Sword Art・Online 《Strange Dramas》 【完結】 作:与祢矢 慧
転移門を使うときの独特の音と陽炎のように揺らめく青い光を後ろに、俺達は第五十層主街区《アルゲード》に踏み出す。このアルゲードは五十というキリの良い数字であるとともに、多くのプレイヤーが寝床としている。聞いた話ではこの第五十層のフロアボスが恐ろしく強かったらしく、通称《軍》、正式名《
まぁ、そんなことはどうでもいいので取り敢えずは目的地に向かう。
ワイワイガヤガヤ カンカンキンキン オッシャーコイヤー オウ、ヤッテヤラー ナアナア、コレイクラ? マケルツモリハネーヨ
このアルゲード、文字で表現しようなら必ず『雑』という漢字が入ると思ったことがある。『乱雑』『混雑』『猥雑』等。そしてアルゲードそのものを大まかなに表すとすると『複雑』だ。マップがあっても数日間行方不明になるプレイヤーが居るらしい。もっとも、餓死するようなシステムはSAOには存在しないのでなにも問題はない。精々、幻の空腹感に悩まされるぐらいだ。
体験したことは無いが……。
「っと、」
思考に潜ると周りが見えにくくなる癖、どうにかしたほうがいいか。
「フフッ。その癖、直したほうがいいよ」
「解ってる。危ないことぐらい」
少しばかり装飾に凝ったドアを押し開けると、色黒の巨漢が気色悪い笑顔で交渉中だった。相手は見たところ女性プレイヤー、おそらくは世間一般的に美人に分類されるような。
「はい、毎度! 武器買い取り7000コル! またのご来店お待ちしてます!」
「ありがとね、おまけしてくれて。機会があればまた今度」
まぁ、予想通りといったところか。裏がありそうな雰囲気ではあったが。
「裏がない人なんていないと思うよ?」
「…………恐ろしいな、女とは」
業突く張りと聞いた商人をこうまでするか。はたまた、単純にこいつが女に弱いだけか。
「っと、おお! ロキじゃねーか! 久しぶりだなぁ、何日ぶりだ?」
「さぁな、そんなこと覚えてねぇよ、エギル」
さて、先ほどまでお世辞にも褒められるような表情をしていなかった巨漢商人はエギルという。アルゲードで店を開いていて、さらに攻略組では一流の両手斧使いらしい。ついでに人当たりもよく、初対面の相手でもなかなか気まずくなるようなことはない(顔以外)。
「相変わらず、セオリー通りの装備してんなぁ。特化アビリティとかしないのか?」
「まさか。攻略組でもねーのに、やる必要はないだろ」
「……そうか。お前なら最前線でも活躍できると思うんだがなぁ? それに、お前らはコンビで有名だからな」
「俺にはキツイって。《黒の剣士》とか《神聖剣》、《閃光》みたいなバケモノ揃いじゃ、活躍のしようがねーよ。コンビについては知らん」
「ハッ、よく言うぜ。ヨシナさんみたいな美人さん侍らせてんのによ?」
「侍らしてるんじゃ「私から付いて行っているんだよ」、だそうだ」
「ヒュゥ、羨ましいな。で、今日はどんな要件だ? まさか、駄弁るために来たとか言うなよ」
ニヤニヤした顔から一変、商人の顔に早変わり。リアルでもこういった商売をしてるんじゃないか、と思うほど。
「アイテムの買い取りと、ポーションとかの補充だ。買い取りに関しては、二束三文でも構わん」
「なんだ、それだけか? もっと無茶を言われるかと思ってたんだが……」
拍子抜けした顔のつぎには苦渋を飲まされたような顔。よく表情が変わるやつだな、と思いつつも何か他にもあったかと記憶を探る。
「その様子だと、経験したことあるな。それに、ごく最近」
「……ハァ~。相変わらずの洞察力にお手上げだ。キリトのやろうにぶちかまされたんだよ、コノヤロー」
