前世の妹が今世の彼氏に告白したらしいんだが   作:雷神デス

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屋台のラーメン、今は見ないけど美味しかった記憶しかない。


今世の父親のラーメンはあんまり繁盛していない

 生まれてからすぐに、今世の父親が塀の中に居ることを知った。

 幼い俺に配慮してかそれ以上の情報はくれなかったし、知ろうともしなかった。

 寂しさを感じることは無かったし、父親に対して変に憧れが無かったのもあるけれど。

 そもそも、顔も知らない肉親に対して、さして感情を抱けなかったってのもある。

 

 

『……君が、加奈か……?』

 

 

 だから、九歳になる夏に、父親からの連絡が来たと知った時は驚いた。

 今世の父親は、罪は犯したものの。仮釈放だとか、執行猶予だとか、そういうのが司法から許される程度には、刑務所内でおとなしくしているらしい。

 その父親が、電話越しに泣きながら『一度会いたい』と懇願してきたとき。

 

 

『いいよ』

 

 

 俺はさして間を置かずに、それを受け入れることにした。

 孤児院の人達は反対したけれど。危機感よりも、興味が勝った。

 警察官の付き添いと、孤児院の人達の付き添いを条件に、俺達親子は出会った。

 初めて見る父親の顔は、感涙にむせび泣いて、少しだけ汚くもあったけれど。

 思っていたよりは、整った顔立ちの人だった。

 

 

『ごめんな、加奈……!ずっと、苦労をかけて』

 

『いや、別に。孤児院の人達もよくしてくれたし、一人で生きてたわけではないから』

 

『それでも、親が居なくて、寂しい思いをさせて……!』

 

『それも別に……親が居ないのが最初から普通だったから……』

 

 

 それを聞いて、余計にわんわん泣いてしまった今世の父親を見て。

 犯罪者だとか言うくせに、随分と弱気で、少し情けないな、と言う印象を抱いた。

 いやまあ、ゴリゴリに刺青入れた反社でしかない人が来たら流石に困ったが。

 そういうのを多少覚悟してた身として、肩透かしな気分だった。

 

 

『加奈。もし、もし君が許してくれるなら。出所した時、親子で一緒に……』

 

『いいけど。どれくらいかかるの?』

 

『……け、刑期自体は、あと三年で……』

 

『結構長いなぁ』

 

 

 溜息を吐いて、子供の一挙一動に怯えるその男を見て。

 それでも、自分の為に働くだとか、立派な人間に生まれ変わるだとか。

 つらつらつらつらと、よくもまあ今の立場で理想を語れるものだと思ったが。

 どうしても俺は、その人のことを、嫌いにはなれなくて。

 

 

『……じゃあ、三年後に出所できたらね』

 

 

 狂喜乱舞して踊り回る父親の姿に、皆ドン引いていたけれど。

 まあそれに結局、色々とあって、父親は職場の同僚殴り倒して刑期伸びたけど。

 それ以降もまーた暴力沙汰起こして、出所したのは俺が中学三年になってからだけど。

 卒業祝いに食わせるものがチャーハンとか言う、金も碌に無い親だけど。

 

 

『こんな情けない親でごめんな、加奈』

 

 

 目玉が潰れて、ボコボコに腫れあがった顔で、俺の頭を撫でようとして。

 まるで汚いものを見るように自分の手を見て、誤魔化すように手を下ろして。

 現場に駆け付けたパトカーを見て、手錠をかけられ安心したように笑う父の顔は。

 あれだけやめろと言われてた暴力を、俺を守るために振るった父の声は。

 

 

『けど。こんなお父さんでも、加奈を守らせてくれるかな……?』

 

『……いや。別に。撫でればいいだろ、親子なんだから』

 

『え!?いやけど、血とか汚いのが……!それに、そいつが加奈を狙ったのは……』

 

