『償いは必要ありません』
頭を地面に擦り付ける男を見下しながら、出来る限り冷たく言い放った。
うんざりするような時間の中で、釈放された彼はただただ、願っていた。
私達に憎まれるのを、私達に罰せられるのを、贖罪になるのだと信じ込んで。
『あなたの娘がまともに生きられそうだからって、自分だけ楽に死ぬのを選ぶんですか。自分だけ真実を知りながら、娘のために死んだかっこいい自己犠牲だなどと言い張って、まだ生きようとする人達に押し付けるんですか?』
『……俺は。あなたの息子を、殺しました』
『いいえ。殺したのは私です。あの子の命が潰えることを認めたのは私です。あの時、一思いにさくりと轢き殺していれば、そんな思いをする必要も無かったんですけどね?あんなにも思い悩む必要も、無かった』
『……』
『何も言わないんですね。何も言えないのでしょう。私は一生、自分の選択で命を落としたあの子のことを忘れない。あなたも、あなたの選択で生かされた子供のことを忘れないで。それが、せめてもの……』
言っていて、おかしくって笑ってしまった。
せめてもの?忘れないで?いつまで取り繕っているつもりだろうか。
今私が言うべきことは、そんな綺麗に脚色したお涙頂戴の台詞ではなくて。
ゆっくりと息を吸って、言いかけた嘘を引き裂いて。
『いえ、もういいですね。さっさと教えてくださいよ』
『……な、何を……』
『私の息子を殺して、のうのうと生きているゴミクズは。誰だ?』
◆◆◆
「奏のお友達が来るって聞いて、急いで準備したのだけれど……気に入ってくださるかしら?」
「お、おお……!」
テーブルに並ぶ色とりどりの料理を前に、思わず固唾を飲む。
ここまでか、ここまで立派な飯を作れるほどの財力を手に入れたのか!?
前世じゃ一度くらいしか食べる機会が無かったローストビーフ、唐揚げなんかの揚げ物、寿司にパンにその他色々、一般家庭という基準で見れば十分に豪勢なごちそう達!
「どうしようテンション上がってきた。いいんですかこんなに……!?」
「喜んでくれたようでよかった。出来合いの物が多くて申し訳ないけれど、ローストビーフや唐揚げは私が作ったの。お口に合うといいのだけれど……」
「母さん、最近料理に凝ってるの?普段はもう少しおとなしい料理作るのに」
「奏が家を出ちゃってから暇な時間が増えたのよ。色々と趣味を嗜んでいる内に、料理本に書いてるレシピを一通り作っちゃったりして。おかげで試食してくれた近所の皆さんからも評判いいの。お母さんもなかなかやるでしょ?」
前世の母にこれほどまでに料理の才能があるとは思わなかったが、そういやこの人以前から病弱を物ともしない才能ウーマンではあったな、と遠い目で思い返す。
そもそもの話、下心ありと言えども多くの人に好かれるのはとても難しく、ましてや困ったときに頼れる程の信頼関係を作るというのは並大抵のコミュ力では不可能だろうし。
そして今も、母の発する……いわゆる、儚げないい人オーラは衰えることを知らぬようだ。
「揚げ物なんて作っても、自分は食べられないでしょうに」
「少しなら食べても問題ないから、味見くらいはできるもの。それに、奏も嫌いじゃないでしょ?わんぱくでお父さんを困らせてた頃は、美味しそうに食べてたもの。美味しい美味しいって言いながら、私やお父さんの分まで」
「ちょ、やめてくれない!?育ち盛りだったころの話だから!今そんなことしないから!」
「アハハ……やんちゃなところあったんだね、奏ちゃんも」
「加奈さんには言われたくないんですけど。あとさりげなく取り皿に唐揚げを放り込んでるのやめてください。取りませんから。あ、こら隠すな!」
生憎だなマイシスター、俺も唐揚げは大好物だったんだぜ……!
あと口ではそんなこと言いながらもしっかり多めに食ってるの見えてるからね!
思わぬ共通点に少し嬉しくはなったが、それはそれでこれはこれだぁ!
