボールの中で会話を聞いていた2匹が騒ぎ始めたのだ。
「……チッ。仕方ねえな」
この先不満を垂れ流しにされるより、さっさと解消してやった方がいい。そう秤にかけ、青年は席を立った。
「よーし! そうこなくっちゃあ! さあさあ、こっちだこっち」
まるでウイリーはまるで子供のようにはしゃぎ、青年を外に連れ出した。
汽車の外には、駐車場の横にちょっとしたスペースがある。
砂地のため目立たないが、明らかに荒れた跡……ポケモンバトルが繰り広げられた跡が残っていた。
「改めて名乗るぜ、オレはライダーのウイリーだ!」
「……レオ。ただの、しがないバイク乗りさ」
ウイリーに倣い、青年……レオもモンスターボールに手をかけた。
「かあーっ、燃えてきた燃えてきた! スロットル全開だ! ブォン ブオォンッ! 行くぞー!」
ウイリーの投げたボールから現れたのは、2匹のジグザグマ。
ダブルバトル。それがオーレ地方の主流。他地方から来たトレーナーは、まずこの違いに戸惑うだろう。しかしこの土地で生まれ育ったトレーナーにとっては、これが普通。
だからレオも至って自然に、2つのボールを投げた。
ただでさえ野生ポケモンの少ないオーレ地方で、希少価値の高いイーブイの進化系。エーフィとブラッキーが、優雅とも言える仕草でフィールドに現れた。
「ディア、ニュイ」
レオの声は囁きに近い。
「デビュー戦だ。……暴れてみろ」
トレーナーの意志に応じ、2匹は声高く鳴いた。
◇
バイクの轟音がだんだんと遠ざかっていく。それを背に、ウイリーは戦果とは裏腹に意気揚々と汽車の中へ戻った。
「ようウイリー!」
「派手に負けてたな!」
「んで、どんくらい絞られたんだ?」
「るせーな!」
馴染み客の野次に一喝し、ウイリーは上機嫌で先程までレオと名乗った青年がいた席にあえて座った。
「おいマスター、あいつ本当に一見だよな?」
「ああ。あんな容貌な客、早々に忘れるわけないしな」
猛禽類のような鋭い眼差し。それに迫力はあるが整った顔立ちはなかなかに忘れられないだろう。
「どうしたウイリー、負けたくせにうかれて」
マスターも怪訝な顔をした。
「いやー、あんだけ清々しく負けたのも久しぶりでよ。参った参った」
このスタンドの用心棒も兼ね、それなりの実力があると自負しているウイリーが、反撃すら出来ず負けた。あそこまで強いトレーナーとポケモン達に出会い、バトルしたたことが今は誇らしいくらいだ。
『アジトには既にスナッチ団の姿はなく、廃墟のみが残されていた、と言うことです。爆発の原因については現在調査中であり、いずれ判明するものと思われます』
「マスター、ビールをジョッキだ!」
「おいおい、ヤケ酒か? 金はあるんだろうな」
「うっせえな、ヤケ酒じゃなくて祝杯だよ! 何せ、レオと出会えたんだからな!」
穏やかなBGMと、普段よりかは幾分平穏なニュース。少なくとも今この時は間違いなく平和だった。