Sword Art・Online 《Strange Dramas》 【完結】 作:与祢矢 慧
更新の間隔を頑張って縮めようとしてますが、キツイです。
75層迷宮区ボス部屋前には、多くのプレイヤーが各々の武器を手に、今か今かとと扉が開く時を待っていた。装備も、武器も統一されていない彼らの共通点はただ一つ、カーソルがオレンジであり、レッドプレイヤーであることだ。彼らは皆、一人の扇動者の下に集ったのだ。その扇動者とは……。
「落ち着け。狩りの時間はまだだ」
今は無きラフコフのリーダー、PoH。
『殺しという快感は、SAOでしか味わえない。リアルに戻って窮屈に生きるぐらいなら、ここで朽ち果てるまで、殺し続ける』。彼は散り散りになっていたレッドプレイヤーに話し、彼らの心を震わせ、こうして大人数の戦力が集まった。
ボス戦が終われば扉は開く。そこには疲弊しきった攻略組が、絶好の獲物として、座り込んでいる。
――そこを俺たちが襲う。
見渡し、戦力を確認した彼の頬が、愉悦で歪む。
彼の表情が伝染したのか、周囲のプレイヤーも同じように嗤った。
「さあ、黒の剣士。俺が殺してやるよ」
「……ギャァァァアアアっっ!!」
突然、悲鳴が集団の後方から響いた。続けて、ビシィッと砕ける音。
全員が硬直した。PoHも例外ではない。
誰が死んだ?
いや、そもそも何故死んだ?
想定外の出来事に思考と身体が凍りつく。だがPoHはいち早く硬直から抜け出した。
「全員構えろッ! 中央は道を開けろ!」
彼の叫びにより全体の硬直は解け、すぐさま指示どおりに動いた。
開けた中央に《
端から見ればただ立っているように見えるが、間近にいるレッドプレイヤー達は彼が纏う異様な空気に呑まれかけた。
しかしその姿に誘発されたように、一人一人の心の内に、煮え滾ったマグマような殺意が噴き出した。そして、同胞たちを殺された恨みを、あの日の恐怖を、思い出した。
PoHは呻くように、呪うようにその名を叫んだ。
「ロキィッ……!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
わめくPoHの様子を見て無意識に上がる口角を、俺は自覚した。
仮面があるゆえに、彼らからは見えないが。
「残念だったな、PoH」
優越感を含めた俺の呼びかけに、PoHは愛剣である《
奴の口調からは怒りと戸惑いが感じ取れる。
「……何故だ? 何故、俺達がここに来ることを知っている? 今回は知らせた覚えはねぇぞッ」
今回は、ということはつまり、前回の情報は『餌』だったわけだ。そんなことだろうとは思っていた。
周囲をさっと軽く見ると、PoHと似たような表情のプレイヤーが多い。どうやら、リーダーの感情が伝染したようだ。
その様子を好機と考え、俺はさらに挑発するように答えた。
「懇意にしている優秀な情報屋がいるのでね。貴様等の行動など筒抜けだ」
「……はっ! 粋がっていられるのも今のうちだぞ? 今日はあの時と違い、ここにいる全員が手練だ!」
おかしいことを言う。俺は内心、そう思わざるをえなかった。
俺はその言葉の返答として、呆れ混じりの溜息をついた。
右手の両手剣をくるりと回して逆手に持ち替え、刀身を地面に平行するように体の前で構える。
俺の動きを見て、慌てて剣を構えるレッド達。
「遅い」
《ラピッド・ステップ》、発動。
ダァンッ、と爆発音のような、地面を蹴った音が響いた。
不幸にも俺の右側の最前列にいたレッド達は、皆一様に胴体が二分されている。バキィッと彼らの武器は主人より一足先に、砕け散った。
唖然としている
「……手練? 弱いな」
――バシシィィインッ!