キリト。攻略組最強プレイヤーの一角である《黒の剣士》。主装備は片手剣らしい。聞いた話では常にソロプレイヤーでラストアタックボーナスを獲りまくっているとか。
攻略組はやっぱりバケモノ揃いだな、と改めて思う。
「そうだな……、情報が欲しい」
「情報? なんのだ?」
「…………レッドギルドの動きだ。少し気になる」
正直、エギルの情報には期待していない。餅は餅屋。それでも、『鍵』になる情報が得られるかもしれない。
「フム、レッドか。つってもラフコフぐらいだな。……珍しいな、お前さんがレッドを気にするなんて」
「なーに、ひ弱いプレイヤーは、情報が戦力なのさ。遭遇したくないからな」
これは嘘じゃない。この姿で合うのは悪手だから。
「ラフコフかぁ。………………そういやぁ、ちょっと前にキリトがラフコフの三大幹部と対峙したってよ」
「なに? そんなことがあったのか」
「おう。知ってるかどうかだが、以前『圏内PK事件』ってのがあってな。それを解決する際にぶつかったらしい」
「待て、どういうことだ。圏内PKなんて出来たのか?」
「おっと、違う。実際は転移結晶と防具の耐久値ロストでの見せかけだ」
転移結晶と耐久値ロスト?防具は耐久値がなくなるとポリゴン片になって消滅。それで転移結晶…………。
「そういうことか」
「お前……すごいな、それだけで解るとか」
「ヒントが良すぎるんだよ。相変わらずのお人好し」
「業突く張り、て言ったのはどこのドイツだ?」
「さてね……」
こんなくだらないやりとりを俺は好まない性格だ。それでも、『こちら』の印象をより植え付けるためには必要なこと。以前よりも作り笑いがだいぶマシになったと思う。
「と、まぁそんなとこだ。幸いにも死人は出なかったとさ」
「そうか。……ま、礼は言っておこう」
右手を縦に振って、メニューを開き、アイテムストレージを開こうとすると、
「なぁ、ロキ。お前さんはいつからそんな喋り方になったんだ? ヒョロっと消えて、ヒョロっと現れて。雰囲気も変わったしな」
「…………さて、ね。自分でも、解らないことってのは、よくあることだ」
俺はどんな表情で言ったのか、少し気になった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
上のやり取りの後、二人は持っていたドロップアイテム(低レア)を売り、ポーションや結晶アイテムを補充してエギルの店を去った。次に向かった先はアルゲードの少し奥に存在する怪しげなカフェ。そこで情報屋アルゴと落ち合う予定になっていた。
複雑な道をスイスイと進んでいき、時折マップを見て道を曲がる。ちなみに道を通るプレイヤーは居らず、そこそこにNPCがいるだけである。現代社会ではいかにも碌な連中がいなさそうな雰囲気であるが、プレイヤーに絡んでくる可笑しなNPCもいないので予定より早く店に到達した。
「…………少々、早かったか?」
「かもね。まぁ、気長に待とーよ。…………あ、すいません。コレとコレください」
店の奥の四人用テーブル席の片側に固まって座り、片方はしかめっ面でもう片方は詳細不明な料理を注文している。
「……そんな見覚えのない、文字の羅列をよく、食べる気になるな」
「者は試しって言うでしょ。食べてみないとわからないよ」
呆れ顔でコップの水を飲み干す。水が喉を潤すように感じるが、やはりリアルのソレと差異がある。それでも、一年も居れば慣れてしまう。
「ハァ…………」
無意識に溜息が漏れる。もどかしさが無性に苛立たせる。
(残り時間は単純に考えて後一年と少し。……クソッ、急ぐべきか?)
