むむむの伊佐朗   作:織田ひろふみ

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【藁苞夜話 巻之三 掻塚村松の事】

【藁苞夜話 巻之三 掻塚村松の事】

 

 町医蜂屋玄斎著 文政十一年自序

 

 掻塚村を貫きて里道あり。両の側に松を植ゑ渡す。田に向く方三十四本、向ひもまた同じ数なり。

 

 この道、辻堂も石仏も無し。ただ松のみ。

 

 或る年の秋、田に向く方の松ばかりが村より遠き方より順に一本づつ倒れたり。倒れしは十七本にして十八本目の手前にて止みぬ。向ひの側は一本も倒れず。

 

 倒れし松はいづれも幹が縦に裂けたり。鋸の目も斧の痕も無し。裂けたる面は木の筋を引き別けたるが如し。

 

 十八本目の根方に村の男の右半身のみありき。左半身は村を挙げて捜せども遂に出でず。田の畦より村境まで鍬を入れて掘り返したれども土に乱れたる跡を見ずと云ふ。

 

 余は薬を鬻ぎて在方を廻る者なれば里正に請はれてこれを検せり。臓腑は片の側のみ残りたり。断面は截りたるにあらず裂きたるが如し。

 

 怪しむべきは血なり。男を載せたる土に染みたる跡無し。松の裂け目にも飛びたる形跡を見ず。人の身をかく割かば出づること夥しかるべきに、その血いづくにか失せたる。余これを最も不審とす。

 

 男そのものについては詮ずるところ知れず。

 

 村の者は道を改めず松を植ゑ足しもせず。故を問へば「根の腐る土地なればまた倒るる」と言ふのみ。倒れし十七本の跡は今に至るまで空きたるままなり。

 

 いつの年のことぞと訊ねしに、村の翁は「さて何年前でござりましたやら」と言ふのみ。

 

 一、隣家より瓜の苗を貰ひし事

 

 隣の孫兵衛より瓜の苗四本を貰ひぬ。裏の畑に植ゑて朝夕水をやる。よく育たば夏に瓜を得べし。

 

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【曉鐘新報 雑報】

 

 明治二十六年九月十九日 当該号は縮刷版に収められず 切り抜き一葉のみ現存

 

 ●奇怪の半死人 豊嶋郡掻塚村の百姓野尻善次(三十二)は弟卯之助(二十六)と共に去る十六日の夜半村を出でたり。青物を市へ出さんとて天秤を担ぎたるなり。暁がたに至りて村へ帰りしは卯之助ひとりなり。兄はいかにと問へば先に帰りし筈と答ふるのみ。それより先は何を訊ぬるとも口を開かず。

 

 善次は同日の昼過ぎ村外れの道端にて見出されたり。右半身のみなり。縦に断ち割られたるが如し。左半身は近在くまなく捜索するも遂に出でず。卯之助が担ぎたる天秤は片荷を失ひたるまま肩に載りて水平を保ちたり。

 

 所轄の警察署は卯之助を引きて糺したれども証跡挙がらず即日放免したりと云ふ。近頃野犬の群れ出づと云へばその所為ならんかとの由。開明の世に何たる愚昧ぞ。

 

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【現代語訳】

 

 掻塚村を貫いて里道が通っている。両側に松が植え渡してある。田に面した側が三十四本、向かい側も同じ数である。

 

 この道には辻堂もなく、石仏もない。ただ松ばかりである。

 

 ある年の秋、田に面した側の松だけが、村から遠い方から順に一本ずつ倒れた。倒れたのは十七本で、十八本目の手前で止まった。向かい側は一本も倒れていない。

 

 倒れた松はいずれも幹が縦に裂けていた。鋸の目も斧の痕もない。裂けた面は、木の繊維をそのまま引き分けたようであった。

 

 十八本目の根元に、村の男の右半身だけがあった。左半身は村を挙げて捜したが、ついに出てこなかった。田の畦から村境まで鍬を入れて掘り返したけれども、土に乱れた跡は見られなかったという。

 

 私は薬を売り歩いて在方を回る者であるから、庄屋に請われてこれを検分した。臓腑は片側だけが残っていた。断面は切ったものではなく、裂いたようである。

 

 不審なのは血である。男が載っていた土に、染みた跡がない。松の裂け目にも、飛んだ形跡が見られない。人の体をこのように割けば、おびただしく出るはずであるのに、その血はどこへ失せたのか。私はこれを最も訝しく思う。

 

 男そのものについては、結局のところ何もわからない。

 

 村の者は道を改めもせず、松を植え足しもしない。わけを問うと「根の腐る土地だから、また倒れる」と言うばかりである。倒れた十七本の跡は、今に至るまで空いたままである。

 

 いつの年のことかと訊ねたところ、村の老人は「さて、何年前でございましたやら」と言うのみであった。

 

 一、隣家から瓜の苗をもらったこと

 

 隣の孫兵衛から瓜の苗を四本もらった。裏の畑に植えて、朝夕水をやっている。よく育てば夏には瓜が得られるだろう。

 

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【曉鐘新報 雑報】

 明治二十六年九月十九日/当該号は縮刷版に収められておらず、切り抜き一葉のみ現存

 

 ●奇怪の半死人 豊嶋郡掻塚村の百姓・野尻善次(三十二)は、弟の卯之助(二十六)とともに、去る〇日の夜半に村を出た。青物を市へ出そうと天秤を担いでのことである。明け方になって村へ帰ったのは卯之助ひとりであった。兄はどうしたと問えば、先に帰ったはずだと答えるばかり。それより先は何を訊いても口を開かない。

 

 善次は同日の昼過ぎ、村外れの道端で見出された。右半身のみである。縦に断ち割られたようであった。左半身は近在をくまなく捜索したものの、ついに出てこなかった。卯之助が担いでいた天秤は、片荷を失ったまま肩に載って水平を保っていた。

 

 所轄の警察署は卯之助を引致して取り調べたが、証跡が挙がらず即日放免したという。

 

 近頃野犬の群れが出るというから、その仕業であろうかとの由。開明の世に何という愚昧なことか。

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