『いいから。あと、このダメ親父を病院に連れて行ってやってください。変態ペド野郎に目玉潰されちゃってるので。下手に放っておくと余計に重症化する危険もあるので。というかなんで喋れてんの?どうなってんだ痛み耐性』

 

『家族への愛かな!』

 

『いらんところで発揮せんでいい』

 

 

 戸惑う父の手を無理やり掴んで、無理やり頭を撫でさせた。

 なんでそうしたかは、自分でもあんまり覚えてはいないけれど。

 うだつの上がらないような、罪人であるはずのこの父が。

 俺にとっては、誰よりも。かっこいい父親に見えたんだ。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 屋台のラーメン、店頭ラーメンがメジャーな現代では、多分絶滅危惧種にあたるのだろう。

 前世でも碌に見かけることも無く、何かの幻想かと勘違いしそうになったものだが。

 今俺が座っているその場所こそが、まさに数少ない、屋台ラーメン店であった。

 

 

「ごめんな、加奈。こんな夜中に、暖房やらの気の効いたものを用意してやれず」

 

「いいよ別に。それより、チャーハン作ってくれない?あと、新作ってやつも。あ、どっちもミニサイズで。昼に結構食べてきたから」

 

「あ、ああ!そりゃあ勿論!少し待ってろよ、すぐ準備するからな!」

 

 

 そして何を隠そう、眼の前でチャカチャカとラーメン作ってるのが、今世の俺の父親だ。

 俺を引き取ってくれた両親ではなく、俺と血のつながった、実の父にあたる人物だ。

 いっちょうまえに額にタオルを巻いて、新作だとか言うラーメンを作っているが。

 さて、今回のラーメンは、果たして成功するか、否か。

 

 

「ほら、出来たぞ~!父さん特製、海鮮ラーメン!どうだ、味は!?」

 

「美味しい美味しい。普通の店でやってたらしょっちゅう来るくらいには」

 

「ほ、ほんとか!?なら、ついにこのラーメンで一念発起……!」

 

「それができるかは知らない。俺ラーメン詳しくないし」

 

「そうかぁ……」

 

 

 結果としてはいつも通り、美味しいけど目新しさはない、に落ち着いた。

 いやまあ決して美味しくないわけではないのだ、不味いラーメンは出したこと無いし。

 ただまあ、なんというか。

 

 

「映えが無い」

 

「ば、映え?それは、つまり?」

 

「いやそんな詳しくは分からないけど。硬派な感じのラーメンで、話題性がない」

 

「わ、話題性かぁ……!うーむ……!」

 

 

 見れば分かる通り、父のラーメン屋台は今日も今日とて閑古鳥が鳴いている。

 昼はバイトで、夜はこのラーメン屋台を引っ張ってるらしいが。

 何と言うかまあ、夢を見たサラリーマンがやる失敗みたいな。

 脱サラして飲食店を開こうとして、それがこけて借金背負っちゃう人みたいな。

 

 

「いい加減、まともな仕事探して、別の奥さん見つけなって。もう俺のことを気にする必要も無くなったんだからさぁ」

 

「い、いやしかし。加奈、高校を卒業したら、頭の良い大学に行く予定なんだろう?なら、大学のための費用くらいは、このラーメン屋で一発当てて、お父さんが払って……!」

 

「んなもん自分でバイトして払うって。奨学金も出るし。というか今のお父さんが逆立ちしても払える額じゃないよ。今のボロアパートの家賃だけでも手一杯なんだろ?ラーメン屋も、結局二年間続けても通ってくれるの一部のリピーターだけじゃん」

 

「うぐぅ!?」

 

 

 時折来るキャバクラ帰りの酔っ払いが、この店の主な収入源である。

 趣味でやる分には否定しないが、本業でやるとなると茨の道だ。

 勤めていたラーメン屋の店主から腕を褒められ、ラーメン屋をし始めたみたいだが。

 美味いラーメンこそ作れはするものの、人付き合いが下手では飲食業は務まるまい。

 

 

「あ、味には。味には自信があるんだ……!」

 

「だから~、味に自信があるだけじゃ……」

 

「そんなに美味しいんですか?それ」

 

「ん?まあ美味しいと思うよ、俺は味に慣れちゃったけど、初めて食べる人は大体──」

 

 

 あれれー?おかしいぞ?

