「私、家出してきたの」
きっかけは口論だった。
ポケモントレーナーになるのは諦めたけれど、旅行は好き。だからアルバイトをしてお金を貯めて、色々な地方を回ってみたい。けれど普段は放任主義なクセに、その時ばかりは母親に強く止められた。
「お母さんと言い合いになって、それで、お金と携帯だけ引っ掴んで、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんのいるオーレ地方に行こうと思って」
「……行動力ありすぎだろ」
オーレ地方に飛行場はなく、必然的に海路になる。直行便だとしても、空路よりも時間がかかる分ハードルも高いはずだ。
「いやぁ、何かもうカッとなっちゃってさ」
照れながら言うことではない気がする。だがここまでの行動力と決断力があるからこそ、初対面のレオを護衛に選びポケモンのスナッチという犯罪教唆をしたのだろう。
「そういや、レオの両親は?」
「………」
両親、と言われてまず思い浮かんだのはスナッチ団首領ヘルゴンザ。しかしレオはスナッチ団を棄てた身。かつての関係に戻れるわけがない。
その次に思い出したのが、レオを産んだ親。だがあの頃のレオは感受性も乏しく、親を記号として認識していた。隔世遺伝で容姿も似ず、例え並んでも親子とは見えなかっただろう。今でこそ情はあるが、あの当時レオはそれを発露せず、両親もレオを実子として扱わなかった。
「……あ、ごめん」
黙ってしまったレオの反応に、ミレイはしおらしく謝る。
「気にすんな。両親に思い入れはねえし……」
唯一気がかりがあるとすれば、肉親を何とも思っていなかったレオを、兄と呼び慕ってくれた子だろうか。だがあの子はもう何も覚えておらず、今は遠い地方で平穏に暮らしているはず。だからレオから関わることは出来ない。
「
『あら』
『嬉しいコト言うじゃん』
レオの言葉に含まれた意味を真に理解出来たのは……全てが終わる頃だった。
パイラの北に位置する村、アゲトビレッジ。今となってはオーレ地方で唯一の森林に、共存することを許された村。
パイラタウンからアゲトビレッジへ行こうとすると切り立った崖や地割れを大回りで迂回する必用があり、相当な時間を要する。途中野宿を挟み、1日かけてアゲトビレッジに到着した。
バイクを村営の駐車場に寄せたとき、レオはバイクの盗難対策を取らなくてもいいのではないかと考えてしまった。そのくらい、のどかで牧歌的な雰囲気が漂っている。
「うわー、懐かしい! うん、ここだよ、お祖父ちゃん家があるの」
サイドカーから早速降りたミレイが、大きく伸びをする。その隣で、レオは口元を押さえ小さく舌打ちをした。
嗅ぎ慣れない森林の匂い。それに清浄な空気は眩暈すら覚える程。まるで心が洗われるよう、とはこの事だろう。あまりにも心地が良すぎて、自身がどれだけ穢れているのかを思い知る。
この穢れこそが、レオが『レオ』として生きた証だというのに。
「……それで、お前の祖父とやらの家はどこだ?」
ささくれ立つ思いを押し殺し、無邪気に喜ぶミレイに聞く。
「えっと、村の高台にある家。大きな樹が目印よ」
「樹……と言ってもな」
それが他の場所なら……例えば水源豊かなフェナスシティであろうと、目立つ巨木なのだろう。しかしこの村では樹齢100年を超えるものはざらにある。
「大丈夫、道なら覚えてるから! ……多分」
「多分かよ」
しっかりとバイクに盗難防止を施してから、レオはコートを翻した。
「ほら、行くぞ」
「うん! ……あれ?」
レオの背中を追いかけようとして、ミレイは思わず足を止めてしまった。
「……どうした」
「今、何か緑色の光みたいなのが……飛んでたような……」
だが、周囲を見回してもそれらしき物は見えない。首を傾げるミレイに、レオは小さく嘆息した。
