こうなったら先にXDをプレイします。
レオがバイクを停めたのは、切り立った崖に囲まれた町だった。
時折吹く強い風が砂埃を運び、ミレイは小さくくしゃみをしてしまった。
整然としていたフェナスシティとは違い、薄汚れて雑然とした町。
「ようこそ、荒くれ者たちの集う町パイラタウンへ」
「ここって……」
その町に、ミレイは見覚えがあった。
「……私、この町で黒いオーラのポケモンを見たの。それで、あいつらに捕まっちゃったんだわ」
「成程、納得だな」
ミレイの言葉に、レオは口角を釣り上げた。
バイクを町外れの崖の影に停め、砂埃除け兼カモフラージュのためのシートを被せ、地面にペグで固定する。少し考えてから小声で何かを呟いたが、ミレイには聞き取れなかった。
「……行くぞ」
「あ、うん」
レオの仕草に疑問を覚えながらも深く追求せず、歩き出したレオの後を追った。
フェナスを出たのは昼過ぎ。レオは1度としてバイクを停めず、しかもスピードを緩めたりもしなかった。そのせいか腰が痛い。しかしそうまでしても、パイラに着いた時には夕日が沈みかけていた。
「あまり、余所見をするな。ただでさえお前は浮いてるんだ、カモにされるぞ」
「え?」
「さっきから、素行の悪そうな奴らに品定めされてるぜ」
元とはいえ盗賊団の幹部を張っていいたレオだ。スリに来た奴らの懐を逆に荒らしてやるのは朝飯前だが、今は一般人がいる。仕方なしに睨みを効かせているが、手間なものは手間なのだ。
言われて、ミレイが少しばかりレオに密着してくる。少しばかり歩きにくくなるが、文句は言えない。
あえてゆっくりと歩みを進めしばらくすると、大きな広場に辿り着いた。
「……お前が、そのポケモンを見たのはあの広場か?」
地面が所々荒れ、土の色が違う場所もある上に無造作に鉄板で補強されている場所もある。きちんとした整備もされていないが、そこはポケモンバトルのフィールドだ。
「……うん、ここ」
アイオポートから間違えてこの町に来てしまって。興味本位で覗いたこのバトルフィールドで、ミレイは黒いオーラのポケモンを見たのだ。
「ここで、黒いオーラのポケモンを見て……それで、持ち主に聞いたの。でも知らぬ存ぜぬの一点張りで……仕方ないから諦めて、ホテルで一泊しようとしたら……」
「捕まったってわけか。……そのトレーナーは誰だ?」
「えっと……」
フィールドの周囲にはガラの悪そうな男女がグループで集まっていて、来訪者を値踏みしている。その視線は当然の如く、レオ達にも向けられていた。明らかに悪意を含んだ視線に、レオは内心で舌打ちする。
「……あ、あの人」
ミレイが示したのは、大道芸人の女性。
「ねえ、レオはやっぱりこの町に何度も来たことがあるの?」
「ああ。……流石に今はいないと思うが、スナッチ団員もパイラには堂々と来るし」
「それって、大丈夫なの?」
「大丈夫だろ。……ここの警官はともかく、ここの裏を取り締まる奴が厄介でな。下手に悪さは出来ないさ」
数年前までは更に荒んでいたパイラタウンを締め上げた輩だ。本人が短絡的な性格を自覚済みの為パイラタウンを統治しようとはしないが、影響力は絶大だ。
「何かレオ、嬉しそう」
「……何故、そう思う」
「何となく」
「……まあ、何やかんやで古い付き合いだからな」
どこか照れくさそうに、レオはミレイから顔を背けた。
『あ、レオが照れてる。珍しー』
「黙れ」
どこか憮然とした表情で、レオはニュイをボールから出す。
とたん、周囲に剣呑な空気が流れるのをミレイは肌で感じた。今まで様子見をしていたトレーナーたちが、ニュイを見たとたんに殺気立ったのだ。
「さあ、バトルしようぜ」
その空気を楽しむかのように、レオは口角を持ち上げた。
「賭け代はバトルに参加したポケモン1匹。その代わり、とびきり強いやつでかかってこい。使用ポケモン1体の、バトルロワイヤルだ」
「ちょっ、レオ!?」
宣言したルールに、ミレイの方が声を上げた。レオは今、ニュイを賭け賃にすると言ったのだ。
『大丈夫だって』
思わずミレイが声を上げたが、当のニュイに止められる。
「おい、ここがどういう場所か分かってんのか?」
「勿論。泣く子も黙る決闘広場、だろ」
「……面白れえじゃないか」
最初に賭けに乗ったのはライダーの男。出してきたのはヨルノズク。それを皮切りとして、次々とポケモンが出されていく。その数合計6匹。
「全員……黒いオーラが見える。でも、こんなルール……」
レオの後ろで、ミレイが呟いた。
「甘いんだよ」
それに、レオは嘲笑する。
他地方のように、ポケモンリーグという制度はない。
あれはリーグに参加登録したトレーナーの成績に応じ賞金が支払われている。だからプロのポケモントレーナーという職種があり、生計を立てることが出来る。しかしオーレ地方にはそのような機関が存在しない。代わりに、こういった路上バトルで互いに金を賭ける。それが時には宝飾品であったり……ポケモンであったりもする。
別段と、珍しくないのだ。
「――――――――――.」
「え?」
レオの言葉を、ミレイは聞き取れなかった。あまりにも小声で、そしてそれ以上に違和感があった。まるで発音で全く違う意味を持つ言葉を聞いたような。
しかしそれが合図だったかのように。一斉に他のポケモンたちが動き出した。
そして突然湧き上がる砂煙。それがニュイの砂かけだということを、果たして理解できたトレーナーはいたか。巻き上げられたパイラタウンに吹く風を借り、まるで砂嵐の如くポケモンたちを惑わす。
「ポポッコ!」
「ヨルノズク、しっかりしろ!」
