むむむの伊佐朗 作:織田ひろふみ
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行脚の俳人露白が諸国遍歴の間に聞き集めた奇談集 巻之四のうち「掻塚村這ふ人の事」の条
元禄十年神無月の頃とかや。小間物の商ひに武蔵野の在々を廻る男ありけるが道に日を暮らして掻塚村と云ふ村に入りぬ。一夜の宿を借らんとてなり。
村に入りて見れば家々みな戸を閉ざして行き交ふ人ひとりもなく田は刈り時を過ぎたるままに立ち枯れたり。宵闇のうちに軒の傾きたる家あまた見えて人の住むけはひなし。
男いぶかしみながら一軒の家の門口に立ちて案内を乞へども答ふる者なし。今一軒に寄りて又乞へども又答へなし。
かかる程に道の先なる家の戸口より人ひとり出で来たれり。出で来たれりと見しは僻目にてその者は立ちて歩まず土に伏したるまま両の手して土を掻き掻き這ひ寄り来たるなり。膝より下は左右ともになし。
男あなやと思ふ間に外の家々の戸口よりも同じさまなる者ども次々に這ひ出でたり。頭に髪一筋もなき者あり。面を上げたるがその目のところ窪みて暗く穴の如くなる者あり。いづれも物言はずただずるずると男の方へ這ひ寄り来たる。
男荷を打ち捨てて遁げ走り夜もすがら道をたどりて隣村に至りぬ。
明けて村の亭主に昨夜のさまを語れば亭主眉をひそめて云ふやう。かの村には去る春より悍ましき病はやりて足腐れ落つる者あり目こぼれ落つる者あり髪抜け落つる者ありと云へり。幼き者はあらかた死したりと。ゆめゆめ近寄り給ふなとばかりにて多くを語らず。
男は捨てし荷を惜しめども取りに帰る心は起こらでそのまま江戸へ出でたり。今も商ひに武蔵野を廻れどもかの村の辺りへは二度と足を向けずと云ふ。かの村その後いかがなりしや尋ぬる人もなし。
これは当年その男と旅籠に相宿りして直に聞きし話なり。語るほどに男の顔色の変りゆきしこそ実しかりけれ。
【現代語訳】
元禄十年の神無月(旧暦十月)の頃とかいうことである。小間物の商いで武蔵野の村々を廻る男がいたが、道中で日が暮れて掻塚村という村に入った。一夜の宿を借りようとしたのである。
村に入って見れば家々はみな戸を閉ざして行き交う人は一人もなく、田は刈り時を過ぎたまま立ち枯れていた。宵闇の中に軒の傾いた家が数多く見えて、人の住む気配がない。
男は不審に思いながら一軒の家の門口に立って案内を乞うたが答える者がない。もう一軒に寄って再び乞うたがまた答えがない。
そうするうちに道の先の家の戸口から人が一人出て来た。出て来たと見えたのは見間違いで、その者は立って歩かず土に伏せたまま両手で土を掻き掻き這い寄って来るのである。膝から下は左右ともにない。
男があっと思う間に他の家々の戸口からも同じ様子の者たちが次々に這い出して来た。頭に髪が一筋もない者がいる。顔を上げたがその目のところが窪んで暗く穴のように見える者がいる。いずれも物を言わずただずるずると男の方へ這い寄って来る。
男は荷を打ち捨てて逃げ走り、夜通し道をたどって隣村に着いた。
夜が明けて村の亭主に昨夜の様子を語ると、亭主は眉をひそめてこう言った。あの村には去る春から悍ましい病が流行って、足が腐れ落ちる者があり目がこぼれ落ちる者があり髪が抜け落ちる者があるという。幼い者はあらかた死んだと。決して近寄りなさるなと言うばかりで多くを語らない。
男は捨てた荷を惜しんだが取りに帰る気は起きず、そのまま江戸へ出た。今も商いで武蔵野を廻るがあの村の辺りへは二度と足を向けないという。あの村がその後どうなったか、尋ねる人もない。
これは当年その男と旅籠で相部屋になって直に聞いた話である。語るうちに男の顔色が変わっていったのこそ本当らしく思われた。
