あの日から、父の笑顔を見た事が無かった。
あの日から、父の期待を感じたことが無かった。
全てが崩壊したあの日、優しかったはずの母親は怪物に変貌した。
ヒステリックに叫びながら、何度も父を罵倒した。
『あなたが私を愛さなかったから、私もあなたを愛さなかったのよ!あなたが囁く愛なんて、もう何の価値も無いのでしょう!?私のこと、一度も見てくれなかったくせに!私のこと、一度も仕事より優先したこと無かったくせに!!』
浮気の証拠たる、僕のDNA検査の結果。
それは母を発狂させ、そして父の顔から溢れんばかりの笑顔を奪い去った。
父は暴れる母を見て、ただ静かに、淡々と、断罪するかのように言った。
『もう、いいよ』
その日から、父は僕を見なくなって。
母は幾度もの裁判の末、父にあらゆるものを奪い取られた。
金に信頼、世間からの評価、僕の親権、そして浮気相手からの愛すらも。
それでも母は、あの時のようにヒステリックにはならずに。
表情を失った父の顔を見て、ただ嗤った。
『ああ、よかった』
父の瞳が僅かに揺れて、ほんの僅かに手を伸ばしかけたことを覚えている。
荷物を持って出ていく母が、今まで見たどんな笑顔よりも嬉しそうだったのを覚えてる。
二人の親のどちらにも、自分の姿が映っていなかったことを覚えてる。
母はゆっくりと、鞄から取り出した包丁を手にして。
『あなた、そんな顔もできたのね』
母は、父の前で命を絶った。
僕がまだ五歳だった頃の話だ。
その日から、父はずっと笑わなくなって。
これまで以上に仕事に打ち込み、やがて僕は一人になる時間が増えた。
仕事が忙しいなんて建前で、家に帰りたくないだけだって分かってた。
『もう、いいよ』
疲れたんだ。母親のことにも、僕のことにも。
仕事に打ち込んでいた方がよほど気楽で、何も考えなくていいから。
だから必死に頑張るフリをして、歩き続けるフリをして。
けれどその実、一歩も前に進んでなんていなくって。
『もう、やめてくれ。もう、思い出させないでくれ。初めて、痛くなったんだ。初めて、泣きたくなったんだ。全てを投げ出したくなったんだ』
誰よりも優しい人だと思っていた父は、ただ臆病なだけだったんだ。
誰よりも献身的だと思っていた母は、ただ諦めていただけなんだ。
突き放すような、疲れ果てたような父の言葉は、僕はゆっくりと目を閉じて。
どうか、もう二度と、思い出さないように。どうか、もう眠れるように。
そう願いながら、大好きだった父の元から、去ろうとして。
『父親なんだろ!それなら──!』
あの子が、父の頬をぶっ叩いた。
『目玉抉られようと、愛してるって叫んでくれよ!』
あの時は、ただかっこいいヒーローにしか映らなかったけど。
今思えば、彼女はきっと、ただそうあってほしかったんだろう。
腸が煮えくり返りそうになるくらい癪に障る事実だけれど。
彼女の中にはずっと、決して変わらない煌めきが、存在しているのだろう。
『優斗。お前、あの子のことが好きなのか?』
『……だったらなんですか』
『なら……今まで碌にしてやれなかったが。父親として、一つだけ忠告してやろう』
久しぶりでの家族の食事、父は少しだけ懐かしそうに、目を細めて言った。
『あの子を落としたいなら。あの子に救われるな』
『……どういう意味ですか?』
『そのままの意味だよ。彼女は私とよく似ている。似てしまった。きっとあの子は、私のように……取返しのつかないくらいに失ってしまわない限りは、省みることは無いだろう。だから、救われるな。お前があの子を救ってやる、くらいの気概で行ってやりなさい』
『恋愛相談をした気はないんだけど』
『フフッ、まあ聞け。きっとあの子に刺さって抜けない魔法の言葉をお前に教えてやろうじゃないか。告白成功は間違いないとも。けれど、心することだ。私から送ってやる言葉では、ただ刺さるだけだ。心をこじ開けてやるのに必要なものは、優斗。お前自身が見つけなければならない』
育児放棄していた割に随分と偉そうに、とも思ったが。
気になる子への告白が成功する、なんて間抜けなワードに誘われて、耳を傾けた。
おそらく今後一生、父から貰った物の中で、これを上回る物はないだろう。
凡人で、大した取り柄も無い俺に、チャンスをくれた父の贈り物は。
『“君を幸せにする”、だ』
『……ありきたりじゃないか?』
『いいのさ、ありきたりで。恋なんてそんなもんだろ?彼女自身の手で幸せになるのではなく、お前が幸せにしてやるんだ。だからお前は決して、あの子に救われちゃならない。そうなった瞬間、お前は他の有象無象と同じ存在に成り下がる』
