遊戯王5D's ガールズ・セキュリティ   作:なら小鹿

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Sp 1-1 ガールズ・セキュリティ

 

 ミナミは手早くライディングスーツに袖を通した。フロントのジッパーを引き上げると、ひんやりとした裏地が肌にフィットしてくる。

 隊服も兼ねたライディングスーツは上下一体になっており、首元までジッパーを引き上げれば着替えは完了だった。

 

「よし」

 

 ミラーの前に立つと、ブーツの踵が固い音を鳴らした。

 

 清廉さを表した白のライディングスーツで、肩や肘には頑丈な黒のプロテクターが備わっている。

 

 軽く頭を振って髪を整える。顎下で切り揃えた黒髪が揺れて、ひと筋だけある赤いメッシュヘアが目を惹いた。母譲りの髪色で、密かに気に入ってもいる。

 

「身だしなみチェック、OK。ライディングスーツに異常なし、携行装備に過不足なし。デッキ内容も……問題なし、と」

 

 配属されて早くも2週間になる。ここまでくれば、毎日のチェックもスピーディーにこなせるようになってくる。デッキを腰のカードホルダーに戻せば、出動前のチェックは完了だ。

 

 ライディングスーツの左襟にあるブローチが照明を浴びてキラリと光る。

 

 ネオ童実野(ドミノ)シティの再編に合わせて新しくなった治安維持局の公章。それに加えて新設部署『ガールズ・セキュリティ』を表すリボンが彫られている。

 

 フルフェイスのヘルメットを小脇に抱え、ミナミはロッカールームを後にする。

 

 背筋を伸ばして廊下を歩く姿は服装も相まって、これから試合へ向かうモータースポーツの若手選手のようだった。

 

 ブローチに埋め込まれたICチップを認識し、ガレージのドアが開いた。順次点灯する照明が規則正しく停められた二輪の車両を照らし出していく。

 

 ガールズ・セキュリティ専用Dホイール『ホワイトライト』。

 

 カラーリングはライディングスーツと揃えて白がベースになっており、一方でデザインはシティとサテライトが統合される前の角張った武骨なものから一新されていた。

 

 ホイールを覆うように突き出たフロントは鳥の(くちばし)のようで、さらにマシン全体が風を受け流すべく、曲線的なシルエットをしている。

 

 ミナミは車両番号を確かめ、シートに跨がった。モーメントを起動させると、静かな駆動音と共にモニターに光が灯り、メーター類が次々と表示されていく。

 

「モーメント、正常回転を確認。デュエルモード及び各種機能、正常作動。その他のチェック項目もクリア。──司令室へ、こちらガールズ・セキュリティ、デュエルチェイサー313、ミナミです。これよりハイウェイの夜間巡回へ向かいます」

 

 無線はヘルメットに内蔵されている。Dホイールの点検内容を声に出していたのは司令室への連絡を兼ねてだ。

 

『こちらガールズ・セキュリティ司令室。夜間の定時巡回ですね、確認がとれました。ガレージゲートをオープンするので、離れて待機していてください』

 

 無線から入局式で顔を会わせた同期の声が返ってくる。司令室はオペレーションだけでもハードワークだと聞くし、新人としては緊張するのも致し方ない。

 

 それでも手抜かりはなく、ナンバーの割り振られたガレージゲートのうち、ミナミの正面にあるシャッターが上がり始めた。

 

 夜風が頬に風が触れて、ミナミはフェイスシールドを下ろした。目に見える世界がわずかに青みがかる。

 

 ガレージゲートの外にはハイウェイへ直通のレーンが走っている。

 

 遠くに見えたハイウェイはガランとしていて、その奥に星屑を散らしたような夜空が広がっていた。

 

 間もなくして、シャッターの駆動音が止まる。

 

『ガレージゲート、フルオープン。では、本日もお気をつけて、ミナミ巡査』

 

「はい、行ってきます」

 

 右手でアクセルをひねって、モーメントを噴かせる。左手のクラッチを離せば、モーメントがホイールに力を与える。距離があるように見えたハイウェイまでの道のりは一瞬だった。

 

 サイレンは鳴らさず、テールランプを点ける。Dホイールのデザインは一新されたが、エメラルドグリーンのパトライトはそのまま引き継がれていた。

 

 ギアを上げると、スピードメーターの数字が跳ね上がって、ライディングスーツに触れる風が強くなった。けれども怖れることはない。

 

 全身でスピードを感じながら、ミナミは夜のハイウェイを駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 治安維持局にガールズ・セキュリティが新設されて早くも3年が経った。

