前世の妹が今世の彼氏に告白したらしいんだが   作:雷神デス

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五里羅さんの人気に若干の嫉妬を覚えつつあります


お姉さんは花を潰した

『やあ、しょぼくれた少年。ちょっと話聞いてくれない?』

 

『いきなりなんだこの人』

 

『この人とはなんだ。年下なら年上を敬い、お姉さんと呼ぶように』

 

 

 出会いは、そんな風だった。

 誰も訪れないと思っていた穴場の公園に突如現れた女子高生。

 俺より一回り以上年上のその人は、恥知らずにも当時小学生だった俺に絡み。

 何故かそれ以降、何度も公園に訪れ、俺と少し話をしてから帰っていった。

 

 

『私、自分よりも弱くて不幸な人が好きなんだよね』

 

『いつも思うんだけど、もう少しその性悪さ隠せないもんなの?』

 

 

 突然最悪なカミングアウトをぶちまけたその人は。

 よく分からない飲み物を飲みながら。

 ニマニマと笑って、いつも通りのつかみどころのない雰囲気で。

 俺みたいな貧乏くさい男子小学生にだる絡みしてきた。

 

 

『チッチッチッ。女ってもんをよく理解してないね正彦君は。女は秘密を着飾って美しくなるもの。こういうあんまり出しちゃいけない部分は胸に秘め、ようと思いましたけど色々辛いことがあると吐きそうになるので近所のガキにげろってストレス発散してまーす!』

 

『すげぇ、悪びれも無い。こんな人間にはならないようにしよう』

 

『ハハハ、だーれがこんな人間だってぇ?私という美少女捕まえて言う言葉じゃないなぁ!罰として、お土産に持ってきたこの肉まんはお預けってことで……』

 

『いよっ、希代の美少女!お姉さんマジ天使!一生ついていきます!』

 

『君の掌って滑りが良いよね。よく岩が掘れそうだ。ほれ取ってこい!』

 

 

 プライドを売り捌いて飯が食いたいが口癖の男ですので。

 肉まんを口に入れて火傷しそうになりながら、それを笑うお姉さんを見る。

 性にあまり興味が無い年頃の俺でも、その人が綺麗なことはすぐに分かった。

 璃奈(りな)とだけ名乗ったお姉さんは、よく誰も来ないさびれた公園に出没した。

 

 

『お姉さんって、友達居ないの?』

 

『居ると言えば居る。居ないと言えば居ない』

 

『なんだそりゃ』

 

『友達の定義によるってこと。正彦君にとっての友達ってどういう存在かな?』

 

『……いつも一緒に遊んで、仲が良い人達?』

 

『半分正解で半分間違い。だから半分友達、半友(はんとも)なら居るね!』

 

 

 よく分からない人だった。

 つかみどころが無いというか、つかみどころがありすぎて逆に混乱するというか。

 お姉さんは色んなことを話してくれたけれど、そのどれもが俺に理解できずにいた。

 

 

『難しい顔をしてるなぁ。つまりは、仲良くも無い人達と遊んでるってこと』

 

『……なんでわざわざ、そんな人達と遊んでるの?』

 

『あの人は友達が居ないんだって、君以外にそう言われる自分に耐えきれないから』

 

『なんで俺ならいいんだ?』

 

『自分より格下の人間の言葉なんて全部負け犬の遠吠えじゃん?おら、尻尾振って私に飯を催促するがいい。昼飯も食べれずに行き倒れかけていた君に、この優しいお姉さんが食事をおごってしんぜよう……!』

 

『ありがたくはあるんだけども』

 

 

 やっぱり、この人は変だ。

 奔放に見えてやけに人からの目を気にするし、その癖俺には色々教えてくれる。

 自分の格好悪いところも、嫌なところも、ダメなところも、良いところも。

 そんなあの人と一緒に居る時間が、どうも俺には心地よく思えて。

 

 

 

 

『……もしかして君って、私に惚れてんの?』

 

『げほっ、がほっ!?急に何言ってんだよあんた!?』

 

『あ、図星の反応だー!ふへへ、私ってばいたいけな少年を虜にしてしまったかぁ』

 

『変なこと言ったから驚いただけ!』

 

『そんな顔を赤くして言っても説得力無いよ?』

 

『誰のせいで……!』

 

 