『……意味がよく分からない』
『分かるようになった時に思い出せばいい。後悔もその時にね。……ところで、どういうところが好きになったんだ?ん?お父さんにだけ教えてみてもいいんだぞ?』
『ぜっっったいに言わない』
『えー、ケチな息子め』
結局、その言葉の意味は。
後々になって、ようやく理解することになった。
そして、父の言っていた通りに。
『大好きだよ!当然でしょ?』
「当然、か」
きっと君の言葉に、そんな意図はないんだろうけれど。
その言葉が、その好意が、当然のものであるとするならば。
その好きが、自分の口から出て当然のものであると、そう言うならば。
「僕は。当然の存在になってたみたいだ」
あの日の夜。
僕はようやく、その言葉の意味を理解した。
◆◆◆
「どういうつもりだい?」
「どういつもりと聞かれましても」
小洒落たカフェで、普段食べる物よりも高いコーヒーとケーキを頼み。
日常の延長だけど、ほんの少しだけいつもと違う、男女二人の特別なお出かけ。
私としては、好きな人と一緒にお茶ができるというだけで実に嬉しいのだが。
「最初の時点で断ったはずだ。君の告白は嬉しいけれど、僕には加奈が居る。本当に友人として誘ってくれたのならば、変な邪推をして申し訳ないと思うけれど……。君の様子を見る限り、そういうわけでも無いんだろう?」
「疑い深いですね。まあ、実際そうなのでなんとも言えませんが」
当然と言うべきか、彼から向けられる視線は実に懐疑的だった。
それに彼の憶測は当たってる。私は未だに、彼のことを諦めてはいない。
正確には、諦めるつもりだった恋に、勝ち目が出来たとでも言うべきだろうか。
まあ、どちらにせよ。私にとっての彼は“かつて好きだった人”ではない。
「私は今も、あなたのことが好きですよ。諦められてもいませんからね」
「……それじゃあ君は、前に言ってた“面白いこと”を考えてきたのかな?」
「さて、どうでしょうか?見ての通り、私個人はとっても真面目で常識的な、ただの女子学生でしかありませんので。加奈さんのように、見ているだけで面白い、と言う風な振る舞いは少し難しいです。ただ、勝ちの目は出来たかな、と思いまして」
「勝ちの目だと?」
「はい。以前から、なんとなく思ってたんですけど──」
あの橋の一件で、彼女がどういう人間か、その形を少しずつ掴めてきた。
あの人はただ善良なだけではない、ただ底抜けに優しいだけじゃない。
そして彼女と、その父親のコミュニケーションを見て、ようやく理解した。
「優斗さんって。加奈さんからの“好き”ではあっても。“特別”では無くないですか?」
「ッ──!」
狙っていた通り、私は見事に、彼の地雷を踏んだようだった。
今まで見た事が無いくらいに顔を歪めて、明らかな敵意を私に向けてくる。
好意を抱いた人からの視線としては少し心苦しいが、同時にそれを見てるとこうも思う。
「なんで分かってるのに、何も動かないんですか?」
「……何のことか、分からないな」
「そんなわけないでしょう。今の反応からしてもうどう思ってるか、なんて透けて見えます。たった数日で私が見抜けたんですから、長い間一緒にいるあなたが見抜けないわけも無い。ましてや、私以上に彼女のことを知りたがっているであろうあなたが」
「分かっているのに聞いたんだね?随分とまあ、挑発的だな」
「まだジャブの段階ですよ?これでも、私の初恋の相手なので多少加減はしているのです。途中で怒って逃げられたりすると私が困るんです。私は今日、あなたと話をしに来ましたから」
ケーキを食べ進めながら、僅かに動揺する彼をつぶさに観察する。
朝宮加奈が被った仮面、その奥に眠っていた本音は、今まで見た事が無い怪物だった。
傲慢ではあると思うけれど。あれはきっと、誰かが治さなければならないものだ。
手遅れになる何かが起きる前に、誰かが正し、導いてあげなければいけないものだ。
「彼女にとって、あなたのことが好きという気持ちは本当でしょう。そんな嘘を付ける程、彼女は器用ではないですから。けれど、彼女の気質を見ればあなただって薄々気づいているはずでしょう。それは、恋愛的好意と言うよりは……」
「友人に向ける好意と大差ない。そう言いたいのかな?」
「……まあ、そうなりますかね?」
実のところ、私が口に出そうとした台詞とは少し違うが。
それを遮る形で口を出したのは、もしかすれば自分の心を守るためなのだろうか?
