むむむの伊佐朗   作:織田ひろふみ

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3.祠のむむむ

 ◇

 

 ──むむむ

 

 俺は胸中でそう呟いた。それだけではない! 今日はさらに一言プラスだ。

 

 ──馬鹿がよ

 

 舌打ちを一発。そう、俺はゴキゲンナナメなのだ。というのも、馬鹿が馬鹿な事をしているからである。

 

「ギャハハ! なんじゃあ、幽霊なんぞナンボのもんじゃい!」

 

 目の前で、小太りのデブが祠を蹴り飛ばしている。……小太りのデブって意味が重複してるかな? してるよね。じゃあデブでいいか。

 

 そうそう、祠ってのは神や先祖の霊を祀るための小規模な社殿のことだ。社殿といってもサイズ感は非常に小さい。まあ2mくらいあるいやつで結構大きい方なんじゃないだろうか。デブに破壊されつつある祠は俺の腰くらいまでしかない小さいものだった。

 

 ちなみにこのアホはホラー・オカルト系チャンネルを取り扱うチャンネルの配信者で、名前は「東・ドラゴン」という。いかにもちんぴらめいた、知性を感じさせない名前だ。推定IQは恐らく2前後だろう。サボテンのIQが3なので、東はサボテンより知能指数が低いと言う事になる。配信スタイルもなんというかパワープレイって感じで、呪いや怪異なんかこわくねーぜ! といった自殺志願者ムーブが多い。

 

「ちょっと! まずいですって!」

 

 女の声。これは同じくホラー・オカルト系チャンネルを取り扱うチャンネルの配信者で、名前は「カナベル」。多分不気味な人形で有名なあの映画から名前を取ってるんだろう。黒髪ロングヘアの眼鏡ちゃんである。配信スタイルはネットから都市伝説を拾ってくる感じだ。まあ普通ってカンジ。

 

「まずくなンかないっすよ! 大体こういうのはね、ビビった方が負けなンすわ!」

 

 デブは叫びながらガンガンと祠に蹴りを入れていた。カナベルは困ったように俺を見てきたが──俺はそしらぬ顔で眺めていた。だってあの馬鹿デブはあれだろ? 女の前でタフなところを見せたいからやってるんだろ多分。それを止めると、変な悪絡みをされるじゃないか。さらに言えばこの場限りならともかく、粘着したり配信を荒らしたりしてくるかもしれない。触らぬ馬鹿に祟りなし──と言いたい所ではあるが。

 

「ノロイとかは全然ないと思うんですけど、ほら、来るときに変なT字の電柱あったじゃないすか、金属製の。あれ監視カメラっすよ。俺たち普通に映ってたとおもうんですけど──」

 

 カナベルに助け船を出してやる。昨今、不良外人やらなにやらが山に産廃を捨てたりといった事件が相次いでいて、管理者も結構ぴりぴりしているらしい。で、山中やその周辺に監視カメラを設置している所も多いのだ。俺が言った事は本当だ。だからまずい。

 

「ボロ祠っていったって絶対所有者がいますからね。監視カメラなんて設置してるってことは100%この辺の管理者はアクティブだっつーわけで……そりゃ呪われたりはしないでしょうけど、ふつーに器物損壊でつかまりますんでやめときません?」

 

 東が立ち止まった。キッとこちらを睨んでくる。

 

「は? つかまるわけないっしょ。こんなボロ祠、誰も見てないから」

 

「いやでもカメラが」

 

「うっさいなあ。てか白けたから帰りますわ」

 

 東は鼻を鳴らして踵を返した。ズカズカと林道を下っていく。どうやら本気で帰るらしい。壊すだけ壊して帰る男、それが東・ドラゴンなのである。サボテン以下のIQは伊達ではない。

 

 カナベルがおろおろとこちらを見てくる。俺は黙って肩をすくめた。

 

 しばらくして東の背中が木々の向こうに消えた。まあ帰ってくれた方が助かるのだが。

 

 さて。ここで読者諸氏に説明しておかなければならない事がある。そもそもなんで俺がこんな山の中に居て、祠蹴り飛ばしデブと眼鏡ちゃんと一緒に行動しているのか。その経緯だ。

 

 実を言うとイサチャンネルは最初から相談系だったわけではない。開設当初は心霊スポット凸チャンネルだったのである。

 

 当時はオカルトブームの真っ只中で、心霊系チャンネルが乱立していた時期だ。俺は「みんなやってるならイケるだろ」程度の浅い考えで参入したのだが結果は惨敗。

 

 で、サボテン以上に賢い俺は即座に方針転換した。

 

