むむむの伊佐朗   作:織田ひろふみ

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閑話②カナベル

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 ホラー・オカルト系MYUTUBE弱小配信者「カナベル」こと、御祟 加奈(おたたり かな)はここ最近、練馬区は掻塚町にご執心であった。

 

 というのも、かの街は率直に言って宝の山だからだ。

 

 調べれば調べるほどに、出るわ出るわ、訳の分からない不気味な事故──あるいは事件の数々が。

 

 加奈──カナベルは前のめりになってPCにかぶりつきながら、我知らずぺろりと唇を舐めた。両の目は爛と輝き、呼吸も浅い。明らかに常の様子ではない。端的に言えば興奮しているのだ──性的に。

 

 そう、カナベルはあたおかである。

 

 不穏、不幸、不条理というモノに脳神経を焼かれている。無論そのキチった気質は生来のものではない。とある事件で彼女は()()なってしまったわけだが──それはともかく、掻塚町の話に戻るとしよう。

 

 熱心なホラー脳焼けオタクであるカナベルだが、昨今のホラー映画に出てくる登場人物に出てくる主人公のように命知らずのド間抜けというわけではない。ゆえに、自分だけはいついかなる時でも安心安全でいられるとは決して思っていないのだ。

 

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 怪奇に向かい合うに際して最も重要な事はなにか。

 

 カナベルは知っている。知る事である。

 

 ホラー映画で最初に死ぬのは、いわくつきの家を相場より安いと喜ぶ夫婦や湖畔のキャンプ場の来歴を誰も検索しない若者どもと相場が決まっている。カナベルに言わせればあれは無知の自業自得である。

 

 ──調べてれば買わなかったし、開けなかったし、行かなかったんですよ。全部。

 

 恐怖に対する最強の装備は情報である。塩や御札は所詮は間に合わせなのだ。

 

 だからカナベルは調べた。まずはネットの表層からだ。

 

 過去十年ぶんの報道を検索窓に流し込むだけで、練馬区掻塚町は役満だった。路上で見つかった上半身だけの遺体。山林で見つかった頭部と四肢の分離した遺体。二件とも続報がない。区の広報に統計の顔でしれっと載る行方不明者届の増加。食品工場の深夜作業員の労災死。

 

 警視庁の落とし物公表ページもどうにも胡散臭い。練馬署のところには子供用靴下の片足だの杖だの義歯だのが並び、拾得場所はどれも掻塚町の一丁目から三丁目に固まっていた。一覧にはこういう行もある。品目 多量の人毛。拾得者 不明。

 

「多量の人毛って、なんですか……ふへ、ふへへ」

 

 カナベルはモニターの前で膝を抱えて笑った。

 

 ──でも変なんですよね。これだけ揃ってて、まとめ記事の一本もない。

 

 ネットだけでは埒があかないと考えたカナベルは電車に乗った。

 

 区立の郷土資料室。持ち込みはノートと鉛筆だけ。閲覧請求を三枚書いて、近世文書の翻刻叢書と廃刊になった地元紙のマイクロフィルムを机に積み上げる。

 

 豊作だった。

 

 文政年間の随筆には、里道の松が片側だけ順に十七本倒れて男の右半身が残った話。天保の随筆には、夜道で駕籠に乗せた白い衣の女が村境で消えて座席に銭だけが残った話。明治の小新聞の雑報には「奇怪の半死人」「畷の行倒れ」「山中の惨死」と景気のいい見出しが続き、どの記事も締めは他人事でやはり続報がない。

 

 郷土誌にはこうある。明治四十二年刊『豊嶋郡郷土考』。著者の木暮幾太郎は掻塚の項にこう書き止めている。

 

「掻塚の地は人の消ゆる地として古より知らるるなり」

 

 そして解説の頁によれば、当の木暮幾太郎は大正二年の春に掻塚北方の林へ調査に出たまま戻らなかった。発見されたのは革鞄と万年筆と手帳の一部だけ。

 

 ──せんぱい。

 

 カナベルは図版の手帳をそっと指で撫でた。百年前に自分と同じ事をした人間がいて、その人間は帰ってこなかった。普通ならここで手を引く。カナベルが出した結論は「木暮先輩は情報が足りなかった」である。だから喰われたのだ──きっと、怪異に。

 

 帰りの電車でカナベルは考えた。

 

 知れば知るほど不気味な街である。普通の感覚ならこんな街に住もうとは思わない。ところが掻塚町の人気は落ちるどころか、不動産サイトの相場はじわじわ上がり子育て世帯におすすめの町とかいう特集記事さえ組まれている。

 

 なぜか。カナベルの考察はこうだ。

 

 まず、事件の種類がばらばらすぎる。労災と変死と行方不明。連続殺人なら一本の線になって世間が騒ぐが、この町の異常は線にならない。点のまま散らばっている。まあここ最近、二件のバラバラめいた死体がみつかってるのでそれで多少は騒がしくなってはいるが。

 

 この街の変事は、基本的には失踪が多くを占めるのだ。

 

 ──つまりこの街の不気味さは調べた人間の目にしか映らない仕組みになっているって事なんでしょうけど。

 

 しかし──。

 

「みんな、故人──か」

 

 カナベルは下唇を無意識にさわり、そのやわらかい触感を指に感じながら()()()をどうするか考えた。

 

 ──考え無しにこの街を調べ続けたら、わたしもきっと。

 

 もし調べたいなら、知りたいのなら一人では無理だ──そんな事を考える。

 

 ──協力者がいる。

 

 とはいえ、誰でも良いわけではなかった。

 

 少なくとも、こういう事に理解がある者でなければならないし、愚かであってはならない。後者はともかく、前者は中々いないものだ。

 

 カナベルには一人心当たりがあったがしかし。

 

 ──うーん、あの人なら。でも、やめとけって言われちゃったしなあ。

 

 ふ、と物憂げに溜息を一つ。

 

 そんな様子に、向かいの席に座っている大学生とおぼしき青年は胸をどきりとさせていた。こと外見のみに限るなら、カナベルはかなり得点が高い。さらさらの黒髪ロングヘアの、美少女テンプレにかなり忠実である。眼鏡で知的アピールもしているとあれば、大抵の男はカナベルに好印象を抱く。

 

 とはいえ、他ならぬカナベル自身が今のところ色恋沙汰には何の興味もないのだが──。

 

 

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