 突然そんなことを言ったりもするので、本当に振り回されていたと思う。

 けど……多分、お姉さんが言ったことは、図星だったんだろう。

 辛い日々の中で、唯一、お姉さんと会うことだけが楽しかった。

 

 

『けど残念。お姉さんの男になるには、ちょっと歳とお金が足りないな~?』

 

『歳はともかく、お金かよ』

 

『金だよ。私、皆から羨ましがられたいの。昔の私は、今の君みたいに。惨めな思いばっかして生きてきたのさ。だから、私は金持ちと結婚して、皆から羨ましがられて。楽して幸せになるんだ。誰よりも幸せで、誰からも見下されないように』

 

『……あっそ。じゃあ、俺とは縁がないな』

 

『正彦君が金持ちになって、イケメンになったら掌返してあげようか?』

 

『はいはい……』

 

 

 お姉さんにとっての幸せは、何処までも俗物的で、驚く程に底が浅くて。

 けれど、ほんの少しだけ、考えてしまったことがある。

 俺がその幸せを叶えてやれれば、どれだけ嬉しいだろうかと。

 ……そうする時があるなら、花でも送って、ロマンチックに。

 

 

 

 

『私、結婚することになった』

 

『……イケメンで金持ち?』

 

『うん。会社を自分で作って、滅茶苦茶稼いでる社長さん。いい大学に入って、色んな人と繋がりを作って、ようやく私だけの王子様を見つけちゃったぜ!上手く取り入って、そのまま告白されるまでこぎつけたんだよ?すっごく苦労した~!』

 

『……それ、俺に言うことかぁ?』

 

『君にだから言うんだよ。間に合わなかったね?』

 

『いやそりゃ、俺まだ中学生だし……』

 

 

 俺が中学の頃に、お姉さんは自分なりの幸せを掴んだようだった。

 身勝手だと分かりながらも、裏切られたような気持ちが湧き出た。

 けれど、中学生にもなれば、それが叶わぬ恋であることは理解していて。

 

 

『おめでとう。幸せ、つかめたんだな』

 

『うん。ここに来るのももう終わりかな。色々忙しくなるだろうし』

 

『……そっか。じゃあ、明日から寂しくなるな』

 

『ドライだなぁ。まあそれくらいがちょうどいいか。じゃあね』

 

 

 初恋が破れると同時に、憩いの時間も無くなってしまうようだ。

 それでも、お姉さんが幸せになるためならば、仕方のないことなのだろう。

 そう考えて、そのままさっさと立ち去ろうとするお姉さんの背中を眺めて。

 

 

『……なにこれ?花?』

 

 

 ──今日渡すはずだった綺麗な花を、彼女の前に差し出した。

 今更、何の意味も無いって分かっているはずだったのに。

 

 

『……行かないでって言ったら。考えてくれるか?』

 

『……アハッ、なにそれ。変なの。行かないでほしいの?』

 

『うん。お姉さんと話すの、楽しいから』

 

『変なところで素直になるなぁ、正彦君は』

 

 

 自分自身でも驚いている。

 思っていたよりもお姉さんを好きだった自分に恥ずかしくなった。

 みっともなく、自分の為に縋りつこうと声をかけたのが惨めになった。

 

 

『それじゃあ。君は、あの人以上に。私を幸せにしてくれるかい?』

 

『……』

 

『無理だよね。君の言うことに応えるなら、私は私の幸せを投げ捨てなきゃならない』

 

 

 振り返って、いつものように微笑んだ。

 その笑みは、何かを期待しているように見えて。

 思わず背筋を伸ばして、緊張で唾を飲んで。

 

 

『君の恋心のために。私の幸せを壊さなきゃならない』

 

 

 お姉さんがどんな答えを求めていたかは分からない。

 ただ、彼女は淡々と事実を述べて、俺にその選択肢を委ねた。

 まだ高校生にもなってないガキンチョには、酷く重たく思えたその二択を。

 

 

『正彦君は。私に不幸になってでも、傍に居てほしいの?』

 

 

 それが、責め立てられているように聞こえて。

 誤魔化すように、答えた。

 

 

『……お姉さんには、不幸になってもらいたくない、かな』

 

『……そっか。じゃあ、お別れしなきゃだ』

 

 

 手を握られた。

 一瞬、痛みが走った。

 ふと見れば、俺の手に、お姉さんの爪が刺さっていた。

 僅かな血が流れて、渡した花に滴った。

 白かったはずの花が、血の色で赤く染まった。

 