空を飛ぶ2匹が、まずまともに砂の影響を受けた。やみくもに攻撃をしようとしたヨルノズクはムウマと戦いを始め、ポポッコは風に流され目標を定められない。
「これくらい、どうってことないさ!」
それを好機とみたマグマッグが、その外見に似合わぬ俊敏さでポポッコに体当たりをする。炎の体があっという間にポポッコに火傷を負わせた。
「ヌオー、行け!」
水と地面の複合タイプであるヌオーには、そもそも砂嵐など関係ない。舞い上がる砂などものともなしに、隙を見せたマグマッグに突進した。
「ありゃっ!?」
「相手は1人じゃないってこと忘れるなよ!」
「それはこちらの台詞だな」
ヌオーの背後からニュイが飛び出し、シャドーボールを発動。穴を掘って姿を晦ませていたのだ。背後からの強襲を受けたヌオーが地面に倒れる。
「ピックのヌオーが一撃でやられた!」
「あのブラッキー、強ぇ!」
観客たちから賞賛が上がった。
素人目のミレイから見ても、ニュイの強さは異常だ。トレトレのときでも見たが、かなり素早い。砂に紛れてあっという間に穴を掘り、身を潜める。そして誰も気付いていないが、身を隠している間もニュイはサイコキネシスで大気に干渉し砂嵐を再現している。複数の技を同時に展開し、継続させられる技。4つまでしか覚えられないと言われている、技の制限を軽々超えるキャパシティ。どれもが規格外。
レオはそれを当然の結果、或いは想定以下であるかのように不機嫌な表情。
「甘いわよ!」
どうやらトレーナーたちはまずレオを先に仕留めることにしたらしい。敵意がレオと、そしてニュイに集まる。それを肌で感じ、レオは僅かに気分が昂揚する。
流石に長時間砂嵐を継続するのは辛く、視界が晴れる。しかし、モココの体当たりが命中するかどうかはまた別。持ち前の俊敏さでニュイはモココの攻撃をかわした。目標を見失ったモココが突っ込んだ先にはマグマッグが。
「モココ!?」
炎の体に触れ、モココの体毛が焼ける。そしてマグマッグもモココの静電気で麻痺をしてしまった。そこに、ニュイの追い打ち。2匹纏めて気絶する。
「チャンス!」
今まで火傷を負いながらも辛抱強く待っていたのだろう、背後を取ったポポッコが上空から体当たりを仕掛けてきたのだ。ポポッコのトレーナーであるライダーも、勝利を確信する。
しかしそれは早計過ぎた。
ニュイはまるで背中にも目があるかのように、ポポッコの攻撃を避ける。勢い余ったポポッコが地面に倒れた。追い打ちにポポッコに突進をしたニュイは、勝ち誇った顔をした。
しかしニュイは忘れていた。上空にヨルノズクもいたことを。
「行けっ!」
油断していたニュイは、今度こそ攻撃を避けられなかった。ムウマとの戦いを制したヨルノズクはずっと空を飛び様子を伺っていたのだ。
「催眠術!」
ヨルノズクの催眠波から、ニュイは逃れることが出来ない。眠さに負け、ニュイが膝をつく。
その直前。
「ニュイ!」
レオの怒声が飛んだ。
気迫の籠った、一言だけで場を制す声。間近で聞いたミレイだけでなく、囃し立てていた野次馬も思わず身を竦ませてしまう、そんな気迫の籠もった声。
それをまともに受けたニュイは、慌てて飛び起きたのも当然だろう。慌ててニュイは、今の失態を誤魔化すべくヨルノズクを仕留めようとする。
本来であれば、ヨルノズクの機動力があれば回避できるのだろう。しかしヨルノズクもまた、レオの声を受け怯んでしまっていた。
しかしニュイが動かなくとも、勝敗は既に決まっていた。
何故かヨルノズクの体力の尽き、地面へと落下する。墜落する直前でヨルノズクのトレーナーがボールに戻すことに成功していたが、戦闘不能なのは明白だ。
「え、何で?」
「わざわざ手の内を明かすか?」
ミレイの呟きが聞こえたのだろう、レオが振り返る。それから嘆息する。
「……ブラッキーは体毛から毒を分泌する。初手、砂と一緒に毒を付着させてたんだよ。ヨルノズクはムウマとの戦闘で体力も大分削られていたし、3秒で足りた。……それで」
再度振り向き、レオは決闘広場を睥睨する。
「俺の勝ちだ。文句ないな」
誰も、何も言えなかった。
圧倒的過ぎて言葉に出来ない。いちゃもんをつける事も許されない貫禄。そんな静寂か場を支配している。
「オラ、何してんだテメーら!」
そんな中響いた怒声は、一陣の風のように場の空気を入れ替えた。
野次馬を割って進み出て来たのは、新緑色の髪の青年だった。同色の瞳で睨みをきかせるだけで、パイラの住人たちは射竦められる。
「ルールに同意して参加したんだろうが、ならさっさと出すモン出せ」
「し、しかしよぅ、マサ……」
ライダーの男が言い募ろうとするが、マサは視線で黙らせた。
「セニョ、テメエまさかルール破るつもりか?」
「……くっ」
ルールは所詮口約束。破ったところで逃げられてしまえばそこで終い。その前にルールさえ成り立たないのが普通だった。
それを変えたのが、このマサだ。
バトル前にルールを確認し、遵守させる。破った者には制裁。それでも揉めるなら両成敗。たったそれだけのことだが、今まで誰も出来なかった。それをマサは単身でやり遂げたのだ。無論反抗する者はいたが、その声すらマサは捻じ伏せた。
マサが仕切る場で、反抗してはならない。パイラの破落戸なら叩き込まれている絶対的存在の人間が出てきた以上、彼らは逆らうことが出来なかった。
程なくして黒いオーラのポケモンたちは“合法的に”レオの元に集まった。その頃には野次馬も散り、決闘広場に人気はなくなっていた。残されたのはレオとミレイ、そしてマサだけ。
「……とりあえず、場所を移動するぜ」
「だな」
マサの提案にレオは頷き、ニュイを戻す。それからミレイを視線で示した。
「先に、紹介しておく。こいつはマサ。……パイラの、裏の顔役だ」
