ここオーレ地方は砂漠が9割を占めるという、他では類を見ない程過酷な土地。そのためこの土地に住む人間は、どうしても住む場所を選ばざるを得なくなる。
具体的に言えば、水のある場所。
オーレ地方にあるオアシスの中で、最も水脈が豊かなもののひとつに寄り添うように作られた街。それがこのフェナスシティだ。
「……へぇ」
初めてフェナスシティを訪れたレオは、数秒とはいえその光景に見とれた。
丁寧に整備された石畳、計算された水路、街のシンボルである噴水。この街を支える豊富な水源は、レオの想像を遥かに超えていた。
水は邪を押し流す。だからといってレオの罪が浄められることはもうないが、物理的な汚れは取りたいところだ。
だというのに。
「おい、ちゃんとそっち持てよ」
「そんな事言ったってこいつが動きやがるからさあ。持ちにくいったらありゃしねえよ」
レオがバイクを止めたのは街の外れの公営駐車場。街の住人でない人間はまずそこに車なりバイクを停めなければいけないのでそれに従ったのだが、それを後悔した。
明らかにゴロツキ風の2人が街の中に荷物を運び入れるのに苦労していたのだ。時折その荷物が動いているように見えるのは気の所為ではないだろう。
関わりたくない、その一心で足早に通り過ぎようとして、
「モゴモガッ!! ここから出してよー! 人さらいー!!」
どこからか少女の悲鳴が聞こえてきた。
「ちっ! 口に貼ってたテープが剥がれたか。やい! 大声を出すんじゃねぇ!」
「しまった! そこの小僧に今のを聞かれちまったか!?」
あまりの事態に逃げる暇もなかった。
「……おいおい、ふざけるなよ」
麻袋の中身が人間だということは予想がついていた。だが、少し暴れたくらいで解けるような拘束をするなと訴えたい。こんなチンケな事件に巻き込まれたくはないのだ。
「聞かれちまったからには仕方ない。運が悪かったと諦めるんだな!」
「やっちまえヘボイ!」
「おうよトロイ!」
ヘボイと呼ばれた男は、レオからすれば生意気にもポケモンを所持していた。だが、出して来たのはゴニョニョ2体。
「むぎゅっ! ちょっと、丁寧に下ろしなさいよ!」
麻袋からそんな訴えが聞こえたが、当然だが3人共黙殺。
「……さて」
ゴニョニョは、不安を感じると大声で騒ぎだすポケモンだ。つまり、隠密には不向き。この2体を出された時点で、目立たないという目標は実質達成不可となるだろう。そう考えると苛立ちが募ってくる。
「やっちまえ! ヤツを仕留めろ!」
何も行動に移さないレオを見て、ヘボイはレオが抵抗できない弱者だと判断したらしい。ゴニョニョが、ポケモンを出していないレオに向かって突進してくる。
「甘く、見られたもんだ」
その呟きと同時に、ディアとニュイがレオの前に割り込んだ。小柄なゴニョニョの体はディアの念力によりあっさりと動きを封じられ、ニュイの突進で吹き飛ばされる。
ゴニョニョが騒ぎ出す原因は、不安を感じたともうひとつ……身の危険を感じたとき。
レオの手持ちにやられぐずりだしたゴニョニョに、慌てたのはヘボイの方だった。
「お、おい、落ち着け……」
自らの声にさえ驚くとうゴニョニョが、2匹。
それは声というよりも衝撃波だった。
「くっ」
予め予想していたとはいえその轟音はすさまじく、怯んでしまいそうになる。
「お、おい! お前ら落ち着け!」
トレーナーであるはずのヘボイの指示も、ゴニョニョたちには届いていない。
「……ったく」
自ら狙ったこととはいえ、溜め息をついてしまう。
「くそっ、黙れっつてんだよ!」
痺れを切らしたのはトロイの方だった。ジャケットの下から取り出したモノを、ゴニョニョへと向けようとした。
レオとしては、敵の手持ちがどうなろうと知ったことではない。しかし。
「っ、だぁっ!?」
「どうしたトロイ!?」
右手を押さえ、トロイが蹲る。
「い、一体何が……!」
辺りを見回しても、何が起きたのか分からないだろう。トロイの手の甲を打ったのは、その辺りに落ちている小石だ。指先で弾いた小石が当たっただけで、トロイはもう戦意を喪失してしまった。
「……それで、もう終わりか?」
レオの手持ち2匹の追い打ちで、ようやくゴニョニョ達は静かになる。
「ったく、舐めすぎなんだよ」
レオの呟きはゴロツキ2人ではなく、ディアとニュイに向けたもの。さっさと一撃で仕留めていれば、ここまで煩くならずに済んだのに。
「それで、次はどうする?」
だが、ヘボイもモンスターボールを握るだけで中のポケモンを出す気配はない。
「……もう、終わりか」
それにレオは拍子抜けした。
ポケモンを持っている。それだけでステータスになるこの地方では、それにかまかけてポケモンを鍛えないという連中は実は少なくない。
この2人もそんな、胡座をかいていた連中ということだ。
だが、レオが気にかけてやる必用はない。
「さあ、続けるぞ」
「え、あ……」
それに狼狽するのはヘボイの方。
「おいおい、まさかスポーツマンシップとやらに則るつもりか?」
そう、レオは唇の端を釣り上げた。生憎と、敵にかける慈悲は持ち合わせた事はないのだ。ポケモンを出せなくなったからといって、バトルを止める理由はない。
「貴様らに、そんな資格はない」
そして2匹に指示を出そうとしたとき、
「何だ何だ! 一体何がどうしたんだ!」
騒ぎをききつけたらしい、ランニングウェア姿の男性とスーツの女性が駆けてきた。
「きゃー! 誰かー! ドロボーよどろぼー!」
とたんに麻袋の中の少女が騒ぎ出す。
「や、やかましい! オレたちゃ泥棒なんかじゃねえ。人攫いだ人攫い!」
「バッ、バカ野朗! 余計な事言ってんじゃねえ!」
ヤケクソになって叫ぶトロイを、慌ててヘボイが静止する。それからレオに向かって指さした。
「あれで勝ったと思っていい気になるんじゃねぇぞ! 今度会った時はお前のポケモンもろともメタメタにしてやるからな!」
トラックと荷物を捨てて逃げる2人を、レオは追おうとは思わなかった。
徒歩で砂漠に入るのは自殺行為だ。フェナスから徒歩圏内なのはあのスタンドくらい。それでも数時間はかかる。なら逃げたと見せかけてどこかに潜伏する方が合理的。
そこまで思考を巡らせて、すぐに打ち消した。もう関わりたくない連中の事に思考を割く必用はない。
「やだっ! 中に人がいるみたい!」
「くっ! 固く縛ってあるぞ。まったく、とんでもない事をする奴らだ!」
男性と女性が麻袋の口を縛っている縄を解こうとしているが、なかなか解けないらしい。この場から立ち去るわけにもいかず、レオは嘆息をした。
「……どけ」
レオは折り畳み式のナイフを取り出し、刃を出した。レオの意図を察し、男も素直に従う。
「お前も、動くなよ。手元が狂って傷つけたくないからな」
そう宣言し、レオは麻袋の縄を切った。