「……気のせいだろう。バルビートやイミルーゼがオーレ地方に生息しているわけがない」
「うーん……そんな感じじゃなかったけどなぁ……って、待ってよ!」
そう断言されても、気になるものは気になるのだ。だがレオは気に留めず、ミレイを促す。
「ほら、行くぞ」
「あ、待ってよ!」
頬を膨らませ、レオの横にミレイが並ぶ。それを目視してから、レオは1度だけ空を見上げ再び歩き出した。
『ようやく来タネ』
そんな子供のような声が聞こえたことに、気付かないフリをして。
◇
アゲトビレッジは、引退したトレーナーが終の棲家として選ばれる事が多い土地だ。だからか血気盛んな若者は少なく、結果として牧歌的な雰囲気になっている。閉鎖的というわけではないが、それでもレオとミレイという若い男女2人組というのは注目を集めた。幸いなのはミレイの記憶は確かだったようで、好奇の視線に晒さられる時間は少なくて済んだことか。
アゲトビレッジの高台にある、巨木の傍のこじんまりとした一軒家。礼儀としてノックをしてから、ミレイは躊躇なく扉を開けた。
「お祖父ちゃん! お祖母ちゃん!」
「おお、ミレイかい! よく来たよく来た!」
白い口髭を蓄えた老人が、持っていた湯呑みを勢いよくテーブルに置いて立ち上がる。向かいに座っていた老婆もまた、立ち上がった。
「連絡がつかなくなって、心配したんだぞ!」
「ええ、あの子から事件に巻き込まれたって聞いて……」
「それは……ごめんなさい」
家出してきたという意地から、ミレイは誘拐された事を親には言わなかった。けれど警察の方から、保護者に連絡がいかない訳がないのだ。しかしミレイは携帯を紛失し、連絡が取れない。心配しない訳がないのだ。
「それで、何があったの?」
「そう、大変だったのよ! 変な連中に誘拐されかけて……それを偶然レオに助けてもらったの……って、どこ行くの!?」
レオを紹介しようとして、そこでミレイはレオが踵を返そうとしたことに気付いた。
「どこって……団欒を邪魔するつもりはねぇからな」
「いやいや、ゆっくりしていってよ」
腕をしっかりと掴まれる。心底面倒そうな視線が向けられるが、ミレイはそれを無視した。
「ミレイの言う通りじゃの」
「そうですよ、孫娘を送り届けてくださったんですよね? 是非、おもてなしさせてくださいな」
その押しの強さにレオはミレイの血筋をはっきりと感じ、仕方なしに抵抗を諦めた。
様子のおかしいポケモンを見かけ、怪しい2人組に誘拐されたこと。シャドーという組織にがポケモンをダークポケモンに改造し、暗躍していること。何故かミレイはダークポケモンを見分ける事が出来、狙われている事。レオが元スナッチ団員で、小型スナッチマシンを使ってダークポケモンを強奪している事。
ミレイが説明している間、レオは口を挟もうとしなかったし、ミレイの祖父母も静かに耳を傾けていた。
「……成程のう」
緑茶の香りが鼻孔を擽る。お茶菓子には米菓。どちらもオーレ地方ではあまり見ないものだ。
「ほらほらレオさん、お茶のお代りはいりませんか?」
「いや、もう結構だ」
しきりにお茶を薦めてくるミレイの祖母セツマに、レオは辟易してしまう。祖父であるローガンも茶菓子を薦めてくる始末。
「ほれほれ、遠慮はいらんぞ。何せミレイの恩人じゃからな」
「……別に、遠慮しているわけでは」
元々食が細いし、満腹でパフォーマンスを落としたくない。毒の警戒をしているわけではなく、食べたくないというのが本音だ。
「……そもそも、俺を客人扱いしていいのか? 俺は裏切ったとはいえ、スナッチ団にいたんだぞ」
いくらアゲトビレッジがスナッチ団の主だった活動範囲から外れているとはいえ、スナッチ団の悪評が聞こえないわけがない。友人知人がスナッチ団の被害に合っているかもしれないというのに、レオから見ればあまりにも呑気だ。