「どーも」
片手を挙げ、マサは人の良さそうな笑みを浮かべた。
◇
「改めて、マサだ。よろしくな」
差し出された右手を、ミレイは躊躇いなく握り返した。
マサに連れられて来たのは、パイラの路地裏の更に奥。崖の一部をくり抜いて作られた空間だった。入り口は目立たないようカモフラージュされていて、さながら秘密基地だ。作業台には紙が広げられていて、何かの図面が引かれている。隅に積まれている木箱にはぎっしりと物が詰まっていて、更には土の部屋に似つかわしくないパソコンと、ポケモンを自動的に回復させるマシンが鎮座していた。
「ミレイです。初めまして」
「話は聞いてるぜ。初対面にも関わらずコイツと同行しようなんていう奇特な女だって」
「き、奇特……?」
あまりの言い草に、ミレイの目が点になった。
「いやいや、褒めてるんだって。だってこいつ、目つきが悪いし愛想ないし。誘拐された後で、よくもまあこんな顔だけ良い極悪人に声かけたよな」
表面上はにこやかに。しかしマサは明らかにミレイを品定めしている。だが敵意はなく、しかもレオと親しい。だからミレイは肩の力を抜いた。
「あ、うん……多分火事場の馬鹿力的なものだと思う」
「だとよレオ。残念じゃねえか、それくらい切羽詰まってないと声をかけないくらいタイプじゃないだとよ」
笑いながらマサがレオの背中を叩く。
「……色々と訂正したいところはあるが。とりあえず黙れ」
レオは憮然とした表情で肩に回そうとするマサの手を払いのけた。しかしそこに本気の拒絶はない。
「くだらん無駄話をしている暇はない」
「甘いな、レオ。急いたって良いことないって」
口調は茶化しているにも関わらず、マサの言葉には重みがあった。
「フン、分かってる」
「……分かってねえから言ってるんだろうが」
そう苦々しげに吐き捨てたマサの言葉を聞き取れたのかいないのか。レオはバトルを終えたニュイと、譲ってもらったばかりのポケモンが入ったボールを回復マシンにセットした。
「しっかしまあ、派手に暴れてくれたじゃねえか。お蔭で決闘広場は暫く閑古鳥が鳴くっての」
「フン、知るか」
「ったく、素っ気ねえヤツ。……そういや、ニュース見たぜ」
マサは口元に、弧月のような笑みを刻んだ。
「ド派手にアジト破壊したみたいじゃねえか。まさかあの火薬でこんな事をしでかすなんてな」
「悪いか?」
当然だが、マサはレオがスナッチ団員だということを知っている。スナッチ団の頭領を、もしかすると実の親以上に慕っていた事すら。
だから、解せない。
「なあ、どういうつもりなんだ?」
町の破落戸ならビビり散らかす睨みを、レオは平然と受け流す。
「後始末しただけだよ」
「あのなぁ……」
「それより、このポケモンだよ」
マサの訴えを無視し、レオはマクノシタの入ったボールを見せる。
「決闘広場のポケモン達も、コイツと同じ黒いオーラが視えたらしい」
「あー……やたら凶暴なヤツらの事だな」
話の流れを変えられ、仕方なしにマサはそれに従った。色々と言いたいことはあるが、部外者がいるところで話せることは少ない。
「え、マサさんも知ってるの?」
ようやく口を挟んでも良い話題になり、ミレイが前のめりになる。
「呼び捨てでいいぜ。敬称つけられるのってむず痒くなっちまう」
そう苦笑いし、マサは腰のベルトからモンスターボールをひとつ投げる。
「ほらよ」
ボールから飛び出したのはオオタチだった。オオタチは周囲を一睨み睨みし、見慣れぬ人間……レオとミレイを標的に定めたらしい。体当たりをしようとして、しかしすぐにボールに戻された。
「どうだ、コイツ」
「うん。黒いオーラ……間違いなく出てた」
ミレイの言葉に、マサは口笛を吹いた。
「マジかよ。全然視えねえわ」
「お前は元々そっち方面は苦手だろうが」
「うっせ! 一応、誰彼構わず喧嘩売ってるというか、ずっと怒ってるような感じは伝わってんだよ。そういうレオはどうなんだよ」
「……何も、視えない。ただ……」
そこでレオは苦々しそうに言葉を切り、頭を振った。
「……いや、何でもない。それで、本拠地は」
「まあまあ。慌てんなって。順番に話してかないと、ミレイが混乱するだろ」
「チッ、まあいい。話せ」
「何でお前が命令するんだよ」
腕を組み、勝手にパイプ椅子に座るレオの態度に文句を言ってから、マサはミレイと向き合った。
「まずこのポケモンだが、貰った時にこう言われたんだよ。……このダークポケモンで暴れろ、ってよ」
「ダークポケモン……黒いオーラが出てるポケモンたち、のことよね」
「だろうな。んで、それを作ってるのはシャドーって組織。俺は、パイラコロシアムで優勝したときこのダークオオタチを貰った。決闘広場でダークポケモンを使ってた他のトレーナーも、全員パイラコロシアムで優勝経験がある」
「パイラコロシアムで優勝した人に、ダークポケモンを渡してるってこと?」
「その通り」
したり顔で、マサが頷く。それにレオは嘆息しつつ口を挟んだ。
「……パイラコロシアム主催者は、ギンザルだったな。そこまで分かってて、どうして手を出さない」
「それが、最近解せないんだよなぁ。あのオッサン、パイラじゃ珍しく実直だったのによ。コロシアム中止しろって声がちらほらあるのに、中止できないって一点張りで」
気まずそうに、マサが後頭部を掻いた。
マサが裏の顔役ならギンザルは表の代表。生まれも育ちもパイラタウンのくせに、悪事に染まりきらなかった変わり種。だからこそマサは、ギンザルの人柄を買っている。
「なら、ダークポケモンを貰ったのはどこだ」
マサのギンザルに手を出したくないという言外の訴えに、レオは矛先を変えた。