「加奈、唐揚げだけじゃなくて野菜も食べなきゃ体に悪いよ」
「お母さんの唐揚げ、我が家の太り要因第一位なので気を付けてください。例え加奈さんと言えど、そのボディを維持するのは困難……!」
「え、食べた分運動すればよくない?食べるだけだと太るだろうけど、ちゃんとカロリー計算してどれくらい運動するか決めておけばそうそう太らないよ?」
「それが出来れば、苦労はしないんですが?」
「奏は昔から運動が苦手だからなぁ」
「私が言うのもなんだけど、少しくらいは外で散歩なんかもしたほうがいいわよ」
「周りにいる人達が強すぎるだけです!私は平均値ですよ、平均値!」
「ちなみに体育の成績はどれくらい?」
「……五段階評価で三なので、平均ですね!お父さん、その『やる気はあるからサービスしてくれたんだな……』みたいな視線次向けてきたら蹴りますからね」
「娘に反抗期が来てしまった……!」
何気に優斗君も優斗君で、私や五里羅さんには及ばずともフィジカル強者だからなぁ。
昔は『流石イケメンは何しても高得点をたたき出しやがるぜ!』なんて思ってたものだが、今となってはそれは、彼のがむしゃらな努力による成果なのだろう。
孤児院で初参加したドッジボールでは、五理羅さんのボールを食らって吹っ飛ばされてたし。
『大丈夫!?生きてる!?』
『なんで君はあれを受けてそんな平気そうなの……?』
『この施設に居る子が最初に学ぶのは、ダメージを最小限にするための流しと受け身だよ』
『入る施設を間違えた……!?』
ちなみに一週間ほどで完璧に威力を殺せるようになっていた。
どうでもいい話だが、うちの孤児院の出身はは何故か大怪我をしたこと無い子が多い。
いやー不思議だ、なんでだろうな。
「それにしても、まさか奏にこんな素敵な友達ができるなんて。この子ったら、愛想はいいけどあんまり人と深くかかわらないから、本心を見せるのが苦手で……」
あんたが言うな。
「あんたが言うな」
「あら酷い。けど、少しはマシな顔になったわね。そっちのが母さんは好きよ?」
「後方理解者面クソうざいんだけど」
「あなたは分かりやすいんだから、そんな面しないわよ。年季が違うわ、年季が」
あれ、今俺口に出したっけ?
あ、いやこれ言ってるの奏ちゃんだわ、マジか。
けどまあ、よくよく考えれば奏ちゃんのように賢い妹が、俺ですら気づけた母親の素の性格に気づけないとは考えづらい、ましてや隠す必要性も今はあまりない。
本当に、俺なんかよりもずっと、親子としての絆を育んでいるようで。
「加奈?」
「ん、どうかした?」
「あ、いや……なんだか、少し沈んでいるように見えたから」
「んえ?気のせいじゃないかな?こんなに美味しいご飯を食べてるんだし!」
「……なら、いいけれど」
俺にも、今世では俺のことを大切に思ってくれる家族が居る。
血は繋がっていないけれど大事な弟もいるし、ダメなところもあるけど良いところもある、俺にとっては結構親してくれてる血の繋がった実父もいる。
前世の妹と母親が仲良くしてるなんて、俺にとってはむしろ幸運なことなのに。
なのに何故、こんなにも。
『ズルい』
気の迷いだろう、きっと。
それに、何がズルいと言うのだろうか。
初恋の人を奪っているのは俺だし、その人をも振り回してるのも俺だ。
その言葉を言われるべきは俺のせいで、彼女にはそんなことを言われる謂れは一つも無い。
「さて、ご飯を食べた後はどこに行こうか。加奈ちゃんも優斗君も、どこか行きたいところはあるかい?この辺だと、ゲームセンターや映画館なんかもあるよ」
「それは後。まず連れて行きたい場所があるから、それから帰った後にして。町の案内がてら徒歩で行くから、お父さんはついてこなくていいよ」
「最近娘がとても冷たい……!外は寒いから、防寒着は忘れずにね」
「はーい」
父親ともよくやっているようだ、産みの親なんだから当然と言えば当然かもしれないが。
当たり前の話だが、この家の人達は俺が居なくても大丈夫で、幸せを当たり前に享受している。
悩みや困難はあるだろうけど、それに悩まされ続けることはなく、明日を信じられる。
ご飯は母親が作って、仕事は父親が行って、娘はそんな両親の下で学業に励んで。
「……奏ちゃんの両親、いい人だね」