「その前に、レオさんはミレイの恩人じゃからの」
「悪い人には見えませんし」
「だから、スナッチ団員って時点で悪者なんだよ。……ったく」
頭痛を覚え、レオは頭を押さえた。前提条件が狂っているから、話が通じない。
「どうしてそう簡単に、他人を信じられるんだが」
レオは、自分が善人だとは決して思っていない。生きる為に口外出来ない、したくない事だってしてきた。だからミレイといいローガン夫妻といい、レオをあっさりと受け入れる理由が分からない。
「では、こう考えたらどうです? 人を信じるのではなく、その人を信じると決めた自分を信じるのです」
セツマの言葉に虚を突かれたレオは、一拍置いた後に笑みを漏らした。
「フッ……成程。だが、俺が罪を犯してきたのは事実だ。それを反省するつもりもないし、これからも罪を重ねるだろう。果たしてそんな奴が、信じるに値すると思うか」
嘲りすらない、酷薄な言葉。だからこそそれが嘘偽りがないと知らしめる。しかしそれに異を唱えたのはミレイだった。
「ねえ、レオ。確かに、盗みは悪いことだよ。でも、ミラーボの言葉を聞いて改めて思ったの。……改造させられたポケモンを放ってはおけない。ポケモンたちを助けるためには、盗むしかないんだって」
フェナスシティの警察に言っても信じてもらえなかった。パイラタウンは掌握されてしまっていた。だがレオにはシャドーとも対抗出来る実力があり、且つダークポケモンを救う手段を持っている。
「私はレオみたく戦えないし、ノーコンだからポケモンゲットも苦手だし。レオがいなきゃ何も出来ないけど」
そっと、ミレイはスナッチマシンを装着している左手を取る。黒い手袋に阻まれ、互いの体温は伝わらない。しかし思いは伝わると信じ、レオの手を包み込む。
「でも、最初にマクノシタをスナッチするように頼んだのは私だよ。だから……私も、同罪だよ」
ミレイが、真っ直ぐレオを見つめる。どこまでもレオについて行くという覚悟が透けて見えて、レオの方が怯んでしまった。
「お前……」
実行者はあくまでレオで、自分の意思でスナッチをしている。どんな言い訳をした所で罪状は変わらないし、情状酌量を求めるつもりもない。
しかし、ミレイまで責任を負う必用はないのだ。ミレイはただ目がいいだけで、不運にも巻き込まれてしまった一般人。こんな罪人の人生に未来ある少女を巻き込むつもりもないし……巻き込みたくないと、思ってしまった。
「……ダークポケモンのことはともかくとしても、だ」
しかし、それを表に出すつもりはない。
「俺がスナッチ団で好き勝手してきたのも事実だ」
スナッチマシンを受け取り、自ら進んで手を汚した。わざと失敗しても良かったのに、そうしなかったのはレオだ。その結果泣く人がいることを知っていたのに、レオは恩人と共に罪を重ねることを選んだ。
「俺は、罪人だ」
微笑みさえ浮かべ、レオは言い放った。自らを卑下しているわけでもなく、驕っているわけでもない。ただ事実としてそう認識し、受け入れている。
「レオ……」
しかし不意に、レオは表情を強張らせた。
「……今のは」
小さく呟き、視線をあらぬ方向へ向ける。
「レオ、どうかした?」
ミレイの呼ひかけにレオは小さく頭を振り、
「た、た、た、大変だ~!」
1人の壮年の男が、ノックもなしに扉を勢いよく開けた。
「はぁ、はぁ……ローガンさん、大変なんだ! 聖なる森に、変な奴らが……! 今、オルドさんとタカトさんが戦ってるけど……!」」
「何だって!? 一体どこの何者じゃ!」
文字通り飛び込んできた報せに、ローガンが勇み立ち上がる。
「そ、それが……!」
「いや、話は後じゃ! 行くぞ!」
「あ、お祖父ちゃん!?」
ミレイが止める間もない。年齢を考えてもかなり機敏に、ローガンは家を飛び出して行ってしまった。
