風吹き抜ける大地で   作:舞@目標はのんびり更新

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思惑と勘と策略と

面倒なことになった、とレオは舌打ちしたくなった。

町外れのスタンドでのポケモンバトルを受けた時とは、状況が違う。

そもそもレオは、目立つつもりはない。あくまで凡庸なトレーナーとしてーー出来るかどうかは別だがーーオーレ地方を駆け回るつもりでいたのだ。

にも関わらず、フェナスシティに到着して1時間も経たずして警察署にいる。容疑者ではなく参考人としてなのがせめてもの救いだ。そこそこ長い時間待たされたのも、優先度が低いからだろうと、肯定的に捉えることにする。

「え、えっと……それじゃあ、確認させていただきますけど……お名前は?」

まだ年若い警察官は、レオが読み書きできないものと判断したらしく氏名の記入を勝手に代行してくれた。オーレ地方の識字率は低いので、間違った対応ではない。

「レオ」

「お年は?」

「14,で通してる」

とたん、警官から胡乱げな視線が向けられる。とても14歳には見えない、と目で訴えていた。そんな事は承知の上だ。言動が大人びているが、レオは年の割には小柄だ。だからこの無茶も通りやすい。

「正確な生年月日は知らないんで、それで通してます。両親もいないんで」

普段は使うことのない敬語というものが妙に慣れず、つっかえそうになる。しかし、この程度で印象が変わるのなら安いものだ。

「……ああ、成程。それでは身分証も?」

「生憎と」

これが他地方であれば身元証明に時間がかかるだろうが、ここはオーレ地方。トレーナーIDさえ発行を受けずにポケモンを所持しているトレーナーも多い。かくいうレオもその1人だ。以前使っていた偽造ID も処分してきているので、本当に何も手元にない。というのもIDを発行できる公的機関が少なく、なのに町間の移動が不便だからだ。野生ポケモンも少なく、捕まえる機会に恵まれないという理由もある。

フェナスの警官もそれを知っているから、深く追求しなかった。レオが今回、フェナスの警察署に連れてこられたのが被疑者ではなく参考人だということも大きいだろう。

「では、先程起きたことをレオさんの視点からお伺いしても……?」

「そう言われても……公営駐車場にバイクを停め、街に入ろうとしたら突然因縁をつけられて、向こうがゴニョニョを出してきたからこちらも応戦した……それだけです」

その辺りは目撃者の証言とも合うはずだ。嘘偽りを述べる必用もない。

例え町外れのスタンドで彼ら2人を目撃していたとしても、言う必用はない。

「分かりました……しかし、着いて早々災難でしたね。……ちなみに、フェナスには観光ですか?」

「ええ、まあ」

「せっかくなので、ゆっくりしてってください。この街は本当にいい所ですから」

警官には自信が満ち溢れていた。この美しい街を守っているという自負もあるのだろう。事実、フェナスはこのオーレでは在り得ないくらい治安がいい。だから、今までのレオの身分では立ち寄れなかったくらいだ。

水によって穢れが漱がれる街は、本来なら心地良いのだろう。まるで呼吸をする度に清められるような気さえして、だからこそ反吐が出た。

 

 

 

 

 

 

取調室を出たところで、どこかで見たことのある少女が待っていた。

少し考えてから、麻袋に詰められていた少女だということに思い至った。

「……元気そう、だな」

オーレ地方の炎天下の中麻袋に詰められていたのだから、本来なら検査入院ということになってもおかしくない。だというのに擦り傷の手当てだけして、 少女はここにいた。

「うん、体が丈夫なのが取り柄だし」

「それは重畳」

僅かに、レオは唇の端を持ち上げる。見慣れている者でなければ、それが笑みだと気付かないくらい。

「……それで、どうかしたのか?」

「うん、まずはお礼と……我ながら図々しいとは思うんだけど、さ……」

そう言い淀みながら、少女はレオを見上げた。

言葉とは裏腹な真っ直ぐな瞳に、レオは引き込まれそうになった。

レオは、自分の目つきは悪いがそれなりに見れる顔立ちだということを自覚している。だからなのか、初対面の人間は基本的にレオを直視しようとはしない。だというのに、この少女は覚悟を秘めた目でレオを真正面から見据えてきた。