 お悩み相談系にしたのだ。なんせアホってのは世に死ぬほどいるからな。アホはアホだから生きてるだけでアホなトラブルを量産するもんだ。目論見通りそっちは伸びた。金に困ったカスの相談に乗ったり、ヤリ逃げがどうこうとかいうしょうもない相談に乗ってるだけで稼げるのだから世の中というのは不思議なものである。

 

 で、カナベルとはその心霊チャンネル時代に知り合った。弱小配信者同士仲良くしようねってかんじのなれ合いだ。でも普通に感じのいい子だぜ。連絡先は交換したが、その後は特に絡むこともなかったのだが──。

 

 先月、突然カナベルからDMが来たのである。

 

 内容を要約するとこうだ。東・ドラゴンというオカルト系配信者からコラボを持ちかけられたのだが断れなかった。しかし東と二人きりで山中の祠を凸するのはきつい。だから一緒に来てくれないか──と。

 

 カナベルは気が弱い。配信だと普通に喋れるのだが、リアルだと途端にダメになるタイプで、東みたいな押しの強い奴に「コラボしましょうよ」と迫られると「あ、はい……」と答えてしまうらしい。内心は相当嫌だったようだ。そりゃそうだろう。推定IQ2のデブと二人で山なんぞどう考えてもきつい。で、二人きりを回避するべく昔の知り合いである俺に白羽の矢が立った。

 

 正直に言えば微妙な心境ではあった。

 

 もうオカルト界隈にはなんの思い入れもないし、知らんデブの心霊コラボとか勘弁してくれよと。これが本音だ。

 

 だがカナベルのDMが切実だった。「お願いします」「本当に困ってるんです」「伊佐朗さんしか頼れる人がいなくて」の三連打。こういうのに弱い人間なのだ俺は。暇だったのもある。

 

 で、来てしまったわけだ。本当なら祠を検分するだけの穏やかな配信だったはずだが──祠は壊れ、デブは帰った。

 

 話を現在に戻そう。

 

 俺とカナベルは半壊した祠の前に立っていた。屋根が半分もげて中の御神体らしき石がむき出しになっている。

 

「……どうしましょう」

 

 カナベルが小さい声で言った。どうしましょうもこうしましょうもないのだ。問題は明白である。

 

「カメラに映ってるよね俺ら」

 

「……はい」

 

「ってことはこのまま黙って帰ると後でまずいよね」

 

「……はい」

 

 返事が全部「はい」なのだが事実そうなのだから仕方がない。監視カメラの映像に三人組が映っていて、うち一人が祠を蹴り壊している。残りの二人は止めなかった。黙って帰宅して後日映像を確認されたら全員まとめてアウトである。

 

 俺はさっき通ってきた林道の入口を思い出した。看板があったのだ。戻って確認すると案の定だった。

 

「この付近は△△町会が管理しています 不法投棄・器物損壊等を発見された方は下記までご連絡ください」

 

 電話番号つき。俺はスマホを取り出してカナベルに画面を見せた。

 

「ここに電話しよう」

 

「え、今からですか」

 

「今からだよ。バレてから怒られるより先にこっちから連絡した方がダメージは少ない」

 

 カナベルは渋い顔をしたが頷いた。

 

 電話をかけた。コール音が三回。ガラガラ声のおっさんが出た。事情をそのまま説明する。連れの一人が祠を蹴って壊してしまったと正直に言った。おっさんは電話口でしばらく黙り込んだ。

 

「……今から行くから待っててくれ」

 

 二十分後、軽トラでおっさんが来た。△△町会で祠や林道の管理を担当している人だそうだ。祠の前にしゃがみ込んで壊れ具合をじっくり見ている。

 

「あちゃあ……」

 

 おっさんは頭を掻いた。

 

「まあ全壊ってわけじゃないからね。屋根板を取り替えればいいとは思うけど」

 

 全壊だったら話が変わってくる。

 

「で、蹴った本人は?」

 

「帰りました」

 

「帰った?」

 

「はい。怒って帰りました」

 

 おっさんの顔から表情が消えた。壊すだけ壊して逃げる人間。まあ怒るだろう。

 

「あのね、カメラの映像は後で確認するよ。壊した本人にも連絡取ってもらわないと困るんだけど」

 

「連絡先はこちらが知ってますんで本人には必ず伝えます」

 

 カナベルが小さく頷いた。

 

 結論から述べよう。修繕費は四万八千円。内訳は屋根板の交換と諸々の手間賃だそうだ。壊した本人が払うのが筋だが、そいつは逃亡中。現場に居た俺たちに請求が来る。壊した人間にはそちらから請求してくれとおっさんは言ったが、つまり東から金を回収するのは俺たちの仕事なのである。

 

 あのデブが素直に払うと思うか? 俺は思わない。

 

 カナベルと顔を見合わせた。

 

「あの……私が全部──」

 

