Sword Art・Online 《Strange Dramas》 【完結】 作:与祢矢 慧
体調管理にお気をつけて。
サブタイは思いつかなっかた。
「……さて、今日か」
呻くように、俺は呟いた。
テーブルには新聞紙が広がったまま置いてある。元々、大した物ではないせいか、どのページにも似たようなことしか書いてなかった。
それを持ち込んだ本人、アルゴは既に情報収集のためにどこかへ行った。
「コレって新聞? ……へぇ、《神聖剣》と《黒の剣士》がデュエルか。さぞかし盛り上がるんだろうなぁ……」
背後から近づいてきたヨシナは新聞を一瞥し、興味が失せたような感想をこぼす。
……今頃お祭り騒ぎは間違いないだろう。
なにせ、ヒースクリフとキリトの
俺とキリトでは格が違う。かたや殺人鬼、かたや《黒の剣士》。ビーターと呼ばれていたが、いまやそれは負け犬の遠吠えに近い。
今回のユニークスキル取得は、奴の功績の一つとして残る。
そして、それを打ち破ればヒースクリフの名声は更に高くなる。
「……あの男、どこかで会った……、いやあり得ない。…………だが……」
戦いの途中で奴が喋った言葉の一つ。
『なに、君の本気を見てみたいと思っただけだ。そのほうが面白いだろう?』
アレに似た言葉を聞いた記憶はある。それも現実世界で。
「……ヨシナ。少し出かける」
「付いて行った方がいい?」
「……いや一人で十分だ。戦いに行くわけじゃない」
ウィンドウを開き、仮面を除いたPKKとしての防具を装備する。
俺がPKKであることを知っているプレイヤーは限られている。よって俺が堂々としていていも騒がれることもない。
ドアを開くと、まだ昇ったばかりの朝日が差し込み、目を細める。
少し冷たく感じる息を深く吐いて、心身を研ぎ澄ませる。
道に立つと同時に《ラピッド・ステップ》を使って加速する。蹴った地面が抉れた音がした。
青く揺らめく光、転移門から出ると、そこには古代ローマ風とでも言うような造りの街が広がっていた。
つい先日開放された第七十五層の主街区の名は《コリニア》。
剣士、商人など見た目様々なプレイヤーは多々いるが、やはり今日の目玉はあの決闘だろう。
通りは活気で溢れていて、屋台も多く出ている。
そういえば、朝飯を食べてなかったことを思い出した。
「……おい、これ貰うぞ?」
「はいはい! 十コルです!」
「……ほらよ」
「三本で三十、はい毎度!」
でかい焼き鳥のようなモノを買う。
串が刺さっても怪我などしないので、一本まるまる遠慮なしに口に突っ込む。
「……う、むぐ。……ふむ、悪くないな」
続けて二本目、三本目にかじりつく。
残った串を道に捨てれば、パリンと自然消滅する。
二人の決闘が行われるコロシアムは転移門からかなり近いところにあり、すでに長蛇の列ができていた。
入り口には血盟騎士団の服を纏った、腹の出たオヤジがしきりに宣伝している姿が見える。
「……馬鹿正直に、並ぶ必要もないな」
こういった時、隠れていることを変に意識すれば、それが外面に浮き出る。
あくまでも自然体に。オヤジの横を通るときに入場料を出っ張った腹に投げるのを忘れない。
そのままスルスルと階段を登り、その途中で
「……さて、立ち見でもするか」
「場所は取ってあるから、ダイジョーブだヨ」
声が横から聞こえた瞬間、距離を取ろうとして、知った声だと気づく。
小悪魔めいた笑みを浮かべながらアルゴがいた。
「……いつからいた?」
「んー、来たのはついさっきデ、ロー君が姿消したとこを見てからついて来たヨ?」
「……お前とはいえ、見られていたとは……」
「いやー、でも何度も見失ったヨ。ロー君ってホント、そういった所に秀でてるよネ。……まずは座ろっカ」
どこか上機嫌なアルゴの小柄な背について行くと、真正面の最前列に来た。
彼女は既に座っていたプレイヤーに挨拶だけして、俺に向かって手招きをする。
「……お仲間か?」
「ま、そんなとこだヨ。はい、座った座った」
強引に座らされ、ついでとばかりに飲料の入ったコップを渡される。
映画鑑賞か……。
そう思ったが口には出さない。どうせ始まったら飲み食いも中断する。今のうちに飲んでおけ、ということだろう。
一口飲み、ひと呼吸した時に……観客が一斉に沸いた。
「……来たか」
「ロー君に負けたとはいえ、さすがの人気だネ」
真紅の鎧を纏い、純白のマントを風に棚引かせながら中央まで進む。
奴の様子を見ていると、一瞬、だが確実に目が合った。
「……ッ」
思い過ごし、では無いかもしれない。
………………あの眼を、どこかで俺は見た。
しかし、ヒースクリフを、あんな顔は見たことがない。……どこだ、どこで見た?