 

 設立当初はシティとサテライトの統合、それに伴う組織の再編成で治安維持局もごたごたしており、お世辞にも好調な滑り出しとは呼べなかった。

 

 そもそも、この頃のネオ童実野シティでは変革に乗じて悪事を働こうとする輩が後を絶たず、犯罪件数の増加が問題視されていた。

 

 しかも、それまでの汚職に手を染めていたセキュリティでは事態を収拾するどころか、不正の隠蔽に手を貸すかもしれないと懸念されるほどに。

 

 そこで白羽の矢が立ったのがWRGPの影響で増えつつあった女性Dホイーラーたちだ。

 

 新たにデュエルのステージに登った彼女たちなら過去の利権やしがらみに囚われず、公明正大な精神でネオ童美野シティに治安を取り戻してくれる。

 

 そんな理念のもと、ガールズ・セキュリティは設立された。

 

 とはいえ新人デュエリストからなる新設部署だけでは何かと力不足なので、実際には既存のセキュリティとの共同戦線が基本となった。それでも効果は覿面(てきめん)

 

「──あなたをデュエルで拘束しますッ! さぁ、神妙にお縄につきなさいッ!」

 

「──そこのDホイール! 直ちに停まりなさい! これは警告です! 従わなければ入院3ヶ月の刑に処しますよ!」

 

「──行きなさい〈モンタージュ・ドラゴン〉! 攻撃力は捨てたモンスター3体の合計レベルの300倍! よって攻撃力9000! 食らいなさい、パワー・コラージュ!」

 

 当時頻発していた犯罪では襲撃と逃走にDホイールが悪用されており、ガールズ・セキュリティのデュエルチェイサーたちは昼夜を問わずデュエルを繰り広げていた。

 

 活躍の舞台を得て花開いたデュエルレディたち、というのは外向けの表現だ。現場で共に犯人確保にあたっていた男性セキュリティは「いや、あれ新人だから力加減を知らないだけなんじゃ……」と若干恐怖し、他の面々も無言で頷いていたとか。

 

 その中でも希少カード輸送車強奪事件は今でも語り継がれている。

 

「──なんだ、貴様ら? 鉛玉ごときで私を倒せると本気で思っていたのか? 銃なんか捨てて、さっさとデュエルディスクを構えろ」

 

 犯行グループである窃盗団のアジトにガールズ・セキュリティのデュエルチェイサーが単身で乗り込み、そのまま制圧、構成員を一網打尽にしたのだ。

 この事件を解決した功績は大きく、それまで微妙な立場だった新設部署の実力を世間に知らしめた。

 

 その甲斐もあって犯罪件数も減少傾向を見せ、治安維持局が検挙した犯罪におけるガールズ・セキュリティの割合も増えてきた。

 

 そうして、ミナミが入局する頃にはもう立派に市民権を得ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライディングスーツに吹き付ける夜風にもそろそろ慣れてきた。ミナミは司令室に無線をつなぐ。

 

「こちらデュエルチェイサー313、ハイウェイ015から019までの巡回を完了。不審者及び不審車両はなく、その他の警戒項目についても異常なし。これより帰局します」

 

 この報告も定型文になりつつあった。そんなことを思いながらミナミはこの2週間を振り返る。

 

 デュエルチェイサーズはセキュリティが擁する機動部隊だ。要請があれば緊急出動、Dホイールで現場に急行し、デュエルで犯罪者を拘束する。

 

 とはいえ、毎日のようにハイウェイで逃亡犯を相手にライディングデュエルを繰り広げているわけでない。

 

 ガールズ・セキュリティになってからミナミしたことといえば配属初日の手続きと新人歓迎会参加のアンケート回答、あとはこのハイウェイのパトロールぐらいだ。

 

「──あら? もしかして欲求不満?」

 

「──いえ、そういうわけでは」

 

 数日前、設立当初からいるベテラン局員──といってもまだ3年目だが──に図星を突かれ、ミナミは咄嗟に目を反らした。

 

 地味なハイウェイ巡回を軽視しているわけではない。事件事故がないのは治安が維持されている証拠……なのだが、ちょっとした事情を抱えたミナミは、腫れ物扱いされているような気がしてならなかった。

 

 すると、無線から声が返ってきた。

 

『ミナミちゃーん、お疲れさまー。巡回データは司令室でも確認したから問題ないわよー。それでね、ちょっと言いにくいんだけど……』

 

 無線の相手は申し訳なさそうに声を潜める。

 数日前、ミナミの図星を突いてきたベテランの女性局員だ。立場も経験も彼女の方が上なのだからビシッと言ってくれても、と思わないでもないが。

 