 

『じゃあね、正彦君。もう二度と、会うことは無いだろうけど』

 

『……別に。電話番号とかを知れたら』

 

『ううん。違うよ』

 

 

 俺の初恋は。

 赤い花をくしゃりと潰して、冷たく笑った。

 

 

『私が、君に会いたくないの』

 

 

 何かを間違えて、崩れ去った。

 正解は、今もまだ、分からないでいる。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「……いっつ」

 

 

 頭を少しだけ痛めながら、ベッドから起き上がる。

 普段と比べて、今回の夢は特に頭が痛くなった。

 珍しく、あの人との思い出を夢に見たからだろうか。

 

 

 

「姉ちゃん大丈夫か?うなされてたけど」

 

「大丈夫大丈夫。嫌な夢見たってわけでも無いし」

 

 

 欠伸をしながら、出発までの時間に余裕があるのを確認して。

 勉強机にあるペンを取って、引き出しのダイヤルロックを開けてノートを取り出す。

 碧海の奴がこそこそと覗こうとしてきたので、デコピンを額に一発。

 乙女の秘密を見るもんじゃないぞ弟よ。

 

 

「いったぁ!?何も暴力振るうこと無いだろ!」

 

「おバカ。姉弟の仲とは言え、盗み見るもんじゃないでしょうが」

 

「えー。けどさ。夢日記ってやつなんだろ?それ。ネットで調べたけど、危険らしいぞ。時には現実と夢の区別がつかなくなっちゃうらしいしさ。ここは弟として、姉ちゃんの精神の安全を守るために……!」

 

「半分正解で半分間違い。夢だから書いてるわけじゃないよ」

 

「じゃあ、何を書いてるんだよ」

 

「……忘れちゃいけない、沢山の思い出」

 

 

 前世の記憶は、必ずしも残り続けるものではない。

 俺が自我に目覚めた頃、つまりは前世に目覚めてすぐの頃。

 俺は幾度か、前世の記憶の幾つかを、忘れかけたことがある。

 今朝見たお姉さんとの記憶の中にも、幾つか忘れてしまっていたことがあった。

 例えどれだけ大事な思い出でも、時間は容易く奪い去ってしまうのだ。

 

 

「あんたはこれを夢日記だとか言ってバカにするけど。私にとっては日記じゃなくて、メモ帳なの。忘れちゃいけないものを書き留めておくためのね」

 

「忘れちゃいけないことって、例えば?」

 

「誰かとした約束とか。誰かに助けてもらった恩とか。あとは」

 

 

 一瞬だけ、彼女ではなく、彼が過ぎった。

 現金なものだ。昔よりも今のが大事なのは、皆同じだろうけれど。

 今さっき夢見たばかりで、もう塗り替えられるものなのだろうか。

 

 

「恋した記憶、とか?」

 

「……姉ちゃん、優斗兄以外に恋したことあんの?」

 

「ハハハ舐めるなよ弟よ。私は恋多き女だからな?」

 

「それ言うにはちょっと色気がいだだだだだだ!?暴力反対!」

 

 

 アイアンクローで弟を制裁しつつ、いい加減に支度を済ませる。

 今日は学校はないが、それ以上に大事な用事を控えているのだ。

 あんまりあの二人を待たせるわけにもいかないだろう。

 

 

「ずるいよなぁ。姉ちゃんだけ旅行とか」

 

「碧海も行く?あんたも学校は休みでしょ?」

 

「いいよ。大事な用事なんだろ?姉ちゃんの顔見ればそんくらいわかるし」

 

「私のポーカーフェイスを破るとは……!」

 

「一番程遠い言葉じゃね?」

 

 

 なんだとこの野郎また指をめり込んでやろうか。

 

 

「優斗兄、まだ姉ちゃんのこと好きなんだろ?」

 

「……割と恋愛的な機微が分かる方なんだね。ちょっと驚いた」

 

「機微っつぅか。ちょっとやそっとで、優斗兄が姉ちゃんのこと嫌いになるわけないじゃん。言っとくけど、あの人姉ちゃんのことめっちゃくちゃ好きだからな?俺、世界一愛してる、みたいな台詞を軽く言う奴ってあんまり好きじゃないけどさ。優斗兄が言ったんなら許せるよ」

