前世の妹が今世の彼氏に告白したらしいんだが   作:雷神デス

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私の彼氏は、完璧で

 愛想笑いすらも忘れたかのように、その人は無表情で茶を淹れる。

 やたら高い茶葉を使っているらしく、香りは実にマーベラスだ。

 けどすいません、俺あんまり茶葉の違いってよく分からないんですよ。

 

 

「あの、前にも言いましたけど。もう少し安い茶葉使ってくれません?あなたからやたら高い物を出されると、無駄に緊張しちゃうんですけど」

 

「無駄だと分かっているならさっさとやめるといいさ。君はその程度でしおれるような繊細な花じゃないだろう。少なくとも、私の会社に忍び込み、直接社長室に抗議をしに来た時は、実に力強く、緊張とは無縁の態度だったけれど」

 

「いやほら、あの時は若かったので……!」

 

「そのおかげで、私は多忙の中、一日中を息子に費やすことになったな。そのおかげで、優斗は私のようにならずに済んだが。まったく、親子の関係と言うものは実に難しい。ほんの些細な関係性の変化だけで、ああも簡単にこじれてしまう」

 

「些細って……」

 

 

 血が繋がっていないと判明したことを、些細な変化と言っていいのか?

 まあこの男であればそう言うのだろうと、一人納得して茶を口に含む。

 相変わらず、俺が飲むには勿体ないくらいのいいお茶だ。なんとなくだけど。

 

 

「感謝しているよ。あの子が成長できたのは、君のおかげだ」

 

「感謝してるなら、もう少し私のこと庇ってくれてよかったのでは……?大人達からすっっっごく叱られた挙句、暫くの間監視が付いたんですからね?」

 

「道徳による罰と、個人的な感謝はそれぞれ別の出来事だよ」

 

「融通が利かない大人だ……!」

 

「融通が利かないんじゃない。依怙贔屓を上手く使い分けられるから大人なのさ」

 

 

 小難しい話をしている最中でも、そいつは一切表情を変えることは無い。

 かつて見たはずの明るい笑みは、もはや見る影すらも無い。

 俺だって最初は、色々あって変わってしまったのか、なんて思ったけれど。

 前世でも今世でも、俺はこの人にだけは何時まで経っても敵う気がしない。

 

 

 

「それで?君は何に揺らいでいるんだ?()()()

 

「……その呼び方、癪に障るからやめてくれません?」

 

 

 

 非常に癪で、目を逸らしたい事実なのだが。

 彼は、俺の前世を知っている。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

『君、正彦君だろ?』

 

 

 無表情にそう言った十六夜信也と言う男は、俺の最大の秘密をいともたやすく看破した。

 人に言っても妄言と言われるであろうその事実を、俺が明かす前に平然と。

 その時の俺の顔は、きっと前世も含めて一番の間抜け顔だったことだろう。

 彼の口端を僅かにでも歪めた人間は、世界広しと言えど俺だけだったようだから。

 

 

「いつも疑問に感じてたんですけど。なんで信じられるんですか?あんなこと。私が誰かからそんな告白受けても信じられないですし、ましてや自分で考えた結論としてあんなことほざくの、間違って恥をかくのが普通だと思うんですけど」

 

「そうかな?他人から提示されるより、自分で結論を出した方が安心できないかい?ああ、自分で出した結論が間違いばかりだ、と言う場合は話は別だけれど。私の場合、自分の答えが間違っていたことなど、数える程しかないからね。その違いかな?」

 

「ナルシスト中年……」

 

「けれど事実、私は正解したわけだからね。やはり、この世で最も信じられるものは自分だな。己の能力を概算し、どれだけのことをやれるかを把握しておけば、早々ミスをすることは無い。ライフハックとして売り出せば有名人になれるかな?」

 

「もうとっくに有名人でしょ」

 

 

 俺が知る限り、前世でも今世でも、一番おかしいのは目の前にいるこの男だ。

 立ち上げた会社を一代で誰もが耳にする有名企業に変えたその手腕も。

 決して悟られまいと隠していた俺の秘密を容易く当てた観察眼も。

 もうじき五十に差し掛かろうとしているにも関わらず若々しいその姿も。

 彼を取り繕う全ての要素が、誰もが羨むであろう超絶チートだ。

 

 