今までの攻略スピードとこれからの迷宮区の難易度に適当な当たりをつけて、クリアまでの時間を大まかなに割り出す。ゲームクリアまでに『目的』を達成できるか? 今、彼の頭のなかはそれだけしかない。
どんなに緻密な計画を立てても、ターゲットは意思あるもの。狸の皮算用となる可能性が高い。なにより、本人自身がその意志による気まぐれを体験している。
(……アレは気まぐれだった、かもしれない。もしくはただ単に、自らに限らされた道を行くヒトを、一笑に付したいだけかもしれない。それでも…………)
俺は奴を殺す。歪んだ決意が眼に宿る。
『殺す』。それはSAOでの最大の
遊びで済むことではない。一般プレイヤーはそう言いレッドギルドを、所謂殺人を好む集団に恐怖し、嫌悪する。
「ラフコフ、か。最近はそこそこだな」
「ろくに情報も仕入れずに何言ってるの。結構、活発らしいよ」
(正式ギルド名は『
ラフィン・コフィン。殺人に快楽を感じる狂人の集団。SAOで人が死んでも責任は全て茅場晶彦にある。なら、ここで人殺しをしても犯罪者にはなり得ない。これはチャンスだ。誰も成せない、為そうとしない行動を起こすことでより高みに行ける。彼らの言い分はこうらしい。
「…………人殺しなんて、巫山戯てやがる。とは言えないか」
「殺しを決意してるもんね」
得体の知れない食事を頬張りながらも返答をしているあたり、流石と言うべきか(何が流石なのかは不明)。
なんとも言えない気分に内心溜息を付くと、視界の端にローブを纏った小柄なプレイヤーが映る。それが正面にまで来た瞬間に、彼の張っていた気が美人を前にしたエギルの顔のように緩んだ。
「ヤ、久しぶりの再会だナ。ヨーちゃん、ロー君」
目に見える変化は無く、そして特有のヒゲ模様は健在だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
林檎ジュース、に似た緑色の液体が入ったグラスを傾けしっかりとではないが味わう。なんでだ? なんでジュースなんか飲んでる? 原因は目の前食事をリスのごとく頬張っている鼠だ。フードを外した頭には自然な金色の髪がある。予想だが、リアルでも金髪なんだろう。
……なんて考えてる時点で俺は諦めに入っているに違いない。
「…………いつまで食べてるつもりだ? 仕事をしろ、仕事を」
「モグモグ、まぁまァ、マグマグ、そう言ウ、モグモグ、なっテ」
「同時並行でも、していいことと、ダメなことがあるだろうが」
そう俺が言ってから食事を黙々と続けるのは、攻略組の間でも名が通っている情報屋アルゴ。情報に見合うだけの料金を渡せば個人情報さえ売ってしまうと言う。
ちなみに俺とアルゴは結構昔からの知り合いである。なぜなら、お互いにベータテスターだからだ。しかし、デスゲームプレイヤーとしての再会は早くなかった。正式サービス開始から約一ヶ月、第二層がようやく開放された二日ほど前にしっかりとした顔合わせをした。まぁ、第二層解放直後に俺が第二層の転移門から出て周囲を見渡そうとした瞬間、強烈なタックルを貰ったがな。犯人は言わずもがなアルゴ。
「へ?」と一瞬俺を見上げ、すぐに疾走を開始した。俺の右手を掴んで。その時はろくな状況判断が出来なかったからか、気づけば圏外にいたんだよな。で、目の前にはござる、ござる五月蝿い忍者が二人。取り敢えず威嚇したら、後ろから突進してきた牛型Mobに追い掛け回されてどっか行った。その後、何故か俺のことを知っていたアルゴから自己紹介して、後ろからヒョッコリ出てきた黒剣士と体術スキルを習得しに行ったな。…………俺は一時間以内で終わったのに、キリトはかなり掛かってたな。
それはともかく
アルゴはこの店に着くなり食事を注文し、牛馬も驚くような勢いでがっついている。
「ちょっト! いくらなんでも牛馬はヒドイだロ!」
「おっと、口に出ていたか。それより、早く食え」
この食事は俺が奢ることになり、それが今回の情報料となった。これほど食うならそれなりに情報は貰えるだろうし、金は余ってるいるから問題はない。