 

「そんなレベル?」

 

「姉ちゃんは、自分に向けられる好意に鈍感すぎ」

 

 

 ビシッ、と指を指されて少したじろぐ。

 いやまあ、最近になって、ほんの少しだけ理解はしてきた。

 俺は、朝宮加奈という人間は、思っていたより、その。

 

 

「私が割とモテる方、って言う衝撃の事実は最近学んだ。いやまあ可愛さには自信あるし、平均よりはモテる方なんじゃないか、って期待は抱いたことはあるけども。なんかこう、思ってたより凄かったね」

 

「姉ちゃんの場合、そのメモ帳に自分が助けた人の名前を記しておくべくだと思う」

 

「そんなもん書き記さなくても覚えてるっての。人の名前と顔くらい」

 

「……それ、嫌味に聞こえるからあんまり他の奴に言うなよ?」

 

「はいはい」

 

 

 碧海の言葉を軽く流しながら、前日に準備しておいた旅行カバンを背負う。

 少し重たいが、この程度ならばそこまで疲れることも無いだろう。

 碧海は何故か「なんでそれ軽々持てるんだよゴリラか?」とかほざいたが。

 当然ケジメは付けておいた。寝ておれ愚弟。

 

 

「加奈、もう行くのかい?やっぱり、私が車で送ってあげた方が……」

 

「お父さんも仕事でしょ?大丈夫だって。駅もそんなに遠くないし」

 

「けど、もし何かあったら……」

 

「心配しすぎですよ、お父さん。加奈は強い子なんだから」

 

「ううむ、しかし……!」

 

 

 心配性な父に苦笑して、快く送り出してくれる母にお土産の話をする。

 対照的な二人だけれど、どちらも子供に愛情を注いでくれるのは同じだった。 

 そのまま玄関を出ようと思ったが、ふと思い出して声をかけた。

 

 

「碧海。お土産、何が良い?」

 

「別に何でもいいけど。この前みたいに、びしょ濡れになって泊まってきた、みたいな報告はやめろよな。ちゃんと無事帰ってこいよ」

 

「ふむ。つまり無事帰ることがお土産ということで……!」

 

「……まあ、それでいいや」

 

 

 ありゃ、冗談だったのだが、真に受け止められてしまった。

 ノリが悪い奴め、訂正する機会を失っちゃったじゃないか。

 まあ、一応美味しい団子でも買って来てやるとして。

 

 

「じゃ、行ってきます」

 

「「「行ってらっしゃい」」」

 

 

 家族そろって手を振って、本当に暖かく見送ってくれる。

 その温かさ少しこそばゆくて、何処か居心地が悪かったこともあったけれど。

 今は少しだけ、前向きに、手を振ることが出来たと思う。

 

 

「さて、と」

 

 

 旅行先、つまりは前世の俺の故郷は県を跨ぐ程度には遠い場所だ。

 駅前で集合し、新幹線を乗り継ぐので、遅刻してしまうと予定が色々と狂うだろう。

 トラブルを想定し、時間を多めにとって出発し、少し重い旅行鞄を持って……。

 

 

「あ」

 

 

 そう言えば、と携帯電話を開いて、通話をかける。

 今更ながら、実の父の方には連絡を寄越していなかった。

 またあの愉快な声を聴くのは疲れるなと一人笑いながら、通話をかけて。

 

 

「……あれ?珍しいな」

 

 

 電話に出ず、携帯電話の無機質な音声が父親の不在を告げる。

 普段ならば、俺から電話したらすぐに飛びつくもんなのに。

 

 

「まあ、最近人気になってきたし。朝から忙しいのかな」

 

 

 まあ、また後で電話して、帰りの日付と時間だけ教えればいいだろう。

 朝宮家の両親に迷惑をかけるのは少し心が痛むが、あっちならば問題はない。

 何せ俺なんか、あの父親のせいで体重が二キロも太ったことがあるのだし。

 元のスタイルに戻すのに、どれだけ苦労したことか。

 

 

「……帰ったら、またラーメン食べようかな」

 

 

 別に、寂しいとかそういう理由ではない。

 断じて、無い!

