むむむの伊佐朗 作:織田ひろふみ
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江戸横山町の商人和泉屋喜十郎の道中日記 三峯参詣の往来を記す
三月十日 晴
講の寄合永引きて発足昼過ぎとなる。連れは升屋の忰と塗師の徳七なり。板橋を過ぎ下練馬に至る頃日傾く。草履の緒切れて手間取るうち連れ二人は先へ行く。白子の田島屋にて落ち合ふ約束なり。道端の百姓に田の間の道を行けば白子へ近しと教へられそのまま脇道に入る。
道は一筋にて岐れなし。迷ふべき様もなし。然るに歩めども歩めども村を出でず。同じ構への家の前に三たび出づ。三たびとも家の内に話し声あり。同じ話の同じ所なり。犬の声遠くに聞こゆ。声を頼りに歩めども遠くも近くもならず。行き会ふ人なし。夜半と覚しき頃ふと道開けて本道に出づ。振り返れば常の田の道なり。
白子に着けば田島屋の亭主目を剥きて十三日の夜半なりと云ふ。連れ二人は一昨日昨日と二日待ちて今朝がた発ちたりとて書き置きを出だす。升屋徳七連名にて先に参る三峯にて待つとあり。帳場の暦にまことに十三日とあり。わが勘定にては今宵は十日の夜なり。合点がゆかず。亭主は山道にて夢でも見られしならんと笑ふ。この間の道の事は右に記せし通りの外に記すべき事なし。村の名を後に問へば掻塚村と云ふ。
三月十四日 晴
白子を発ち川越に至る。孫への土産に飴を求む。宿にて足を揉む。
三月十五日 曇のち晴
川越を発ち夜に入りて秩父大宮に至る。連れ二人に会ふ。二人とも幽霊を見たる如くに騒ぐ。仔細を語れども升屋の忰は夢なるべしと云ふのみ。徳七は何も云はず。
三月十六日 晴
三峯山に登り参詣す。宿坊の飯よろし。帰路は三人連れなり。道中恙なし。
【現代語訳】
三月十日 晴
講の寄り合いが長引いて出発は昼過ぎになった。連れは升屋の息子と塗師の徳七である。板橋を過ぎて下練馬に着く頃には日が傾いた。草履の鼻緒が切れて手間取るうちに連れの二人は先へ行く。白子の田島屋で落ち合う約束である。道端の百姓に田の間の道を行けば白子へ近いと教えられそのまま脇道に入った。
道は一筋で分かれ道はない。迷いようもない。それなのに歩いても歩いても村を出ない。同じ構えの家の前に三度出た。三度とも家の中に話し声がある。同じ話の同じところである。犬の声が遠くに聞こえる。声を頼りに歩いても遠くも近くもならない。行き会う人はいない。夜半と思われる頃ふっと道が開けて本道に出た。振り返ればいつもの田の道である。
白子に着くと田島屋の亭主が目を剥いて十三日の夜半だと言う。連れの二人は一昨日と昨日の二日を待って今朝がた発ったといって書き置きを出してきた。升屋と徳七の連名で先に行く三峯で待つと書いてある。帳場の暦にほんとうに十三日とある。わたしの勘定では今夜は十日の夜である。合点がいかない。亭主は山道で夢でも見られたのだろうと笑う。この間の道のことは右に記した通りのほかに記すことはない。村の名を後で尋ねると掻塚村だという。
三月十四日 晴
白子を発って川越に着く。孫への土産に飴を買った。宿で足を揉む。
三月十五日 曇りのち晴
川越を発ち夜になって秩父大宮に着く。連れの二人に会った。二人ともまるで幽霊を見たように騒ぐ。事情を話しても升屋の息子は夢だろうと言うだけである。徳七は何も言わない。
三月十六日 晴
三峯山に登って参詣した。宿坊の飯はよかった。帰りは三人連れである。道中は何事もない。
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【測量手控 明治十五年十月】
豊嶋郡下の地図測量に従事せる測量手心得小柳某の手控
十月三日 晴
掻塚村地内に着手す。人夫五名を雇ふ。村内の道路は一筋道なり。
十月四日 晴
右道路を鎖測す。往路四町五十二間三尺。復路四町五十二間三尺。寸分違はず。珍しきことなり。
十月五日 晴
助手に再測せしむ。四町五十二間三尺。昨日の数値を写して済ませしものと疑ひ之を叱る。助手は測りて得たる数なりと言ひ張る。自ら鎖を曳く。四町五十二間三尺。器械を検むるに狂ひなし。実測に誤差なきことは有り得ず。然れども数値は数値なり。
十月六日 曇
人夫の一人言ふ。間数を読む声の外に同じ数を読む声ありと。疲れの故ならん。本日を以て当村の測を了ふ。
十月七日 晴
隣村に移る。掛長当村の数値に誤差なきを以て精度良好と賞せらる。図上何の支障もなし。
【現代語訳】
十月三日 晴
掻塚村の区域に着手する。人夫を五名雇った。村内の道路は一筋道である。
十月四日 晴
この道路を測鎖で測る。往路は四町五十二間三尺(およそ五百三十メートル)。復路も四町五十二間三尺。寸分違わない。珍しいことである。
十月五日 晴
助手に測り直させる。四町五十二間三尺。昨日の数値を写して済ませたものと疑ってこれを叱った。助手は測って得た数だと言い張る。自分で鎖を曳く。四町五十二間三尺。器械を検めても狂いはない。実測に誤差がないことはあり得ない。それでも数値は数値である。
十月六日 曇
人夫の一人が言う。間数を読み上げる声のほかに同じ数を読む声があると。疲れのせいだろう。今日で当村の測定を終える。
十月七日 晴
隣村に移る。掛長は当村の数値に誤差がないことをもって精度良好と賞された。図面の上では何の支障もない。