「私、いきなり変な奴らに襲われて……頼る人がいないの。本当に、図々しいとは思うけど、お願いだから……しばらく一緒にいてくれない?」

しかし、会話の内容は到底受け入れられないものだった。

「断る」

即断。しかし少女はそれにも怯まない。

「そこを何とか……お願い」

「断る」

「お願いだからさ……」

「断る」

再度切り捨てる。大抵の人間はこれで逆らう気を失くす、そう言葉に力を込めて。

 

だというのに。

 

「難しいってことは分かってる、でも……」

少女は、退こうとはしなかった。レオの言葉を跳ね除けるくらいに切羽詰まっているのか、それとも。

「……ああクソッ」

何にせよ、譲歩したのはレオの方だ。警察署内で、傍目からすると痴話喧嘩をしたくなかったというのもある。

「分かったよ、話だけでも聞いてやる」

「……うん、ありがとう!」

「話だけ、だからな」

それでも少女は表情を綻ばせ、さっさと歩き出したレオの後をついていった。

 

 

 

 

 

 

フェナスシティ正面入り口のほど近くにあるオープンテラス。誘った身として2人分のドリンクを注文し、早速レオはミレイと名乗った少女に対し口火を切った。

「それじゃ、具体的な話をしようか」

「具体的って……」

「俺がお前を護衛するメリット。端的に言うならば、依頼料だな」

そう言い、レオは紅茶を一口。

水の豊富な街だけあり、考えられないくらい水や嗜好品が安い。十年近く飲めなかった紅茶がやけに美味く感じられる。

「い、依頼料……」

ミレイと名乗った少女は、とたん顔を青ざめさせた。

「……私、誘拐されてお金とか全然ない」

「だろうな」

むしろ、よく今まで五体満足でいられたものだとレオは密かに感心する。手間を考えれば、誘拐して身代金を請求するよりも、さっさとバラして売りさばいた方が楽。それに例え生かされていたとしても、精神が無事とは限らない。だというのにミレイには、見た限り肉体的、精神的疲労はありそうだが乱暴された様子は見えない。

ということは、この少女には生きていてもらわなければ困る“何か”がある。

「なら……質問を変えるか。誘拐された理由について心当たりは」

猛禽を思わせる金の瞳が、ミレイに嘘偽りを許さないと真っ直ぐ見据えてきた。

見定められている。ここで有益だと示さなければ、ミレイは容易く見捨てられるだろう。かといって虚偽を述べるのはご法度。

知らず、ミレイは唾を飲み込んだ。

「多分……変なポケモンを見たからだと思う」

「変な、ポケモン……? 砂で汚れたナゾノクサか腹を空かせたデルビルみたいな、か?」

「違う。そうじゃなくて……黒い、靄っていうか……オーラ、を出してるポケモンなんだけど……」

自信がないのだろう、ミレイの言葉はだんだんと尻窄みになった。

「黒い、オーラ……」

その単語に、レオは胸騒ぎを覚えた。

ふと思い出すのは、元上司の連れていたエアームド。久しぶりに見たあのエアームドも、見た目こそ変わっていなかったが、レオが受けた印象も【黒】だった。

「……面白い」

知らずのうちに、口角が吊り上がる。

「……へ?」

レオの呟きは、小さすぎてミレイの耳には届かなかった。

「それ、警察には?」

「言ったよ。でも証明できないし、見かけたのこの街じゃないから、該当ポケモンを探すのは難しいって……。それに警察の人もずっと私の事守ることは出来ないって」

「だろうな」

これがフェナスの住人ならともかく、ミレイは異国人だ。永住をするわけでもないので、優先度は低くなる。

「いいぜ。特別に無償でお前の依頼、受けてやるよ」

『はぁ!?』

『ちょっと、どういうつもり!?』

とたん、レオの脳内に声が挿し込まれる。しかしレオはそれらを黙殺した。

「本当!? 良かった……。ありがとう、よろしくね!」

その様子があまりにも純真で、レオからすれば奇異に映ってしまう。

「お前……、騙されて泣くことになるぞ」

「大丈夫。私、人を見る眼はあるって信じてるから」

「根拠のない自信を」

「え。だってレオ、いい人じゃん」

そう無邪気に笑われ、レオの方が呆気に取られてしまった。

経歴からして大っぴらに出来ないし、生きる為には何でもしてきた。決してミレイの言うような【いい人】にとは言えない。

なのに、ミレイはレオを【いい人】だと断定するのだ。

「……お前、絶対騙されて、利用されて捨てられるタイプだな」

「え~、そんなことないよ」

「どうだか」

レオはそう肩を竦めた。

 