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 その日は珍しく、屋台を引かずに、普段着のままで外に出た。

 俺には場違いな程に小洒落たカフェで、その女と向かい合う。

 震える俺のポケットを見て、女はにこりと笑って言った。

 

 

 

「電話。出なくていいの?娘さんからでしょ?」

 

「……娘に、あんたの声を聞かせたくはないので」

 

「フフッ。そう邪険にしないでってば。前も言ったじゃない。あの件は、うちの馬鹿が勘違いしてやらかしたことで。もうその始末もついてるって。死体の写真見る?すっごく間抜けな顔よ、これ。自分が死ぬなんて思っても無い顔!フフッ、笑える」

 

「あんたが何を言おうとも。もう俺は、あんたを信頼しちゃいない。もう、俺にも娘にも近づかないでくれ。加奈には、真っ当に生きて……幸せを掴んでもらいたいんだよ。あんたみたいな……悪魔とは、関わることなく」

 

「悪魔ねぇ。言い得て妙かも。だってほら」

 

 

 けたけたと笑って、蠱惑的に。

 俺の罪を突き付けるように、女は俺を指差した。

 

 

「悪魔と契約を交わしたあなたは。娘と幸せに過ごせているものね?」

 

「……おたくの用件は、俺を怒らせることなのか?」

 

「アハハ、違う違う。ただ、聞きたいことがあるだけ」

 

 

 カラン。カラン。

 グラスの中の氷が揺れて、その度に冷や汗が伝う。

 

 

「加奈ちゃん、だっけ?その子が、優斗と付き合ってるって。ほんと?」

 

「ッ……!」

 

「アハッ、わっかりやす~い!けど面白いわよね、すっごく因果感じちゃう!」

 

「加奈に。何をするつもりだ」

 

「何もしないわよ?問題なく、私がやりたいことが出来たら」

 

 

 女は悪魔だった。

 自分の欲望のために、あらゆることを平気でやれる女だった。

 俺はそれをよく知っていた。

 

 ──それに、加担してしまったから。

 

 

「何も、もう一度臭い飯を食えって言ってるわけじゃないの。些細な協力をしてほしいだけ。あなたがしくじらなければ、もう今後一切あなたと娘には関わらないし。あなたと交わした契約も、もう終わりにしてあげる。悪くない条件でしょう?」

 

「人質を取って、選択肢を奪っておいて、何を……!」

 

「今更あなただけ、罪から逃れられると思った?知ってるわよ?あなたが何度も、あの家に土下座しに行ってること。罪悪感から逃れたかった?無理に決まってるのに?」

 

 

 その瞳は、黒く濁っていた。

 何も写さず、ただ自分の世界だけを形作っていた。

 この女に、罪悪感や正義感なんて、一片も無い。

 この女を、加奈と出会わせてはいけない。

 

 

「……そんなことは、分かっている」

 

「ええ、そうよね。あの日教えてあげたでしょう?あれを受け入れた時点で。あなたは未来ある若者を、誰からも慕われていた人気者を殺したも同然なの。共犯者なのよ。対価は既に支払われた。あなたはそれを享受してる。なら、分かるでしょ?」

 

 

 逆らえない。

 例えどれだけ力で勝っていても。

 例えどれだけ、この女が憎たらしくても。

 この女には、加奈の幸せを壊せるだけの悪意があるから。

 

 

「契約成立ね。とはいえ、書類なんかを残すわけにもいかないけど。ああ、ここの食事は支払っておくわ。最近は羽振りがいいから」

 

 

 一方的に言って、席を立った女は、その拍子に何かを落としたようだった。

 思わずそれを盗み見て、女が落とした意外な物に、僅かに驚く。

 

 

「あら。失礼、落としちゃった」

 

「意外だな。ゴミを溜めこむ趣味でもあるのか?」

 

「ええ。少し面倒くさがり屋なもので。鞄の底に詰め込んじゃってたみたいね」

 

「……捨てないのか?ゴミ箱、そこにあるが」

 

「店に迷惑だもの。それじゃ、さようなら」

 

 

 初めて、女が無駄なことを言わずに、さっさと出ていく所を見たかもしれない。

 いつもならば、去り際に余計な一言を幾つか置いていくものなのだが。

 それに、どうもそれは、彼女に似つかわしくないゴミに思えた。

 

 

「……枯れた花なんて、鞄に入れておくものなのか?」

 

 

 俺がゴミと言って、彼女もそう呼んだその花は。

 枯れていたにしては、妙に赤く染まっていた。

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