「そうですかねぇ……?普段はもうちょい面の皮が分厚い上に、結構性格悪いですよ。特に母親なんて、飲み会なんかに行く時は毎回奢ってもらってるし、電話一つで知り合いに車で送ってもらえるし、いちいち体が弱いのをアピールしたりで、人を使うのが上手い悪女ですよ」
「それでもいい人だと思うけどなぁ。だって奏ちゃん、悪いところばっかの人達相手にこんな風に話すような子じゃないだろうし。それに、奏ちゃんをこんな良い子に育てたんだし。奏ちゃんの頑張りはあれど、いい家庭環境なんじゃないかな?」
「まあ、目に付くあれなところはあれど、性根から腐ってるとは思ってませんよ。そんなクズ達ならとっとと縁を切ってると思います。今までは、私の家庭は他と比べて変だ、異常だとか思ってたんですが」
彼女がなぜその結論に至ったかは、俺には分からない。
けれど、恥ずかしそうに微笑む彼女の姿は、どこか眩しく見えて。
自分がついぞ得られなかった“何か”を、彼女は手に入れているように思えて。
「つい最近は。私の家族は、多分案外普通な人達だと思ったんです。私も含め」
「……普通?」
「はい。町の外に出て、色んな人たちを見てきて、少しずつ地元以外の場所を見て。家族だからよく見えるだけで、人は誰だって隠したい部分があるし。親しくなって、近づけば近づくほどに、その人の隠したがってるとことを知ることがありました」
「今なお記憶に焼き付いている私の黒歴史が疼く……!!」
「あ、それもありますけど、それだけじゃなくて。色んな人の、優斗さんとかも含めてです」
「僕、もしかして今唐突に巻き込まれた?」
「はい、巻き込みました。隙を与えた優斗さんが悪いですねこれは」
「家族はともかく君は変だと思うよ僕は」
優斗君にも隠していることがあったのか。
まあ家庭環境が色々と複雑だし、そりゃ色々とあるか、そういうのは。
何なら隠しごとしてなくても漫画みたいな経歴してるし。
「ハハァン?なるほど度胸がおありですね優斗さん。私があの手札を持っていることをお忘れですか?」
「一体何のことを言って……」
「ところで加奈さん、優斗さんってエプロンが──」
「待て、落ち着こう。君は今核兵器の起動スイッチに手を掛けている。それを押せばもはや戦争以外の選択肢しか無くなるであろう。落ち着いて話し合おうじゃないか奏大統領」
「優斗総理、であれば今すぐにでも私が変だと言う風評被害は取り下げることだ。こちらにはあなたの尊厳を一撃で粉砕する兵器があるが、そちらには何もない。今すぐにでも取り下げれば、服従の対価としてこれを言いふらすことだけはやめてあげようではありませんか……」
「ところでご両親、奏ちゃんの恥ずかしい話とかあります?」
「あるよ~。例えば昔、ショッピングモールで迷子になった時に──」
「落ち着きましょう、その銃をゆっくりと下げてください。私達には話し合いが必要です」
「今一度戦場がどこかを考えることだね。己の実家、それもご両親がいる場所で戦うことを選んだ時点で、君は僕の術中なのさ……!」
「おのれ、血の繋がった家族すらも敵だとは……!」
なんかこの二人、やたらと仲が良くなった気がする。
まあ俺としては、優斗君と奏ちゃんが仲良くするのは歓迎のはずではあるが。
実に実に、喜ばしい話ではあるの、だが。
『僕を、好きにさせてみせる。覚悟してね、加奈』
あんなことを言ってた癖に、あんな風に仲良くなるんだ。
ふーん。まあ別にいいが、むしろ俺としては喜ばしい話ではあるが。
へー、そうですかそうですか、かわいい奏ちゃんとも随分仲良くしているようで。
「……か、加奈?なんか目線が妙に冷たくない?」
「別に?続けていいよ。二人が仲良くしてくれたら、私はうれしいしね」
「い、いやこれは僕の尊厳を守るためと言うか」
「アハハ、何慌ててるの。別に何もやましいこと無いでしょ?恋人同士でもないんだから」
ただ事実を教えただけなのだが、何故かショックを受けた様子で固まってしまった。
それで少しだけ満足し、俺はジュースを口にして──いや待て、何に満足した?
優斗君は事実何も悪いことをしていないし、変にきつい言い方をする必要はないはずだ。
なんで俺、何も悪くない優斗君に変な態度を取ってしまっている?