だとするならば、思ったよりも彼は繊細で、かつ彼女を心の底から愛しているらしい。
少し妬けるが。今はそっちのが都合がいい。少なくとも、私の目的とは一致する。
「気づいてはいるさ。加奈は良い恋人であろうとしてくれている。毎日しっかりお弁当を作ってきてくれるし、デートも僕が疲れない範囲で予定を組んでくれる。僕の体調が悪ければ、それにすぐに気づいて休ませてくれる。本当に、いつも助けられている」
「思ったよりも凄まじいですね加奈さん……」
私を助けたあの見事な泳ぎもだが、彼女はおおよそあらゆる物事を簡単に進められるらしい。
加奈さんの弟である碧海君の話が本当ならば、たった一人で大人数人を殴り倒したそうだし。
彼女は散々、他の人に優斗さんのことを優秀な彼氏だなんだと言っているみたいだが……。
「もしかしてあの人、大体なんでも出来る万能人間なのでは……?」
「いや。一つだけある」
「ああ、そうですよね?流石に弱点らしい弱点はありますよね」
「……僕の普段の勉強時間は六時間。専属の家庭教師も雇っている。テスト期間は部活も無いし、毎日徹底的にしごかれているよ。学年主席を取るのは楽じゃないし、進学する予定の大学もかなり難関だからね。少しでもサボったら周りに置いてかれる」
突然明かされた彼の勉強事情に驚く間も無く、彼は携帯電話を取り出し。
彼女のSNSアカウントであろうそれの、テスト期間中の投稿を表示する。
「あの。加奈さん、テスト期間中にバイトしてるんですか……?」
「……稼ぎ時らしい」
「いや稼ぎ時って。あなた達の通う高校って進学校ですよね?成績とか大丈夫なんですか?」
「ご心配通り、加奈は勉強が苦手な部類だ。同時に、僕が唯一、胸を張って勝てるって言えるものかな。正直なところ、他の事で加奈に勝てる気はあまりしない。男としては情けないけれど、僕にあそこまでの胆力はないし……誰かに好かれるのも、得意じゃない」
「私に惚れられてる人がそれを言いますか」
「君の場合、好みが少し特殊なせいだ。顔立ちが整ってる自覚は多少はあるし、他の人よりも成績はいい方だと思う。けど、僕個人が胸を張って自慢できるのはそれだけだ。加奈みたいに簡単に友達は作れないし、君のような洞察力も無い」
少しだけ、意外だった。
彼がそんな弱気なことを言うなんて。
洞察力が鋭いなんて言われてはいるが、案外そうでもないらしい。
あるいは、恋は盲目とかいうあの言葉が、私にも当てはまったか?