「崖っ淵に立つ廃ビル。アンダーに繋がってるヤツ、あるだろ? あそこで渡された」
「……ああ、あのビルか」
脳内で、地図と照らし合わせる。レオ自身は足を踏み入れたことはないが、存在は知っている。
「そ、試しに忍び込もうとしたんだけど。正面出入り口は普段鍵かかってるし、屋上からの侵入もずっと見張りがいてよ」
「見張りとは……何かあると言ってるようなものだな」
「そ。……しかも屋上によ、崖ん中入る洞窟があった。地上からは見えないし、実際に俺も知らなかったし、上空からじゃないと気付けねえわ、アレ」
「……御託はいい。とにかく、その廃ビルに行けばいいんだろ?」
「ってちょっと待てって。今から特攻する気か!?」
立ち上がったレオに、慌てたのはマサだ。
「いやいや待てって! 敵の本拠地だぞ!? もちっと慎重に行こうぜ」
「善は急げ、と言うだろう」
激昂を秘めた目と、零度の視線。どちらも一歩も引かず、睨みつける。
「……わーった」
先に視線を逸らしたのはマサだった。大きく嘆息し、肩を竦める。
「そんじゃ、こうしようぜ。俺もトレーナーの端くれだ。ポケモン勝負で決めるってのはどうだ」
「……いいだろう」
レオも小さく息を吐き、その話に乗ることにした。
てっきりミレイは外に出るものだと思った。しかし2人が示したのは更に奥。狭い通路を抜けた先には、小さいながらもバトルフィールドがあった。
「ここ、大丈夫なの?」
崖の中の空間だ。ポケモンが暴れたら崩落しそうで、レオに縋ってしまう。
「あんま使わないけどな、レオとディアがいるなら大丈夫だろ。俺にもフィリアがいるし」
それでも念の為と、マサはサーナイトを出した。レオもそれに倣いディアを出す。崩落しそうになったらサイコキネシス岩盤を支え、テレポートで脱出する算段だ。
「使用ポケモンは1体、でどうだ」
「成程な、いいぜ」
ダブルバトル基本のオーレ地方であえてシングルを持ちかけたマサの意図を、レオはすぐに察した。
少し考え込んでから、レオが出したのはヨルノズク。そしてマサは先ほどのオオタチを出した。
「ダークラッシュ!」
動いたのはオオタチが先。ヨルノズクに向かって突進する。
「ヨルノズク、空を飛べ!」
飛行ポケモンであれば常日頃から行なっていること。攻撃技である必用はない。だがヨルノズクはレオの指示を無視し、オオタチへと突進していった。
「なっ」
ポケモンがトレーナーを【親】と認めていないとき、勝手に行動することは多々ある。しかし、今の命令無視は何かが違った。
オオタチに弾き飛ばされたヨルノズクは、空中で体勢を整え再びオオタチへと突進する。
まるで、それしか知らないように。
「迎え撃て!」
対し、オオタチはマサの命令に忠実に従っている。力強く地面を蹴り、ヨルノズクと正面からぶつかり合った。
「他の技を、知らないのか」
「ああ。ダークポケモン固有の技、ダークラッシュだ」
力比べはオオタチに軍配が上がる。弾き飛ばされたヨルノズクだが、空中で体勢を立て直しオオタチの頭上を旋回する。
しかし、オオタチも無傷ではなかった。
「自分を省みず攻撃を続けるもんだから連発は出来ねえ。でも、それしか覚えてないからやるしかない」
「……面倒だな」
顔を顰めるレオに、マサは腕組みをして頷いた。
「……しっかし、そっちのヨルノズク、やたら凶暴だな。うちのオオタチは素直に聞くのによ」
「性格の違い、じゃないか」
「かもな」
ようやくミレイは分かった。2人はダークポケモン同士を戦わせることで、情報共有と分析しようとしているのだ。
「ヨルノズク」
そう呼びかけたレオは深く息を吐き、目を伏せる。
「……行け、ダークラッシュ」
その声は、ぞっとするくらいに低く、冷たい声だった。
「オオタチ!」
反射的にマサは叫んだ。その声を受けたオオタチがヨルノズクを迎え撃つ。しかし、3度目の対決はヨルノズクに軍配が上がった。
地面を転がり、すぐに立ち上がりはしたものの、オオタチの息は荒い。
「くそっ、オオタチ……!」
互いにダークラッシュのダメージと反動で満身創痍だ。横目でそれを確認したマサは、改めてレオと対峙した。
「ヨルノズク」
レオもそれが分かっているのだろう。絶対零度を思わせる声でヨルノズクに命じようとする。勝負を、決めに来たのだ。
「……レオ!」
しかし、その空気を壊したのは観戦していたはずのミレイ。
「黒いオーラが……、赤くなった……!」
オーラの視えないマサでも、ヨルノズクの興奮を肌で感じ取る。なら、マサよりも敏感なレオが分からないはずがない。そう、とっさにレオを見たマサは、息を呑んだ。
レオは、嗤っていたのだ。
「ダークラッシュ!」
トレーナーの命令に従い、赤黒いオーラを纏ったヨルノズクがオオタチへと突進する。先程とは段違いのスピードと、パワーにオオタチは反応することすら出来ない。
「オオタチ!?」
急所に攻撃を受けたオオタチは気絶してしまう。しかしヨルノズクは、オオタチを仕留めただけでは飽き足らないらしい。次の標的を決め、襲いかかる。
「くっ、そっ!」
ダークラッシュしか分からないことは幸か不幸か。あの鋭い爪を使用することなく突進してきたヨルノズクを受け止め、押さえ込む。それでもヨルノズクは暴れ、嘴で啄もうと首を回した。
「ヨルノズク!」
次の瞬間。空気を震わせる怒声が響いた。
肌を震わせる振動がビリビリと伝わる。声量はそれほどではないはずなのに、耳朶を直接叩かれたような衝撃で体を動かせなくなる。
対象外のマサでさえ怯んでしまいそうになるのだ、ヨルノズクはビクリと身を硬直させた。
「……すまん、回収が遅れた」
「気にすんなって」
