前世の妹が今世の彼氏に告白したらしいんだが   作:雷神デス

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アクセル踏み抜いていきます


私の彼氏は、私を振った

『洗濯物終わったよ、母さん』

 

『ごめんね、正彦。ありがとうね』

 

『いいよ別に。母さん、身体が弱いんだからさ』

 

 

 咳をしながらそう零す母の口癖が、俺はいつも好きだった。

 申し訳なさそうに言って、それを慰めて、また俺が頑張って。

 そんなことを幾度も繰り返して、俺と母だけが暮らす家は回っていた。

 例え苦しくても、辛くても、その言葉だけで、俺は頑張るべきなんだって。

 

 

『お母様、正彦君の成績ですが、あまり芳しくはなく……。本人も高校に進学するのではなく、就職を望んでいるようでして。よければ、お母様のご意見を聞きたいと思い、こうして家庭訪問の機会を設けさせていただきました』

 

『まあ、そうなんですか?わざわざありがとうございます』

 

 

 そんな俺の現状に、当時の。中学三年生の頃の担任が苦言を呈した。

 その人は俺のことを高く買ってくれて、『しっかりと勉強してよい高校に進学するべきだ』と、何度も何度も力説してくれていたが。当時の俺は、中卒で就職するつもりだった。

 高校に進学すれば金がかかる。就職して働けば、家計を助けられる。

 ギリギリの状況で母さんを助けるために、俺は高校にはいかない。

 

 

『正彦、勉強は嫌いなの?』

 

『嫌いってわけじゃないよ。けど、お金が必要だろ、高校に行くなら。うちの家計じゃ余裕も無いし、それなら俺がさっさと就職して働いた方がいいだろ?』

 

『……フフッ、偉いわね、正彦は。けど、子供が親の心配なんてするものじゃないわよ。大丈夫、お母さんもがんばるから。だから、正彦は自分がやりたいことをやっていいのよ?私に遠慮なんかせずに、子供らしく。その方がお母さんも嬉しいわ』

 

『いや、そんなわけにも──』

 

『今はいいから。そういうの』

 

 

 俺の耳元で、普段は絶対に出さないように冷たい声で、ぴしゃりと言い放ち。

 母は苦笑して、そのままポカンと口を開けた俺を放って、先生と話をつづけた。

 奨学金とか、偏差値とか、そういう小難しい話を一時間程続けた後。

 母はいつも通り、咳き込みながら、辛そうにしながら、先生を見送って。

 

 

『先生から聞いたんだけど。近所の進学校に、奨学金制度があるんだって。そこに通って卒業して、いい大学に行ければ、中卒で働くよりよっぽどいいところに就職できるから。暫くの間は家事の手伝いとかはいらないし、勉強に集中してみる?』

 

『……けど、金、無いんだろ?』

 

『貰える支援金は片っ端から貰ってるから大丈夫よ?それに私も在宅ワークでお金稼いでるし。言ってなかったっけ?』

 

『……聞いてない。母さんが働いてるのも、支援金とかのことも』

 

『そうなの?ちゃんとこういうのは調べなきゃダメよ。この国は弱い人に優しいんだから。利用できる制度は全部利用しないと、人並みの幸せなんて得られないわよ。正彦は身体が強いけど、いつ病気になるか分からないんだから。使えるものは、全部使わなきゃ』

 

 

 普段咳ばかりして、多くの人に心配されていたはずの母は、理知的に語った。

 身体が弱い人、生まれながら病気を持つ人、そういう人達のための法律を。

 その最中、母は少しも咳をせずに、まったく苦しそうな様子を見せずに。

 まるで賢者か何かのように、母の目は強く輝いていた。

 

 

『母さんは……咳、大丈夫なの?』

 

『そんなしょっちゅう咳き込まないわよ。身体が弱いのも本当だし、生まれつき病気なのも本当だけど。咳はあんなに大袈裟じゃないし、仕事も出来ないくらい弱いわけじゃない。あとでちゃんとした診断書見る?普段家にずっといるんだから、家事をするくらい別にわけないわ』

 

『じゃあなんで……普段はあんなに、大袈裟に咳をしてたの?』

 

『なんでって。そっちの方が、皆優しくしてくれるでしょ?』

 

 

 母は当然のように言って、携帯電話を取り出した。

 それから、自分の息子が高校に進学する旨を伝えて、同情を誘うように咳をした。

 悲しそうに、息子が家の事を助けようと、高校の進学を諦めていることを伝えて。

 涙を流しながら、相談をして、最後に『ありがとうございます』と何度も言って。

 