「だからせめて、彼女に釣り合うようにと。努力はしてきたつもりだ。彼女が望む、自慢できる恋人になれるようにと」
「けどあの人、あなたを私とくっつけようとしてますよね?」
あ、頭抱えた。
いやまあそりゃ頭抱えたいでしょうね、こんなの。
「……なんで加奈があんなことを言ったのかは分からない。けれど彼女の気持ちがどうあれ、君と付き合うために彼女と別れるなんてことはしない」
「なるほど。加奈さんを自分の彼女として縛り付けたい、と」
「違う!」
初めて彼が声を荒げた。けれど不思議と、私の心に波風は立っていない。
彼女とは真逆だ。彼は順当に怒っている。挑発の意図を交えれば、簡単に。
明るいようでいて、どこまでも暗い奈落を持つ彼女と比べれば、御しやすい。
彼は、声を上げるべき時に、怒りを見せられる人間だから。
「彼女は、何がかは分からないけれど……!僕が嫌いになったわけじゃなくて……君が僕に告白したから、あんなことを言ったんだ。しっかりとした理由があるなら、ともかく。そんな、誰かのために自分が身を引くようなやり方で別れるなんて……そんなの、認められない」
「なるほど。まあ私も、なんで加奈さんが私のことを初対面から気にかけてくれてるか、は分からないんですけど。けどまあ、いいのではないですか?彼女の言う通り、加奈さんと別れて、私と付き合っても」
反論しようとした優斗さんの口に、ケーキを突っ込んで黙らせる。
私はあんまり叱られた事が無いから、理解しようとしても出来なかった感情だが。
今ならば、友達をよく叱っていた口うるさい母親たちの気持ちがよくわかる。
逃げているだけでは、誤魔化しているだけでは、先に進めるわけがないのだから。
「とりあえず、現状を正しく認識しなさい。あなた──初対面の女と天秤にかけられて、負けたんですよ?少なくとも、その程度の矢印であったって言う事実は。それくらいの“特別”であったという事実は、しっかり受け止めなさい」
「……受け止められると思うのかい?」
「受け止められないならねじ込みます。ケーキ、二口目いりますか?」
「いらないよ。僕が思ってたよりずっと押しが強いね、君」
「お互いに知らないところが知れてよかったですね。一歩前進ではないですか」
私もあの一件を経て、ようやく認識してきたのだが。
いくら大事に思おうが。いくら大切だとほざこうが。
何の行動も、何の情熱も、何の説得力も無い言葉が、一体誰の胸を打つ?
「甘やかしすぎですよ、あの人を。あなたは好きが先行しすぎて、加奈さんとちゃんと向き合ってないんです。私に言った時みたいに、しっかり感情を形にすればいいでしょうに。遠まわしに伝えようとしたところで、彼女には何も伝わらないと思いますよ?」
「……好きな人を傷つけたくないと思うのは、当然の気持ちだろ」
「本当にあの人のことを想うなら、傷つけてでもちゃんと向き合うべきでしょう。そうして向き合って、自分達なりに納得する筋道を見つけてやるのが、本当の優しさでしょう。ただ甘く見逃してやることはやさしさじゃない。ただの怠慢だ」
彼は厳しい人だ。自分にも他者にも。それが、彼女の前では酷く臆病になってしまう。
問題点を認識しているはずだろうに、正しさにかまけてそれを見て見ぬふりをして。
いったい何があったかは分からないが、そんなことはもうどうでもいい。
三人揃って前に進まなきゃ、リングの上にも立てないでしょう?
「……だよ」
「はい?なんて言いましたか?」
ぼそぼそと囁くように、優斗さんは何かを喋った。
これまた彼にしては珍しく、はっきりとしない声で、ひとり言のように。
思わず顔を近づかせて、よく聞こうとして。
「分かってるんだよ、そんなことは!」
その大きな声に、少しだけびくっと驚き、目を見開く。
微かに震えながら、彼は荒い息を吐いて、私の方を睨みつける。
常日頃感じていた、自他共に厳しい彼の姿は、そこには無い。
「あ、いや。すまない、今のは……!」
「いいですよ。続けて。ただ、店に迷惑になるので……今度は少しゆっくりと、静かにお願いします。私としては、ようやく聞きたい話が聞けそうですし」
「……そもそも、何を聞きたいんだよ、君は。さっきから僕を挑発しようとしてるところを見るに、まともに聞いて答えるような話題じゃないってのは想像がつくけれど」
「色々、です。けど、そうですね。それじゃあ、まずは──」
質問なんて幾らでも思い浮かぶが。それはただの前座でしかない。
大事なのは、その後だ。自然と提案し、納得させる必要がある。
だからひとまずは、思い付いた話題を出すことにしておいた。
これに関しては、実は前々から気になっていたことではあるし。
「あなたは。加奈さんのどこを、好きになったんですか?」
「……これまた、奇妙な質問だな。それくらいなら、わざわざ僕を怒らせずとも聞けるだろうに」
「本命ではないですけど、気になるのも事実ですから。ほら、恋バナしましょう恋バナ。好きな人の好きな人を聞き出すって言うのも、なかなか面白そうですし」
「……ハァ。笑うなよ?引きもするな。ただ淡々と受け入れてくれ。じゃないと帰るからな」
「ええ、勿論」
彼はきっと、彼女の善性を、彼女の異常性を最も間近で見続けた人間だ。
であれば、それを知ることで、彼女の人柄をより深く知ることも出来るだろう。
さてどんな言葉が飛び出すかと、私は少しだけ身構えて。
「……エプロン姿が。びっくりするくらい、可愛かったからだ」
「……はい?」
今何か、思ったよりも、こう。
俗っぽい答えが、返ってきたような?