「何か抜け漏れがありましたか。それなら、今から該当のハイウェイに戻って……」

 

『あっ、大丈夫、大丈夫。そういうのじゃないの。実はね、今夜の巡回担当だった子がひとり出られなくなっちゃって』

 

「は、はい」

 

『代わりに出てくれそうな子たちにメッセージを送ってみたんだけど、あんまり芳しくないの。ほら、うちって皆がDホイールのライセンスを持ってるわけじゃないでしょ?』

 

「そうですね。私の同期もライセンスがあるのは半分でしたから」

 

 言いながらミナミは納得する。何人か声をかけてみたが断られたのでミナミにも頼んでみた、ということらしい。

 

 それなら最初から声をかけてくれれば……、と言いかけてミナミは口をつぐむ。

 

 これはきっと先輩なりの思いやりなのだろう。

 

 ガール・セキュリティが擁するデュエルチェイサーズは他の部署と比べても少ない。故に新入りのミナミも配属からまだ2週間で何度か代打を任されていた。

 

『直前連絡になって申し訳ないんだけど、もしミナミちゃんがいいなら、その子の巡回エリアもカバーしてもらえないかなーっと思って』

 

「わかりました。では、巡回エリアのデータをこちらのホワイトライトに送ってください。このまま向かいます」

 

『ホントにー。ありがとう、助かるわー。あっ、そうそう、お礼っていうわけじゃないんだけど、司令室の冷蔵庫にトリシューラ・ブランドのロイヤルミルク味のカヌレが入ってるから、帰ってきたら3つとも食べちゃっていいわよ』

 

「…………」

 

『あれ? ミナミちゃーん、もしもーし? 応答願いまーす』

 

「あっ……はい、すいません。帰局次第いただきます」

 

 いつもと同じように振る舞ったつもりだったが、沈黙を作ってしまった時点で、何をしても無駄なあがきだ。

 

 ホワイトライトのモニターにマップが表示され、巡回エリアが追加される。自動でルートセレクションされるのを見ながら、ミナミは疑問を抱かずにはいられなかった。

 

(……なんで、私のスイーツの好みがわかったの)

 

 プライベートな会話は正直苦手だった。

 

 不用意に話すと家柄のせいで腫れ物扱いされたり、ひどい時には自慢話として受け取られてたりするので、意図的に避けている。

 

 配属された同期の新人ともあまり話していないし、先輩ともなればなおさらだ。ましてや好みのスイーツなんて話題にすらしていない。

 

(考えすぎよね、きっと)

 

 そうだ。数ある女子向けスイーツの中から()()()()カヌレが選ばれ、さらに数ある銘柄の中から()()()()トリシューラ・ブランドの3個入りが選ばれ、現在発売中の9種類ある味の中から()()()()ロイヤルミルクが選ばれただけのこと。

 

(…………)

 

 ミナミは柄にもなく、あの3年目の先輩が空恐ろしくなった。

 

 それこそ無線の向こうで、ミナミの顔写真がクリップ留めされた人物調査報告書なる書類をめくりながら、敵組織の女幹部みたいな笑みを浮かべているイメージが頭をよぎる。この肌寒さはきっと風のせいではない。

 

(でも実際、設立からわずか3年で新設部署を今の立ち位置まで押し上げた人たちだし……)

 

 ただ者ではない。そうは思っていたが、まさかこんな形で片鱗を見せられるなんて。

 

 ──ピピピッ! ピピピッ!

 

 緊張感を煽るアラーム。ミナミは頭から雑念を追い払い、瞬時に気を引き締める。

 

 ホワイトライトのモニターでは『EMERGENCY(エマージェンシー)』の赤い表示が点滅していた。

 

(これ、治安維持局からの緊急司令通達の……、ということは急行すべき状況が……?)

 

 マニュアルで見て知ってはいた。それでもDホイールで走りながら肌で感じる緊張感は段違いだ。不安を抱く間もなく、無線から声が聞こえてきた。

 

『巡回中のセキュリティへ通達。エーエル地区にて強盗事件が発生。犯人はDホイールにてハイウェイ021を北へ逃亡中。繰り返す。エーエル地区にて強盗事件が発生――』

 

 緊急時こそ冷静な対応と判断が求められる。無線から聞こえてくる男性セキュリティの声はまさにそのお手本だった。

 

『続けて、巡回中のセキュリティに要請。逃亡ルート付近のセキュリティは直ちに犯人確保に向かわれたし。繰り返す。逃亡ルート付近のセキュリティは──』

 

