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十一月の半ばを過ぎたあたりから、掻塚町は雰囲気がめっきりと変わった。端的にいうと、人が消えなくなった。
寿命や持病で亡くなる高齢者はもちろんいる。冬場の急病もありふれた交通事故もよその町と変わらず起きる。ぷっつりと途絶えたのは、昔からこの土地で繰り返されてきた足取りの掴めない失踪や脈絡のない変死の類だけだ。
秋口まで高止まりしていた練馬区生活安全課の行方不明者届受理件数は十一月後半を境に急減し、十二月の月報ではついに区内平均を下回った。交番脇の案内板には夏場まで尋ね人のビラが何枚も留められていたが、いまは年末年始の交通事故防止運動と還付金詐欺を警戒するポスターに貼り替わっている。
人の失踪が減ったのと前後して、町で語られる噂話の顔ぶれも様変わりした。ほんの夏頃までこの町で囁かれる気味の悪い話といえば、夜半にどこからともなく響く音や路地で途切れる足跡など妙に手触りの生々しいものばかりであった。
それが十一月の終わり頃からまるで違ってきた。地元の匿名掲示板や居酒屋の立ち話にのぼる怪談が、揃いも揃ってどこかで聞いたような胡乱な話ばかりになったのである。
非通知電話のメリーさんに塀の向こうの八尺様。洗面所の合わせ鏡に家具の隙間の女。どこの町でも語られる手垢のついた都市伝説が幅を利かせるようになっている。
そこへ行政の町おこしが重なる。駅前の掲示板には区の外郭団体が刷った『都市伝説のまち・掻塚ミステリーウォーク』のポスターが貼り出され、週末の昼間にはカメラを提げたよその動画配信者が通りをうろつく姿も珍しくない。
そう、掻塚町は変わったのだ──妙ににぎやかで、陽気な町に。
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年が明けて、正月。
俺はいま山奥にある実家の座敷で、こたつに足首まで突っ込みながらみかんを剥いている。
秋口からおふくろに「年末はちゃんと帰ってきなさいよ」と散々念を押されていたので、約束通りに切符を取って戻ってきたというわけだ。昼過ぎには境内の参拝客もすっかり落ち着き、隣では俺と前後してこっちへ帰ってきていた彼女の京子がお茶を淹れてくれている。少し離れた場所では親父が二つ折りにした座布団を枕にテレビの正月特番を眺めながらごろごろしていた。
「あんた、毎月送ってるごはん、ちゃんと調理して食べてるの? またコンビニのお弁当ばっかり食べてるんじゃないでしょうね」
向かいに座ったおふくろが、急須の蓋を押さえながら早速そんなことを訊いてくる。
「食ってる食ってる。おふくろの送ってくれる棒ラーメンとか最高に助かってるよ」
「棒ラーメンはあんたが好きだから入れてあげたの。メインはお野菜のほうなんだからね。向こうの部屋、散らかしっぱなしにしてない?」
「まあ普通かな。男の一人暮らしにしちゃ小綺麗にしてるほうだと思うけど」
「ええ、ちゃんとお掃除されてますよ。お邪魔した時も玄関まで綺麗に片付いていましたし」
京子が横からにこやかに助け舟を出してくれる。ありがたい。まあ玄関だけは塩だの靴の向きだので妙に気を遣っているせいもあるのだが、そこはわざわざ言わなくていいだろう。
寝転がっていた親父が煎餅の袋に手を伸ばしながら、テレビを見たままだらっと口を挟む。
「飯なんか腹に入りゃなんでも同じだろ。それよりお前、東京でやってるその動画だか配信だかってやつはどうなんだ。ちゃんと食えてんのか」
「お父さん、そういう言い方やめなさいよ。……でも実際どうなの? 変なことしてないでしょうね」
おふくろまで身を乗り出してきた。俺はみかんの白い筋を適当に千切りながら、当たり障りのない顔で頷いておく。
「変なことってなんだよ。普通にリスナーから送られてくる悩み相談に乗ったり、ちょっとした生活の知恵みたいなのを雑談したりしてるだけだって。最近は見に来てくれる人も結構増えたし、日雇いのバイトを減らせそうなくらいには順調だよ」
「ふうん。あんたが人様の相談に乗れるような柄かねえ」
「ひどいなあ。これでも結構感謝されてるんだぜ」
「本当ですよ。最近は見に来てくださる方もすごく増えているみたいですし」
京子がまたしてもにこにこと補足してくれる。親父は「世の中暇なやつが多いんだなあ」と欠伸混じりに煎餅をかじり、おふくろは「まあ、あんたがちゃんと食べていけてるならいいんだけどねえ」とどこか腑に落ちなさそうに湯呑みを傾けた。
一息ついたところで、おふくろが湯呑みを卓上に置いて思い出したような口ぶりで切り出してきた。
「そういえばさ、あんたが住んでるところだけど……秋頃になんだか怖い事件が続いてたって聞いたわよ。大丈夫なのかい?」
「ああ、まあ夏から秋にかけては変な事故だか事件だかがちょこちょこあったみたいだけどね。東京なんて人が多けりゃどこもそんなもんだろ。それにここ最近はすっかり落ち着いて、夜も拍子抜けするくらい静かなもんさ」
心配されて面倒なことになるのもなんだし、俺は剥いたみかんを口に放り込みながら無難に返しておく。実際ここひと月ほどはパトカーのサイレンすらろくに聞いていない。
ついでに俺は、最近の町の妙な盛り上がりぶりを思い出して少し笑いながら付け足した。
「むしろ今じゃ変な方向に賑やかになっててさ。役所だか観光協会だかが急にオカルトで町おこしを始めたらしくて、ミステリーウォークだの怪談スタンプラリーだのと町全体でホラー系のイベントがやたら増えてんだよ。俺の配信にもその告知を見て来たってやつがいたくらいだし、なんだかのんきなもんだよな」
面白いだろ、くらいのつもりで話したのだが、おふくろは眉間にしわを寄せて深々と溜息をついた。
「……感心しないわねえ。町おこしだかなんだか知らないけど、遊び半分で幽世の事を持ち出すものじゃないわよ」
「カクリヨって……ああ、あの世とかだっけ。まあまあ、俺がやってるわけじゃないんだからさ。それににぎやかになればお化けなんてのも引っ込むだろうしさ」
神社の人間らしいお小言に苦笑いしつつ、俺は適当に頷いてみかんの残りを頬張った。