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【掻塚村流行病取調復命書 明治十九年】
豊嶋郡役所衛生関係書類綴のうち 郡衛生委員の具申一通
復命書
本職ハ本年八月三十日郡役所ノ命ヲ受ケ掻塚村ニ出張シ同村ニ流行スル病症ヲ取調ヘタルニ付キ其概要ヲ具申ス
一、当村ニ於テハ本年七月上旬ヨリ腹痛吐瀉ヲ発スル者相次ギ虎列剌ノ疑アリトテ届出タルモノナリ 然レドモ其症経過ヲ異ニシ真性虎列剌ニ非ザルコト明白ナリ
一、患者ハ都合二十三名 内小児九名 本職出張ノ日マデニ死亡セル者十一名 内小児七名ナリ 小児ハ多ク吐瀉衰弱ノ末旬日ヲ出デズシテ死亡セリ
一、成人ノ患者ハ吐瀉ノ後手足ノ痺レ疼痛ヲ訴ヘ皮膚黒褐色ヲ帯ビ掌蹠粗糙トナル者多シ 進ミテハ足指冷エテ黒変シ疼痛甚シク後ニハ却テ痛ヲ覚エズ遂ニ乾枯シテ自ラ脱落スルニ至ル
一、患者ニ依リ頭髪悉ク抜ケ落ツル者アリ 歯齦爛レテ歯牙脱スル者アリ 眼結膜爛レテ遂ニ明ヲ失フ者アリ 其発現ノ部位患者ニ依リ一ナラズ 本職未ダ斯クノ如キ病症ヲ見ズ
一、村民ノ言ニ拠レバ足ヲ失ヒタル者ノ内今尚存命ニテ屋内ヲ匍匐シテ起居スル者アリト云フ 然レドモ何レノ家ニテモ検診ニ応ゼザルニ付キ本職之ヲ実見スルヲ得ズ
一、病因ニ付キテハ脚気ニ非ズ癩ニ非ズ梅毒ニ非ズ 村民ノ飲用スル井水数箇所ヲ検スルモ格別ノ異状ヲ認メズ 食物ニモ別段疑フベキモノナシ 病名ヲ附シ難ク畢竟当地固有ノ一種ノ地方病ナルヤモ計リ難シ 爾後ノ経過ニ注意スベキモノトス
右復命ス
明治十九年九月四日
豊嶋郡衛生委員 医師 滝口良作
豊嶋郡長 志水源太郎殿
追記 本年十一月十七日再ビ当村ヲ訪フニ患者ノ多クハ既ニ死亡シ其余ハ転帰ヲ詳ニセズ 新ニ発スル者ナシ 仍テ本件取調ヲ了ス
【現代語訳】
復命書
本職は本年八月三十日に郡役所の命を受けて掻塚村に出張し、同村に流行する病症を取り調べたのでその概要を申し上げる。
一、当村では本年七月上旬から腹痛と吐き下しを発する者が相次ぎ、コレラの疑いがあるとして届け出られたものである。しかしその症状は経過を異にし、真性コレラでないことは明白である。
一、患者は都合二十三名、うち小児九名。本職が出張した日までに死亡した者は十一名、うち小児七名である。小児は多く吐き下しと衰弱の末、十日と経たずに死亡した。
一、成人の患者は吐き下しの後に手足の痺れと痛みを訴え、皮膚が黒褐色を帯びて手のひらと足の裏がざらざらと粗くなる者が多い。進むと足の指が冷えて黒く変わり痛みが甚だしく、後にはかえって痛みを感じなくなり、ついには乾き枯れてひとりでに脱落するに至る。
一、患者によっては頭髪がことごとく抜け落ちる者があり、歯茎が爛れて歯が抜け落ちる者があり、目の結膜が爛れてついに視力を失う者がある。その現れる部位は患者によって一様でない。本職はいまだこのような病症を見たことがない。
一、村民の言うところによれば、足を失った者の中に今なお存命で屋内を這って起き伏しする者があるという。しかしどの家でも検診を承知しないため、本職はこれを実際に見ることができなかった。
一、病因については脚気ではなく、癩ではなく、梅毒でもない。村民の飲用する井戸水数箇所を検査したが格別の異状を認めない。食物にも別段疑うべきものがない。病名を付け難く、つまるところ当地固有の一種の地方病であるかもしれず判じ難い。今後の経過に注意すべきものとする。
右、復命する。
明治十九年九月四日
豊嶋郡衛生委員 医師 滝口良作
豊嶋郡長 志水源太郎殿
追記 本年十一月十七日に再び当村を訪ねたところ、患者の多くは既に死亡し、その余は経過が詳らかでない。新たに発する者はない。よって本件の取り調べを終える。