むむむの伊佐朗 作:織田ひろふみ
◇
「むむむ」
塩が出ない。
振っているのは台所の塩の容器で、出てくるのはカラカラと乾いた音ばかりである。
「切れちゃったか……むぅ」
なんで塩ごときで唸っているのかというと、今夜は配信があるからだ。
俺は配信の前に机の隅へ小皿を置いて塩を盛る事にしている。いわゆる盛り塩というやつだ。心霊凸をやってた頃に始めた習慣だから、かれこれ五年は続けている勘定になる。効いてるのかは知らん。ただその間、俺は無事である。塩のおかげなのか、そもそも何も来てないだけなのかは分からんけどね。
迷信を信じてるのかって?
信じてはいない。信じてないのにやってるなら矛盾だろ、と思うだろ? これが俺の中では一切してないんだな。理屈はあるんだが、語り出すと長い。長いから今夜の配信に取っておく。ちょうどおあつらえ向きの相談も来てる事だし。
ああ、迷信といえば母親の言いつけも俺はいまだに守っている。
例えば──アレだよ、ほら。
夜に爪を切らない、おろしたての靴を夜に履き始めないとかね。別に親に言われなくとも、どこかで聞いた事のあるようなアレだ。俺の母親はどちらかというと迷信深く、ガキの頃からそんなかんじの「教訓」を授けられている。
守る理由は特にないが、破る理由も特にないのでダラダラと続けてるカンジだ。
で、話を戻すが塩である。
今夜は配信があるのに塩がない。一回くらい無しでもいいか、と思いかけてやめた。エイトイレブンまで往復十分。値段も大したことないしな。それで気が済むなら安いもんだろ?
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と、いうわけで買ってきたわけだ。
今夜の相談は事前募集の中からいいのを選んである。彼氏が占いに月五万溶かしてるんですけどどうしたらいいですか、というやつだ。彼氏サンのほうにヘイトが集まればそこそこコメ欄も盛り上がるだろう。
小皿に塩を盛って、マイクの電源を入れる。
さあ、配信開始だ!
◆◆◆
【MYUTUBE イサチャンネル生配信「【相談】彼氏が占いに月五万使ってる」(2026/08/08) アーカイブ文字起こし・抜粋】
「はいどうも、イサチャンネルです。聞こえてますか。……おっけー、大丈夫そうね。じゃ、今日もやっていきましょう」
まさやん24:こんばんは
ぴよ助:まってた
くるみのすけ:初見です
「初見さんもどうも。えー、今日は事前募集の相談から一件いきます。読むよ」
「『伊佐朗さんはじめまして。二十六歳の会社員です。付き合って二年になる彼氏がいます。二十八歳です。その彼氏が去年から電話占いにハマっています。きっかけは仕事の悩みだったと思います。最初は月に数千円だったのが今は月五万円を超えていて、貯金も崩しているみたいです。やめてほしいと伝えたら、お前には分からないと怒られました。私はどうしたらいいでしょうか。別れたほうがいいのでしょうか。相手は女性占い師みたいです』」
「……はい。まあ、うん。あれだね。最初に言っておくと、俺は占いを馬鹿にしません。占いっていうか迷信っていうか……スピ系を馬鹿にしないです」
ドブ川きよし:意外
まさやん24:えっ
「俺、配信前に毎回盛り塩してるからね。今日もしてます。机の隅にある。映さないけど」
ぴよ助:www
夜勤明けのK:映してよw
ぽこちん: それキくん?