七人ほどのポリゴンが同時に崩壊し、重複した音が迷宮内をさまよい消えていく。
「クソッ!」
苦し紛れにPoHが
慌てず刀身の先に左手を添えてガードする。俺と奴の顔を、弾けた火花が照らす。
奴がバックステップで大きく距離を取ると、その隙間を左右から現れたレッドが埋めた。
視界に蔓延るオレンジカーソル。その数はざっと……三十以上。ボス攻略に挑む人数に等しい数だ。
……だからどうした。
「何人いようと変わらない。俺を殺したいなら、ヒースクリフでも連れて来い」
背後の扉を指さしながら、俺は嗤った。仮面をつけているから、奴らには見えない。
目の前のプレイヤー達が後ずさる。だが、彼らの目にはギラつく殺意が残っている。
「このっ!死神がッ!」
視界の左右から一本ずつラインが映る。ソードスキルの軌道だ。
わずかに速かった右のプレイヤーに急接近し、両腕の肘から先を切り飛ばす。その勢いを使って体を反転、スキル後硬直で固まっているもう一人に剣を投げつける。鎌に似た形状である愛剣は、斬り裂いた男のHPを全損させる。
即座に右手が青く光り、槍を手元に出現させ、手を失ったプレイヤーの腹部に突き刺す。こちらもHPが消え去り、激しく散った。
スキルスロットに登録された武器の中から、使用中の武器と交換できる。それが《暗黒剣》スキルの一つ。さらに《暗黒剣》のパッシブスキルにより、ソードスキルを用いない攻撃はダメージ増加の効果を得る。少ない攻撃で殺せたのは、この効果があったからだ。
「死神じゃない。俺は……悪神だ」
再び手が光り、槍が両手剣に変わった。
直線のライン、投擲スキルの軌道が五本ほど現れる。ラインの発生点にはそれぞれナイフを構えたレッド達。
奴らはナイフを避ける俺に急襲し、混乱させるつもりだろうが……。
冷静に考えていると、ナイフが放たれた。ブレることなくラインを正確になぞる。
ナイフが俺に到達する順番を見極め、剣を右腰で構える。一歩踏み出し、漆黒の刀身が光芒を放つ。
一本目のナイフが間近に来た瞬間、右に切り払った剣が空中に光の尾を引く。
ガキンッ! 飛来したナイフは真っ二つになる。
手首が返り、システムが腕を誘導する。今度は左に切り払う。
ガァンッ! 再度、ナイフは叩き折られる。
剣の光はそこで消えた。片手剣二連撃技《スネーク・バイト》は寸分違わず標的を破壊した。だが、ナイフはまだ残っている。
《暗黒剣》によりコンマ一秒以下まで短縮されたスキル後硬直が終わる。
勢いを殺さない流れるような動作で剣を右肩まで運び、両手で柄を握りしめる。間を置かず、ライトエフェクトが噴き出す。
一切の減速なしの動きにより、俺の剣は最大限に加速している。
短い間隔で接近する三本のナイフ。それらをまとめて両手剣上段技《アバランシュ》で叩き落とす。
「どうせ最後の大騒ぎだ。チマチマせずに大暴れしようじゃないか」
湧き上がる高揚感は止まらない。なにせ、相手は三十人以上に対して俺は一人。さらに全員が遠慮なしで殺しあう。
Mob相手の『ごっこ遊び』では得られない、緊張と愉悦感。
客観的に俺は圧倒的不利。下手なフロアボスより難易度が高いかもしれない。
……おもしろい。
そう、俺は俺が望むモノにしか動かない。今こうして対峙しているのも、俺が求めた結果だ。ヒースクリフの邪魔をさせない、なんて理由じゃない。
「なぁ、PoH。俺は別に殺すことを欲しているわけじゃない」
「……はぁ?」
人垣の奥から発せられた声には警戒と戸惑いが含まれている。
俺自身、なぜこんなことを喋っているのか、解らない。
『最後』ということを、惜しんでいるのかもしれない。
「だから、貴様等をギリギリまで殺さない」
「ふざけてるのかッ?!」
「俺が今、求めているのは……闘争だ。さっさと終わったらつまらないだろ」
制限時間はゲームクリアのアナウンスが流れるまで。何時間あるかは解らない。一時間か、三時間か、または十時間か。終りが来るまで、戦おう。
「準備は万端、みたいだな」
気づけば、レッド達の眼光は獰猛に鋭くなっていた。
迷宮内の少ない光を反射する仮想の金属は、いつもより鋭く見える。
「楽しませろよ?」
「殺してやるッ!」
期待という場違いな感情を隠さず、軽口を叩く。返事に込められた殺意が跳ね上がった。
軽く息を吐く。剣を構え直し、脚に力を込める。
初撃の目標を決め、踏みだす――――――
――私を、一人にしないで……!
脳裏をよぎったのは、初めて会った時の、触れれば壊れそうな儚さを孕んだヨシナ。言葉を失うほど、見惚れた。
……何故、いま思い出した?
……俺は、死を……恐れているのか?
……違う。自問しなくても、解っている。
薄々気づいていた。ヨシナという存在の大きさに。
恋とか愛とか、俺は解らないが、それらの類の感情じゃない。
もっと深い繋がり。仮想世界に留まらない、互いを必要とし合う、唯一無二の存在。
くそったれと、吐き出したい。
口の中に言いようのない感情の苦味がにじみ出てくる。
凍えるような寂しさが背中にまとわりついてくる。
振り払うように、俺はギラつく刃の群れに飛び込んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ガチャンッ、とカップが割れた。唐突に立ち上がったせいで、テーブルに足が当たったせいだろう。
だが落とした本人は気に留めていない。
「……ロキ?」
ロキが呼んだ。声が聞こえたわけではないが、ヨシナは確かに
あり得ない、と頭では否定しつつも心が不安になる。
デッキの柵に手をついて、何かを探すように上を、上層を見る。
「ヨーちゃん、急にどうしタ?」
隣でくつろいでいたアルゴはそんなヨシナの様子を訝しんだ。たまたま今日は休みだ、と言ってティータイムを楽しんでいたのだ。
ヨシナがロキ以外の相手の近くで、感情を露わにすることは珍しい。それも不安といった負の感情だ。
「……アルゴは、聞こえなかった?」
「いや、ここにはボク達しかいないケド……」
「……そう」
思わず素が出たが、気づいていない。
いよいよおかしい。見たところ、メールが来たわけでもないし、近くに他のプレイヤーがいるわけでもない。
なのに、ヨシナの狼狽え様はどういうことだ?