何せ、レオはこれからこの少女のことを利用して、捨てようという算段をつけたのだから。

だから、ミレイのレオに対する評価も絶対に覆るに決まっている。

 

しかしそんな思惑をおくびにも出さず、レオは尋ねた。

「それで、そのポケモンをどこで見た」

「……えっと、何て町だっけ」

「はぁ?」

「私、こっちの土地勘ないもん。どこの町だったか忘れちゃった」

もしかしたら事件のショックで忘れてしまったのかもしれない。しかし初対面でレオに依頼する図太さから、ミレイは素で忘れたのだろうとレオは結論付けた。

「……ハァ」

嘆息し、懐から己のP☆DAを取り出し、広げる。

「何それ」

「オーレ地方での一般的な連絡手段。ポケギアとかポケナビ、あるだろ?」

「あ、うん。……あ゛」

今更、ミレイは連絡手段も盗られていたことに気付いたらしい。

「私の携帯電話……」

「……番号を言え。紛失の手続きくらい、してやる」

「あ、うん、あと……カードの紛失届けも、お願いしたいです」

「それくらいいいが……携帯は諦めな。ああいうのは盗まれるとバラして、クリーニングして、再利用して売られるのがオチだ。精々データが悪用されないことを祈って、新しいのを買うんだな」

「……そうする」

がっくりと肩を落とし、ミレイは縋るようにレオを見つめた。

「……これから、どうしよう。あの黒いオーラのポケモン達、大丈夫かなぁ」

「あのなぁ、見ず知らずのポケモンより自分の心配しろよ。あの程度のゴロツキなら俺達の敵じゃないが、この先はどう転ぶか分かんないんだぞ」

「あら、丁度お困りのようね」

レオとミレイのテーブルに近づいてきたのは、スーツの女性とランニングウェアの男性の2人組。

「えっと、確か私を助けてくれた……」

「ああ、そうだ。元気そうで何よりだ!」

「貴女の事、気になってたのよ」

ミレイを麻袋から救出したとき、居合わせた2人だ。2人がオープンテラスの席にいたのに気付いて、寄って来たのだろう。

「攫われて、この街に連れて来られたんだろ?」

「困ってるなら、町長さんに相談してみたらどう? 街の皆、何かあると町長さんに相談してるの」

その言葉にレオは僅かに目を細めた。

 

 

 

 

 

 

まがりなりにも為政者が、しかも街の最高責任者が気軽に会いに行ける。ミレイとしては、懸案事項が一つ解決に繋がるかもしれないという期待で胸がいっぱいだった。

「……流石フェナス、といったところか」

「へ、何が?」

「簡単に会いに行ける、出入りが自由ってことはそれだけ不審者が入りやすいってことだ。市民を招くとしても、普通はアポを取らせる。人の出入りが激しければ、それだけ身の危険が身近になる」

「身の危険って……」

「上に立つ人間ってのは、それだけで狙われるってことだ。警戒するだろ、普通」

「普通、なんだ……」

オーレ地方は、ミレイの生まれであるホウエン地方よりも治安が悪いのは、身を以て知った。だから自然と、オーレ地方の住人は思考がミレイよりも物騒になる。或いはミレイが平和ボケしているのか。

