◆◆◆
某社家に伝わる口伝を筆録せし書付一巻 奥書を欠くも紙質筆跡より江戸中期の写しとみらる
一書に曰はく。
昔天つ神の葦原の国を言向け平らげたまひし時、山あひの狭き地に坐す神あり。宮柱も太敷かず、ただ石の上に居て日を送る。
天つ神の使ひ志良受の神のもとに至りて問ひて曰はく、汝この国を奉るや否や。神答へて曰はく、いさ。使ひ重ねて問へどもまた言はず。使ひ還りてありのままに申す。
天つ神更に使ひを遣はす。この使ひ弁舌に長けたる者にて、言を尽くし理を尽くして説くこと日を継ぎ夜を継ぎ三日に及ぶ。神はじめより口を結びて座したまひ、終にひと声を発したまふ。む。
使ひ還りて、神は「む」と申されきと申す。天つ神問ひて曰はく、そは諾なりや否なりや。使ひ答ふること能はず。
天つ神また使ひを遣はす。此度の使ひは何をも説かず、ただ答へを聞きて還れとのみ命ぜらる。使ひ至りて問ふに神「む」と言ひたまふ。暫くありてまた「む」と宣ひ、更に暫くありて「む」と言ひたまふ。使ひ三たびの声を指折り数へて還り申す。
ここに天つ神の諸の神集ひて議るに、三つの「む」の諾否を定むること能はず。頷くとも聞こえ拒むとも聞こえ或はただ物思ふ声とも聞こえたり。定まらぬものは服へず討つべき咎もまた見えず。終に問ふことを止めき。一説に、三たびめのは欠伸なりきと云ふ。
故、この神を名づけて志良受と申す。しろしめす者のしらぬ神なればなり。
今に至るまで社家の者、神の遷りたまふ時の警蹕に声を引かず口を結びて「む」と三たび唱ふ。また神前にて長き祝詞を奏することを忌み、事の由を細かに数へ立つることをせず。すべて詳らかに知らざるを以て神慮に適ふとす。
社家の古老の伝へに曰はく。代々のうちに稀に、生れながらにしてこの神の気を濃く享けたる子あり。家にてはこれを「かむがへり」と呼びならはす。
その相たるや幼きより物事に動ずること少なく、途にていかなる怪しきものに行き逢ふとも恐れず其の正体を問ひ究むることもなし。ただ口を結びて「む」と三たびごちて傍らを過ぎゆけば、百鬼夜行の類といへども諾否を測りかねて手を下すこと能はずとぞ。
されど其の三たびの声がまことに神の御声なるか、あるいは当人のただ不精なる生れつきによる癖なるかは、親といへども見分くること能はずと云ふ。
【現代語訳】
ある神社の社家に伝わる口伝を筆録した書付一巻。奥書を欠いているが、紙質や筆跡から江戸中期の写しとみられる。
ある書にいう。
昔天つ神が葦原の国を平定なさった時、山あいの狭い土地に鎮座する神がいた。立派な社殿も構えず、ただ石の上に座って日を送っていた。
天つ神の使いが志良受の神のもとへやってきて、この国を差し出すかどうかを問うた。神は「さあ」と答えた。使いは重ねて問うたが、神はそれきり何も言わなかった。使いは帰ってそのとおりに報告した。
天つ神はさらに使いを送った。今度の使いは弁の立つ者で、言葉を尽くし理を尽くして昼も夜も三日にわたって説き続けた。神ははじめから口を結んで座っていたが、最後にひと声だけ発した。「む」。
使いは帰って、神は「む」と申されましたと報告した。天つ神はそれは承知なのか不承知なのかと問うたが、使いは答えられなかった。
天つ神はまた使いを送った。今度の使いは何も説かず、ただ答えを聞いて帰れとだけ命じられていた。使いが問うと神は「む」と言った。しばらくしてまた「む」と言いさらにしばらくして「む」と言った。使いは三つの声を指折り数えて帰り、そう報告した。
そこで天つ神の神々が集まって話合ったが、三つの「む」が承知なのか不承知なのかとうとう決められなかった。頷いたようにも聞こえ拒んだようにも聞こえ、ただ考えごとをしている声のようにも聞こえた。決まらないものは従えようがなく討つべき咎も見当たらない。それで問うことをやめてしまった。一説には三つめは欠伸だったともいう。
それでこの神を志良受と申し上げる。国を治める者にも知りようのない神だからである。
今でも社家の者は、神がお遷りになるときの警蹕を声を引いて発することをせず口を結んで「む」と三度唱える。また神前で長い祝詞を奏上することを忌み嫌い、物事の理由を細かく数え立てることをしない。すべて詳しく知らないままでいることが神の御心に適うとされる。
社家の古老の言い伝えにいう。代々のうちにまれに、生まれながらにしてこの神の気質を色濃く受け継いだ子が出ることがある。家ではこれを「かむがえり(神返り)」と呼び慣わしている。
その特徴はというと幼い頃から物事に動じることが少なく、道でどのような怪しいものに出くわしても恐れずその正体を問い究めようともしない。ただ口を結んで「む」と三度つぶやいて脇を通り過ぎれば、百鬼夜行の類であっても承知か不承知かを測りかねて手出しができないのだという。
もっともその三度の声がほんとうに神の御声であるのか、あるいは当人のただものぐさな生まれつきによる口癖なのかは、親であっても見分けられないという。