むむむの伊佐朗 作:織田ひろふみ
戸崎蝸庵著 天保九年自序
余所用ありて武蔵在の知る辺に逗留せし折の事なり。掻塚村に駕籠舁を稼業とする男ありて余に語れり。
十年余り前の事なりと云ふ。夜更けて相棒と空駕籠を担ぎ在所へ帰る道すがら、道端に白き衣の女立てり。俯きたるまま乗るとのみ言ひて外には何をも言はず。
行く先を問へど答へず。夜の客は有難ければとにかく乗せて村の方へ担ぎたり。道中これと云ふ事なし。二人とも何の変りたるをも覚えず。
村境に至り駕籠を下ろして垂れを上げしに内に人なし。座に紙の包みひとつ置きてあり。開きしに銭百三十文ありき。誰が包みて誰が置きしかは知れず。二人はこれを分けて帰りぬ。
幾日か経て先棒の男は明け方おのが畑にて死してありき。疵ひとつ無し。村の者は卒中ならんと言ふのみ。
後棒の男は今に達者なり。すなはち余に語りし当人なり。女の顔はと問へば二人ながら終に見ざりしと答ふ。怖ろしとは思はざりしかと問へば酒手を貰ひたれば文句は無しと笑へり。
一、雀の子を飼ひし事
軒の巣より落ちたる雀の子を拾ひて飼ふ。粟を与ふれば能く食ふ。手に馴れて肩に来るは面白きものなり。
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【曉鐘新報 雑報】
明治三十五年五月十一日 切り抜き一葉のみ現存
●俥上の頓死 豊嶋郡掻塚村の車夫某(四十二)は去る八日の夜半、白き衣の女客を乗せたりと朋輩に語りたるを最後に戻らざりき。翌朝、同村地内の路上に俥の止まりたるを里人見出せり。車夫は幌を上げたる座席の内に膝を揃へて坐したるまま事切れゐたり。疵無く着衣に乱れたる跡も無し。医師の検案にて心臓麻痺と云ふ。女客の行方は知れず。車賃を払ひたる者も無ければ警察は初めより客はなかりしものと見做せり。近頃車夫の頓死間々ありと聞く。畢竟過労の致す所ならんか。
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【現代語訳】
戸崎蝸庵 著/天保九年 自序
私が所用があって武蔵の在の知人のもとに逗留していたときのことである。掻塚村に駕籠舁きを生業とする男がいて、私にこう語った。
十年あまり前のことだという。夜更けに相棒と空の駕籠を担いで在所へ帰る道すがら、道端に白い衣の女が立っていた。俯いたまま「乗る」とだけ言って、ほかには何も言わない。
行き先を問うても答えない。夜の客はありがたいので、とにかく乗せて村の方へ担いだ。道中これといったことはない。二人とも、何ひとつ変わったことを感じなかった。
村境に着いて駕籠を下ろし、垂れを上げてみると、中に人がいない。座には紙の包みがひとつ置いてあった。開くと銭が百三十文あった。誰が包み、誰が置いたのかはわからない。二人はこれを分けて帰った。
幾日か経って、先棒の男が明け方に自分の畑で死んでいた。傷ひとつない。村の者は卒中だろうと言うばかりであった。
後棒の男は今も達者である。すなわち、私に語ったその当人である。女の顔はどうだったかと問うと、二人とも、ついに見なかったと答えた。恐ろしいとは思わなかったのかと問うと、酒手をもらったのだから文句はない、と笑った。
一、雀の子を飼ったこと
軒の巣から落ちた雀の子を拾って飼っている。粟を与えるとよく食べる。手に馴れて肩へ来るのは面白いものである。
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【曉鐘新報 雑報】
明治三十五年五月十日/切り抜き一葉のみ現存
豊嶋郡掻塚村の車夫某(四十二)は、去る十日の夜半、白い衣の女客を乗せたと仲間に語ったのを最後に戻らなかった。翌朝、同村地内の路上に人力車が止まっているのを里人が見つけた。車夫は幌を上げた座席の中に、膝を揃えて坐したまま事切れていた。傷はなく、着衣に乱れた跡もない。医師の検案では心臓麻痺という。女客の行方は知れない。車賃を払った者もいないので、警察は初めから客などいなかったものと見なした。近頃、車夫の頓死がしばしばあると聞く。つまるところ過労のなせるわざであろうか。