「……ありがとね」

「何で、今の流れで礼になる?」

「私の事も、心配してくれてるんでしょ?」

そう笑うとレオは僅かに目を見開き、それから呆れたように大きく息を吐いた。

「どうして、そんな思考回路になるんだ?」

「え、知らない人には警戒しろって事でしょ? 違うの?」

何故だかレオは頭痛を覚えてきた。

「……お前、警戒心ってものを少しは持てよ」

「え、流石に誘拐されたから持つわよ。でも、今はレオがいるし」

「それが一番の問題だろ」

脳内に響く笑い声はシャットダウンする。すると不満だとばかりにモンスターボールが揺れだした。

「でもね、レオが助けてくれた時ね、私にはレオが白馬に乗った王子様に見えたんだ」

「……はあ?」

オーレ地方にはない概念だが、要は理想の異性という解釈をレオはした。だが、どこをどうすればそう見えたのかが分からない。流石に素っ頓狂な声を上げてしまった。

「お前……どこをどう見ればそんな感想になるんだ?」

「うん、分かってる。自分でもバカだなって思ってるよ。でも、本当にそう見えちゃって……。あんま気にしてなかったけど、レオって結構イケメンだし」

「生憎、デメリットしか感じないんだよなぁ。目立ちたくねえのに、ちょっと見れるからってキャーキャー騒ぎやがって」

「うん、それ世の中のモテたいのにモテない人に言ったら刺されるよ」

「ふん、俺を刺し殺そうとする奴がいるならお目にかかりたいね。……無論、ただで殺されるつもりはないが」

そう真顔で言うものだから、冗談なのか本気なのか判断がつかなかった。

「馬鹿な事言ってないで……その建物だろう?」

町長宅は一般的な住居よりも大きく、門構えも豪奢なのですぐに分かった。一階部分が執務室で、二階が居住区。だから基本的にはこの建物にいるらしい。

「ほら、さっさと……」

瞬間、レオは警戒度数を跳ね上げた。

 

水の街に不似合いな瘴気を身に纏った男が、そこにいた。

 

「ん? 旅のトレーナー君かな?」

不健康そうな顔色。手入れされてないのかボサボサの髪。だがそれ以上に、鮮血のような赤い瞳から印象的な男だ。舐め回されるような、蛇が獲物を見定める目がミレイと、レオを絡め取る。

本能的な恐怖を覚え、萎縮してしまったミレイの視界に、青いコートが広がる。

「そうだけど……バトルでもしたいのか?」

ミレイが男を見なくて済むように、右手で抱き寄せてくれたのだ。微かに伝わる心臓の鼓動と砂の臭いに、ミレイは不思議と安堵感を覚えた。

長身痩躯の男は、気丈に振る舞うトレーナーと怯えた様子の少女を見て、唇の端を僅かに持ち上げる。

「ふむ……。見ればなかなかいい面構えをしている」

「そりゃ、どーも」

猛禽の瞳と蛇の目が交差する。しばしの睨み合いの末、引いたのは相手の方だった。

「……いいや、今度会った時の方が楽しそうだ」

まるで無防備な背中だ。しかしレオは背後から奇襲をかけるのを諦めた。脳内を弄られるような視線だった。記憶と感情に蓋をして上辺を取り繕ってみせて、ようやく見逃された。少なくとも【今の】レオでは、敵わない。

「……何なの、あの人」

「さぁな」

ほっと息を吐いて、それからようやくミレイは現状を思い出した。

「……きゃっ!」

間近でレオの顔を見てしまい、慌ててレオを押しのけるようにして距離を取る。火照った頬は隠しようがなかった。

「っあー、びっくりした。えっと……それで、何だっけ?」

「何がだよ」

「えっと、だから……あれ?」

「……若年性アルツハイマーか」

「違うって! 何考えてたかど忘れしただけで!」

先程会った男のことなど忘れたかの対応に、レオはそっとボールを押さえた。

『お前達は、覚えているか?』

『何を?』

『確か、男の人が出てきて……何だったかしら』

『ならい』

予想通りの反応に、小さく息を吐く。

 

印象を操作されている。あれだけ怪しげな容貌だというのに騒がれる気配がないのは、誰もあの男のことをすぐ忘れてしまうからだ。この分では顔まで詳細に覚えているのはレオのみだろう。

 