 

『家庭教師、格安で引き受けてくれる人が居たから、勉強はその人に教わってね。いい大学を出た人らしいから、ちゃんとあなたに勉強を教えてくれると思う。気に入らなかったら私に言ってね?どうにか理由付けて、家庭教師を交換できるか試してみるから』

 

『……同情させて、まけてもらったの?相手の、善意に付け込んで』

 

『そうだけど。もしかして、気に入らないの?』

 

『当たり前だろ!?』

 

 

 初めて母に大きな声を出した。母は全く動じずに、面倒そうに溜息を吐いた。

 裏切られたような気分だった。なのに母は、まったく申し訳なさなどは無いようで。

 ただ淡々と、俺を指さして言った。

 

 

『あなたも同じでしょ?』

 

『は……?』

 

『あなただって、同情させて、善意を笠に着て。恩恵を存分に受けてるでしょ?聞いてるわよ、正彦の評判。病弱な母親を支えるために必死に働く、今時珍しい出来た息子さんだって。おかげで色んな人から優しくされてるでしょ?』

 

『……そんなの』

 

『ねぇ、正彦。あんたは運悪く、私みたいな親の下に産まれた。それは不幸なことだけど、その不幸だって使い方を考えれば武器になるの。才能も、運も、金も持ち合わせてる奴だけしか幸せになれない?そんなのは、変にプライドだけ持ってる奴らの戯言なのよ』

 

 

 俺はこの時、初めて。

 母がどんな人間であるかを、正しく知った。

 瞳の奥に溜まった黒く濁った炎は、目の前の人が良い人ではないことを証明して。

 けれど同時に、母がそれを明かしてくれたのは、俺が家族であるからで。

 

 

『私のやり方が気に食わないなら。幸せになりなさい、正彦。どんな手を使っても。強いやり方でも幸せになれるように。弱い生き方をせずに済むように。食い物にされないように。良いように使われないように。そして、地べたよりも遥か高い所から。健常ぶった奴らを見下ろせるように』

 

 

 きっと母こそが、誰よりも。

 普通の幸せに飢えていたんだ。

 

 

『私たちは、もう十分苦しんだんだから』

 

 

 その一年後、俺が進学校に受かったすぐ後に、母は銀行員の男と結婚した。

 結婚の切っ掛けとなったカードは、俺が進学校に行ったおかげだと母は言った。

 母は強い人だ。けど俺は。

 

 

『ねぇ、母さん。母さんは、俺を愛しているの?』

 

『大好きよ。当然でしょ?』

 

 

 ねぇ、母さん。

 それって、家族として?

 それとも。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「いただきます」

 

 

 パキン、と箸を割って、ラーメンを勢いよく啜る。

 相変わらずなかなか美味いが、今日のラーメン屋は少し様子が違う。

 何せ、普段ならば碌に客が居ないこのラーメン屋が……今日は机を出している!

 つまりは、机を出さなければいけないくらい、お客さんが来ているのだ!

 

 

「フフフ。どうだい加奈?お客さんから大絶賛だった海鮮ラーメンのお味は……!」

 

「美味いけど、普段食べてるラーメンのがいいかな。なんか詰め甘い感じがする」

 

「ぐはっ!?ま、まだまだ精進が必要ってことかぁ……!」

 

 

 落ち込む父だが、お客さんの反応を見るに、他店のラーメンより味は良いのだろう。

 今は昼だが、夜になれば更にお客さんで賑わうそうだ。何があったかと言えば。

 そう、奏ちゃん発案の数々のプロデュースが、見事的中したのだ。

 SNSの効果はまだ薄いが、店を構える場所を変えたのが効いたらしい。

 

 

「しかし、あの子には感謝しかないよ。まさかこのラーメン屋が、こんなに繁盛する光景を見ることができるなんて。机も買い足さなきゃなぁ、それに座り心地がいい椅子も……!」

 

「一過性じゃ無ければいいけどね~。まあ、よかったじゃん。繁盛して」

 

「ああ!これからもっと稼いで、ゆくゆくは屋台じゃないちゃんとした店を持って、皆にラーメンを食べてもらうんだ!その時は是非、加奈と奏ちゃんに食べてきてほしいな!できれば優斗君も食べに来てほしいけど……」

 

「優斗君、父さんのこと嫌ってるみたいだしね。まあ、正義感強そうだし、前科持ちなことげろっちゃったしね。しょうがないしょうがない」

 

「……そうだね。加奈が会いに来てくれるだけ、父さんは幸せ者だ」

 