バツの悪そうな顔をしながらヨルノズクをボールに戻すレオに、マサは気楽に笑ってみせた。自分もオオタチをボールに戻し、手を軽く振る。
「お前とスパーした方がキツイ」
「……そう、か」
僅かに、レオの表情が苦悶に歪む。それは、正面から対峙しているマサだから分かったもの。
「っ、やっぱお前……!」
「ミレイ、赤いオーラはどうなった」
しかしレオはマサを無視し、ミレイに尋ねる。その時には既に表情を取り繕っていたから、ミレイは気付けない。
「えっと……レオに名前呼ばれたら消えて、元の黒いオーラだけに……」
「……今のが、多分ハイパー化だ」
問い詰めるべきか否か、少し悩んでからマサが口を開いた。
「破落戸の連中で噂になってたんだよ。元々凶暴なダークポケモンが、より一層凶暴になるって」
「ハイパー……化?」
「誰が言いだしたのか知らねえけど、な。ハイパー状態になると命令を一切受け付けなくなって、自分の体力が尽きるまで暴れ続ける……って話だ」
「そんな……」
話を聞いて、ミレイが痛々しげに拳を握りしめる。
「……でも、さっきヨルノズクのオーラは元に戻ったよ」
「名前を呼ばれ、我に返ったってことか」
「……だろうな。だけど、ちいっとばかし強すぎたな」
「分かってる。……それで、俺の勝ちなわけだが」
そう宣言すると、マサはあからさまに渋い顔をした。
「はあ!? あれ、ノーカンだろ」
「約束は約束だろ、まさかお前が破るのか?」
「あ゛、ぐ、くそ……」
まさか自分が打ち立てたパイラのルールを破るのかと、悶えるマサを見てレオはニヤニヤ笑った。頭を抱えて掻き毟り、上目遣いでレオを見る。
「……分かった、今、自分が万全だって宣誓するなら止めねぇよ」
「っ」
今度はレオが言葉に詰まる番だった。
「なら、今日はナシだ。明日ギンザルに直談判して、情報集めてからにしろ」
レオの反応で、マサは自分の勘が外れていなかったことを知った。レオの胸倉を掴み、ミレイに聞き取られないよう耳元で囁いた。
「波導が乱れてる。何、やった」
「………」
「チッ、だんまりかよ。……まあいい、そういうこった」
「……後で覚えていろ」
「おー怖」
手を離しおどけてみせてから、ミレイに笑いかけた。
「実際問題、ミレイがいるだろ?」
「え、私?」
「いいかミレイ。レオの基準は色々ぶっ飛んでるから、一般人が出来ないことは出来ないって、ちゃんと教えてやってくれ。その辺、ディアとニュイも役立たずだから」
『あー、どういう意味だよ!』
『失礼ね!』
「サイキネありきで作戦決める時点で、お前らも文句言えねえんだよ」
それからマラはミレイの肩に手を置いて、
「ホント、頼むぜ。コイツ、育ちの所為で一般常識諸々抜けてるからよ……」
「具体的には?」
「ショートカットつって、パイラの崖サイキネで飛び越える」
「うわ」
ミレイは別に高所恐怖症ではないが、それでもあの崖を飛び越えるという発想にはならない。
「あと、平気でポケモンバトルに割り込む」
「それは人の事言えないだろ。っつか、あくまでポケモンバトルの範疇だったら手を出すつもりねえよ」
「うん、普通に割り込んでたよね」
町長宅でマクノシタを投げ飛ばしたり、ミレイを逃がす為に体を張ったり、それはミレイも知っている。
ポケモンバトルに人間が割り込むのは自殺行為だ。しかしレオはそれを平然と行うものだから、てっきりミレイはオーレ地方ではそれが普通なのかと思ってしまった。だがそれは普通ではなかったらしい。
「……とにかく」
分が悪いと判断し、軽く咳払いを挟んでレオは話題を変えた。
「今日はもう動くつもりはないからマサ、こいつ、お前の所で一晩世話頼めるか?」
「ばっ、おまっ、出来るわけねえだろ!」
とたん、マサが顔を赤くして叫んだ。
「何故だ?」
「何故って、お前、決まってんだろ! 男と女、しかも初対面で同じ部屋で寝れるか!」
「え? 私は大丈夫よ。校外学習でキャンプもした事あるし」
「ミレイは危機感持て! 一般常識考えろ!」
ひとしきり突っ込んで、肩で息をするマサにレオは慈愛の籠もった眼差しを向けた。
「分かってるさ。
◇
パイラタウンに宿泊施設というものは1件しかない。スーパーグランドホテルという名ばかりの老朽化が進んでいる建物だが、1泊する分には問題ない。
結局マサには拒否られ、2人はホテルを利用する事にした。見た目は寂れているが、寝具はきちんと洗濯されている。その事にミレイは安堵した。誰が使ったのかも分からないシーツを使う暗いなら、野宿の方がマシだ。
「なんか、マサに悪い事しちゃったかな?」
「気にするな」
寂れている割には部屋の稼働率は高く、取れたのはツイン一部屋。つまりレオとミレイは同室だ。
ちなみに何故稼働率が高いのかというと、
「……何か、壁、薄いね」
顔を真っ赤にして俯くミレイ。
つまり、宿泊ではなくそういう意味での休憩が主な役割が強いからである。だからシーツも使い古されてはいるが洗濯済みなのだ。
「仕方ないだろ」
平然と戸締りを確認してから、レオは備え付けてあった衝立を、ベッドの間に動かす。
「というか、お前はいいのか? 俺と2人で……こいつらがいるとはいえ、俺の手持ちなんだ。基本的には俺の意思決定に従うぞ」
「え、でもレオが私をどうこうするつもりなら、とっくにしてるでしょ?」
きょとんとした顔で言うミレイに、レオは大きく息を吐いた。
「……本当に危機感どこに置いてきたんだよ」
何故レオの方が精神的疲労を感じるのか、意味が分からない。
『大丈夫よ、ミレイ。レオを強姦魔にはしないから』
『俺達、盗みはしたけど薬や人買いは大っ嫌いだからさ』
「うん、ありがと。あ、お風呂どうする?」
「……先に使え」
