むむむの伊佐朗   作:埴輪庭

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20.自販機のむむむ

 ◇

 

「むむむ」

 

 午前二時四十分。俺はアパートの階段を降りながら、喉の奥を鳴らした。

 

 喉が渇いたのだ。砂漠である。口の中が完全に鳥取砂丘。

 原因は分かっている。さっきの配信で調子に乗って〇ラムーチョの超激辛を二袋一気食いしたからだ。

 

「リスナーの煽りに乗って激辛食ってみたww」みたいな、底辺配信者が十年前にやり尽くしたようなカス企画をやった結果がこれである。二十七歳にもなって胃袋の耐久力を過信してはいけない。喉が焼けるように熱い。

 

 水道水を飲めばいいだろって? 

 

 いやいや、いまはそういう気分じゃないんだよね。冷たい炭酸水か、さっぱりした緑茶でこの口内火災を鎮火したいわけ。

 

 エイトイレブンまで行くのも考えたが、小雨が降っている上に何よりめんどくさい。そこで俺は思い出したのだ。アパートの裏手、路地を三十メートルほど進んだブロック塀の陰に、一台だけぽつんと佇む赤い自動販売機があることを。

 

 いつからあるのか知らんが、全体的に錆びててラインナップも微妙に古い。缶コーヒーのパッケージが二世代くらい前だったりするアレだ。だが動いてはいる。光っている。この際、冷えていれば何でもいい。

 

 サンダルをつっかけて傘もささずに小走りで向かった。

 

 自販機の前に立つ。

 

 蛍光灯がチカチカと不穏に明滅している。こういうの、ホラー映画なら十中八九怪異が出るやつだがm現実は単なるインバーターの寿命である。電気屋を呼べ。

 

 小銭入れから五百円玉を一枚取り出す。細かいのがなかったのだ。

 

 選んだのは無難にお茶だ。『緑茶 深煎り』と書いてある。五百円玉を投入口に入れようとした瞬間、よくわからんがぶるりと自販機が震えたような気がして、五百円玉が弾き飛ばされてしまった。濡れたアスファルトを跳ね、コロコロと綺麗な弧を描いて転がっていく俺の五百円……

 

「あ、ちょ」

 

 俺は慌てて拾おうとしたが──。

 

 ──『ねえ伊佐朗くん』

 

 ふとそんな声が脳裏を過ぎったのだ。

 

 彼女の声である。

 

 彼女はなんというか、ちょっとユニークなところがある。例えば何かを落とした時、普通はそれを拾うよな? 

 

 でも彼女は時たま、「拾うな」と言うんだよ。

 

 ──『伊佐朗くん、この世にはね、不思議な事って一杯あるの。でもそれは人の尺度で不思議なだけであって、ちゃんと因もあれば果もあるんだよ。落とし物をしたなら、落としちゃった理由っていうのがあるの。例えば不注意、例えば何かにぶつかった、そして例えば──落とさなければいけなかった、とか。伊佐朗くんの場合は常に三番目の理由を疑ってほしいな。……まあ、その内私の言っていることもわかるよ』

 

 みたいなかんじ。

 

 なーんか頭に残るんだよな、彼女の言う事って。精神的に尻に敷かれてるのかもしれん……。そしていまだに彼女が何をいってるのか俺にはよくわからん。はっきりいってやべー電波女だなと思う事もあるんだが、別に実害はないし、何より可愛いのだ。可愛いっていうか綺麗系かもしれないけど。俺がちゃんと言う事をきくとめっちゃ甘やかしてくれたりする。ははは。

 

 だからまあ──五百円は惜しいが──死ぬほど惜しいが、彼女の言葉を借りれば、落とさなきゃいけなかったのかもしれないな。よくわからんが。俺も電波ゆんゆんしてきたかな? 