「私にとって。人の視線は集めるに越したことは無いものだ。民衆を操ること程、効率的に自分のやりたいことを進められる手段はない。まあ、上手く生きられない人達は、そう言った視線に晒され続けることを苦に思うようだが。後ろめたい物でもあるのかな?」

 

「誰だって嫌でしょそりゃ。私だって嫌ですよ」

 

「そうかな?君は多分、上手くやれると思うけど」

 

「私、あなたほど外面を取り繕うのが得意なわけじゃないんですよね」

 

「なるほど。“いい奴”の仮面が剥がれたわけか」

 

「きっしょくわる……」

 

 

 ちょっとした感想程度で、隠された意味に気づくのをやめてほしい。

 多分黙っていたとしても、彼はその理由を基に正解に辿り着くだろう。

 だから俺は、この人と話すのが苦手だ。

 

 

「予想出来ることだしね。君は上手くやれるけど、上手く生きるのはまだ下手だ」

 

「は~?上手く生きてますけどぉ?このままいけば、あんたの家の財産とかぜーんぶ優斗君が継いで、妻になった私がめっちゃくちゃに散財して生きるつもりなんですけどぉ?覚悟してくださいねこの野郎、交際を認めたことを後悔させて──」

 

「ほら、嘘も下手だ。君がそんな風に生きられるわけないだろう」

 

 

 分かった風なことを言う彼に、むっしょーに腹が立つ。

 若作りの変態ジジィめ、口には出さないけど散々悪口考えてやる!

 

 

「そんなことを考えてるなら、優斗が実の息子ではないと分かった時点でとっくに見切りをつけてるだろう。普通の人間は、浮気した妻と浮気相手の男との子なんて煩わしく思うに決まっている。そう考えるのが、普通の人間だ」

 

「そりゃそうかもだけど。あなたは、捨てないでしょ」

 

「そういうところだね」

 

「答えになってないんですけど」

 

 

 前の時みたく、もう少し分かりやすい言葉で色々教えてくれないものか。

 愛嬌があった若い頃と比べて、今の彼は随分と達観している。

 あと妙に、面倒な言い回しを好むようになった。

 

 

「君は自分で思うよりも、ずっと奇妙な人間だよ。少なくとも私の眼からはそう見える」

 

「いやあなたよりは奇妙ではないでしょう。というか私の奇妙な点なんて、このプリティー!なスマイルと、セクシー!なプロポーションくらいでは?フフフ、私の美貌はきっと、モデルとかやっても全然通用するぜ……!」

 

「逃げない逃げない。そうやって煙に巻いてるから、うちの息子が苦労するんだ。踏み込まれたら一歩引く姿勢をまずやめなさい。それでうまく生きれるのならばいいが、君の場合はそれがただの弱点でしかない」

 

「……上から目線の説教、楽しいですか?」

 

「うん。とても」

 

 

 くそったれな奴め。

 

 

「君はいい奴だ。それはきっと、誰にだって否定できない。道に迷った人がいれば積極的に道案内を引き受けるし、誰にだって陰口は叩かない。君の悪い噂なんて聞いたことは無いし、その兆候があったとしてもそれを流しかけた人間は君に夢中になっている」

 

「誰のことですかそれ」

 

「君だよ君。朝宮加奈のことを言っている」

 

「買いかぶりが過ぎると思うんですけど……」

 

「気分はいいだろ?そう言われるの」

 

「……あんまりそう言うのいうと、信頼されなくなりますよ?」

 

「今更な話だ。それに、君にだから言ってあげるのさ」

 

 

 多分これも、相手の気分を良くするための話術なんだろう。

 誰だって、自分が相手から特別だと思われているなら、悪い気はしない。

 ましてや、その相手がいかにも凄そうな奴であるならば猶更に。

 

 

「で、内心は?」

 

「息子の彼女をからかうのすっごく楽しい」

 

「シンプルにカス!!」

 

 

 やっぱこいつはダメだな。

 下手に人の心が読めてる分余計にダメだ。

 前世では目指すべき目標だったのに、今世ではこうはなるまいという反面教師。

 なんというかまあ、神様はもう少し俺の人生の相関図をまともに書いてほしい。

 

 

「誰だって内心を言い表せばこんなもんだろう。取り繕った結果だけを見るから、嘘偽りのない本心が汚く見えてしまうんだよ。もっと本音をさらけ出してしまえばいい。そっちのが疲れずに済む。ちなみに私の元嫁の本心はすっごく汚かった。ああいうのでいいんだよ」