 なんで隣から、ここにはいないはずの愛しい妹の声が聞こえてくるんだろう?

 俺今完全に、清楚な美少女モードを解除しちゃってたんだけど?

 普段は絶対使わない口調とか出ちゃってたんだけど?

 

 

「さっきぶりです、加奈さん。少し小腹が空いたので、ラーメン、お供しても?」

 

「ありゃ?君、加奈のお友達かい?こりゃめでたい!是非一杯──」

 

「おほほほほほ!お戯れが過ぎましてよお父様。そんな杜撰な口調は庶民のやり方!」

 

「え、何?どうしたの?」

 

「ここはお貴族の社交場でしてよ!決して!おキャバクラ帰りの大人達がお立ち寄るお下品な場ではありませんわ!決して!」

 

「ところでさっき、俺って言ってたり、口調が少し変わっていたりしたようですけど。もしかしてさっきのが素だったり?」

 

「ぐえっ……!」

 

「自称貴族から出てはいけない断末魔が聞こえたよ……?」

 

 

 不味い不味い不味い不味い!!

 完全に気が緩んでた、普段はなるべく出さないようにしてたのにバレちゃった!

 やめろよぉ普段はぼろ出さないようにいつも鏡の前で練習してたのにぃ!

 お父さんのせいだ、別の場所で店開いてたら偶然会うことなんか……!

 

 

「すいません、加奈さん。実は遊園地の途中で、加奈さんの様子がおかしいことに気づいてしまって。何かあるのかなと思ってしまい、皆さんで別れた後、加奈さんの方について行っちゃったんです。そしたら、ここに」

 

「あれ、それって尾行」

 

「ところで、この方が加奈さんのお父さんですか?初めまして、奏って言います。学校は違うのですが、加奈さんの友人としていつも楽しく、遊ばせてもらっています」

 

「おお、こちらこそ!加奈の父親の大輔(だいすけ)って言います!娘がいつも世話になって……!」

 

「ええいやめろやめろ!聞いてるこっちが恥ずかしくなる!」

 

 

 おいバカやめろ父さん、そんな手慣れた手つきでラーメン湯切ってんじゃねぇ!

 崩れてしまう、俺が築き上げた、可愛らしいスーパー美少女のイメージが!

 さっきの絶対聞かれてないよな!?やめろよこんな場所でピンチになるの!

 憩いの場のはずだったラーメン屋が地獄の入り口になっちゃったよぉ!

 

 

「さっきの加奈さん、なんだか普段とは全然違うイメージでしたね?」

 

「違うんだ奏ちゃんあれはほんとの私じゃないんだよただその場に合わせただけと言うか別にあれが私の素ってわけじゃないと言うかほらお父さんも弁明して!!」

 

「え、あ、えーと?加奈は普段から、どんな風な学生生活をおくってますかね?」

 

「あ、学校は違うのでなんとも言えませんね。けど、楽しい人だとおもいますよ?つい先ほどまでも、遊園地で色々と遊んで、楽しませてもらいましたから」

 

「おお、加奈!遊園地に行ってたんだな!?いいなぁ、青春だなぁ……!」

 

「誰が世間話しろって言ったぁ!?」

 

 

 そういう質問は恥ずかしいからやめろって前にも言ったよなぁ!

 下手なこと言って、またなんか気まずくさせるのはマジでやめろよ!

 前に優斗君と会わせた時なんか、すんごい目をしてたんだからな!?

 あの後何回か誘ったけど、一度もついてきてくれなくなったんだからな!?