「効くのかって? 知らんよ。知らんけど塩は安いの。で、これが今日の話の芯なんだけど。いい? 俺はね、当たる占い師がこの世に一人もいないとは言わない。世の中は広いから。俺は宇宙人だっていると思ってるよ。見た事ないけど。あれだけ星があって生き物のいる星は地球だけでした、なんてオチのほうがよっぽどオカルトでしょ。幽霊も呪いも占いも、俺の中では全部この宇宙人枠。いるかもしれないし、いないかもしれない。いない証明は誰にもできない。だから否定はしない。俺は否定しないの。ただね」
「断言する奴は信用しない」
「はい言い切りました。あのさ、かもしれない、って言ってるうちは占いなの。あなたは絶対こうなる、これを買わないと不幸になる、って言い出した瞬間にそれは占いじゃなくて営業なの。未来を断言できる人間がいたら占い師なんかやってないって。先物で長者になってるよ」
くるみのすけ:たしかに
「で、彼氏さんの話なんだけど、その前に。相談者さん、『やめてほしい』って言ったんだよね。で、『お前には分からない』って怒られた。……そりゃそうなるの。責めてるんじゃないよ、順当にそうなるって話。『やめて』ってのは効き目の話だから。占いなんか効かないでしょ、いや効くんだよ、って見えないもの同士で殴り合ってるの。これ決着つかないから。彼氏の中には効いてる実感があって、あなたの中には無い。それだけの話にされて終わり。効き目で攻めてる限り、何回やっても『お前には分からない』に戻ってくるよ」
夜勤明けのK:水掛け論か
もちごめ:あー彼氏側の実感には勝てんもんな
「そう。占いが効くかどうかは俺には分からない。彼氏にも分かってない。多分占い師にも分かってない。でもね、値段だけは誰が見ても分かるの。効き目は見えないけど値段は見える。だったら喧嘩は見えるほうでやりな。迷信ってのは効くか効かないかの話じゃなくて、守るのにいくらかかるかの話なの。俺の盛り塩は塩一袋百四十円、ひと月ならせいぜい十円。だから誰にも文句を言わせない。彼氏さんのは月五万、年にして六十万。何に効くのかも分からない保険に年六十万。入る? 普通」
ドブ川きよし:入らないw
もちごめ:正論パンチ
「でしょ。で、ここが今日の結論ね。彼氏に言うのは『占いをやめて』じゃないの。『月いくらまでにしよう』なの。信じるのは勝手、俺だって塩盛ってる、でも保険料が家計を食い始めたら見直すのが筋でしょって。これなら効き目の議論を一切しなくていい。彼の信心を否定してないから『お前には分からない』が出てこないの。解約しろじゃなくて見直そう。喧嘩の土俵を、勝てない場所から勝てる場所に動かすんです」
夜勤明けのK:保険の外交員かよw
くるみのすけ:急に実用的
「で、最後にひとつだけ。その見直しの話が通じる相手かどうか、先に見分ける方法があるのね。彼氏さんは占いに金を払ってるのか、それともその占い師に払ってるのか」
夜勤明けのK:あー
「毎回同じ先生を指名してて、内容が悩み相談っていうより近況報告になってるんだったら、それはもう占いじゃなくて指名料なんだよね。そうなると値段の話は通じません。だってそうなると、金額の問題で電話してるんじゃないもん。その女占い師とワンチャン狙ってるってかんじになるんじゃない? そこまで行ってたら迷信の問題じゃなくて恋愛の問題だから、俺の管轄外です。別れるかどうかは、それを確かめてから決めればいい」
(中略)
ずんだドロップ:伊佐朗さん心霊凸時代から見てます
「お、古参だ。ありがとうね」
ずんだドロップ:なんで心霊やめたんですか
まさやん24:それ俺も気になってた
「あー……怖くなっちゃってさ(笑)」
ぴよ助:嘘つけw
ドブ川きよし:ビビってるとこ見た事ないが
「いやほんとほんと。俺は臆病なの。だから盛り塩もしてるんだって。ね? 今日の話と繋がったでしょ」
とりの:伊佐朗さんて掻塚のほうですよね? 最近あのへん変なの多くないですか
mog:↑うち隣町だけどわかる
「はい、そんなわけで今日はこのへんで。相談は概要欄のフォームからいつでもどうぞ。来週もやります」
(この時、画面右上に通知が表示される。差出人カナベル。本文は「先日の件、やっぱり」から先が切れている。通知は数秒で消える)
こけもも汁姫:今の通知?
夜勤明けのK:見えちゃったw
くるみのすけ:カナベルって誰
「……はい。おつかれさまでした。じゃ、また来週」
(配信終了)
(了)