「情報屋がこんなので、いいのか?」
「まぁまぁ、人それぞれだからね」
聞き様によっては無礼に聞こえるぞ、とは言わない。言わないほうがいいだろう、と人生の経験から推測する。
「たかが十五年程度の人生なんて経験って言わないよ」
「……口に、出してないな。何故わかる?」
「女には色々あるんだヨ、ロー君」
二人してウンウン、と頷かれても解からん。
「ま、いい。それより、食い終わったなら、仕事をしろ」
「わかってるヨ。結構食べちゃったカラ相応の情報は渡すつもりダシ」
食い逃げしたら《軍》に突き出すつもりだがな。
「まず、現在の攻略、具合だ。主なギルドは、やはり
「いや、今のところは
プレイヤー間での不和は好まない、といったところか。まぁ、こんな狭っ苦しい空間で組織同士が水面下はともかく表面上で争うのは悪手と判断したのだろう。
「レアアイテムをドロップする新Mobとかの情報は無いの?」
「ウ~ン、食べ物系も素材系もあんま聞かないネ」
と言っても新しい層に突入したばっかりだケド、と付け加える。無い情報は言えんな、と俺も納得する。
さて、これからが本題か。
「アルゴ、俺達はさっき、エギルからラフコフの、情報を手に入れた。と言っても昔のモノ、だがな」
「キー坊の圏内PK事件カイ? オイラも後から聞いた時はビビったサ。なんだって三大幹部が出てきたって言うからナ」
「よく、無事だったな、キリト」
「ハッタリが効いた、だそうだヨ」
なるほど、キリトがやりそうな手だ。
「と、まぁそういうことで、だ。レッドの動きを、知りたい」
ピクリ、とアルゴが肩を揺らす。いつになく真剣な雰囲気を放ちながら正面から俺を見つめる。
「
…………やはり、情報屋だな。俺の一挙一動をも見逃さない、という眼だ。
「情報料、払ってもらうぞ?」
「オット、そいつは御免だネ。まだ、ここのご飯代は払ってないからナ」
肩をすくめる様なジェスチャーをすると、最初の頃の雰囲気が戻ってくる。
「……しいて言うなら、出会わない為だ。人間五十年の半分以下の、人生なんて、つまらないだろう?」
「………………」
「……どうした? 腹でも痛めたか?」
軽く問いかけるが無言で首を左右に振る。何か気に触ったのか、とは考えない。俺は情報が欲しい、こいつは情報屋。
すると、アルゴは懐から手帳を取り出し机の上に置く。
「ここにレッドの情報が細かく書いてアル。一応清書した奴ダ。持って行っていいヨ」
「……解った。形だけだが、感謝する」
「バーカ。そういうのは言わなくていいんだヨ。……特に、ネ」
「俺達はもう行くが、どうする?」
「少しゆっくりしていくヨ。ずっと潜ってたしネ」
「そうか……。また、今度な」
バイバイ、の声を背中で受け店を後にする。
…………さて、いまから考えるとするか。これからの予定を。
俺が果たすべきことのための、予定を。
思ったより安かったな。……また使うか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「フゥゥゥ~……」
NPC以外誰もいない静かな店の外で、フードを被ったプレイヤーは長い溜息を付く。その視線は二人組が去っていった方に向いている。暫くその方向を見つめてから、逆の方向に足を向ける。空腹感が満腹感に変わったからかその足取りは少し軽めだ。
(人間五十年の半分以下の人生なんてつまらない、カァ……。確かにネ)
周囲に誰も居ないのが彼女は声に出さない。長く使ってきた性格が
(ホントに面白いよネ、ロキは。アイツについていくヨシナも。…………そして、彼らに纏わる全てが)
全て。つまりこう思っている彼女自身も範疇にある。彼に関わったものはどこかが変わる。そう確信している。その一つなのだ。彼女の心に燻る小さいモノは。
(さてさて、これからどう
薄暗い路地を進む足を少しづつ早めていく。その高揚感からかつい口が開く。
「
それを聞いたプレイヤーはいなかった。
二話でした
どうでしょうか?
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