厄介だと胸中で呟き、レオは親指で眼前の門を示した。

「それより、早く要件済ませようぜ」

「あ、うん、そうね!」

慌てて屋内へ駆けていくミレイを余所に、レオはゆっくりと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

しばしの待ち時間の後、通された応接室で待っていたのは小太りで呑気そうな男だった。

「旅のお方ですな? ようこそフェナスシティへ! 私が市長のバックレーです。何か私でお力になれることはありますかな?」

「あ、あの……」

おずおずと進み出るミレイだが、なかなか次の言葉が出ない。

「おお、何ですかな?かわいいお嬢さん」

「わ、私……」

「ええ」

「誘拐されて、助けられたんですけど……」

「ほう! それはそれは……お怪我はなさそうで何より」

「それで……あの……」

レオはミレイと会ったばかりだ。しかしミレイの図太さは身を以て知っている。だというのに、レオより余程親しみやすそうなバックレーに話すのを躊躇している。

「私……」

「……誘拐犯2人は、町中にコイツを連れて行こうとしていた」

仕方なしに、レオは助け舟を出すことにする。

「まさかとは思うが、人身売買のシンジケートでもあるんじゃないだろうな?」

「それこそまさかですよ! ですが、確かに不審者が暴れたとなると住民も不安になるでしょう。……ええ、分かりました。警備体制の見直しを約束しましょう!」

少し考え込んでから、バックレーは大仰に頷いた。

「本当ですか? ありがとうございます、町長さん」

「いやいやいや。礼には及びません。こんなかわいいお嬢さんを酷い目に合わせるなぞ、許してはおけませんからな。……おおっ、そうだ! 気晴らしに、ぜひ我が町自慢のスタジアムを観に行くのはどうですか? 水の都に相応しいそれは綺麗なスタジアムですぞ!」

「本当ですか? レオ、行ってみましょう?」

ミレイに背中を押され、レオは仕方なしにミレイに付き合ってやる事にした。

町長宅を出、足は自然とコロシアムへと向かう。たが、しばらく歩いてもミレイはずっと無言のままだった。

「……お前の目から見て、町長は怪しい人物だったのか?」

「あ、うーん……優しそうな人だな、とは思ったんだけど……何か、怖くて……」

「ふーん」

僅かに目を細め、レオはミレイを……正確にはミレイの目を観察する。

そもそもレオは、初対面の人間をそう簡単に信じることが出来ない。だからいかに評判の良い町長とはいえ、まずは疑いにかかる。それでなくとも、あの大男が出入りしていたのだ。欲しい【何か】がある、或いはあったのだろう。だが受け付けにそれとなく聞いてみたところ、誰もあの男のことを覚えていなかった。大男の素性を調べようとも、早々に手詰まりしてしまったのだ。

バックレーから直接探るということも考えたが、対面した時のミレイの言動がレオに待ったをかけた。

「お前……面白いな」

もし、ミレイの目がレオの考えているものと同じなら。

「え゛、何、突然」

「いや」

広場を抜け水路を辿り、街の最奥、大きなドーム状の建物のアーチを潜る。

とたん、ひんやりとした空気に包まれた。

「うわぁ」

「……ほぅ」

レオも、感嘆の声を漏らす。それくらい、水の気が強く満ちた空間だ。昼間の炎天下を避ける老人や子供の憩いの場も兼ねているのだろう。水のせせらぎをBGM活気に溢れた声が響いていた。