「優斗さん優斗さん、ちょっとこっち来てください。何を怯んでるんですかあなたは」
「加奈に……加奈に、嫌われた……」
「バッカですねぇ優斗さん。むしろ私としてはピンチですし、あなたとしてはチャンスなのですよ?分かりませんか加奈さんの変化が」
なんか二人して離れてこそこそと話をしているようだ。
俺には内緒にしたい話があるようだが、もしかしてデートか何かの話だろうか。
まあ仮にそうだったとしても俺にはもうあんまり関係ない話だけど。
「へ、変化?」
「ええ。あれは嫉妬ですよ間違いなく。前まではむしろ私達がくっ付けば幸せ、って顔してたクソボケが、今は私達の距離が近づいていると露骨に不機嫌になってます。つまり……意識しているんですよ、優斗さんのことを」
「なん、だって……!?加奈が、嫉妬……!?僕から嫉妬することはあっても、加奈が僕の方に嫉妬するなんて一度も無かったのに……!?」
「なにげにあなたも加奈さんに振り回されまくってますよねぇ……」
「恋人が学園中でモテモテな癖して、本人がそれに無自覚な僕の苦労話聞く?」
「何なら未だに優斗さんのがモテモテだって思ってそうですねあの人。なんで自分の顔やらには自信たっぷりな癖に変なところで自己肯定感どん底なんですか?」
「何度も頭を悩ませたけど未だに答えが出てない難問だねそれは」
……何やら優斗君の顔が七面相してるが、随分と表情豊かに楽しく話しているようで。
俺とはずっと優しそうな笑顔を向けてくれるだけで、あんな風な顔は見せなかったのにな。
そんなに奏ちゃんとの話は楽しいのかな、何の話題で花を咲かせているのかな。
それなりな話上手な自信あったんだけど、そうでも無かったのかもしれない。
「ほら、あんな口とがらせてる加奈さん見たことありますか!?明らかに嫉妬混じりの複雑な感情を発散させるために食べるスピードが上がってますよ!クソう、私の勝率がみるみる下がる音がする……!私がやってもただの面倒くさい女になっちゃうからズルイですよねあれ」
「どうしよう、抱いてはいけない感情だとは思うんだけど。死ぬほど嬉しく感じてしまう自分がいる……!あと滅茶苦茶可愛い世界一可愛い。ていうかどうして君はわざわざそれを僕に教えてくれるのさ。君としては僕が気づかないままのが助かるとお思うんだけど」
「しょーもない勘違いで関係性に亀裂作る勝ち方とかド三流の下種がやる勝ち方でしょう。私は常に実力による完全勝利を目指します。努力と才能で完膚なきまでに叩き潰してのヴィクトリー。それ以外を求める意味が分かりませんね」
「前々から思ってたけど君のその儚げな風貌って詐欺だと思う。生き方が覇王だもん」
「勝手に相手を思いやって身を引く負けヒロインムーヴとか死ぬほど嫌いですもん。負けるんなら真正面から盛大に振られて罵詈雑言浴びせて中指立てて終わりたいです。しょうもなく自分の傷をなめてもらう終わり方なんてまっぴらごめんですので、よろしく」
「すっごく荷が重い」
「愛の重さですね!」
「その上やかましい……!」
あ、さりげなく奏ちゃんが優斗君に抱き着いてる。
優斗君も、なんだかまんざらでもなさそうな顔してるように見えてくる。
……やめよう、これ以上見ててもなんか、むかむかするだけのような気がする。
二人の関係性が進歩したのはいいこと、いいことだ。
「あっちが気になる?」
「へ!?」
いきなりすぐ傍で話しかけられて、変な悲鳴を出しながら慌てて振り返る。
ニコリと一見優しそうな笑みを浮かべながら、前世の母親は俺の視線の先を追っていて。
その目を見ると、なんだか全てを見透かされそうな気がして、思わず背を伸ばす。
「青春ね。私も昔はあなたみたいに、好きな人の近くにいる女に嫉妬することもあったわ」
「嫉妬って……別に、そんなわけでも無いですよ。あの二人が仲良くしてくれたら私もうれしいですし、あなただって娘が好きな人とくっ付いた方が嬉しいでしょ?」
「別に?恋が結ばれようが失恋しようが、それはあの子の問題でしょう。まだ碌に物も分かっていないならともかく、もうじき完全に巣立っていくでしょうから。昔はかなり苦労したものだけど、今はもう迷うことは無いでしょう」