 

 

「それで。加奈さんのお父さんは、ラーメンを作ってるんですね?よければ一杯、お勧めのラーメンをいただいても?」

 

「そりゃあ勿論!ああ、お代は結構だよ!加奈の友達だからね!」

 

「フフッ、ご厚意は嬉しいですけど。流石にそこまでしてもらうのも悪いです。今回は客として、適正価格でお願いします」

 

「そ、そうかい?それじゃあ、700円になります!」

 

「すっげぇスムーズに事態が進行していく……!いやていうか大丈夫?ここのラーメンやたら量が多いから、出来ればミニサイズで……」

 

「あ、いえ。問題ありません。──いただきます」

 

「え?いやはやっ……!?」

 

 

 彼女は箸を綺麗に割って、出されたラーメンを啜っていき。

 思ったよりも豪快に、凄まじいスピードでラーメンを完食してしまう。

 優雅に口元をふきんで拭う彼女の所作には、一種の芸術性を感じる程だ。

 多分本気でやればフードファイターとかできるンじゃないかなこの子。

 

 

「ご馳走様でした。……かなり美味しかったですね。最近食べたラーメンの中でも一番かも」

 

「ほんとかい!?いやぁ、嬉しいなぁ……!加奈からはあんまりそういう感想聞けないしなぁ」

 

「いや、美味しいとはいつも言ってるし。ただ、食べ慣れてるからって言うのと。お父さん、そういうこというとすぐにつけあがって調子乗るし」

 

「娘からの評価が低い……!」

 

 

 ちょっと褒めてやったらやたら気合入れて取り組もうとするから困るのだ。

 この前も、少し気に入ったラーメンの感想を言ってやると何杯も作ってきたし。

 味はいいがこってり系だったせいで少し太ってしまい、痩せるのに苦労した。

 体重管理にエクササイズに、可愛くなるための努力は欠かせないのだ……!

 

 

「……仲がいいんですね、お父さんと」

 

「……で、出来ればこれは秘密で……!あと、さっきまでの口調に関しても!」

 

「はい、勿論。……ところでこのラーメン屋さん、こんなにおいしいのにあまり流行ってないんですか?もう少しお客さんが来てもいいと思うんですが」

 

「ハハハ、いやぁ……残念ながら、あまり流行る気配はなくて。やっぱり、今どき屋台のラーメン屋なんて、食べる人そんなにいないのかなぁ」

 

「そりゃそうだろ。こんなのは趣味に留めて、雇われの仕事とかをだなぁ」

 

「SNSで広報とかはやってますよね?」

 

「「え?」」

 

 

 突然奏ちゃんの口から放たれた言葉に、親子そろってハテナを浮かべる。

 お父さんはSNSを初めて聞いた、みたいな顔だし、俺自身あんま詳しくはない。

 そんな俺達の様子を見た彼女は、少し考えてからスマホを取り出し。

 

 

「今時じゃ、大抵の店はSNSにアカウントを作って運営してますよ。いくら味が美味しくても、まず人目に触れなきゃ食べてもらいようがありませんからね。無いみたいですし、まずは作ってみましょう。スマホくらい持ってますよね?」

 

「あ、ああ。連絡用に……」

 

「じゃあ手順教えるのでその通りに作ってください。それと店の営業時間などの情報を。本来ならこういうのはSNS担当の人材とかを作った方がいいんでしょうけど、個人経営なら自分でやれる範囲をやるしか無さそうですね」

 

 

 突然眼鏡を取り出し、くいっと上げながら、彼女は凄まじい高速詠唱を唱え始める。

 ちなみに俺は何を言ってんのか三割も分からない。SNS担当の人材ってなんだ?