たが、肝心のポケモンバトルが行われている様子はない。

「あのー、すみません。今日、コロシアムっていうのは……」

「ああ……申し訳ございません。今日から3日間、メンテナンス中でして……」

とうやらタイミングが悪かったらしい。元々参加するつもりもなかったレオにしては、有り難いタイミングだ。

「そっか、仕方ないか……、ありがとうございます。レオ、行こ」

何故かトレーナーではないミレイの方が残念そうに見え、興味本位で尋ねてみた。

「そんなにコロシアムに興味、あるものか?」

「うん……興味、というから憧れ……かな?」

「憧れ?」

「私さ、ポケモントレーナーになるの諦めたんだ」

ミレイはそう俯いた。

オーレ地方ではそもそもトレーナーになれる方が稀少だ。しかし他地方では違う。

野生のポケモンが群生し、簡単にモンスターボールも手に入る。なろうと思えば幼稚園児でさえポケモントレーナーになれるのだ。

「才能ないって。いざバトルになるとポケモンに指示が出せなくて、ポケモンも満足に戦えなくて。……だから、辞めたんだ」

「……指示が出せないのはともかく、ポケモンが戦えないのは素質の問題だ。向いてないなら、別のポケモンを捕まえればいい」

愛玩用でさえ、オーレ地方では【強さ】が求められている。戦えないポケモンは高く売れない。評価されない。弱い、ということはそれだけで罪に値するというのに。

「……私は、その子と一緒に強くなりたかった。別の子なんて考えられないよ」

「それで、諦めたのか」

「うん。……バトルしなくていいって言ったら、あの子悲しそうだったけど……どこか安心もしてたし。後悔はしてないよ」

「……そう、か」

闘わなくて済む。そんな選択肢があること自体が、レオには衝撃だった。

弱ければ淘汰される。命は塵よりも軽く、尊厳踏み躙られ、存在すら許されない。そんな世界で生きてきた。

「……そんな世界も、あるんだよな」

それに嫉妬する、ということすら覚えない。

レオにとっては、オーレ地方が全てだ。この地で生まれ、骨を埋めるのだと決めている。

 

環境が違うのだから、思想も違う。そのことを理解し、受け入れ、諦めたのだ。だから羨望を抱いた事はない。

そして、今更この生き方を変えるつもりもないし、変えようがない。

ただ僅かばかり、この先の未来が少しでも良くなればいいと願うだけ。

 

「そういうレオは、大会とか出ないの? というかオーレ地方にリーグってある?」

「そんな上等なモン、ねえよ。オーレ地方は町毎のコロシアムが精一杯だ。フェナスシティならフェナス杯、パイラタウンならパイラ杯って感じで。他地方で言うリーグに一番近いのは……オーレコロシアム、だな」

「オーレ、コロシアム?」

この地方と同じ名を冠すリーグだ。特別なのがすぐに分かった。だがその名を告げた時のレオは、どこか寂しげで。

「……どうかした?」

「いーや、一介の浮浪者には縁のない場所さ」

レオは人並み程度には、闘争心はある方だと自負している。だがトレーナーとして大成しようと考えたことはない。手持ちの2匹は違う考えかもしれないが、現状は諦めてもらうしかなさそうだ。

そこでふと、レオは隣を歩く少女の顔を見た。

「え、何?」

「……何でも」

「え、ちょっと何よその悪そうな顔!」

「残念ながら、生まれてこのかたずっとこの顔だ」

「もう、イケメンなのが腹立つ〜」

仄暗い願いが生じ、それを誰にも覗かれない用奥底に隠す。

「安心しろ、お前にとっても悪い事じゃないからな」

「……本当? 本当の、本当に?」

「おいおい、何でそこで疑り深くなるんだよ」

もっと疑うべき箇所は他にもあるだろうに。そう内心で嘲笑し、それから表情を改める。

「……悪いが、野暮用が出来た。ディアを置いていくから、」

「え、私も一緒に行くよ」

モンスターボールをひとつ預けようとして、純真な眼で見上げられる。

躊躇したのは、戦力分散のリスクを考えたからだ。決して、ミレイに嫌われたくないだとか、甘ったるい感情ではない。

けれどあまりにも無防備に、全幅の信頼を寄せてくるものだから、

「……分かった」

ひとつ、試したくなってしまった。

「で、野暮用って何?」

「外に出れば分かる」

 

コロシアムの前の広場は、ポケモンバトルをするために充分なスペースが確保されている。そこは本来なら、フェナスシティの健全な若者たちが戯れていたであろう。

しかし、現在その場所を占拠しているのは明らかにガラの悪い3人組。背中に「盗」という異国の文字が刻まれた赤いジャケットが、男たちの身元を証明していた。

 

スナッチ団。

オーレ地方を牛耳っていた窃盗団。数日前に壊滅した……壊滅状態に追い込んだはずの組織。

 

