むむむの伊佐朗 作:織田ひろふみ
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守屋竹叟著 嘉永三年自序
余古き宮や碑を訪ねて銘を写すを楽しみとす。掻塚村の杣道の傍らに小祠ありと聞き春の頃往きて見たり。
祠は高さ三尺に足らず。造り至つて麁にして板の継ぎ目は粗く銘も年記も無し。扉を開くに内に拳ほどの石ひとつと小石あまたあり。
小石は村の子らの仕業なりと云ふ。子らこの祠に石を入るるを遊びとして親たちも咎めず。祀る神の名を問ふに知る者一人も無し。いつよりあるかを知る者もまた無く最も年老いたる者すら幼き頃より朽ちてありきと言ふのみ。
この祠の傍らにて村の男死したる事ありと云ふ。一昨年と言ふ者あり三年前と言ふ者あり。柴を刈りに入りしまま帰らず次の日おなじく山に入りたる者の見出せしなり。
首と両の手足は胴を離れて二三間の内に散りてありき。切りたる様にはあらで継ぎ目より外れたるが如くなりきと云ふ。衣には破れ一つ無く二つの袖は空しかりきと。
村の者は狼の業ならんと言ふ。この後も柴を刈りに入る者は絶えず。
余この村にて写すべき銘一つをも得ず。徒らに往きて徒らに帰りぬ。
一、藤の花を見し事
帰るさ道の傍らに藤の盛りなるを見たり。棚に作らで高き木に掛かりたるが中々に見事なりき。
【現代語訳】
私は古い宮や碑を訪ねて銘を写すことを楽しみとしている。掻塚村の杣道の傍らに小さな祠があると聞き、春の頃に出かけて見た。
祠は高さ三尺(およそ九十センチメートル)に足りない。造りはきわめて粗末で板の継ぎ目は粗く、銘も年記もない。扉を開けると中に拳ほどの石が一つと小石がたくさんあった。
小石は村の子供らの仕業だという。子供らはこの祠に石を入れることを遊びにしていて、親たちも咎めない。祀る神の名を尋ねても知る者は一人もいない。いつからあるかを知る者もまたなく、最も年老いた者ですら幼い頃から朽ちたままだったと言うだけである。
この祠の傍らで村の男が死んだことがあるという。一昨年だと言う者もあり三年前だと言う者もある。柴を刈りに入ったまま帰らず、次の日に同じく山へ入った者が見つけたのである。
首と両の手足は胴を離れて二三間(およそ五メートル)のうちに散らばっていた。切られた様子ではなく、継ぎ目から外れたようであったという。衣には破れ一つなく、二つの袖は空だったと。
村の者は狼の仕業だろうと言う。この後も柴を刈りに入る者は絶えない。
私はこの村で写すべき銘を一つも得なかった。無駄に出かけて無駄に帰った。
一、藤の花を見たこと
帰り道の傍らに藤が盛りなのを見た。棚に仕立てず高い木に掛かっているのがなかなかに見事だった。
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【曉鐘新報 雑報】
明治四十年十月二十四日 切り抜き一葉のみ現存
●山中の惨死 豊嶋郡掻塚村の農須永某(五十六)は去る二十一日の夕、用ありて隣村に赴かんと村持ちの山林を抜くる杣道を取りしが夜に入りても着かず。翌朝捜しに出でたる村の者ども道の傍らに死しをるを見出せり。首と左右の手足は胴を離れて散りをりしが医師の検するに切り口に刃物の痕と認むべきもの無しと云ふ。懐中の紙入れはそのままにて物盗りの所為にあらず。現場は人家を距ること遠く傍らに何を祀るとも知れぬ古き小祠あるのみ。狼の類は当今この辺に絶えて久しく兇漢の業とせんも得物の知れざるは不審なり。要するに不可解の変事と云ふの外なく警察署の奮励を俟つ。
【現代語訳】
●山中の惨死 豊嶋郡掻塚村の農民の須永某(五十六)は去る二十一日の夕方、用があって隣村へ行こうと村持ちの山林を抜ける杣道を通ったが夜になっても着かなかった。翌朝捜しに出た村の者たちが、道の傍らに死んでいるのを見つけた。首と左右の手足は胴を離れて散らばっていたが、医師が検分したところ切り口に刃物の痕と認めるべきものはないという。懐中の紙入れはそのままで物盗りの仕業ではない。現場は人家から遠く離れ、傍らに何を祀るとも知れない古い小祠があるだけである。狼の類は今日この辺りでは絶えて久しく、凶漢の仕業とするにも得物が知れないのは不審である。要するに不可解の変事と言うほかなく、警察署の奮励を待つ。