「お、キー坊が出てきたヨ」
「ッ、……あぁ」
思考に呑まれる前に、アルゴの声がかかる。
……危なかった。
悪い癖だが、治っていないな。
「さて、ロー君。どっちが勝つか賭けようじゃないカ?」
「……却下だ。どうせヒースクリフが勝つ」
「むぅ、つれないナー。…………確かに、キー坊にはきついバトルかもネ」
聞いた限りでは、二刀流は攻撃特化のユニークスキル。攻防一体を旨とするヒースクリフ相手は分が悪い。俺の時は奴が俺のスキルを知らなかったことと、相性が良かったおかげで勝てた。
……キリトが勝てるとしたら、ヒースクリフの反応速度を上回り、防御を抜くことしかない。
「……さて、どこまで
二人の頭上にウィンドウが現れる。
二刀流を見極める。再び敵対した時、勝つために。
【DUEL】の文字が光り、土が二カ所同時に弾け、黒と赤が火花を散らした。
初っ端からキリトはソードスキルを使用。ヒースクリフは確実に防御し、キリトは距離を取った。
今度はヒースクリフが盾を構えて突撃する。キリトはそれを盾の方向に回り込もうとして、ヒースクリフが盾で攻撃した。
キリトが飛ばされる。が、すぐさま体勢を整え、《ヴォーパル・ストライク》を放つ。ヒースクリフは盾で防ぐが、吹き飛ばされた。
そこからは超高速の剣技の応酬が始まった。二刀流を盾は阻み、剣で剣を弾く。突き抜けるような剣戟の衝撃音がコロシアム中に響く。
徐々に音の感覚が短くなっている。
……おそらく、キリトの剣が加速している。
突如、キリトは防御を捨てて二振りの剣で攻撃を開始した。ライトエフェクトが迸り、凄まじい剣閃がヒースクリフに襲いかかる。上下左右からの攻撃をヒースクリフは盾を掲げてガードするが、反応が遅れている。
最後の一撃は、盾が振られすぎたタイミングを逃さず、光の軌跡を残しながらヒースクリフへと吸い込まれていく。
――――その刹那、ヒースクリフの盾があり得ないスピードで動いた。
キリトの一撃は弾かれ、ヒースクリフは的確な攻撃でデュエルを終わらした。
……なん、だ。今のは一体……?
明らかにシステムを超越した、あり得ない挙動とスピード。
「あちゃー、惜しかったナ。やっぱりヒースクリフかァ」
「………………」
「ウン? どうした、ロー君」
「……いや、なんでもない。……俺はもう行く」
「じゃあナー」
アルゴの間延びした声と未だ興奮止まぬ観客の叫びを背に、階段を駆け降りる。
……まさか、そんなことがあるのか?
俺の頭にある一つの仮定。突拍子も脈絡もない、だが不可解な謎にカチリとピースが当てはまる。それを知るためには、奴に、キリトに聞かなければならない。
ここの構造は以前俺が決闘した時と変わりは少ないはず。待機室があるはずだ。キリトが出てきた方向を考えると……。
「…………よし」
思った通り、通路があった。
そしてちょうど奥から出てきた二人と目が合った。
「……あんたか」
「ロキ君……」
気の抜けた声を出すキリトと柄に手をかけ身構えるアスナ。
俺は両手を上げることで戦う意志が無いことを主張する。
「……聞きたいことがある。用事はそれだけだ」
「なら、早く済ませてくれ」
覇気がない。今のキリトの印象はまさにそのとおりだ。だが奴の背景に何があるかは俺の知ることではない。
……要望通り、早く済ませてやるか。
「……お前が最後に、連撃をした時、ヒースクリフの動きが、異様に速かったように、見えた。……実際は、どうだった?」
「……っ!」
あからさまにキリトは目を見開いた。
同時に俺は奴に対し、甘いな、と思った。
交渉事において感情を隠すべきだと、俺は思っている。もともと一般人であるキリトには難しいだろうが。
「……あんたの言う通りだ。あの反応、スピードは人間の限界を超えていた。過言じゃない。奴のポリゴンも一瞬ブレた」
「……そうか。時間を取らせて悪かった」
「ま、待ってくれ!」
踵を返そうとした矢先、キリトが手を伸ばして待ったをかけた。
早く済ませろと言ったのは貴様だろうが。
言いかけて、飲み込む。俺としても早く帰りたいのだ。
「あんたは、なんで勝てたんだ?」