「父さん、ほんと俺のこと好きだよね。俺もうじき大学行って会えなくなるけど、ちゃんと子離れできる?」

 

「めっちゃくちゃ寂しいけど頑張る……!帰ってきたらたらふくラーメン食べてね!」

 

「体重管理ができる範囲でね」

 

 

 小遣いが少ない時とかはよくここに来て、父にラーメンを奢ってもらっていた。

 とはいえ、いつもならば気軽に来れたが、これからは少し遠慮も交えておこう。

 こうも客が居る以上、椅子を一つ取ってしまえば売り上げに影響出るかもだし。

 

 

「ま、父さんもさ。ちゃんと店持って稼げるようになったら、良い人と再婚しなよ?稼げるようになったんなら、前科持ちでも許容してくれる人もいるかもだしさ」

 

「ハハハ、どうだろうなぁ。けど、もし再婚するなら……加奈と仲良くできる人がいいな。娘と奥さんの仲が悪いと嫌だろう?」

 

「……いやいや。娘いるとか余計なこと話さない方がいいよ、再婚するんなら」

 

「ええ?なんでだい?も、もしかして、僕の娘扱いされるのは嫌だったり……!」

 

「いや、そんなんじゃなくてさ」

 

 

 まったく、父はこういうところで間が抜けているからダメだ。

 血縁上は親子関係ではあるものの、俺は一応養子縁組に入ってる鹿島家の子だ。

 複雑で、かつ面倒な関係になるであろう娘をわざわざ紹介するなんて愚行でしかない。

 

 

「俺が居るって知られたら、父さんの婚活を邪魔しちゃうだろ?んなもん隠してさ、新しい奥さんの新しい子供作って、そんで人生やり直せばいいよ。わざわざ約束破った娘と関係性続けなくてもさ、もっといい子供を……」

 

「加奈」

 

 

 父さんは優しい声で、俺の肩をポンと叩いた。

 何故かそれが怖くなって、びくりと震えて、顔を見上げた。

 いつものような、困ったようでいて、何処か落ち着く笑み。

 

 

「例え僕に新しい奥さんが出来たとして。新しい子供が出来たとして。それで加奈がいらなくなるわけじゃない。加奈を愛さなくなるわけじゃない。例え新しい何かを得たとしても、今まで一緒に居た思い出は、無くなるわけじゃないからね」

 

「……古い物に縛られて、新しい一歩を踏み出せなきゃ本末転倒だろ」

 

「僕は、新しい物を手に入れることに囚われて……本当に大事な物を見失っちゃう方がダメだと思う。成した善行も、犯した罪も消えることは無い。だから、例えどんな未来があろうとも、僕は加奈を忘れない。いつだって、世界に一つだけの宝物だ」

 

「……臭い台詞だなぁ」

 

「結構かっこいいこと言ったつもりなのに!?」

 

 

 溜息を吐いて、めそめそと泣く父さんの手を摑まえて。

 俺の頭の上に置く。父さんは少し驚いたけれど、すぐに何かを察して、少し撫でて。

 

 

「何か悩み事?」

 

「……悩み事ってほどでもない。ただ、どうすればいいか分からなくなっただけ」

 

「それを悩み事って言うんじゃ……?お父さんが相談に乗ろうか?頼りない父親だけど、人生経験だけは無駄に多いぞぉ!」

 

「いやいいよ別に。自分で解決するから」

 

「そうか?なら、悩みが晴れるくらい美味しいチャーハンを作ってあげるね!」

 

 

 無駄に追及せずに切り上げるのが、少しだけありがたかった。

 多分父さんは、父親としてはあんまり褒められたものではないのだろう。

 親らしい支援の殆どは朝宮家の両親がやってくれたし、俺は二人と、孤児院で育ててくれた職員さんたちを育ての親だと認識しているし。

 

 

「……ありがと、父さん」

 

「どういたしまして。頑張りなさい、加奈」

 

 

 けれど、例えいい親でなかったとしても。

 俺にとっては、いてよかった親だとは思えたよ。

 さて、それじゃしめにチャーハン食べて、悠々自適に帰宅するか。

 

 

「味噌ラーメン、お願いします」

 

「はいよ、味噌ラーメンいっちょ……あれ、優斗君かい!?」

 

「お久しぶりです、おじさん。お店、ここに移動したんですね。探したんですけど、いつもあった場所に無くて……。常連さんから店を移動したって聞いて、少し歩いてきたんです」

 

「あー、ごめんね?一応SNSで宣伝はしておいたんだけど、やっぱり久しぶりに食べにくるお客さんには伝わってないか。また何か対策考えなきゃなぁ……」

 

「アハハ。加奈も、ここで食べてたんだね」

 

「……そ、そうだよ~。ここのラーメン、美味しいからぁ……!」

 

 

 隣に。彼氏が。座ってきた。

 不味い不味い不味い不味い!めっちゃくちゃ気まずいぞぉ!?