備え付けのバスタオルを、ミレイに放り投げる。もう相手をするのも疲れた。
「……言っとくけど、見ないでよ」
「安心しろ、興味ない」
「それはそれで酷い!」
頬を膨らませてから、バスタオルを持ってミレイはシャワールームに消えて行った。
常人よりも鋭い五感が布擦れの音を捕捉し、すぐに意識を別のところに向けようとして、失敗する。
「……本当に、緊張感のない」
集中できない。
どうしても、壁一枚隔てたところにいる他人を意識してしまう。
己の知覚範囲内に他人が存在することは、今まで当然のことだった。スナッチ団幹部として1人部屋を与えられていたとはいえ、他の部屋には団員達が雑魚寝していたし、同じ屋根の下色々と意識せざるを得ない事は多々ある。
相手がただすり替わっただけ。だというのに、どうしても意識してしまう。
「……クソッ」
小さく吐き捨て椅子に深く座り直してから、レオは左肩のスナッチマシンを外した。慣れ親しんだ重みから解放され、若干痺れの残る左手首を軽くスナップさせる。それから、荷物袋を漁り工具を取り出した。
動作不良を防ぐためにも、スナッチマシンの整備は欠かせない。とはいえ、レオもこのスナッチマシンの構造を全て把握しているわけではない。出来るのは簡単な整備だけ。
そもそもどうしてスナッチ団がこのマシンを手に入れたのかも、首領は教えてくれなかった。
エクロ峡谷で行き倒れていたレオ達を拾い、素性を詮索しようともせず、気紛れで雑用係に任命したボス。子供だからと最初は侮りながらも、徐々に認めてくれるようになった団員たち。
犯罪組織だということは理解していた。けれどもレオに帰る場所はなかったし、帰ってはいけなかった。だから一時の仮宿として、いつでも囮にするつもりで、潜り込んだ……はずだった。
しかしいつの日からか、彼らを家族のように思ってしまった。だから、自らの手で終わらせた。
後悔はない。未練もない。スナッチ団の存在は、レオの最終目的が果たせないどころか、足枷となってしまうことが目に見えていたから。
だから、けじめをつけた。
「……親父」
呟いて、レオは唇を噛み締める。いつの間にか、整備の手が止まっていた。
感傷に浸りすぎた。小さく舌打ちをして作業を再開する。しかし、結局それも続かなかった。
「ちょっと聞いてレオ!」
荒々しく扉が開かれ、ミレイが飛び込んできたのだ。
「ここのホテル、お湯が全然出ないんどけど!」
「……それくらい、我慢しろ」
「でも、寒くない?」
砂漠の寒暖差を考えれば、まだ序の口だ。しかし他地方から来たミレイには酷だろう。
「ったく」
仕方なしにレオは工具を戻し、空調機の電源をつけた。
「というかお前……」
おろしたての、カジュアルな室内着は体のラインをあやふやにしている。まだ湿ったままの髪は下ろされ、風呂上りで体温が上がっているためか血色が良い。気のせいかリンスの匂いまで漂ってきそうだ。
元来レオは性欲が薄い。男色家なのかとスナッチ団員時代に揶揄されたことすらある。余談だが揶揄ってきた連中は全員シメた。
しかしこの場合、それが功を奏したのだろう。
「無防備過ぎだろ。襲われたいのか」
まがりなりにも年頃の男女が、狭い空間に2人きり。そのことに、ミレイはようやく気付いたらしい。しかも片方は風呂上がり。
あえて、ミレイの頬にゆっくりと指を滑らせる。
「え……え!?」
遅まきながら顔を真っ赤にするミレイのその反応にレオは嘆息し、すぐに距離を取った。
「安心しろ、興味ない」
「ちょっ……それはそれで酷くない!?」
ミレイの叫びを聞き流し、レオは整備を再開した。
◇
閉じられていた窓が勝手に開き、音もなく侵入者が部屋に入り込む。
「お前、ちゃんと玄関から入れよ」
「とか言いつつ、簡単な鍵しかかけてないだろ」
「悪かったなぁ、簡単なのしか仕掛けられなくて」
蒼のコートを翻し、レオは行儀悪く後ろ手で窓を閉める。それをマサは、酒瓶とグラスを持って出迎えた。
「それで、何があったんだよ」
「何、と言われてもなぁ」
疲れもあってか早めに就寝したミレイの護衛をディアとニュイに任せ、宿を抜け出して来たのだ。
昼間は出来なかった、ミレイには……自らの手持ちにすら聞かせたくない会話をする為に。
「言っただろ、魔眼持ちの女を確保したから連れて行くって」
マサに促される前に、当然の如く上座の椅子に座る。それからマサも向かいの椅子に座り、己のグラスに瓶の中身を注いだ。
「一方通行ですぐに通話切られたけどな」
その事をマサは怒っているわけではない。問題なのはむしろ、先程のバトルでの事だ。
あの時垣間見たレオの嗤いと、その後の苦悶の方が、マサにとっては問題なのだ。
「……ヨルノズクに、何を視たんだ?」
「……何も」
「何もってお前……!」
「何も、分からなかったんだよ」
そう吐き捨て、レオはマサの持つ瓶を奪う。そして手酌で注いだ琥珀色の液体を一気に呷った。
「ヨルノズクにあるのは、破壊衝動のみ。他のダークポケモンも似たり寄ったりだ」
「そっか……ってお前!」
「問題ない。さっきはハイパー化に充てられただけだ」
「それはそれで問題だろうが。お前、共感能力高いんだから」
「ボールから出さず、意識しなければどうとでもなる。それで、アイツからは?」
「順調、だとよ。この前薬も渡せた。……レオに、会いたがってたぜ」
「面倒だな、小言を言われそうだ」
「小言言われることをしてるって、自覚はあるんだな」
アルコールを舐めながら、マサが笑う。それから一転し、レオを睨んだ。
「ま、スナッチ団のアジトに関しちゃ、爆薬融通した俺も同罪だがよ。……何で、あんな事しやがった」
「ただの、気紛れだよ」
