Sword Art・Online 《Strange Dramas》 【完結】   作:与祢矢 慧

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もう終わりも近くなってきました。
更新の間隔を頑張って縮めようとしてますが、キツイです。


17th

 

 75層迷宮区ボス部屋前には、多くのプレイヤーが各々の武器を手に、今か今かとと扉が開く時を待っていた。装備も、武器も統一されていない彼らの共通点はただ一つ、カーソルがオレンジであり、レッドプレイヤーであることだ。彼らは皆、一人の扇動者の下に集ったのだ。その扇動者とは……。

 

「落ち着け。狩りの時間はまだだ」

 

 今は無きラフコフのリーダー、PoH。

 『殺しという快感は、SAOでしか味わえない。リアルに戻って窮屈に生きるぐらいなら、ここで朽ち果てるまで、殺し続ける』。彼は散り散りになっていたレッドプレイヤーに話し、彼らの心を震わせ、こうして大人数の戦力が集まった。

 ボス戦が終われば扉は開く。そこには疲弊しきった攻略組が、絶好の獲物として、座り込んでいる。

 ――そこを俺たちが襲う。

 見渡し、戦力を確認した彼の頬が、愉悦で歪む。

 彼の表情が伝染したのか、周囲のプレイヤーも同じように嗤った。

 

「さあ、黒の剣士。俺が殺してやるよ」

 

 

 

 

 

 

「……ギャァァァアアアっっ!!」

 

 突然、悲鳴が集団の後方から響いた。続けて、ビシィッと砕ける音。

 全員が硬直した。PoHも例外ではない。

 誰が死んだ? 

 いや、そもそも何故死んだ?

 想定外の出来事に思考と身体が凍りつく。だがPoHはいち早く硬直から抜け出した。

 

「全員構えろッ! 中央は道を開けろ!」

 

 彼の叫びにより全体の硬直は解け、すぐさま指示どおりに動いた。

 開けた中央に《殺人者(キラー)》はいた。彼らレッドプレイヤーにとって忌々しい存在、仮面を着けたPKKが剣を肩に担ぎ佇んでいた。

 端から見ればただ立っているように見えるが、間近にいるレッドプレイヤー達は彼が纏う異様な空気に呑まれかけた。

 しかしその姿に誘発されたように、一人一人の心の内に、煮え滾ったマグマような殺意が噴き出した。そして、同胞たちを殺された恨みを、あの日の恐怖を、思い出した。

 PoHは呻くように、呪うようにその名を叫んだ。

 

「ロキィッ……!」

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 わめくPoHの様子を見て無意識に上がる口角を、俺は自覚した。

 仮面があるゆえに、彼らからは見えないが。

 

「残念だったな、PoH」

 

 優越感を含めた俺の呼びかけに、PoHは愛剣である《友切包丁(メイト・チョッパー)を俺に突きつけた。

 奴の口調からは怒りと戸惑いが感じ取れる。

 

「……何故だ? 何故、俺達がここに来ることを知っている? 今回は知らせた覚えはねぇぞッ」

 

 今回は、ということはつまり、前回の情報は『餌』だったわけだ。そんなことだろうとは思っていた。

 周囲をさっと軽く見ると、PoHと似たような表情のプレイヤーが多い。どうやら、リーダーの感情が伝染したようだ。

 その様子を好機と考え、俺はさらに挑発するように答えた。

 

「懇意にしている優秀な情報屋がいるのでね。貴様等の行動など筒抜けだ」

「……はっ! 粋がっていられるのも今のうちだぞ? 今日はあの時と違い、ここにいる全員が手練だ!」

 

 おかしいことを言う。俺は内心、そう思わざるをえなかった。

 俺はその言葉の返答として、呆れ混じりの溜息をついた。

 右手の両手剣をくるりと回して逆手に持ち替え、刀身を地面に平行するように体の前で構える。

 俺の動きを見て、慌てて剣を構えるレッド達。

 

「遅い」

 

 《ラピッド・ステップ》、発動。

 

 ダァンッ、と爆発音のような、地面を蹴った音が響いた。

 不幸にも俺の右側の最前列にいたレッド達は、皆一様に胴体が二分されている。バキィッと彼らの武器は主人より一足先に、砕け散った。

 唖然としている背後(・ ・)のPoHに、俺はささやいた。

 

「……手練? 弱いな」

 

 ――バシシィィインッ!