 多分お父さんは何を言ってんのか一割も分からない。SNSってなんだ?みたいな顔してる。

 それでも彼女の圧に何かを感じたのか、メモを取り出し細かく書き記しているようだ。

 

 

「それと、次からはこういう人通りの多そうな交差点ではなく、人気が少なく、かつ夜景が綺麗な場所に店を構えましょうか。クレープみたいな、昼間の客層をメインにした店ならともかく、ラーメンって基本夜に食べたいものですから。屋台の風情を存分に活かしましょう」

 

「な、なるほど……!」

 

「場所の変更に伴う申請に時間を使っている間に、常連さんたちに店の場所を変えることなどの説明も済ませておくといいでしょうね。その間にも店を綺麗に掃除して、なるべくお客さんを不快にさせないようにしておくとよいでしょう。味は十分なので、見える所から直しましょう」

 

「はい!」

 

「なんか先生と生徒みてぇな関係になってるな……?」

 

 

 一体何が起きているというのだろうか。

 あと心なしか、奏ちゃんも教えることに関してイキイキとしている気がする。

 もしかしたらあの子は、将来先生とかになるのがいいかもしれない。

 可愛い妹の将来を想像してほろりとしている間に、彼女はアドバイスを終えたようで。

 

 

「美味しかったので、また店の場所が変わったらSNSで更新してください。ついでに電話番号を教えておくので、何か分からないことがあれば通話を。こういうことに関して多少知識があるので、些細な手助けくらいならできると思います」

 

「ありがとうございました!奏先生!!」

 

「同い年の女の子にペコペコ頭下げる父親見るの、結構キツイ」

 

「それじゃあ、感謝の印に替え玉お願いできます?思ったより美味しかったので……」

 

「え、まだ食べんの……?」

 

 

 結局その後、奏ちゃんは替え玉三つ分食べて行った。

 俺の前世の妹は、しごできで、結構よく食べる女の子だったようだ。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「久しぶりに替え玉を三つも食べちゃいましたね……お恥ずかしい」

 

「いや私のが恥ずかしさでは上だとは思うけど。そんなに食べれるのは少しだけ羨ましいなぁ。体重管理とかは大変そうだけど……」

 

 

 食事を終えて、いつものように散々といらぬ心配をされて。

 友達であり、前世の妹である奏ちゃんが一緒に居たおかげで、普段より十割増しな羞恥心を味わいながらも、どうにか帰路に着くことができた。

 家族には一応、父親と会うことに関して一定の理解を得てはいるが。

 遅くなればきっと、いらぬ心配をかけさせてしまうだろうから。

 

 

「加奈さんのお父さん。愉快な人でしたね」

 

「あはは……まあ、愉快ではある、かな?定職就けずに、ラーメン屋で一発逆転狙うようなろくでなしではあるけど。けど、今日の奏ちゃんのアドバイスで、多少は売上伸びてくれるといいなぁ」

 

「実際にどうなるかは、本人の努力と運次第ですからね。けど、個人的には伸びると思いますよ、お父さんのラーメン屋。味が良くて、最低限のことに気を遣えてさえいれば、大抵の店は勝手にドンドン噂が普及して、人が足を運ぶようになるものですから」

 

「そんなもんかなぁ」

 

「そんなものですよ。勿論、ハプニングが起きなければ、ですけど」

 

「ハプニング、かぁ」

 

 

 色々と嫌な想像が出来てしまうのがなぁ。

 お父さんのことだし、いちゃもん付けてくる客の口喧嘩に思いっきり乗る可能性もあるし。

 とは言えまあ、俺も自分の父親には、成功してもらいたいとは思っている。

 なるべく変なことにはならず、順調に売り上げを伸ばしてもらいたい。

 

 

「色々ありますよ。詐欺師に引っ掛かる可能性や、雇った人がバカなことして、SNSで炎上しちゃう可能性とか。迷惑な客がとんでも無いことしでかして、巻き添え事故で店の評判まで下がる、なんて日常茶飯事な世界ですから」

 

「うへぇ、怖い世界。お父さん、そんな場所で上手くやってけるのかなぁ」

 

「本人の頑張り次第、です。ただまあ、本人の頑張りでもどうにもならないことなどは存在するとは思いますが」

 

「え、例えば?」

 