「……それで、その変な奴らとはどのような奴だ?」
「えっと……変なヘルメットを被って顔を隠した奴だったけど……」
来客中だった事に気付いたらしい。どう見てもカタギでない客人に戸惑いつつも、男は素直に教える。
「まさか、シャドー?」
「恐らく、な」
ヘルメットをした怪しい人間がそこら中にいるわけがない。シャドーの戦闘員であろうことは容易に想像ついた。
「そんな……あの聖なる森に余所者が入るなんて……」
「お祖母ちゃん!?」
卒倒しそうなセツマを、慌ててミレイが駆け寄って支える。レオという悪人を容易く受け入れたというのに、何故今更ショックを受けるのか分からない。
「お祖父さんが心配だよ……」
小さく嘆息して、レオも立ち上がる。ローガンがどこまで戦えるのか分からないが、侵入者がダークポケモンを所持しているのだとしたら、盗むのがレオの役目。それを誰にも譲るつもりはない。
◇
ローガン宅から森に行くには、大木の根を避け大きく迂回する必用がある。
「……びっくりした〜!」
高台の東側は急な斜面になっていて、人間が上り下りするのは難しい。しかしそれを面倒に思ったレオは、ミレイを抱え高台から飛び降りるという選択をした。サイコキネシスを使うポケモンが手持ちに
いるからこその荒業だ。
「ほら、行くぞ」
心臓を抑えるミレイと対照的にレオの足取りはしっかりしている。この程度の落差なら、万が一ディアがサイコキネシスのコントロールを失敗したとしても、ミレイを抱えたままでも無傷で着地できるという自負があるので問題ない。
「あ、ちょっと!」
声をかけられても、レオはミレイを顧みることなく森へと続く洞窟に足を踏み入れた。
普段は静寂に満ちた場所であるはずだが、突然の侵入者のせいでやけに騒がしくなっている。だが、それを感じ取っているのはレオだけなのかもしれない。風が吹けば木々がそよぎ、川のせせらぎは変わらずに人の心を癒しているのだろう。だがよく聞けば風はどこか棘を含み森は警戒し、川も警鐘を鳴らしている。
「待ってよ、もう」
駆け足で、ミレイがレオの隣に並ぶ。
「どうしたの、レオ。なんか……焦ってる?」
「かもな」
あっさりと、レオは首肯した。
『え!?』
『レオが認めた!?』
「おい、どれだけ俺が強情だと思ってるんだ」
文句を言って、ひとつ息を吐く。
「まあいい。それより……あまり派手に暴れるな。森を……出来る限り地面も、荒らすな」
『荒らすなって……穴掘っちゃ駄目?』
「駄目だ」
『そんなぁ』
今までに類を見ないレオの指示に2匹は戸惑いを見せる。特に砂掛け、穴を掘るで目晦ましを得意とするニュイには酷だろう。
「でも、どうして?」
「仕方ないだろ。アイツの不興を買いたくない」
レオが歩みを止める。必然的にミレイも足を止めた。
爽やかとも言える風が、2人の間を駆け抜けた。本来なら心地よさを運ぶのだろうが、この場ではあまりにもミスマッチだった。何故なら、レオが足を止めた直後、暗がりに隠れていた人物が姿を現したからだ。
「だから……退け」
形の良い唇から言葉が紡がれる。それが向けられるのは特徴的な戦闘服を身に纏った男たち。そしてノクタス、サメハダー、トドクラー、キノガッサ、ネンドール、キルリアという合計6匹のポケモン。
「そうはいくか!」
「ここから先は通さないぜ!」
「とかいいつつ、変な爺さんは通しちまったがな」
対しこちらはディアとニュイの2匹のみ。いくらこちらの方が個々の能力が高くとも、数に圧される可能性は捨てきれない。おまけにこちらには技の制限つき。強引に突破しようとしても追いつかれるのは目に見えている。
「……そうか」
アゲトビレッジは土地柄か、他の地域よりも爽やかと言える風き吹き抜けた。木々の擦れる音が洞窟の中まで届き、大きく反響する。