 

「あの、私あなたに対する印象にこっから更に“ドMである”って付け加えなきゃならないんですか?属性過多になっちゃいません?主に変態方面で」

 

「信じていた人間に裏切られるという経験は得難いものだぞ。二度と味わいたくはないが、おかげで色々と己の間違いに気づいたからね。心が壊れそうになった場合の逃げ場は幾つか作っておくといいよ。一つだけだと壊れた時に困るから」

 

「あんまりそこ突っつきたくないんですけど!重いんですよ話が!」

 

「けれど大事な話だ。おかげで私は、汚い自分を好きになれた」

 

「汚くない部分あります?」

 

「あるとも。誰が見ても綺麗な部分が、ほんの少しだけだけれど。けれど、そこを愛ですぎるのも不健全だろ?自分の長所は原稿用紙百枚は超えるように書くべきだ。ありのままの自分を、少しでも肯定できるように」

 

 

 その結果がこれだとするなら、多分肯定しない方が良かったのではなかろうか。

 とりあえず私からの信頼は無くなった。前世では結構尊敬してたのに!

 まあ、その資産目当てに優斗君とくっつこうと企んでた俺も大概だけど。

 

 

「ま、君には出来ないことだろうけど」

 

「は?できますけど?何ならずっとやってますけど?私は誰よりも幸せな女の子ですからね?彼氏が超ハイスペックで、超都合のいい、超理解ある男で!別に私が努力しなくても、何なら全力で彼の背中におんぶにだっこでも!多少の自尊心と引き換えに、あらゆることが上手くいく!そんな誰もが羨む理想の──」

 

「自分から。その幸せを壊そうとしてるのに?」

 

「……」

 

 

 だから、この人が嫌いだ。

 

 

「君は奇妙な人間だ。大多数の人間は、追い込まれた時に、何かの切っ掛けで“やってはいけないこと”を選んでしまう。例えば万引き。例えば恐喝。身近な所では暴力。遠い所では殺人。そして、それは運が悪いことに……成功してしまう可能性が高い」

 

「何の話ですか?」

 

「君が嫌いな、迂遠な言い回しだ。聞き流してくれて構わないよ」

 

「なら、聞き流しますね」

 

 

 ポケットからスマホを取り出して、イヤホンを耳にねじ込む。

 音楽を大音量でかけて、構わず話を続ける彼の言葉を聞き流す。

 随分と失礼な態度だとは思うけれど。

 本人がいいと言うならいいだろう。

 

 

「成功体験は強烈だ。これができると信じ込めば、どんな細い糸を辿った勝利であっても、自分の実力でなかったとしても、『自分はこれができるんだ』『これは上手く行く方法なんだ』と思い込む。そして犯罪に手を染める人間は、それでしか成功体験を積むことができない」

 

 

 ああ、そう言えば、今日は好きなアーティストの新曲が出る日だっけ。

 昨日が色々と忙しかったから、すっかり忘れてしまっていた。

 ちゃんと買って、聞かないと。電子マネーの残高はどれくらいあったっけ?

 

 

「君の場合、それとは逆だな。私が教えたやり方、随分と上手く行ったのだろう?事実、君があそこから這い上がるためには、他者からの好感と慈悲が必要だった。君は可哀想な子供を演じることこそが、手を差し伸べたくなる人間になることこそが、もっとも楽に助かる方法だった」

 

 

 いい曲だ。よく分からないけど。多分、いい曲なんだろう。

 ガンガンと鼓膜を破るような重低音が、今の俺にとっては特にいい。

 今はただ、こういうヘビーでロック、みたいな、そういう感じの曲を聞いておきたかった。

 

 

「君は人に助けられて、少しずつだが余裕が生まれた。本来であれば、そこから這い上がるための方法を探るべきだった。けれど、人間とは弱いものだ。原理自体は悪人と変わらない。君の場合、悪いことをして楽するんじゃなくて。良いことをして、人に好かれるのに味を占めた」

 

 

 音が小さい。もっと上げろ。鼓膜が痛い。けれど聞こえる。もっと上げろ。

 ロックだ。今の俺にはロックが必要だ。もっとスピーカーから音出してこうぜ。

 音楽はいい。何も聞こえなくなる。何も気にしなくなる。

 

 