「そう、例えば──」

 

 

 思えば、の話だけれど。

 その日の夜は、妙に肌寒かった。

 月は雲に隠されて、街灯の光は何処か頼りなくて。

 

 

「お父さんの犯罪歴が、世間にバレてしまうとか」

 

「……優斗君か、碧海から聞いちゃってたりした?」

 

 

 彼女は、何処か悪戯っぽく笑ってそう言った。

 少しだけ驚いたけれど、考えてみれば知っていてもおかしな話ではない。

 優斗君も、碧海も知っていることだし、何なら他にも知ってる人自体は沢山いる。

 それでも父が昔よりも幸せそうに暮らせているのは、彼らがいい人だからだろう。

 少なくとも、いたずらにそのことを周りに言いふらす人達では無かった。

 

 

「いえ。最初から知ってましたよ?加奈さんのことも」

 

「んぇ?最初から?あー、ニュースで見たり……」

 

「アハハ、流石に見れませんよ。私が生まれる前の事件ですもん」

 

「あ、そうだったっけ。なら、なんで──」

 

「加奈さんのお父さんが轢いちゃった人は。私のお兄さんですから」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 意趣返し、のようなものだったのかもしれない。

 幸せそうに日常を過ごす、私の兄の命を奪った親子に対する独善的な報復行為。

 あるいはそんなこと関係無しに、私は見たかったのかもしれない。

 私の恋敵でもあるこの人が、何時だって明るく笑うこの人が。

 ほんの少しでも、その笑みが歪んでしまう瞬間を。

 

 

『お願い。帰ってください。もう、顔を見たくも無いんです』

 

 

 塀を出てすぐ、彼はお母さんの元へ訪れて、頭を地面に擦りつけた。

 まだ幼かった私でも、その様子が尋常じゃないことを理解出来たし。

 彼が、自分の兄の命を奪った人間であることも、すぐに分かった。

 

 

『私たちは絶対に、あなたのことを許しません。失われた後は、決して戻らないんです。あの子が未来で掴むはずだった幸福を、あなたは奪い去ったんです。私たちはあなたを、生涯呪い続けます』

 

 

 そんなあの人の言葉に、つい。

 大袈裟な、と思ってしまった。

 生涯呪い続けると言ったって、あの人も今は幸せそうにしているじゃないか。

 もうとっくに私の兄の死は過去のものになって、時折悲しむだけじゃないか。

 

 

『ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……!』

 

 

 何度も地面に頭を擦りつけている彼の方が、よっぽど引きずってるように見えた。

 その姿を少しだけ哀れに思って、お菓子でも差し入れてやろうかとしたら。

 あの人は、優しそうに。けれど、何処か有無を言わせぬ様子で、私を引き留めた。

 

 

『ダメよ、奏。あの人は、私たちの大事な正彦を奪い取った人なんだから』

 

 

 そう言って、私を連れて家の中へと戻っていったけれど。

 私には、どうも。死んでいったと言う私の兄に対して。

 誰よりも誠実であったのが、その命を奪った彼ではないかと思ってしまって。

 だから、今でもそうなんだろうと思ってた。

 

 

「(案外。幸せそうに笑うんですね)」

 

 

 娘と話すその人の顔に、あの時の兄の死に対する誠意はあまり感じられなくて。

 上手く行っていないながらも、夢に向かおうとするその姿は、ありふれたもので。

 少しだけ感心していた私の心が、なんだか、裏切られたような気がして。

 

 

「(まあ。人間、そんなものかもしれないですけど)」

 

 

 だから、気になった。

 その娘である彼女は、一体どんな風に、その事実を受け止めるのかって。

 そんな興味本位で、私はその事実をあっさりと明かして。

 

 

「──そっか」

 

 

 雲の隙間から、隠れていた月がほんの僅かに顔を出して。

 

 

「よかった」

 

 

 淡い月明かりの下で。

 彼女は、心底安心したように笑った。




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