「嘘だな」
レオの戯言は、一刀両断される。
スナッチ団にはスナッチ団の流通網がある。しかしレオは、それを使わずマサに爆薬の調達を依頼した。その時にきちんと用途を確認していなかったのは、マサのミスだ。
マサは、レオがスナッチ団を嫌っていないことを知っている。特に首領ヘルゴンザのことは、もしかすると肉親よりも慕っていることも。
「まさかとは思うが……禊、じゃねえだろうな」
「……色々と、思うところがあるのは確かだな」
「あーそーかい」
頑として口を割らないことを悟り、マサはレオの手元にある瓶を握る。
「じゃあよ、俺からの酒は飲めるか?」
その質問に、レオは言葉を詰まらせてしまう。
「………」
逡巡の後、レオは軽くグラスを傾けた。一度は乾されたグラスに、再び液体が注がれる。それを今度は唇を湿らせる程度に舐め、
「……不味い、な」
「文句言うなら、飲むなよ」
「贅沢を言うつもりはない」
それでもレオはまた口をつけた。
「……やっぱり、辛いか?」
「いいや。むしろ、今の方が調子いいんだ。怒りと怨嗟が、俺を繋ぎ止める」
「それで体調崩しちゃあ、世話ねえだろ」
「違いない」
レオはそう笑うが、マサにとっては笑えない事だ。
「……なあ、やっぱり」
「マサ。いくらお前でも、その先は許さん」
あくまで柔らかく、レオが言う。
「お前の言葉は、俺への侮辱だ」
「だとしてもよ、散々、言ってきただろ……!」
乱暴に、マサはグラスをテーブルに叩きつける。頑丈だけが取り柄のグラスは、呆気なく罅が入った。
「俺は、絶対に認めねえ」
「マサの意志が介入する余地などない」
そう、幼馴染の言葉をレオは切り捨てた。
「なあ、マサ」
そうして、あえてレオは笑う。
「俺は感謝してるんだ。お前らがいてくれたお陰で、義務は使命に変わった」
「っ」
「お前達が俺を、人形から人間にしてくれた。人間の情を知って、俺は自分の意志で選ぶんだ」
マサの善意の行動もあったから、レオは独り地獄へ往くのも悪くないと思えるようになった。それはレオにとっては喜ばしく、誇るべきこと。
だがマサにとっては違う。マサの善意が、レオの意志をより強固にさせた。それは、マサに絶望を味わせるには充分に違いない。たから今まで、レオは言わなかった。
「……俺が、そうさせたってのかよ」
「いいや、俺自身で決めた事だ」
強制されたと言われた方が、マサには救いだったろう。そうすればマサの中では大義名分が出来る。しかしこれは、レオ自らが望むこと。
「なあマサ。俺は既に道を定めている。フラフラしてる、お前とは違うんだよ」
そうしてレオはグラスを空にし、音もなく姿を消した。
◇
朝食なんてものは用意されているわけがない。いつの間にかレオがショップで買ったサンドイッチと牛乳で腹を満たし、チェックアウトする。
「よう」
するとそこには、出る時間を教えたわけではないというのにマサが待っていた。
「……暇人め」
そう毒づくレオの肩をマサが叩く。そんな気安げな態度も、マサだから許せるのだ。
「へっ。昨日大暴れした余所者に、お礼参りがないとも限らないだろ?」
「何を言っている。俺がそんじょそこらの破落戸に負けるわけないだろ」
「お前の心配じゃなく、再起不能にされちまわないかが心配なんだよ」
「案ずるな。一般人相手だろうと手加減はしない」
「余計心配じゃねえか!」
「とまあふざけるのはこれくらいにして、だ。ギンザルに会いに行くなら、俺がいた方がいいだろ?」
「……それは、そうだが」
パイラタウンで顔が効くマサがいれば、ギンザルとの面会もすんなりいくだろう。それを理解しているが、レオはマサが共に行くのを渋った。
マサは、これ以上レオが独断専行をしないようにする為の監視をするつもりだ。
「何にせよ、俺のやる事は変わんねえよ」
そうマサが笑うので、諦めてマサの同行を認めるしかなかった。
「それに、お前って昔っから頑なだもんな」
「煩い。それを言うならマサもだろうが」
互いに小突き合う。レオはそれなりに力を込めたつもりだが、マサはビクともしなかった。
そんな2人のスキンシップが羨ましくて、ミレイはそっと息を吐いた。
「……いいなぁ」
『何が?』
「レオとマサ、昔っからの悪友みたいな感じ。私にはいなかったからさ」
『そうなの?』
「ウチ、転勤族で仲の良い友達ができてもすぐ別れちゃったからさ……。あ、今はミシロタウンに定住してるんだけどね」
『ふーん』
「それに、さ。何か……」
普段は大人びているレオが年齢よりも幼く見えて、それが可愛らしく思えたのだ。本人の為に口にしなかったのだが、ミレイは知らない。
『はあ?』
『そうかぁ?』
2匹は、要はテレパシーのようなもので会話しているのだ。つまり、考えている事も伝わってしまう。あえて言わなかったことも筒抜けなのだ。
そしてそれは、実はレオにまで伝播していた。
「ぐおっ!?」
訳も分からず突然肩を強打されたマサは文句を言おうとして、しかし何も言えなかった。何せ、あのレオが微かにとはいえ耳を赤くしているのだから。
「……ほ〜う」
マサのにんまりとした表情から、ディアかニュイが告げ口したのだろう。その笑い方に腹が立ち、蹴りつける。
「どぅあ!?」
明らかな照れ隠しにしては破壊力が高く、慌ててマサは飛び退いた。
「さっさと行くぞ」
「おいこら待てって!」
「……何かあったの?」
『知〜らない』
『何でもないわ』
『ほら、早くしないと置いてかれるよ』
何が起きたのか分からないままニュイに促され、急いでミレイは2人の背中を追いかけた。
幸いなことに、ギンザルの家はすぐ傍だった。
「ここなの?」
