むむむの伊佐朗 作:織田ひろふみ
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文化八年江戸板の絵入り怪談本 諸国の化け物を一図一話に仕立てた娯楽の読み本にて作者の戯作者眠亭夜雀は伝未詳 巻之三「巨頭」の条
巨頭(おほがしら)
見上ぐれば月かとぞ思ふ大がしら喰らひつかれて後の闇かな
巨頭は武蔵国豊嶋郡の在方に言ひ伝ふる化け物なり。頭ばかりにて身はなく其の大いさ小山の如し。夜更けて道を行く者あれば遥かの闇より転がり来たりてばくりと一口に呑むと云ふ。
此の物の出づる夜は常の夜より暗く月も星も見えず提灯の火さへ細りて消えぬばかりになるとぞ。
其の目かつと見開きたるまま瞬く事なし。人の顔ほどもある目玉に見込まれては足萎えて動かれず辛うじて遁げ帰りたる者は昔より僅かに二人三人なりと云ふ。
土地の者の語り草に曰く。昔此の在所に大飯食らひの男ありけり。朝に五合夕に五合を食らひて猶足らぬ足らぬと言ひける程の男なりき。飢饉の年に村中の粮尽きたるに此の男ひとり隠し置きたる米を夜な夜な食らひけり。果ては妻子の分をさへ食らひ尽くして遂に喉に詰まらせて死したり。村の者ども憎みて葬ひもせで打ち捨てたれば死して後其の頭ばかりが残りて化けたるなりとぞ。生きての間も頭ばかり肥え太りて手足は箸の如くに痩せたりければ化けて頭ばかりなるも道理なりと。
今も食らひ足らずして夜な夜な道に出でて人を待つと云ふ。
作者曰く。喰はるるは一口の事なれば苦しみは束の間なるべし。され共喰はれ損は末代の事なり。夜道の独り歩きゆめゆめ致すべからず。
【現代語訳】
巨頭(おおがしら)
見上げれば月かと思う大きな頭よ、食らいつかれた後の闇であることだ。
巨頭は武蔵国豊嶋郡の村方に言い伝えられる化け物である。頭だけで体はなくその大きさは小山のようである。夜更けに道を行く者があると遥かな闇から転がって来てばくりと一口に呑むという。
この化け物の出る夜はいつもの夜より暗く月も星も見えず、提灯の火さえ細って消えそうになるそうだ。
その目はかっと見開いたままで瞬きをすることがない。人の顔ほどもある目玉に見込まれると足が萎えて動けなくなり、辛うじて逃げ帰った者は昔からわずかに二人か三人だという。
土地の者の語り草にいわく。昔この村に大飯食らいの男がいた。朝に五合夕に五合を食らってなお足らぬ足らぬと言うほどの男である。飢饉の年に村中の食糧が尽きたのにこの男ひとりは隠しておいた米を夜な夜な食らった。果ては妻子の分まで食らい尽くしてついに喉に詰まらせて死んだ。村の者たちは憎んで弔いもせずに打ち捨てたので、死んだ後にその頭だけが残って化けたのだという。生きている間も頭ばかり肥え太って手足は箸のように痩せていたから、化けて頭だけなのも道理だと。
今も食い足りずに夜な夜な道に出て人を待つという。
作者いわく。食われるのは一口のことだから苦しみは束の間だろう。しかし食われ損は末代までのことである。夜道の独り歩きは決してしてはならない。