 カナベルが言いかけた所で、俺が「割り勘しよう」と遮る。相手が女だからってわけではない。外面(そとづら)を考えてそうしたのだ。俺は相談系配信者である。信用が売りなのだ。外面ってのは大事だ。カナベルは恐らく今回の事を公開するだろうから、ここで株をあげておくのは悪くない。もし公開しないようだったら、するように説得する。だって俺たちは完全に被害者なんだからな。

 

 俺の提案にカナベルは戸惑っているようだったが、やがて頷いた。ありがとうございますとかごめんなさいとか色々呟いている。それをSNSや配信かなんかで言ってくれればなおよい。

 

 四万八千円を二で割って二万四千円。オカルト配信のコラボに顔を出しただけで二万四千円の出費なのである。しかも配信としては一切成立していない。

 

 帰りの電車でカナベルが「すみません……私が断れなかったせいで……」と何度も頭を下げてきたが、こうなった以上は仕方がない。それにカナベルだって被害者だ。悪いのは百パーセント東である。今後の課題は東から修繕費を回収できるかどうかだがあのデブの性格を鑑みるに絶望的だろう。

 

 世はこともなしとは程遠い一日であった。

 

 ◆

 

【速報】〇区◇町隣接の山林内で男性の遺体発見 切断状態 警視庁が捜査本部設置

 

 〇日午前、東京都〇区◇町に隣接する山林内の林道付近において男性の遺体が発見された。遺体は両手両足および頭部が胴体から分離した状態で、切断面には鋭利な刃物による痕跡は認められず何らかの強い力で引きちぎられたような損傷があるという。遺体の損傷が著しく身元の特定には時間を要する見込み。発見したのは林道の定期巡回を行っていた地元町会の関係者で「普段は人が入らない場所」と話している。警視庁は殺人および死体損壊事件として捜査本部を設置した。

 

 ・

 ・

 ・

 

【事件】また◇町の近くでバラバラ遺体見つかったんだが

 

 1 名無しさん@お隣速報 20XX/XX/XX(X) 17:33:08.45 ID:vK3mPw8N

 ◇町隣接の山でまた遺体出たぞ

 今度はバラバラだってよ

 

 3 名無しさん@お隣速報 20XX/XX/XX(X) 17:38:22.11 ID:cR6jHn4Q

 >>1

 ニュース見た

 両手両足と首がないってやばすぎだろ

 

 5 名無しさん@お隣速報 20XX/XX/XX(X) 17:42:55.30 ID:gT2xBm7E

 また◇町かよ

 前の上半身だけの事件と合わせてどうなってんだこの辺

 

 8 名無しさん@お隣速報 20XX/XX/XX(X) 17:51:03.67 ID:vK3mPw8N

 >>5

 前回は下半身がなくて今回は手足と首がない

 パターンは違うけど「引きちぎられた」ってのは一緒なんだよな

 

 10 名無しさん@お隣速報 20XX/XX/XX(X) 17:55:18.44 ID:fJ9kLr2S

 ちょっと待て

 Xで見たんだけど心霊凸系の迷惑配信者がここ最近行方不明になってるって話あるよな

 場所が◇町近辺の山ってことで時期もかぶるんだが

 

 13 名無しさん@お隣速報 20XX/XX/XX(X) 18:02:41.89 ID:cR6jHn4Q

 >>10

 あー知ってるわそいつ

 祠とか蹴り壊してた奴だろ

 まだ見つかってないのか

 

 15 名無しさん@お隣速報 20XX/XX/XX(X) 18:06:09.73 ID:fJ9kLr2S

 >>13

 最後の配信からずっと連絡取れなくなってるらしい

 行方不明届が出てるかまでは知らんけど

 

 17 名無しさん@お隣速報 20XX/XX/XX(X) 18:10:55.02 ID:gT2xBm7E

 まさかとは思うけどさすがに別人だろ

 でも◇町の山ってそもそも人入らなくね

 

 20 名無しさん@お隣速報 20XX/XX/XX(X) 18:15:38.16 ID:vK3mPw8N

 >>17

 人が入らない場所で遺体が出てて

 同じ山に行ってた配信者が消えてるって普通に考えてやばいだろ

 

 22 名無しさん@お隣速報 20XX/XX/XX(X) 18:19:22.50 ID:cR6jHn4Q

 身元不明なんだから確定じゃないぞ

 騒ぎすぎ

 

 25 名無しさん@お隣速報 20XX/XX/XX(X) 18:24:07.83 ID:fJ9kLr2S

 >>22

 まあそうだけど

 あの辺で引きちぎられた遺体が二件目ってのがな

 

 27 名無しさん@お隣速報 20XX/XX/XX(X) 18:28:44.19 ID:gT2xBm7E

 ◇町もう引っ越したい

 

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