「……単純に相性の問題だ。俺は、対人戦に特化している。……ユニークスキルもな」
「そう、なのか……」
「ロキ君……ユニークスキルって?」
キリトに寄り添うように立っているアスナが、初めて聞くような顔で尋ねる。
けれど、俺はこれ以上情報を渡す必要性はないと判断する。
何も言わず、今度こそ踵を返し、出口へと向かう。
ちょうど観客が帰り始めた頃なのか、朝と同じように混雑している。その流れに乗り転移門へと歩く。
誰も彼もがキリトの剣技に驚きの感想を言い合い、そしてヒースクリフを褒め称える。こうして『神聖剣最強伝説』は造られていく。奴が、いや彼が意図しているのか、していないのか。まぁ、血盟騎士団なんてモノを創ったのだから、本人はその気なんだろう。
転移門に乗り、数瞬考え、移動する階層を口に出した。
「……転移、二十二層」
俺は青い光に包まれた。
水面に映る夕焼けを眺めながら歩をゆっくり進める。どうやら思った以上に時間が過ぎたようだ。
遠くに目をやれば、のんびりと釣りを楽しんでいるプレイヤー達の光景がある。
――彼らにとって、デスゲームなんてのは意識にないだろうな。
ふと、そんなことを考えた。
既にSAOの住人であることに慣れてしまった俺達は、はたして現実世界に対応できるのだろうか?
握り慣れた剣が消え、戦いでの緊張感も失せる。物を創りだす鍛冶師やその他。果てにはレッドプレイヤー。
仮想現実という、現実世界から隔離されたリアルで解き放たれる本性。それがプレイヤーの中に残ったまま、現実世界に戻ったら……。
「……はっ、考えても、仕方がない」
俺がこんなことを考えたところで、何も変わらない。
そもそも俺がこうやって他人を思考するなんて、気味が悪い。抑制された本性なんて他人の勝手だ。
しかし……。
……俺は現実世界と、変わらないことしている。
おそらく、俺ぐらいだ。あのヒースクリフでさえ、剣士なんてやっていない。ましてや剣術家でもない。
水面に反射した光が眩しく、手のひらで遮った時、そのオレンジ色がラフコフ討伐戦を思い出させた。
あの時、それ以前からだが、多くのプレイヤーを殺した。だが、そんなことは俺にとって
「……何を今さら。………………腹が減ったな」
気がつけば、脳が空腹を報せていた。
ログキャビンはすでに目と鼻の先にある。
多分、ヨシナはもう用意しているだろう。そして彼女の夕飯を楽しみにしている自分を自覚する。
「……まぁ、いいか」
俺は呟いて、ドアを開けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
キリト対ヒースクリフの決闘から三日後。
現在、ロキは五十五層を文字通り風よりも速く疾走している。
岩などの障害物を難なく超え、スピードを落とさない。
右手は背中の大剣の柄に添えており、いつでも抜剣できる状態でいる。
右左と蛇行する道を時に壁を蹴って加速し、時に手足で地面をえぐり一瞬のブレーキをかける。
風を切る音ばかり入ってくる耳に、僅かだが人の声が聞こえた。
「……俺の
彼の手の中の剣が一瞬だけ青く光り、槍へと変わっていた。
それを肩の位置で構え、システムがモーションを検出。
何度目かわからない壁を曲がり、ライトエフェクトが最高潮に至ったその時……。
……道ができあがった。
壁も障害物もない、直線の道。
彼の視線の先に、
ズガンッ、と彼の腕から槍が放たれた。
ロキのスピードとスキルによる補正が加算し合い、システムの限界に迫る速度を産み、強烈な光が迸る槍は、まさに
数十メートルはあった距離をコンマ一秒も経たず
遅れて響き渡る轟音。
持ち主が手放した剣は力なく倒れ…………ロキが踏みつぶした。
ポリゴン片となり空中に霧散する。
「……ジャスト、ってとこか」
ロキは周囲を一瞥し、状況を悟る。
血盟騎士団の団員はキリトを除いて一人。飛ばされた男だ。
突然の出来事に口を開けているキリトの近くまで歩み寄る。
「あとで返せよ」
そう言って、ポケットから取り出した回復結晶をキリトの腹の上に投げた。
おぼつかない手つきで結晶を使用したキリトを見届けると、体をを