平和なフェナスシティには明らかに似合わない人種。厄介事を嫌ってか、コロシアムに入る前にはあった人影が今はない。この分では警察が来るのも時間の問題だろう。

「見つけたぜ、レオ!」

「やいっ! よくも裏切ってくれたな!」

「アジトをぶっ壊しただけでなくスナッチマシンまで盗んでいくとはいい度胸だ!」

「しかも自分は女連れかよ! いいご身分だぜ!」

ヤッチーノ、ザブ、ミサンゴがレオに向かって口々に叫んだ。

「……おい待てミサンゴ。女連れに関しては否定させろ」

「ちょっと、それってどういうことよ!」

「どういうって……そういうことだが。お前を女として認識してない」

「ひっど! 失礼ね! 私だってれっきとした女の子よ!」

突っかかってくるミレイを、レオは奇異なものを見るような目で見つめた。

「……ちょっと、その視線は何!?」

「……気にするな」

「無理!」

「テメエ! オレたちを無視していちゃつくんじゃねえ!」

茶番に耐えかねて、ヤッチーノが叫んだ。

「……ん、ああ。まだいたのか」

そう、レオは嘲笑する。その横でミレイがレオのコートの裾を引っ張った。

「ねえレオ、この人達誰?」

それはレオのみに向けた問いかけなのだが、残念な事にスナッチ団3人組にも聞こえてしまった。

オーレ地方に住んでいたら4歳の子供でもスナッチ団のことを知っている。レオは察していた為ダメージはないが、ザブ達は違っただろう。オーレ地方の住民全員から恐れられている、そう自負していたのだから。

「そんな、嬢ちゃん……まさか、俺達の事を知らないのか?」

「なら、教えてやるぜ。オレ達スナッチ団はな、人のポケモンを盗む……つまりスナッチする窃盗集団だ」

「その中でもこいつはただの団員じゃない。狙った獲物は逃がさない、スナッチ団一のスナッチャー、実働部隊の幹部だったんだよ!」

ミサンゴに指さされ、レオは肩を竦めた。今更否定するつもりはない。

「それなのにこいつはアジトを爆破し、小型スナッチマシンを盗み出していきやがった」

「え、それって……本当なの?」

「まあな」

まじまじと、ミレイがレオを上から下まで視線を往復させる。てっきり侮蔑や嫌悪といった感情をすぐさま向けられるものだと思っていたのに、その反応は予想外でレオの方が戸惑ってしまう。

「くぉら! いい加減にしろ!」

「スナッチ団を裏切りやがっただけじゃなく、女まで作りやがって!  ただで済むとは思ってないよな?」

「だからコイツは何でもねえって……ああ、もしかして僻みか?」

「るせー!」

「ちょっと女性から人気あるツラしてるからって……日頃の恨み思い知れ!」

「おい、目的変わってねえかそれ」

「黙れモテ男!」

「ついでにアジトから持ち去ったスナッチマシンを返しやがれ!」

文句を言いながら、ヤッチーノとサブがそれぞれボールを投げる。出てきたのはヘイガニ、マタドガス、カイリキー、そしてヌマクローの4匹だ。

「おい、ヤッチーノも出せよ」

「そうは言ってもよぅ……オレ、バトルは苦手なんだよ」

「そんなんでレオからスナッチマシンを奪い返せると思ってるのかよ!」

「おいおいミサンゴ。そう言ってやるな。ヤッチーノは作戦指揮官じゃないか。戦闘は俺たち実働部隊、だろ? というか何でヤッチーノが出てきてんだよ」

そう、レオが嘲笑する。

「そうなんだけどよ、アジトが壊滅したせいで逮捕された奴も多くて……って何言わせんだよ!」

「大体、そうさせたのはレオじゃねーか!」

「そりゃ失敬」

反省している様子をまったく見せず、レオは肩を竦めた。

「てめえの謝罪なんて、気持ち悪いだけなんだよ!」

「マタドガス、毒ガス! ヘイガニ、泡だ!」

「カイリキーは空手チョップ! ヌマクロー、マッドショット!」

4匹のポケモンの標的は、未だポケモンを出していないレオ。

「……ったく」

一見優雅に、レオは腰のベルトに固定してあるモンスターボールを2つ手にし、開閉スイッチを押した。

「うわぁ……」

小さく、ミレイが歓声を上げた。

元トレーナーとして、イーブィの稀少さは知っている。そんなイーブィが、トレーナーに懐けば進化するとされる姿がエーフィとブラッキー。初めて見るイーブイ系に、ミレイは見惚れた。

「サイコキネシス」

囁くように。

まず、ニュイが動いた。

それはサイコキネシス、というよりもサイコカッターと言った方が近いだろう。サイコキネシスの刃が、毒ガスを斬り裂き霧散させる。いくらこちらが風下だろうと、濃度の下がった毒ガスは怖くない。