 七人ほどのポリゴンが同時に崩壊し、重複した音が迷宮内をさまよい消えていく。

 

「クソッ!」

 

 苦し紛れにPoHが短剣(ダガー)を横薙ぎに振るった。

 慌てず刀身の先に左手を添えてガードする。俺と奴の顔を、弾けた火花が照らす。

 奴がバックステップで大きく距離を取ると、その隙間を左右から現れたレッドが埋めた。

 視界に蔓延るオレンジカーソル。その数はざっと……三十以上。ボス攻略に挑む人数に等しい数だ。

 

 ……だからどうした。

 

「何人いようと変わらない。俺を殺したいなら、ヒースクリフでも連れて来い」 

 

 背後の扉を指さしながら、俺は嗤った。仮面をつけているから、奴らには見えない。

 目の前のプレイヤー達が後ずさる。だが、彼らの目にはギラつく殺意が残っている。

 

「このっ!死神がッ!」

 

 視界の左右から一本ずつラインが映る。ソードスキルの軌道だ。

 わずかに速かった右のプレイヤーに急接近し、両腕の肘から先を切り飛ばす。その勢いを使って体を反転、スキル後硬直で固まっているもう一人に剣を投げつける。鎌に似た形状である愛剣は、斬り裂いた男のHPを全損させる。

 即座に右手が青く光り、槍を手元に出現させ、手を失ったプレイヤーの腹部に突き刺す。こちらもHPが消え去り、激しく散った。

 スキルスロットに登録された武器の中から、使用中の武器と交換できる。それが《暗黒剣》スキルの一つ。さらに《暗黒剣》のパッシブスキルにより、ソードスキルを用いない攻撃はダメージ増加の効果を得る。少ない攻撃で殺せたのは、この効果があったからだ。

 

「死神じゃない。俺は……悪神だ」

 

 再び手が光り、槍が両手剣に変わった。

 直線のライン、投擲スキルの軌道が五本ほど現れる。ラインの発生点にはそれぞれナイフを構えたレッド達。

 奴らはナイフを避ける俺に急襲し、混乱させるつもりだろうが……。

 冷静に考えていると、ナイフが放たれた。ブレることなくラインを正確になぞる。

 ナイフが俺に到達する順番を見極め、剣を右腰で構える。一歩踏み出し、漆黒の刀身が光芒を放つ。

 一本目のナイフが間近に来た瞬間、右に切り払った剣が空中に光の尾を引く。

 ガキンッ! 飛来したナイフは真っ二つになる。

 手首が返り、システムが腕を誘導する。今度は左に切り払う。

 ガァンッ! 再度、ナイフは叩き折られる。

 剣の光はそこで消えた。片手剣二連撃技《スネーク・バイト》は寸分違わず標的を破壊した。だが、ナイフはまだ残っている。

 《暗黒剣》によりコンマ一秒以下まで短縮されたスキル後硬直が終わる。

 勢いを殺さない流れるような動作で剣を右肩まで運び、両手で柄を握りしめる。間を置かず、ライトエフェクトが噴き出す。

 一切の減速なしの動きにより、俺の剣は最大限に加速している。

 短い間隔で接近する三本のナイフ。それらをまとめて両手剣上段技《アバランシュ》で叩き落とす。

 

「どうせ最後の大騒ぎだ。チマチマせずに大暴れしようじゃないか」

 

 湧き上がる高揚感は止まらない。なにせ、相手は三十人以上に対して俺は一人。さらに全員が遠慮なしで殺しあう。

 Mob相手の『ごっこ遊び』では得られない、緊張と愉悦感。

 客観的に俺は圧倒的不利。下手なフロアボスより難易度が高いかもしれない。

 

 ……おもしろい。

 

 そう、俺は俺が望むモノにしか動かない。今こうして対峙しているのも、俺が求めた結果だ。ヒースクリフの邪魔をさせない、なんて理由じゃない。

 

「なぁ、PoH。俺は別に殺すことを欲しているわけじゃない」

「……はぁ?」

 

 人垣の奥から発せられた声には警戒と戸惑いが含まれている。

 俺自身、なぜこんなことを喋っているのか、解らない。

 『最後』ということを、惜しんでいるのかもしれない。

 