ロキの右手が青く光り、握りしめるような動作をすると、右手には禍々しい外見の両手剣があった。
その体を壁に固定していた槍が消えると、クラディールは膝から崩れ落ちた。
腐ってもトップギルドの一員、一撃では死なないか。
ロキは別のポケットからポーションを取り出し、クラディールの口に突っ込んだ。
中身の液体を飲み込んだ時、クラディールは目を大きく見開いた。
瓶から口を離し、中身を吐き出そうとする。
が、遅い。
すでに彼のHPバーは黄色く点滅している。……すなわち、麻痺状態。
「ゴホッ、ガハッ! こ、このガキッ、グハッ!」
「黙れよ、人殺し」
容赦無く頭を踏みつける。
急に攻撃され、麻痺状態にされ、顔は地面に押し付けられる。クラディールの表情は怒りで歪んでいた。
だが、ロキの眼には映っていない。
「人殺しィッ?! ガキが、何言ってやがるッ!」
「……うるさいな、もう一回黙っとけ」
乗せていた足を一度離し、肩を下から蹴り上げる。鈍い音をたてながら、クラディールは転がった。
間を置かず、ロキが腰のベルトからナイフを引き抜き、流れるような動作で投擲する。空気を切り裂きながら、ナイフは開いた口に見事突き刺さった。
スキルを使用しないロキの技術に、回復したばかりのキリトは驚きを隠せなかった。
動く人間の口、という小さすぎる的に対して、正確無比なコントールとスピード。やれ、と言われても再現できる根拠は無かった。
クラディールは麻痺で震える腕を動かし、ナイフの柄に手をかけようとする。
あと一センチで指が届くというところで、両腕が硬直した。
風を切る重い音が二回。そして、瞬く間に甲高い音と一緒に砕ける。
「あ? え、は? ……ハァッ?!」
何が起こったのかを理解すると、彼の表情は恐怖で歪んだ。
立ち上がり、逃げようとして、無様に転ぶ。いや、
ヒュンッ、と風を切る音。
うつ伏せになっているクラディールには、すでに両足が消えていた。
四肢を切断され、口にはナイフが突き刺さったまま。
後ろから近づいていくる砂を踏む音が、彼には死神の鎌が迫るカウントダウンに聞こえる。
「あ、あぁ、うああッ! アアッ、ウアァァ、アアアアアアッッ!!」
言葉になっていない叫びを無意味に撒き散らし、『ゲームオーバー』に怯える。
無い腕を伸ばす。
無い足を動かす。
もはや不協和音の製造機となった男にとどめを刺すべく、ロキは剣を走らせた。
真一文字。クラディールの背中に赤い線が引かれた。
同時に、彼のHPバーがゼロになる。
……ピシッ、バシィンッ。
数秒の硬直後、クラディールを構成しているポリゴンが砕け散った。
サクッと支えを失ったナイフは地面に刺さった。
――静かすぎる。
フィールドを吹き渡る風の中、キリトは呆然としていた。
静かだと思ったのは、ロキの動きだった。作業のように手足を落とし、殺した。そこに感情は感じられなかった。
そこまで考えてようやく、助けられたことを思い出した。
「あ、その、ロキ。……ありが」
「礼を言うなら、アルゴにしろ。俺はあいつの、依頼をしただけだ」
「……そうか、わかった」
「それに、殺したのは、俺が選んだからだ。くれぐれも、俺のせいだ、なんて自惚れるなよ」
顧みず、剣を収めながら答えたロキは、ナイフを拾って腰のベルトに戻した。
キリトはロキの言った『自惚れるなよ』の意味が理解できなかった。ゆえにそれを尋ねようとして……。
「……ロキ、その自惚れるなって」
「キリト君ッ!」
突然、彼の眼に愛おしい亜麻色の髪が写り込んだ。
涙を流しながら抱きついてきた彼女の名を、呼んだ。
「……あ、すな……?」
「うんっ、キリト君!」
抱擁しあう二人を尻目に、ロキはポケットから転移結晶を取り出た。
「……転移」
目的地は二十二層。
ログキャビンでは、いつものようにヨシナが昼食を作って、待ってくれているだろう。
もしかしたら、今日はアルゴも一緒かもしれない。
温もりのある『日常』。
そして、その日常に終わりが刻々と近づいていることに、ロキは薄々気づいていた。
クラディールさんはあっさりと。
誤字、指摘、質問、アドバイス、感想等あればよろしくお願いします。