「……奏ちゃん、いい子ですからね。とっても真っすぐで、強くて」
「そうかしら。多分同年代の子と比べてかなりやんちゃだと思うけど」
「あ、あはは」
それに関しては否定できないので苦笑いで返すことにした、すまない妹よ……。
少なくとも行動力とかに関しては、前世の俺なんかよりよっぽど凄いし。
それに、恋愛的な意味でも俺なんぞよりよっぽど強かだ。
「けど、きっと。あなたから見る奏は、私が見ている奏とは違うんでしょうね」
「……まあ、人間誰しも、人に見せる顔は使い分けるものですから」
「あら、それじゃああなたも?」
「フフフ、実はここだと猫を被り、外だと誰もかれもを魅惑する超絶美少女だったり……!」
「将来有望ねぇ。有望ついでに、あそこで一人寂しくビールを飲んでる夫のために、お酒を持って来てあげたいんだけど。今、別室に置いてあるの。もしよければ、この年寄りを助けると思って運ぶのを手伝ってくれないかしら」
「あ、はい!もちろん!」
前世の頃から、母親の手伝いは慣れっこだったし、自然と返事をしていた。
部屋から離れ、少し不思議な気分になる、俺の知らない家を歩いていく。
けれど、その途中で見るいくつかの家具は、きっと前の家から持ってきたのだろう。
どこか新鮮で、どこか懐かしく……何故か、少しだけ寂しくなる。
「ここにあるケースを運びたいの。あの人ったら、食事が終わったら皆をたくさんの場所に連れて行くぞ~って張り切ってたんだけど。三人の今日の目的は、また別みたいね」
「す、すいません。明日なら、いくらでも遊べるので……!」
「いいのよ、気にしないで。どうせあの子のことだから、多少強引に予定を決めたんでしょ?来てくれただけでもとても嬉しいもの。よっ、と」
「あ、大丈夫ですよ?私、こう見えて力持ちですし!」
そう言って、ビール缶の入ったケースを持ち上げようとした彼女を、思わず引き留める。
前世の母親は、どこか困った顔をしながら、しかし嬉しそうに笑う。
彼女がよく使う、善意を上手く煽てるためのか弱い女としての笑顔。
それでも前世の俺にとっては、その顔とお礼を聞けるのが、一番の報酬だった。
「あら、そう?けど悪いわよ、そんなの」
「フフッ、大丈夫ですよ。心臓に負担掛けちゃ悪いですし、軽いものを持ってもらえれば!」
「……奏は本当に、いい子を友達に持ったわね」
そういわれると、余計に気合が入るというものだ。
楽々と缶ケースを持ち上げて、部屋の外に出ようとして。
ふと、背後から声をかけられた。
「ところで。私が心臓が悪いってこと、言ってたかしら?」
……ヒュッ、と。
喉からか細い息が漏れた。
「……こ、ここに来る前に、奏ちゃんから」
「あら?私、あの子には病状を伝えてないはずなのだけれど。あの子も、あんまり私の病気には興味ないみたいだったし。私の病気がどんなものかを知ってるのって、あなたが話す可能性がある人の中だと、私の夫くらいなのよね。夫から聞いたのかしら?」
「は、はい、そうなんです!それで心臓大丈夫かなって……!」
「ごめんなさいね。夫にさっき確認取ってるの。私の病気のこと、話してないかって。彼が言うには、話してないそうよ。そりゃあ、初対面の家族に、奥さんは何の病気ですか?なんて聞く子じゃないでしょうし、当然と言えば当然だけど」
「……か、勘で」
「あらあら、勘なのね。フフッ、鋭い子ねぇ」
心臓が跳ね上がって、冷や汗が流れる。
わかるわけが無い、誰がそんなことを信じるというのか。
もし俺が明かしたとしてもただの戯言で、彼女はただ疑問に思ってるだけだ。
純粋に、なんで知っているのかと、きっと警戒しているだけだ。
だから。
「ねぇ、加奈ちゃん」
「な、なんでしょうか」
「あなた。私の息子だったりしたのかしら?」
……なんで俺の周りの大人って、こんな怖い人多いんだろうか。
ちょっと利き手を骨折して入院したりなどして投稿がかなり遅れてしまいました、申し訳ない……!