「だから、貴様等をギリギリまで殺さない」

「ふざけてるのかッ?!」

「俺が今、求めているのは……闘争だ。さっさと終わったらつまらないだろ」

 

 制限時間はゲームクリアのアナウンスが流れるまで。何時間あるかは解らない。一時間か、三時間か、または十時間か。終りが来るまで、戦おう。

 

「準備は万端、みたいだな」

 

 気づけば、レッド達の眼光は獰猛に鋭くなっていた。

 迷宮内の少ない光を反射する仮想の金属は、いつもより鋭く見える。

 

「楽しませろよ?」

「殺してやるッ!」

 

 期待という場違いな感情を隠さず、軽口を叩く。返事に込められた殺意が跳ね上がった。

 軽く息を吐く。剣を構え直し、脚に力を込める。

 初撃の目標を決め、踏みだす――――――

 

 

 

 

 

 

 ――私を、一人にしないで……!

 

 脳裏をよぎったのは、初めて会った時の、触れれば壊れそうな儚さを孕んだヨシナ。言葉を失うほど、見惚れた。

 

 ……何故、いま思い出した?

 ……俺は、死を……恐れているのか?

 

 ……違う。自問しなくても、解っている。

 

 薄々気づいていた。ヨシナという存在の大きさに。

 

 恋とか愛とか、俺は解らないが、それらの類の感情じゃない。

 

 もっと深い繋がり。仮想世界に留まらない、互いを必要とし合う、唯一無二の存在。

 

 くそったれと、吐き出したい。

 口の中に言いようのない感情の苦味がにじみ出てくる。

 凍えるような寂しさが背中にまとわりついてくる。

 

 

 振り払うように、俺はギラつく刃の群れに飛び込んだ。

 

 

   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ガチャンッ、とカップが割れた。唐突に立ち上がったせいで、テーブルに足が当たったせいだろう。

 だが落とした本人は気に留めていない。

 

「……ロキ?」

 

 ロキが呼んだ。声が聞こえたわけではないが、ヨシナは確かに感じた(・ ・ ・)

 あり得ない、と頭では否定しつつも心が不安になる。

 デッキの柵に手をついて、何かを探すように上を、上層を見る。

 

「ヨーちゃん、急にどうしタ?」

 

 隣でくつろいでいたアルゴはそんなヨシナの様子を訝しんだ。たまたま今日は休みだ、と言ってティータイムを楽しんでいたのだ。

 ヨシナがロキ以外の相手の近くで、感情を露わにすることは珍しい。それも不安といった負の感情だ。

 

「……アルゴは、聞こえなかった?」

「いや、ここにはボク達しかいないケド……」

「……そう」

 

 思わず素が出たが、気づいていない。

 いよいよおかしい。見たところ、メールが来たわけでもないし、近くに他のプレイヤーがいるわけでもない。

 なのに、ヨシナの狼狽え様はどういうことだ?

 情報収集の癖が、思考を働かせようとする。

 

「アルゴ。今から聞くことに嘘は言わないで」

 

 ヨシナの声が、背中を震わせた。

 

「……いま、ロキはどこにいるの?」

 

 冷たい声だ。ただ冷たいのではなく、衝動を押し殺す冷たさ。

 思わず、アルゴはつばを飲んだ。

 これは不味い。直感が告げている。しかし、彼との約束を破るわけにはいかない。

 

「い、いやぁヨーちゃん。ロー君はレベリングに行ってくるって言ってたジャン」

 

 こんな下手な嘘が、いやそもそも嘘自体が通用するとは思っていない。

 

「もう一回だけ、聞くよ。……ロキは、どこ?」

 

 やはり、バレている。

 アルゴの方へ振り向いたヨシナ。彼女の声に、抑揚はない。

 手が震え、足がすくむ。それでも、アルゴは答えを変えない。

 

「ロキが言ったとおり、レベリングだヨ。心配しなくても無茶なところには――」

 

 

 

 

 ――ドガンッ! 