他の家に比べて幾分頑丈そうな家屋。何度か塗装が塗り直された跡があるのは、落書きがされる度に上塗りをしているからか。2階建ての平屋は窓も少なく、中の様子が伺い知れない。
「……騒がしい、な」
だというのに、レオはそうぽつりと呟いた。
まだ午前とはいえ、パイラタウンは活気に溢れている。だが、もし周囲が静かだったとしても、恐らく防音対策もされているであろうコンクリートの建物の内部で行われている会話をミレイは聞き取れないだろう。
しかしレオの言葉を信じたのか、マサはドアノブに手をかけ、僅かに回す。わざと滑りを悪くしてあるドアが軋み来客を知らせるが、家主に気付かれることはなかった。
「奴らはあんたとコロシアムを利用しているんだぜ! 一体どうしたんだよ、魂でも抜かれちまったのかい!?」
代わりに聞こえてきたのは、少年の怒鳴り声。しかしそれに返す言葉はない。
「ちっ! 返事なしか、見損なったぜ!」
マサがミレイを下がらせる。大人しくミレイがそれに従った後、荒々しく扉が大きく開かれた。そしてくすんだ銀髪を短く刈り込んだ少年が、レオたちを気にするそぶりも見せず去っていく。
「ありゃあシルバだな。ギンザルのこと兄貴分として慕ってたんだが……」
「あまりにらしくないギンザルに、とうとう痺れを切らせたってことか」
奴ら、というのはシャドーのことで間違いないだろう。シャドーがコロシアムを利用してダークポケモンを広めているのは明白。だというのにギンザルは何も対抗策を出そうとしない。そのことに憤慨した弟分、といったところだろう。
「ロクな目に、合わないだろうな」
少なくとも、ギンザルは愚かではない。でなければ、このパイラタウンの町長を務められない。だというのに何もしないのは未だ勝算が見つからないか。或いは動きたくとも動けないのだろう。
だというのに、シルバは暴走した。目処も経てず、ただ感情のみで目先の出来事のみに囚われて。あれでは、自滅するのが目に見えている。
「おーいギンザル、邪魔するぜ」
開け放たれたままの扉を叩き、マサが中にいるギンザルに呼びかけた。
「……マサか。悪いが忙しい、用なら後にしてくれ」
ようやくギンザルは来客に気付いたらしい。覇気もなく項垂れているギンザルに、やれやれとマサは肩を竦めた。
「そうはいかねえ。こっちだって、言いたい事があるんだよ。実は昨日、フェナスシティで誘拐騒ぎがあったんだよ」
「フェナスシティで……? それとうちに、何の関係がある」
「そりゃ、被害者が攫われた現場がパイラタウンだったからだよ。被害者は、連中からすりゃ不都合なモンを視ちまった。まあ、幸いにも口封じされる前に助け出されたんだが……」
目で、レオがミレイに尋ねる。ギンザルは、果たして信用できるのかと。
「あの……私、視たんです」
だから、ミレイは進み出た。
「決闘広場で戦うダークポケモン達から、黒いオーラが出てるのを」
「黒い、オーラ……?」
ようやく、ギンザルは顔を上げた。
「マサから、コロシアムの優勝商品として渡されたポケモン達です。あのポケモン達、絶対おかしい。だから、コロシアムを中止してください!」
ミレイの訴えにも、しかしギンザルは唇を噛み締めたまま首を振る。
「出来ない……出来ないんだ」
「そんな……!」
「やめとけ」
横から、レオが制止をかけた。
「コロシアムは何があっても継続、でいいんだろ?」
「……ああ」
「ちょっとレオ……」
蟀谷に指を当て、レオは笑う。
「なら、それでいいだろ? まあ俺は、手持ちが足りないから参加資格ないけどな」
「……仕方ねえな。ミレイ、行くぜ。邪魔したな」
「え? え?」
レオの合図に気付いたマサが、ミレイの手を引く。仕方なしにミレイはギンザル宅を出て、レオもそれに続いた。
3人共無言のまま、やって来たのは昨日の秘密基地。
「……それで、どうだった?」
「ギンザルは動けないだろうな」
木箱に寄りかかり、レオは腕組みをした。
「ギンザルの手持ちにプラスル、いただろ」
「ああ、そういえば……。そういや、今日は見なかった……って、まさか!」
「え? え? どういう事?」
「プラスルが捕まって、脅されてるって事だ。……あのオッサン、プラスルを猫可愛がりしてたからなぁ。効果テキメンだぜ」
マサは頭を抱え、レオを見る。
「んで、どうするよ。まさかコロシアムに参加するつもりか?」
「ああ」
ギンザルの家は盗聴されている。だからレオはあの場では言質のみを取り、マサに教え、撤退したのだ。
「そうすれば、堂々と廃ビルに乗り込めるだろ?」
「お前なぁ……」
「何だ、まさか俺達が優勝できないとでも思ってるのか?」
「まさか」
そんな事は微塵も思っていない。レオの手持ち2匹が、レベルでは測れない強さを有していることを、マサは知っている。
「そうじゃなくて、パイラコロシアムの決勝は手持ちが最低4匹だぞ。どうすんだよ」
レオは、ディアとニュイ以外を連れ歩くつもりが微塵もない。それは他のポケモンが弱いから、というわけではない。
レオの指示に、ついてこれるポケモンが少ないのだ。
何せレオは言語を介さない指示を出すことが多々ある。名を呼ぶだけならマシ。目線、指先の動きひとつですら合図となる。そんな無茶苦茶な戦い方は、付き合いが長い2匹だからこそ理解できるのだ。
「所持はしている」
そうレオは、ダークポケモンを示した。
「こいつらを手持ちとして登録すれば問題ない」
「それは、そうだけどよ……」
しかしマサはあまり良い表情をしなかった。ダークポケモンがレオに与える悪影響を懸念しているのだ。
「ボールに入れて連れ歩く程度なら、問題ないさ」
「……本当だな?」
「誓って」
その言葉に、ようやくマサは肩の力を抜いた。