「ダークポケモンは?」
「いない」
即座に断言するミレイ。その返答にレオは僅かに口角を持ち上げ、ゴーグルを下ろした。
「……そうか」
風に耐えきれなくなった葉が洞窟内に迷い込み、宙を舞う。
「……違う」
唐突に、ミレイは理解した。
あれは、ただの葉ではない。
「Mince!」
レオの宣告が響く。
直後、宙を舞っていた葉がシャドーのポケモンたちに一斉に襲い掛かったのだ。突然の奇襲にポケモンたちは防御も出来ず、ただ切り刻まれるのみ。
「さあ、残り3体」
しかも防御値の低いキルリアは瀕死寸前。おまけにこちらにはエスパー技の効かないブラッキーがいる。
「キルリア、フラッシュだ!」
薄暗い洞窟が、眩い光に照らされる。
「きゃっ!」
思わずミレイ目も目を庇う。だがゴーグルをしているレオに効果はない。そもそもレオは視覚を左程重要視していない。
「リフレクター!」
「キノガッサ、マッハパンチ!」
寸前でニュイが張った障壁が、キノガッサの拳を受けて軋む。
「ディア、仕留めろ!」
口で指示を飛ばしつつ、テレパシーで正確な位置を伝える。それを受け放たれたディアのサイケ光線は、キノガッサの脇腹に命中した。だがディアの横合いから、ノクタスが襲いかかる。
「ノクタス、ミサイル針!」
「ニュイ!」
動き出しはノクタスの方が速かった。しかし素早さはニュイの方が上。ディアを庇い間に割り込んだニュイの、サイコキネシスが発動する。
「返してやれ」
ミサイル針を全てサイコキネシスで絡め取り、反転。自らの針で差し貫かれたノクタスが、地面に倒れ伏す。ついでのとばかりにキルリアにも飛ばされ、呆気なく倒れた。
「ほら、次を出せよ」
あえてレオはゴーグルを外し、微笑した。
「まさか、もう終わりじゃないだろ?」
それはまるで一種の芸術品のように美しく、人間味を感じさせない程冷酷なものだった。
「なあ……教えてくれよ」
一歩、レオが前に踏み出す。硬質な靴の立てた音が、大きく洞窟内に響いた。
「何故、貴様らはここを訪れた?」
更に一歩、また一歩。
シャドー戦闘員達にとって、それはまるで【恐怖】が歩み寄ってくるようで。
「ほぅ、答えることも出来んか」
ミレイの目から見ても、明らかに戦闘員は腰が引けている。レオに、恐怖しているのだ。
目を逸らしたくても逸らせない、圧倒的なまでの存在感。生物としての、格が違う。
人の形をしたナニカが、そこにいた。
正面から対峙してしまった戦闘員達は、ただ震えるだけで何もできない。いっそ気絶した方が楽だったろう。しかし、眼前の存在がそれを許さない。
「……レオ」
知らず呟いたミレイの言葉は、僅かに震えていた。
いつもなら安心する、ミレイを守ってくれるレオの背中。だというのに、今は違う。まるでレオが遠くへ行ってしまうようで、思わず手を伸ばした。
「待って!」
「……何だ?」
ようやく振り返ったレオは、呆れを乗せた視線をミレイに向けた。その仕草はミレイが知るものと何ら変わりない。
「……良かった〜」
安堵からか腰が抜けて、地面にへたり込む。そんなミレイを、レオはあからさまに嘲笑した。
「何がだ」
「分かんないけど……何か、良かったなって思って……」
「……ハァ」
大きく、レオは息を吐いた。それから、戦闘員に視線を向ける。
レオが大きく隙を見せたというのに、彼らは誰も襲いかかってこようとしない。戦意を喪失していた。
『……うっわ〜』
『久しぶりに見たけど……心臓に、悪い、わね』
手持ちの2匹もレオが普段通りに戻ったのを見て、ようやく体から力を抜いた。
「レオ……何かしたの?」
『えっと、威嚇かプレッシャーみたいなもんかな?』
「恐怖は思考を縛り、麻痺させるからな」