 

「がッッ!」

 

 気づけばアルゴは、ヨシナに首を掴まれ、壁に叩きつけられた。

 至近距離から覗くヨシナの眼の奥には、殺意が宿っている。

 

「嘘言うなって、言ったよね」

「よ、ヨーちゃんッ」

「言えッ! 殺すぞッ!」

「……なら殺せヨッ!」

 

 叫んだアルゴの顔を見て、ヨシナは驚く。アルゴは泣いていた。

 そして悟った。アルゴも、同じなのだと。

 

「ボクだって、ロキの所に行きたいんだ! でも、ボクが行っても邪魔になるだけだ!」

「……アル、ゴ」

「ホントに……今日が最後なんだ。一緒にいたかった。終わりの瞬間まで……傍にいたかった。……でも、ロキは行っちゃった……」

 

 ヨシナが腕の力を抜くと、アルゴは座り込んだ。

 涙ぐむアルゴに、ヨシナは声を掛けられない。それはアルゴのことを考えなかったことへの後悔からではない。ロキが自分に伝えずに、行った。その事実にショックを受けたからだ。

 ――どうして、私に伝えなかったの? その考えの行き着く先を振り払うように首を横に振る。

 ――違う。ロキは私に傷ついてほしくなかったから、言わなかった。 きっとそうだ、と一人で納得する。

 

「……教えて」

「七十五層の……ボス部屋の前。だと、思う」

 

 さっきとは違う穏やかな声色に、アルゴは素直に話した。

 

「なんで、そんなとこに?」

「……PoHがレッドを集めて、ボス攻略のプレイヤー達を皆殺しにするっていう情報をボクがロキに教えた。だから、それを止めるため、だと思う」

「そう。……ありがと」

 

 小さな声で締めくくると、さっきまで座っていた椅子に、倒れこむように座った。

 彼女の整った顔を覆う両手のひらの隙間からは、一筋だけの涙が流れていた。

 

「……ロキ」

 

 消え入りそうな声に含まれた感情は、悲しみか、恋しさか……。

 ヨシナ自身、理解できていなかった。

 

 

   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 どれくらい時間が経ったのだろうか……。

 この場に三十ほどいたレッドはすでにいない。持ち主を失った剣が無残に散乱している。

 PoHだけは途中で逃げた。「俺はまだやることがある」と、俺だけに告げて。

 泥沼のような戦いだった。俺は何度吼えただろうか。喜びか、苛立ちか。今となってはもう憶えていない。

 楽しさを得るはずだった戦いの時間は苦痛にまみれていた。

 初めて感じた《寂しさ》は、予想以上に苦しかった。

 

「はぁ……。疲れた……」

 

 扉にもたれ、ドサッと座り込む。

 疲れなんて、仮想世界じゃ感じなかった。実際にスタミナが有るわけでもない。精神的な疲れだ。

 《切り替え(スイッチ)》は昔から得意だった。切り替えすることで、その時に適応する『自分』を創り上げる。だから疲れを感じなかった。

 こんな状態じゃ、《暗黒剣》も形無しだな。つい笑ってしまう。

 ユニークスキルなどと大層な名前が付いているが、俺の《暗黒剣》はピーキー過ぎた。だが、その細剣(レイピア)以上に尖った様々なスキルは興味深(おもしろ)かった。

 俺の傍で横たわっている愛剣の刀身を右手で撫でる。現実とは違う、言うなれば、仮想的な金属の感触が心地良い。

 

「……長い間、世話になったな」

 

 もちろん返答はないが、一瞬だけ刀身に光が流れた。「おつかれさん」と、そんな声が聞こえた、気がした。

 そろそろ、あちらも終わる頃だろう。つまり、SAOが終わる時も間近だ。

 ……結局、復讐は果たせなかった。

 リアルでザザを見つけられる可能性は限りなく低い。しかし、それは諦める理由にはならない。

 幸いにも、『情報』は手元にある。

 じっくりと、時間がかかっても、その時を待つ。

 

「そのために、俺は生きる」

 

 再び心に誓いを立てた、その時――――――

 

 

 

 

 

 

 ――――《ゲームはクリアされました》――――《ゲームはクリアされました》――

 

 

 

 

 無機質なシステムの声が鳴り渡った。

 精神と肉体が分離していくような感覚に襲われ、五感が麻痺していく。

 薄れゆく意識のなか、俺はもう一つだけ誓った。

 

 

 必ず迎えに行く、と………………。

 

 





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