 一見和やかに話しているが、優斗君の目と父さんの冷や汗見れば分かる!

 とてもラーメン屋に向けるようなもんではない、絶対零度の敵意を父さんに送ってる!

 

 

「ゆ、優斗君がこの店来るの珍しいね?ど、どうしたのかな?」

 

「加奈と話がしたくてさ。電話で話そうとしたんだけど、出なかったろ?マナーモードを切り忘れてたのかな。だから、加奈が居そうな場所を考えて。加奈が気に入ってる、このラーメン屋にいるかなって。当たっててよかったよ」

 

「そ、そうなんだぁ!流石優斗君だね!名探偵みたい!」

 

「探偵かぁ。フフフ、実は父さんも昔、名探偵を目指したことがあってなぁ。思い出すよ、少年探偵団とかを結成して、学園の七不思議を探索した思い出が……!」

 

「うるさいからちょっと黙っといて」

 

「酷い!?」

 

 

 ほら見ろ、父さんがうるさいせいで優斗君からの視線がさらに冷めたじゃないか。

 

 

「えーと、それで、お話って?」

 

「……ここだと少し不都合があるから。食べ終わった後、他の場所で話そうか」

 

「おお、デートかい二人とも?よーし、父さん頑張って美味しいラーメンを作って、二人のデートに花を添えちゃうぞ!」

 

「油でギトギトの花とか嫌なんだけど。もうバカなこと言ってないで早く作りなよ」

 

「うぐぉ!娘の言葉がキツイ……!」

 

「……」

 

 

 何故かさらに優斗君の視線が冷たくなった。

 チャーハンは相変わらず美味しかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 いい加減本格的に冬になった空の下を歩きながら、カシュッと炭酸ジュースの缶を開けた。

 優斗君に奢ってもらった、人の金で飲むジュースの味は、やはり格別に美味しいものだ。

 こういう時は、金持ちの彼氏が居てよかったと心底思うぜ……!

 明日のお弁当は、いつもより豪華に作らなきゃ。

 

 

「それで、どうしたの?お話って」

 

「奏さんからのお誘いがあってね。今度の休み、実家に来ないか、って。僕と加奈と奏さんの三人で、地元の観光スポットを見て回らないかって」

 

「奏ちゃんの実家?」

 

 

 それはつまり、前世の俺……唐沢正彦の実家ということだろうか?

 以前に一度訪ねたことはあるが、その時は俺がかつて住んでいた家はなかった。

 代わりに別の家があって、別の家族が住んでいて、別の暮らしがそこにあった。

 近所の人達に話を聞いても、何も知らないと言っていた。

 

 

「それって。どこにあるの?」

 

「えーと、聞いた話では──」

 

 

 前世と同じ町の名前。しかし、番地は変わっている。

 引っ越しでもしたのか?それにしたって、誰も家族のことを知らないものか?

 ……正直に言うと、再び前世の家族に、母さんに会うのは怖くはある。

 けれど、先延ばしにしてしまった問題であるのも、確かではある。

 

 

 向き合うべきなんだろう。

 失ってしまった人生と。

 

 

「友達の実家に遊びに、かぁ。うん、いいね!せっかくだし、三人で旅行しちゃおっか!」

 

「そっか。それじゃあ旅行の日程なんかも三人で話し合って決めようか」

 

「うん!楽しみだね!」

 

 

 けれど当然ながら、そんなことは優斗君の前ではおくびにも出さない!

 親の方にはバレちゃってるが、幸いにもあの人も優斗君に話すような性格でも無い。

 究極の放任主義、釣った魚には餌をやらない人であるのは前世で実証済みだ。

 故にこそ、今の俺に求められるのは、ステルスな任務遂行!

 今世ではあんまり分からなかった前世のあれこれを、顔色一つ変えずに調べて見せる!