「いや、だから。職員さんと一緒にご飯を作ってくれるってなった時に。施設の厨房に立って、エプロンを着て……髪をくくって、裾をまくってさ。すぐできるから待っててって笑う姿に、ちょっと。一目ぼれ、的な……」
「……すいません。約束破りますね。っぷ、あははははははは!」
「おい待て、さっき言ったろ笑うなって!?」
ああ、なるほど。そうか、そうか。
恋する理由を、クソ真面目に考察してた自分が実にバカみたいだ。
自分もそうだったって言うのに、なんでその可能性に思い当たらなかったのだか。
「ふっ、あはは!すいません、その……!少し、滑稽で……!」
「もう帰る!」
「待ってください待ってください!別にバカにしてるわけじゃ、ないですから!アハハ!」
ああ、まったく、なんて滑稽だ。
なーにが、『私が助けてあげたから、私を好きになってくれた』だ。
そんなもの関係なく、彼があなたに惚れた理由は、ほんの些細な。
自分達でコントロールできないような、ほんの些細な切っ掛けだった。
「あー、笑った……!よし、優斗さん。提案があります!」
「なんだよ。もう個人的にはさっさと帰って寝たいんだけど」
「まあまあ。あなたにもきっと、益があることですから」
だからこそ。彼には幸せになってほしいのだ。
加奈さんが彼を幸せにするならば、それでよしとしてやろう。
けれど、もしこの期に及んで何も変わらないなら、本気でぶんどってやろう。
それくらい本気な方が、きっと彼女に伝わるはずだ。
「三人で一緒に。私の兄のお墓参りに行きましょう」
「……君のお兄さんの?」
だから、そのために。彼女の因果すらも、利用させてもらおう。
自分の兄の死ですらも、私の我儘のために、利用させてもらおう。
そして、そうとも。
「それと。期限を設定しましょう」
「……期限?」
「ええ。じゃないと、どうせ決断つかないでしょうから」
のろのろとした戦いを、何時まで続けるつもりだ?
このままのんびりまったりと、青春な時間を楽しめと?
生憎と、私の三年間は、そんな呑気なものにはしたくない。
「私は一か月後。再びあなたに告白します」
「……なんだ、改めて。何度そうしたって、答えは──」
「その時に。また加奈さんにも同席して貰います。そして、加奈さんがまたあの時みたいに、あなたに別れを告げたなら。今度はちゃーんと、加奈さんと別れてもらいましょうか」
「はぁ!?そんなの君が勝手に決めることじゃないだろ!」
「拘束力なんて無いですよ。ただ、そうするって決めただけです。それとも、まだのうのうと、その恋人ごっこを続けるんですか?いつ崩壊するかも分からないままに?冗談でしょう。やめましょうよ、そんな虚しいことを続けるのは」
「ッ……!」
気圧されたな?ならもう、答えは決まったようなものだろう。
薄々察していたならば。もういい加減腹をくくれ、時間は有限だし、想いは消耗品だ。
いくら愛していると言ったところで、不満を持ったまま時間が経てば、腐り落ちるだけだろう。
そんな悲しい結末よりも、リスクを取ってでも華々しく、ドラマチックにやる方がよほどいい。
「あの告白は、まだ終わっていませんよ。まだ誰も、答えを出せてなんていないんです」
「……今ようやく、君への評価が定まったよ」
「だから、続きを始めましょう。ちゃんと答えを出せるように、皆が皆、納得できるように」
「君ってさ──」
彼は酷く、不格好な苦笑いを浮かべて。
私はにっこりと、楽しさをめいっぱい表現して笑って見せて。
「滅茶苦茶だな」
「ええ、よく言われます。だって──」
さあて、期限は一か月。
ちょうどその日は、クリスマスイヴ。
「楽しまなきゃ、人生損でしょ?」
決着に向けて、進みだそうか。