本来なら毒ガスなど無視しているところだ。毒々ならともかく、通常の毒に2匹もレオも怯むことなどない。問題なのは、明らかに戦いなれていないミレイが傍にいるということだった。

「光の壁」

続けてディアが張った光の壁に、飛んでくるはずだった泡と泥が遮られる。

そこに、ディアめがけてカイリキーが手を振り下ろす。

「やっちまえ!」

「馬ー鹿」

しかしそれを、レオは嘲笑う。

「素早さは、こっちが上だ」

カイリキーのチョップを、ディアが軽々とかわす。そして至近距離からサイケ光線。その間にニュイがヌマクローに騙し討ちを仕掛ける。

「くそっ! ヘイガ二、挟め!」

「マタドガス、スモッグを……!」

しかし、サブは指示を最後まで出すことが出来なかった。ディアのサイコキネシスにより、マタドガスが地面に墜落してしまったからだ。続けて、ニュイのシャドーボール。

「ヘイガ二!」

その一撃でヘイガ二も戦闘不能に陥った。

これでミサンゴ、サブ両名のポケモンが戦闘不能となった。しかし、レオが気を抜くことはない。

「5時の方向、8メートル」

はっとして、ミレイは右後方を見る。そこには、忍び寄ろうとしていたクサイハナがいた。

「クサイハナ、そのまま動くなよ。お前のトレーナーの眉間に風穴が空くぜ」

レオの言葉に、クサイハナが身を竦ませる。

「ハ、ハッタリだろ!?」

レオの言葉に、クサイハナのトレーナーであるヤッチーノが叫ぶ。

「おいおい。俺達の早撃ちを忘れたのか?」

「っ」

神速と称するに相応しいレオの腕前を知っているからこそ、ヤッチーノは怯んでしまった。そこを見逃すディアではない。サイケ光線がクサイハナを一撃で射止めた。

「これでお前らのポケモンは全滅したわけだが……」

しかしレオが全て言い終わるよりも先に。ミサンゴがジャケットの下を弄り、ある物を取り出した。

「スナッチマシンを傷つけたくなかったけどな、こうなったら仕方ねぇ!」

それが何かなのかをミレイが認識する前に。

「俺たちを裏切ったこと、死ぬ程後悔させてやる」

レオの背中により、視界を遮られた。

「馬鹿、じゃなくて大馬鹿けか」

レオの嘲笑。

「ぐぅっ……」

「見逃してやるから、さっさと行け」

ミレイの足元まで転がって来たのは、ドラマでしか見たことのない道具……拳銃だ。

「え……」

それはまるで玩具のようで、本物と言われても信じられない。そんなものが無造作に、地面にある。

「それとも、その状態でまだ俺に勝つつもりでいるのか?」

レオの元には威嚇をするディアとニュイ。頼みの綱の道具は既に手元になく、ヤッチーノ歯噛みした。

「ぐっ……撤退だ!」

「このままで済むと思うなよ!」

「スナッチマシンはいつか必ず取り返すからな!」

そう捨て台詞を残し、逃げていく。撤収の速さを身をもって知っているレオは、あえて追撃しなかった。

「……それで、怪我はないな?」

赤いジャケットが完全に見えなくなってから息を吐き、ようやくレオは振り返る。

「うん……」

「なら良い」

それから滑ってきた拳銃を拾い、安全装置をかけごく自然に懐に収めた。

「それ、本物?」

「当然だろ。そんな事より、早く行くぞ。また警察の世話になりたくない」

1日に2回も警察署に行きたくないし、今回は当事者だ。詳しく調べられることになる。そうなると今度は真っ黒な経歴を晒すくとになるし、誤魔化そうとするなら奥の手の偽造IDを出すことになるが、そうすると先程の取り調べで何故出さなかったのかと詰問されるのが目に見えている。なのでさっさと逃げて後は知らぬ存ぜぬを通すしかない。

だがレオ達の行手を遮るように、1人の青年が現れる。

「すまないが、少し話を聞かせてくれないか?」

トレーナーズ・トレーニングセンターの塾長セイギは、レオ達に拒否を認めない視線を向け、問いかけてきた。

 

 

 

 

 

 

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