むむむの伊佐朗 作:織田ひろふみ
◇
「むむむ……」
俺は少し悩んでいた。というのもカナベルからとある相談──というか、頼みをされたのだ。
なんでも彼女はこの掻塚町に興味津々らしい。カナベル曰く、ここはとにかく変でヤバいんだと。で、なんで変でヤバいかをどうしても知りたいんだそうだ。ただ、闇雲に調べ回るのは厭な予感がするから俺の力を借りたいらしい。
「俺の力か。そこまで言うのなら……って、俺の力ってなんだよ?」
その辺の事も聞いたのだが、カナベルときたらよくわからんことを言ってくるのだ。
『これはもうなんていうか女の勘なんですけど!伊佐朗さんってそのー、えーと、Tさんポジな感じがするんですよね!ちなみにご実家はお寺か何かで?』
Tさんって誰だよ、うちの両親は住職じゃねえよという話ではあるが、カナベルの話によればまあなんかちょっと前にオカルト系の掲示板でよく出てきた架空の人物らしい。ただ、俺はちょっと聞き覚えがないが……。
ちなみにカナベルからは、元々オカルト系配信やってたくせに何でTさんを知らないんだみたいなことを言われた。
その辺は仕方ないんだよね、こんな事を言うのもちと恥ずかしいんだが、俺は昔は結構ガチ思考っていうか、意識高めなトコがあって、ネットだのなんだのの真偽不明な情報じゃなくて、それこそ自分の感性っていうか霊感みたいなモンを信じて、それにこう、ビビビ!っと来たモノをね……まあ分かるだろ?
そんなわけよ。
まあ結局、心霊現象らしきものはろくに起きず、俺は悩み相談系配信者への道を歩むことを余儀なくされたのだが……。
で、カナベルの相談だが……正直困ってる。
確かにこの町、掻塚町は変なとこがあるのは事実だ。でも俺がこれまで経験してきた事を鑑みるに、それらは果たして心霊現象と言えるのかどうか。
心霊現象ってのはあれだろ?現代科学では説明のつかない……ってやつだろ?
これまでの事を考えてみると、不審者だとか俺の見間違いとか、そんな感じの理由で説明がつけられそうなことばかりなんだよな。あるいは心霊現象なんてものがあったのかもしれないが、配信でネタになるようなものかどうか疑問だ。
「何とか相談に乗ってやりたいんだけどなァ」
俺は机の上にセットしたフェイスミラーの前で眉毛を整えながらボヤいた。
カットした眉毛が眼に入り、思わずぱちりとまばたきをする。なんでもカナベルは「良いネタ」が欲しいらしい。俺がこの町で見聞きした変な事を、俺と一緒にリサーチしたいとのことだ。
まあそこまで聞くと寄生じゃねえかとなるのだが、カナベルのチャンネルで俺について宣伝してくれたり、あとはリサーチにかかる諸々の諸経費も全部カナベルが出してくれるらしい。移動費とか食費とかね。カナベルはあれでいてかなり良い所に勤めていて、配信にかかる費用なんか平気の平左でまかなえるらしい。日雇いの俺とは大違いだ。
それはともかくとして、俺としてもカナベルとのコラボは別に問題はない。俺が昔オカルト配信していた事はリスナーも知っているし、そういうコラボ配信をしても不自然ではないうえに金もかからないとくれば、別に受けたって良いんだが……。
「肝心かなめのネタのほうがね……」
俺はエイトイレブンに向かって夜道を歩きながら、ムムムだのモモモだのと唸りをあげる。
カナベルが求めているモノはこう、『THE・心霊』!!!って感じのモノだろう。彼女のリスナーは相当ガチな連中で、ぬるいモノは余り好まれないに違いない。さてどうしたものか──って。
「おん?」
俺は周囲を見渡した。どうやら知らず知らずのうちに道を間違ってしまったらしい。
「まあ来た道引き返せばいいか……」
曲がった覚えはないからまっすぐ戻ればいいだろう──そう思っていたのだが。
◇
「む~?」
ぱち、ぱち、ぱちりと。
少し前……左前方の二階建ての──多分、一軒家だと思うんだが、その二階部分の部屋の明かりがついたり消えたりしているではないか。
「電球でも切れてンのかな」
明滅する窓を見て俺はそう思ったが、なんというか、うーん。点滅のパターンというか、テンポが落ち着きすぎてる様に思えるんだよな。上手く表現できないが……。ぱち、少し置いてぱちぱち、また暫く経ってからぱちり。変なの。それに──。
「ちょっと暗すぎね?」
多分俺の心にビビりが入ってたんだろう、思わず口に出して言ってしまった。
そう、暗いのだ。今日び、都内はどこも街灯で溢れかえっているというのに。大体、こんな暗かったら来るとき気付くはずなんだが。
まあ千歩譲って街灯がない路地もあったとしよう。行政の怠慢によって街灯が設置されなかった路地があったとしよう。そして俺の注意力が散漫で、真っ暗な路地を突き進んじゃうほどアホアホになってたとする。ありえないが、あるとする。
それにしたって、それぞれの家に外灯があるはずではないか。防犯用のアレだよ。玄関あたりに設置されてるアレだ。それすらも無いんだぜ?
周辺の明かりは前方のぴかぴかだけである。
うーんこれはどうしたものかな……。俺は我知らず、ぺろりと唇を舐め──
「うぇっ!」
と舌を出して顔をしかめた。
やけに、いや、クソしょっぱい!
「なんだぁこりゃあ!?……し、塩か?」
俺は何となく、ソルティドッグを思い出した。俺あれ結構好きなんだよね。ほら、グラスの縁にさ、塩をまぶしたやつな。今の俺の唇はさながらソルティリップといったところだろう。急に唇がしょっぱくなるなんて、絶対病院いったほうがいいよな。でもどんな病気か想像もつかないんだが……。
ただ、この塩でふと改めて思い出したんだが──俺は曲がった覚えがない。曲がってないなら、地図的にはこのまままっすぐ進めば三宅大通りにぶつかるはずなんだよな。大通りといっても二車線しかないしょぼい通りなんだが、それでもしょぼいなりに車も通れば人も通る。
元来た道をとぼとぼ引き返すより、まっすぐ進んじまったほうが早いこと知ってる道に出られる気がする。
よし、直進。
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ってことで、普通に帰れちゃったのでした~!