そうして反抗の意思を潰えさせ、テレパシーで情報を抜き取る。スナッチ団にも秘密の、情報収集技能。
「……不作、か」
そう上唇をちろりと舐める姿はどこか蠱惑的だ。しかしこの手法、加減を見誤ると相手を廃人としてしまう。そうしてしまうと、直接脳を覗いているレオにも負担がかかる。だから、2匹はこれをするのを嫌っていた。
抗議を含む二対の視線を黙殺し、改めてレオはミレイに目を向けた。
「……立てるか?」
僅かな逡巡の後、差し出された手。それを迷うことなく掴み、ミレイは立ち上がった。
「お前……」
「え?」
何の疑念も伺い知れぬ目に晒されて、レオの方が戸惑ってしまう。
銃弾や爆弾は、レオの脅威にならない。けれどこの少女の純粋さは、レオに対しての毒となる。
「……何でもない。行くぞ」
「あ、うん」
ミレイは地面に転がる戦闘員達をなるべく見ないようにして、レオの後を追いかけた。彼らのことは気になるけれど、それよりもレオを追いかけるのが最優先。そうミレイは決めたのだから。
洞窟を抜けると、石畳で整備されている道が現れる。雨風に晒され続けたことによる経年こそ感じさせるが、手入れされているようで苔が生している箇所もない。
「お祖父ちゃんは……どこ、行っちゃったんだろう」
オーレ地方の強い日差しも、この森に遮られ届かない。心地よい風が吹き、小川のせせらぎきも本来なら心地良さを与えるのだろう。
だが、今日ばかりはそうもいかない。鳥の囀りすら聞こえず、どこか緊張感を孕んでいた。
「先行する」
「え、うん!」
「ニュイ」
『分かった!』
ミレイのペースに合わせては間に合わない。そう判断しレオはニュイを一旦ボールに戻し、足に力を込め床を蹴った。
「え!?」
レオの行動にミレイが目を丸くするが、説明する時間はない。ミレイとディアを置き去りに、レオは森の中心部……セレビィを祀る祠へと走る。
幸いな事に目的地は左程遠くなかった。円形に敷き詰められた石畳の中央に、石を削って設えられた円柱状の祠。そして、気絶したピカチュウをしゃがみこんで抱きかかえるローガンと、シャドー戦闘員。
「さあカポエラー、ダークラッシュです!」
カポエラーがローガンに襲いかかる寸前、ニュイの電光石火の体当たりがカポエラーに命中する。威力の弱い技だが、今回は牽制の為なので問題ない。攻撃を受けたカポエラーはバランスを崩し、体勢を立て直す為にトレーナーの元まで下がった。
「また、邪魔者ですか。いい加減任務を完遂させたいのですが」
相性が不利なはずのカポエラーに向けて威嚇をするブラッキーを見て、大仰に戦闘員が溜息をついてみせた。傍目から見ても、よく鍛えられている。とても老いたトレーナーの手持ちには見えない。だが、増援が来たところでやる事に変わりはないのだ。
ニュイが影分身を生み、カポエラーを取り囲む。
「構いません、全て消してしまえば同じことです」
カポエラーが頭頂の突起でコマのように体を回転させ、分身達に向かい突進する。次々と分身が消えていくが、本物に当たった手応えはない。
「……成程」
元々ニュイはカポエラーを攻撃するつもりがなかった。影分身を出したのは時間稼ぎ。カポエラーが影分身を攻撃している間に、ローガンとピカチュウを避難させる。
「お祖父ちゃん!」
そしてミレイが駆けつけ、カポエラー見て叫んだ。
「あのカポエラー、ダークポケモンよ!」
「ダークポケモンというと……ミレイが話とった、改造されたポケモンという?」
「うん」
しかし、まじまじとローガンがカポエラーを見ても、ミレイの言っていた黒いオーラは視えない。だが孫娘が嘘を言うわけがなく、カポエラーが凶暴なのは事実。
老い衰えたとはいえ、ローガンにはかつてオーレコロシアムのチャンピオンという自負がある。だからダークポケモンだろうが何だろうが、負けるとは考えていなかった。だというのに、結果は惨敗。こうしてニュイに助けられていなかったら、命も危なかっただろう。
