むむむの伊佐朗   作:織田ひろふみ

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【梅所聞書 天明四年】

 ◆◆◆

 

 隣村の手習師匠岸本梅所が近郷の古老の物語を筆録した聞書のうち 掻塚村の老人儀助の条

 

 掻塚村の百姓儀助当年七十二。隣村に娘の嫁ぎたる縁ありて折々予が家に立ち寄る。或る日の茶のついでに村の黒き地面の事に及びぬ。

 

 村の内に草の一本も生えぬ地面あり。広さは畑二畝ばかり。土の色墨を流したるやうに黒し。村の者これをゑどと呼ぶ。いかなる字を書くかは誰も知らず。

 

 何ゆゑ黒きかと問へば儀助言ふ。わしの祖母の語りしには昔この村にて咎ある者や身寄りなき者をばあすこへ埋めしとぞ。生きながらか死してよりかは祖母も知らざりき。埋めし上をば村中して踏み固めしげな。人の血の滲みて土の黒うなりしなりと祖母は言ひき。

 

 誰をいつ埋めしか名を言ひ伝ふる者はなく幾人をやりしか数へし者もなし。埋めし明くる日よりは皆常の如く田に出でしとぞ。祖母の幼かりし頃すでに彼の地は黒かりければ祖母も人の埋めらるるを見しことはなしと言ふ。

 

 わしの若かりし頃村の男一人あすこを起こして畑にせんと思ひ立ちしことあり。鍬を入るること三日。あれほど埋めしと言ひ伝ふる地なるに骨のひとかけらも出でざりき。男は四日目より来ざりき。後に他村へ移りしと聞くとぞ。掘り返せし土は埋め戻して後も黒きままなりき。

 

 あれほどの人をやりしに彼の地は盛り上がりもせず窪みもせず昔より平らのままなりと儀助は言ふ。

 

 語り訖りて後は茶を喫し世間の話に移りぬ。彼の地は予いまだ見ず。ゑどの字思ふに穢土の義なるべきか。

 

【現代語訳】

 

 掻塚村の百姓儀助、当年七十二歳。隣村に娘が嫁いだ縁があって時々私の家に立ち寄る。ある日の茶飲み話のついでに村の黒い地面の事に話が及んだ。

 

 村の中に草が一本も生えない地面がある。広さは畑二畝(およそ二百平方メートル)ほど。土の色は墨を流したように黒い。村の者はこれをゑどと呼ぶ。どのような字を書くのかは誰も知らない。

 

 なぜ黒いのかと問うと儀助は言う。わしの祖母が語ったところでは、昔この村では咎のある者や身寄りのない者をあそこへ埋めたのだという。生きたままか死んでからかは祖母も知らなかった。埋めた上を村中で踏み固めたそうだ。人の血が滲みて土が黒くなったのだと祖母は言った。

 

 誰をいつ埋めたのか名を言い伝える者はなく、幾人をやったのか数えた者もない。埋めた翌日からは皆いつも通りに田に出たという。祖母が幼い頃にはすでにあの地面は黒かったから、祖母も人が埋められるところを見たことはないと言う。

 

 わしの若い頃、村の男が一人あそこを起こして畑にしようと思い立ったことがある。鍬を入れること三日。あれほど埋めたと言い伝えられる土地なのに骨のひとかけらも出なかった。男は四日目から来なくなった。後に他村へ移ったと聞くそうだ。掘り返した土は埋め戻した後も黒いままだった。

 

 あれほどの人をやったのにあの地面は盛り上がりもせず窪みもせず、昔から平らなままだと儀助は言う。

 

 語り終わった後は茶を飲んで世間話に移った。あの地面を私はまだ見ていない。ゑどの字は、思うに穢土の意味であろうか。

 

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【地所取調ニ付伺 明治九年】

 

 東京府地租改正関係書類のうち 掻塚村戸長の伺書一通 末尾に指令の朱書がある

 

 地所取調ニ付伺

 

 本村地内字穢土ト唱フル地所ハ反別二畝十歩 旧幕ノ頃ヨリ年貢地ニモ除地ニモ無之持主ト称スル者モ無之候

 

 本年地位等級取調ノ砌総代立会ノ上実地ヲ検セシ処土質悉ク黒色ニシテ草木ヲ生ゼズ 試ミニ鍬ヲ入レ深サ三尺ニ至ルマデ穿チ候得共底ヒトシク黒色ニシテ外ニ相替ル儀無之候

 

 村内ノ古老ニ由来ヲ相尋ネ候処旧時人ヲ埋メシ地ナリトノ口碑有之候ニ付 墓地トシテ取扱フベキヤ否ヤ取極メ候為更ニ数箇所試掘イタシ候得共人骨其他埋没ノ品一切相見エ不申候

 

 尚昨冬降雪ノ砌該地ノミ雪ノ積ラザリシ由申立ツル村民有之候得共当否ノ儀ハ相分リ不申候

 

 右ハ地引帳ヘ如何ノ地目ヲ以テ登記可仕哉御指令被成下度此段奉伺候也

 

 明治九年四月十一日

 武蔵国豊嶋郡掻塚村戸長 福地平九郎

 

 東京府地租改正掛御中

 

 (朱書)

 書面伺之趣人骨無之上ハ墓地ニ非ズ 荒地トシテ官有地第三種ニ編入可致事

 五月二日

 

【現代語訳】

 

 地所取り調べについての伺い

 

 本村の地内で字穢土と呼んでいる土地は面積二畝十歩(およそ二百三十平方メートル)、旧幕府の頃から年貢地でも除地でもなく、持ち主と称する者もない。

 

 本年の地位等級取り調べの際に総代立ち会いの上で実地を検分したところ、土質はことごとく黒色で草木を生じない。試みに鍬を入れて深さ三尺(およそ九十センチメートル)まで穿ってみたが、底まで一様に黒色で他に変わったことはない。

 

 村内の古老に由来を尋ねたところ、昔人を埋めた土地であるとの言い伝えがある。そこで墓地として取り扱うべきかどうかを取り決めるためさらに数箇所を試掘したが、人骨その他の埋没物は一切見あたらない。

 

 なお昨冬の降雪の際にこの土地だけ雪が積もらなかったと申し立てる村民があるが、事実かどうかは分からない。

 

 右については地引帳にどの地目で登記すべきか、ご指令を下されたくこの段お伺い申し上げる。

 

 明治九年四月十一日

 武蔵国豊嶋郡掻塚村戸長 福地平九郎

 

 東京府地租改正掛御中

 

 (朱書き)

 書面で伺いの件、人骨がない以上は墓地ではない。荒地として官有地第三種に編入すべきこと。

 五月二日

 

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