 

 

「それと。奏さん、まだ僕を諦めてないんだってさ」

 

「……へ?」

 

 

 思わず立ち止まって、間抜けな声を上げてしまう。

 言っている意味がよく分からなくて、しかし少しずつ頭が回って。

 つまりは、奏ちゃんは、俺の妹は、本気で、宣言したってことなんだろう。

 あなたが好きですって。例え振られても、奪うつもりでいますって。

 

 

「……凄いね。奏ちゃん」

 

「本当にね。正直僕としては、勘弁してほしいけれど。加奈はどう思う?」

 

「どう、って?」

 

「加奈が許してくれれば。僕は彼女を、手酷い言葉で追い返す」

 

「ダメッ!」

 

 

 焦るあまりに出た声に、俺自身も驚いた。

 優斗君は、まるでそれが分かってたみたいに微笑んで。

 

 

「加奈なら、そう言うよね。僕ならきっと、自分からそいつに言っちゃうな。もう二度と近づくなって。加奈は、僕の恋人だって」

 

「……えっと、その。奏ちゃんはほら、友達だから……」

 

「最初の告白の時も。友達だから、あんなことを言ったの?」

 

 

 ……俺は何を、躊躇してるんだろうか?

 何を恐れているんだろうか。何故、言葉を続けようとしないんだろうか。

 きっと彼は、俺を不信がってるんだ。俺の好意を疑ってくれている。

 ならそれでいいじゃないか。本当に妹を愛するなら、言ってやればいい。

 もう別れようって。あなたのこと、そんなに好きじゃなかったって。

 

 

「……どう、なんだろうね」

 

 

 けれど俺の口から出る言葉は、最悪の現状維持を続けるための言い訳で。

 曖昧な言葉を出して、どうにか逃げおおせるための言葉でしかなくて。

 さぞ失望しただろうと彼の顔を見れば、そこにあったのは苦笑いで。

 

 

「そっか。少しだけ安心した」

 

「……なんで?」

 

「ほんの少しでも。僕のこと、手放したくないって思ってくれてたことに」

 

 

 なんで、そう言う風に解釈できるんだろうか。

 ただ、どっちも惜しいだけだ。どっちも、手を伸ばしたいだけだ。

 家族も。友情も。幸せな未来も。どれか一つを手放さなければならないのに、幸せな未来を手放すと決めたはずだったのに。

 

 

「僕は、加奈のことが好きだよ。世界で一番大好きだ。誰よりも、何よりも。君に会えて、君と過ごせた今までの時間全部が……特別なものだったって、心の底から言えるくらいに」

 

「……そっか」

 

「加奈は。どう?」

 

 

 以前までなら。平気で言えたはずの言葉が。

 今は、少しだけ重くのしかかるような気がした。

 

 

「……私ね」

 

 

 私の好きって。

 恋人として?

 それとも。

 

 

「分かんなくなっちゃった」

 

「……うん、分かった」

 

 

 彼は、まっすぐこっちを見て、真剣な顔をして。

 俺は続く言葉に、自然と、察しがついていて。

 

 

「別れよっか、加奈」

 

「……うん」

 

 

 ……これでいい。これでようやく、前世のしこりを解消できる。

 優斗君には、悪いことをした。彼の人生の多くの時間を、俺みたいな奴が奪い去った。

 けれど、もうこれで。妹も、彼も、みんな。きっと、今よりずっと、ずっと──

 

 

「それから、もう一つ」

 

 

 手をそっと握られて、引き寄せられた。

 

 

「────んむ?」

 

 

 何が起きたか、よく分からなかった。

 ただ、何かで口が塞がれた、抱きしめられた、ってのだけは分かって。

 それはほんの少しだけ続いて、離れた時にようやく、自分が何をされたか理解して。

 

 

「僕は。君にとっての王子様にはなれなかった。だから」

 

「……な、え、ちょ……!?」

 

「今度は。ただの十六夜優斗として。幼馴染でもなんでもない、ただの男として挑むことにする。君が、僕のことを本気で好きになってくれるように。もう、立ち止まるのはやめにする。欲しいものは、本気で奪いに行くべきだって、彼女から学んだから」

 

「いや、あの、今の……!?」

 

 

 そういえば私、付き合ってる時もずっと、キスはしたこと無かったっけ。

 だとするなら──今のが、ファーストキス?

 

 

「クリスマスイヴまでに。僕を、好きにさせてみせる。覚悟してね、加奈」

 

 

 目の前に居る、彼氏ではない、十六夜優斗という青年は。

 俺の、私の手を両手で握って、瞳を真っすぐ射貫いてきて。

 飛び跳ねそうな心臓に構いもせずに、性懲りも無く、愚直な言葉で。

 

 

「僕は。恋人でも、助けてくれた恩人でも。幼馴染でも、皆から好かれる人でも無く」

 

 

 さて、どうしよう。

 

 

「ただの加奈が。大好きだ」

 

「……ひゃい」

 

 

 この関係。

 もう、無事に終わる可能性なくない?

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