「ちょっとアンタ! 何が目的なのよ!」
「先ほどもそのご老人に聞かれましたが……どうしてこう同じことを聞きたがるんでしょうね」
やれやれと、戦闘員が肩を竦ませる。自らの優位を確信し、余裕を滲ませている言動だ。
だからこそ、レオの付け入る隙がある。
「そりゃあ、決まってるだろ」
後方から声が聞こえ、とっさに戦闘員が振り返る。しかしその時にはもうスナッチボールが投げられていた。
「なっ……!?」
カポエラーがボールに収まり、戦闘員が動くよりも先にディアがボールを回収をし、レオの元へ届ける。
「お前らの方が、邪魔者だからだ」
「……見解の相違、というものですね」
盗んだばかりのポケモンが入ったボールを弄びながら、地面に降り立ったレオが嗤う。木々を伝い大きく回り込み、戦闘員の背後を取りカポエラーをスナッチしたのだ。
まさかミレイも、レオが木の枝に飛び乗るとは想像だにしていなかった。けれど広場でもレオの姿がなかったから、どこかに隠れていることは容易に想像ついた。だから何も言わなかったし、戦闘員はブラッキーのトレーナーがミレイだと誤認した。
「だから、教えてもらおうか」
レオの言葉はまるで質量を持ったかのように重く、シャドー戦闘員にのしかかる。
「なん、なんですか……貴方は……」
「ただの、はぐれトレーナーだよ」
足元にはエーフィが静かに身を低くし、いつでも飛びかかれる体勢を取っている。撤退しようにもブラッキーが道を塞ぎ、反対側には未知のトレーナーに挟撃されている。あっという間に不利な状況に追い込まれ、戦闘員はマスクの下で歯噛みした。
楽な仕事のはずだった。かつて名を馳せたトレーナーはいても、ダークポケモンを止められる体力は無い。しかし組織内でも警戒対象の少女と、小型スナッチマシンの所有者がやって来てしまった。組織からは、彼女らの捕縛も命じられている。だがこの状況ではどちらの命令も遂行てまきないのは明白。だからこそ、彼が取れる手段は撤退しかない。
しかし、それはレオの虚を突いた。今で戦ってきたシャドー構成員の中で、すぐさま逃走という選択をする者はいなかった。だから反応が遅れる。
突如として戦闘員を中心として白煙が湧き上がる。
「チッ!」
「きゃっ」
溢れた煙に、とっさにミレイは顔を庇った。
『あ、しまった!』
「……いい、追うな」
動きかけたニュイを、レオが制した。無理に追いかけ、被害を大きくするわけにもいかない。引いてくれるなら万々歳だ。
一陣の風が吹き、次第に煙幕を晴らしていく。しかし広間にはシャドー戦闘員の姿はない。どうやら逃げられたらしい。
「ダークポケモンはスナッチし、祠も守れた。充分だろ」
言いながら、レオはいつの間にかに手にしたバインダーに視線を落とす。
「どうしたの、それ」
「スった」
「スった!?」
「これでも本職だぜ?」
白煙の中、とっさに手を伸ばし盗んだ物だ。ざっと流し読みしてからファイルを閉じ、レオは小さく鼻を鳴らす。
「スナッチ団は抜けたが、足を洗った覚えはねえからな」
「何て言うか、流石レオ……」
妙に感心するミレイの言葉に肩を竦め、それからローガンに視線を向けた。
「……それで、動けるのか?」
「おお、そうじゃの。悪い奴らもいなくなったようじゃし、帰るとするかの」
ピカチュウをボールに戻し、ローガンは腰を押さえながらゆっくりと立ち上がった。
「勿論、レオ君も一緒にの」
「……チッ」
このままフェードアウトしようとしたレオの心情などお見通しとばかりに、ローガンは笑った。更にミレイに腕を掴まれてしまえば、レオに逃げ道はなかった。
初めてポケカの箱買いしました。
ポケカはキャラ人気で値段が左右されるから、相場が分かりません。