情報収集の癖が、思考を働かせようとする。
「アルゴ。今から聞くことに嘘は言わないで」
ヨシナの声が、背中を震わせた。
「……いま、ロキはどこにいるの?」
冷たい声だ。ただ冷たいのではなく、衝動を押し殺す冷たさ。
思わず、アルゴはつばを飲んだ。
これは不味い。直感が告げている。しかし、彼との約束を破るわけにはいかない。
「い、いやぁヨーちゃん。ロー君はレベリングに行ってくるって言ってたジャン」
こんな下手な嘘が、いやそもそも嘘自体が通用するとは思っていない。
「もう一回だけ、聞くよ。……ロキは、どこ?」
やはり、バレている。
アルゴの方へ振り向いたヨシナ。彼女の声に、抑揚はない。
手が震え、足がすくむ。それでも、アルゴは答えを変えない。
「ロキが言ったとおり、レベリングだヨ。心配しなくても無茶なところには――」
――ドガンッ!
「がッッ!」
気づけばアルゴは、ヨシナに首を掴まれ、壁に叩きつけられた。
至近距離から覗くヨシナの眼の奥には、殺意が宿っている。
「嘘言うなって、言ったよね」
「よ、ヨーちゃんッ」
「言えッ! 殺すぞッ!」
「……なら殺せヨッ!」
叫んだアルゴの顔を見て、ヨシナは驚く。アルゴは泣いていた。
そして悟った。アルゴも、同じなのだと。
「ボクだって、ロキの所に行きたいんだ! でも、ボクが行っても邪魔になるだけだ!」
「……アル、ゴ」
「ホントに……今日が最後なんだ。一緒にいたかった。終わりの瞬間まで……傍にいたかった。……でも、ロキは行っちゃった……」
ヨシナが腕の力を抜くと、アルゴは座り込んだ。
涙ぐむアルゴに、ヨシナは声を掛けられない。それはアルゴのことを考えなかったことへの後悔からではない。ロキが自分に伝えずに、行った。その事実にショックを受けたからだ。
――どうして、私に伝えなかったの? その考えの行き着く先を振り払うように首を横に振る。
――違う。ロキは私に傷ついてほしくなかったから、言わなかった。 きっとそうだ、と一人で納得する。
「……教えて」
「七十五層の……ボス部屋の前。だと、思う」
さっきとは違う穏やかな声色に、アルゴは素直に話した。
「なんで、そんなとこに?」
「……PoHがレッドを集めて、ボス攻略のプレイヤー達を皆殺しにするっていう情報をボクがロキに教えた。だから、それを止めるため、だと思う」
「そう。……ありがと」
小さな声で締めくくると、さっきまで座っていた椅子に、倒れこむように座った。
彼女の整った顔を覆う両手のひらの隙間からは、一筋だけの涙が流れていた。
「……ロキ」
消え入りそうな声に含まれた感情は、悲しみか、恋しさか……。
ヨシナ自身、理解できていなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
どれくらい時間が経ったのだろうか……。
この場に三十ほどいたレッドはすでにいない。持ち主を失った剣が無残に散乱している。
PoHだけは途中で逃げた。「俺はまだやることがある」と、俺だけに告げて。
泥沼のような戦いだった。俺は何度吼えただろうか。喜びか、苛立ちか。今となってはもう憶えていない。
楽しさを得るはずだった戦いの時間は苦痛にまみれていた。
初めて感じた《寂しさ》は、予想以上に苦しかった。
「はぁ……。疲れた……」
扉にもたれ、ドサッと座り込む。
疲れなんて、仮想世界じゃ感じなかった。実際にスタミナが有るわけでもない。精神的な疲れだ。
《
こんな状態じゃ、《暗黒剣》も形無しだな。つい笑ってしまう。
ユニークスキルなどと大層な名前が付いているが、俺の《暗黒剣》はピーキー過ぎた。だが、その
俺の傍で横たわっている愛剣の刀身を右手で撫でる。現実とは違う、言うなれば、仮想的な金属の感触が心地良い。
「……長い間、世話になったな」
もちろん返答はないが、一瞬だけ刀身に光が流れた。「おつかれさん」と、そんな声が聞こえた、気がした。
そろそろ、あちらも終わる頃だろう。つまり、SAOが終わる時も間近だ。
……結局、復讐は果たせなかった。
リアルでザザを見つけられる可能性は限りなく低い。しかし、それは諦める理由にはならない。
幸いにも、『情報』は手元にある。
じっくりと、時間がかかっても、その時を待つ。
「そのために、俺は生きる」
再び心に誓いを立てた、その時――――――
――――《ゲームはクリアされました》――――《ゲームはクリアされました》――
無機質なシステムの声が鳴り渡った。
精神と肉体が分離していくような感覚に襲われ、五感が麻痺していく。
薄れゆく意識のなか、俺はもう一つだけ誓った。
必ず迎えに行く、と………………。
誤字、質問、アドバイス、感想等あればよろしくお願いします。