「君は、そうあることでしか人に好かれないと思ってる。君は、そうすれば幸せになれると思ってる。今自分が幸せなのはそのおかげなのだと。自分が例え追い詰められても、それさえ信じていれば幸せなんだと。まるで信仰だな。そもそもの原因は私だが」

 

 

 鼓膜が痛い。

 いっそ破けてしまえ。

 

 

「君は。幸せになるための方法を間違えている」

 

「うるさい」

 

「君のイヤホンから流れる音のがよほど煩いと思うよ。あと、趣味じゃない音楽を耳栓代わりに使わない方がいい。興味のあるクラシックにしておけば、多少は気が逸れただろうに。逆効果だったろ?普段は聞かないジャンルを聞くの」

 

「うるさい」

 

「君は目を逸らすのも、耳を塞ぐのも得意じゃないよ。ただ、ごちゃごちゃと誤魔化しているだけだ。頭の中にはずっとしこりが残ってる。だから、いちいち心をかき乱されて、自分が行ける方向へは進めない。うん、本当に分かりやすい」

 

「うるさいなぁ!さっきから!」

 

 

 本当に、本当に。

 この人はなんて、私を怒らせるのが得意なんだろう?

 もうさっさと、ここから逃げてしまおうか。

 それで、家に帰って寝転がって、全部忘れて寝てしまえばいい。

 そうすれば、家族が、弟が、私を心配してくれて、励ましてくれて。

 

 

「いい加減に、ちゃんと向き合ってやってくれ。何時までも待たされる息子が可哀想だ」

 

「何のことですか。いい加減うざったいですよ。それに、ちゃんと向き合ってます。彼女として、誠心誠意、尽くしているつもりだ。ちゃんと、彼の求めた姿でいるように──」

 

「そうあろうとして失敗したのが、目の前にいる男だよ」

 

 

 少しだけ、息が詰まった。

 彼の眼は、いやに優しかった。

 

 

「あの子は妻だった人に似ている。いつか限界が来る。切っ掛けが何であれ、長い間一緒にいれば、嫌でも理解してしまうものだ。何が本当で、何が嘘か。相手にとっての自分が何で、自分にとっての相手は何か。けれど、君は私とは違うだろう」

 

「……違いますよ。当たり前です。私は、ちゃんと向き合ってる」

 

「かもしれないね。君は、優斗に何かを期待している」

 

「はぁ?」

 

 

 何を言っているんだろうか、このおっさんは。

 これ以上期待するようなことなんて、彼にあるのか?

 完璧だろう。文句のつけようがないだろう。

 お金持ちで、性格が良くて、顔も良くて。

 求められるべきものを、全て持ち合わせている彼に、期待?

 

 

「無いですよ。そんなもの。微塵も。今で十分すぎるくらい満足してるんですから」

 

「ふむ、そうか。そうであれば簡単なのだが。さて、つかの間のティータイムは楽しんでくれたかな?服も乾燥機で乾かしてある。早めに家に帰って、家族を安心してやるといい」

 

「言われなくても、そのつもりですから」

 

 

 私はこいつのことが嫌いだ。だっていちいち癪に障るから。

 俺にやり方を教えてくれておいて、今更間違いだったなんて言って。

 そんなもの聞きたくない。そんな難しい話をしたくはない。

 今が上手く行っているなら、それで充分幸せなはずだから。

 

 

「頑張りなさい。信じるか信じないかは勝手だけれど。私は、君のことを結構気に入っているからね。実の息子と同じくらいに」

 

「もうちょい実の息子に愛情注いでやってくださいよ。あと十六夜とかいう苗字、かっこつけて恥ずかしいと思います」

 

「思わぬ方面からディスられたね。これは流石に予想外」

 

「よっしゃ一本取った。これで手打ちにしてやりましょう。べっ!」

 

「取ったのか?まあ、君が納得してるならそれでいいが」

 

 

 舌を思い切り出して、ドアを強く閉めて、息を吐き出す。

 いやだ、いやだ。これだから、あの若作りとは話したくない。

 そりゃあ親子関係もこじれるわ。むしろよく修復できたな優斗君。

 あいつからいったいどんな話を聞けば、後継ぎになるって言えるんだか。

 

 

 

『必ず君を、幸せにする』

 

 

 

 煩いな。

 子供の約束だろう。

 

 

 

『だから──』

 

 

 耳にイヤホンをぶっ刺した。

 今日は、このまま帰る。




口調が若干乱れてますが、仕様と言うことにしておいてください(
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