 

 とまあ、そんな事を諸々考えているうちに、五百円玉は自販機の真下の隙間──あの暗くて狭い、地面との数センチの空間へ滑り込んで消えていってしまった。

 

「むむむ……」

 

 俺は思わず唸る。やっぱり惜しいものは惜しいからね……。でも仕方ないか。結局俺はその場から踵を返した。硬貨ならまだあるが、もう五百円をなくしちゃったことだし、たかがお茶にそこまで金をかけたくはない。

 

「はあ、本当にしょうもねえ」

 

 そんな事を思いながら、それでも諦めきれずに途中で後ろを振り返ると──。

 

 自販機ちかくに「何か」が見えた。

 

 茶色っぽくてにょろっとしてる。

 

 自販機下からうじゃっと出てきているみたいだ。

 

 糸じゃあない。もっと太い。紐でもないな、暗くて良く分からない。

 

 なんだろう? もしかしたら──

 

「蛇、かなあ……最悪!」

 

 そう、蛇だ。

 

 きっと蛇に違いない。

 

 自販機の下はなんかネズミとかいそうだし、そういうのを餌にしているに違いない。

 

 ここまで考えたところで、俺はもう文字通り家へと逃げ帰ったね。蛇ってなーんか昔から苦手意識あるんだよなあ。

 

 ◆◆◆

 

【社会】自販機の下に上半身挟まり男性死亡 練馬区の路上

 

 十六日未明、東京都練馬区掻塚町三丁目の路上において、清涼飲料水の自動販売機の下に男性が上半身を挟まれた状態で倒れているのを通行人が発見し一一〇番通報した。救急隊が駆けつけたが男性はその場で死亡が確認された。

 警視庁練馬署によると、死亡したのは近隣に住む無職の男性(四十八)。男性は自販機と地面のわずか十センチほどの隙間に頭部から肩にかけてを無理やりねじ込んだような状態で見つかった。自販機を固定するボルトは引きちぎられており、男性の下半身には強い力で引っ張られたような圧迫痕と複数の骨折が確認されたという。周囲に小銭などの散乱はなく、同署は事件と事故の両面で捜査を進めている。

 

 ・

 ・

 ・

 

【事件】掻塚の自販機で人死んだらしいぞ

 

 1 名無しさん@お隣速報 2026/09/16(水) 07:15:22.04 ID:vR8nKp4M

 朝からパトカーとうるさいと思ったらまた掻塚町だよ

 路地の自販機のとこブルーシートで囲まれてる

 

 3 名無しさん@お隣速報 2026/09/16(水) 07:22:45.19 ID:kL2wQm9B

 またかよ

 今度は何があったの

 

 6 名無しさん@お隣速報 2026/09/16(水) 07:31:08.77 ID:vR8nKp4M

 ニュース見たけど自販機の下に挟まってたって

 どういうこと?? 

 

 8 名無しさん@お隣速報 2026/09/16(水) 07:38:40.52 ID:sD5jHv1N

 >>6

 自販機の下って十センチくらいしかないだろ

 猫じゃあるまいし人間が入るわけないじゃん

 

 11 名無しさん@お隣速報 2026/09/16(水) 07:44:12.30 ID:yP9xTe4C

 小銭拾おうとして抜けなくなったんじゃね? 

 酔っ払いとかでさ

 

 14 名無しさん@お隣速報 2026/09/16(水) 07:50:55.83 ID:vR8nKp4M

 >>11

 頭から肩まで入ってたらしいぞ

 物理的に無理だろ

 

 17 名無しさん@お隣速報 2026/09/16(水) 07:56:33.41 ID:bT3nZs8K

 近所だから野次馬見てきたけどさ

 自販機の下から赤黒いヘドロみたいなの大量に掻き出してた。爪。自販機の近くに爪が何枚も落ちてたらしい

 

 19 名無しさん@お隣速報 2026/09/16(水) 08:02:19.12 ID:sD5jHv1N

 >>17

 なんで爪?きもっ

 

 22 名無しさん@お隣速報 2026/09/16(水) 08:11:47.60 ID:mK4eYt2L

 知らんわ

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