 復唱される要請に耳を傾けつつ、ミナミは無線の内容を速やかに反芻(はんすう)する。

 

(ハイウェイ021を北へ逃亡中……ということは)

 

 モニター上に展開されたハイウェイのマップにそれぞれナンバーが表示されていく。

 

 現在地、つまりミナミのホワイトライトはハイウェイ019を真っ直ぐ走っている。無線にあったハイウェイ021は2つ隣だ。そこを『TARGET (ターゲット)』と表示された赤い点が疾走している。

 

 マップを広域化すれば、当該ハイウェイに急行するデュエルチェイサーや先回りして逃げ道を塞ごうとするセキュリティの車両が点々と映った。

 

 しかし、どの点よりも近くにいるのはミナミだった。無線は既につながっている。

 

「こちらデュエルチェイサー313、現在ハイウェイ019を巡回中。これより逃亡犯の身柄確保に急行します。犯人及びDホイールの情報共有を願います」

 

『えっと、君は……』

 

「ガールズ・セキュリティ所属、デュエルチェイサー313です」

 

 やや困惑した男声に、ミナミは端的に答える。

 デュエルチェイサーのナンバーから所属はわかりきっているはずだ。それでもまさか率先して協力に応じるとは思っていなかったのだろう。

 

 今のガールズ・セキュリティは設立当初とはまた違った問題を抱えている。そして、不本意ながらミナミもその問題の一端を担っていた。

 

『……そうか……うん、うん……よし、状況は把握した。デュエルチェイサー313ならびに急行中のセキュリティへ、これより情報を共有する。逃亡犯は1名、指名手配中の要注意人物だ。Dホイールは黒一色、違法改造により登録番号を抹消している』

 

 無線に集中しながらミナミはジャンクションに滑り込んだ。減速を最小限に留め、ホワイトライトを傾けてカーブを抜ける。その先はハイウェイ020、逃亡犯が走っているハイウェイまであと1つだ。

 

『デュエルチェイサー313は犯人を追跡し、他のセキュリティが包囲したエリアへ犯人を誘導してもらいたい』

 

「身柄の確保は」

 

『単独での接触は許可できない。繰り返しになるが、犯人は指名手配中の要注意人物だ』

 

 指名手配中というと極悪非道な凶悪犯を想像するかもしれないが、その手の輩は『危険人物』と称される。

 

『要注意人物』は身元は特定したものの、まだ身柄を拘束できてはいない犯罪者を指している。

 

 ただし、司令室で小耳に挟んだ話によれば、それとは別の意味もあるらしい。いわく、法的な罪はそれほどだが、野放しにしていると厄介な輩で、それを示す隠語でもあるとか。

 

 それこそガールズ・セキュリティを狙って猥褻(わいせつ)な行為に及んだり、根も葉もない噂で治安維持局を(おとし)めようとしたりする連中だ。

 

(確かに、ここは夜の人気のないハイウェイ。か弱いガールズ・セキュリティが犯罪者を相手に成す術もなかった、なんてことになれば)

 

 治安維持局全体の威信を失墜させかねない。今のセキュリティにネオ童美野シティの治安を守るだけの力がないと判断されれば、犯罪者たちは好き放題に暴れる。

 

 ただ、今回に限っては少し違う理由がある気がした。

 

「本部、確認したいのですが、逃亡犯が要注意人物にリストインした理由はなんですか」

 

『それは閲覧制限のかかった情報だ。残念ながら、この無線通信で共有することはできない』

 

「…………はぁ」

 

『ん? デュエルチェイサー313、どうかしたか?』

 

「いえ、問題ありません」

 

 マイクが高性能すぎるのも考えものだ。これでは息をするのにすら気を遣わないといけない。

 

(腫れ物扱いは覚悟していたつもりだけど……)

 

 セキュリティといえば、数年前までは怒声と権力で凶悪犯をぶちのめすのが職務だった。しかし、今ではミナミが担当しているハイウェイの夜間巡回などの安全な職務がほとんどだ。

 

 安全で公正な組織。再編されてからの治安維持局はイメージアップにも力を入れていた。

 ただ、そのイメージに釣られて、安易な気持ちでセキュリティを目指す志願者が現れ始めたという弊害もある。

 

 もちろん入局試験に合格しなければ、セキュリティにはなれない。仲間内で盛り上がって「オレ、いっちょセキュリティになってくるわ!」などといった輩は身辺調査と面接で落とされる。

 

 しかし、逆に面接だから落とせない志願者もいた。

 

「──わたくしは議員である父から高潔さと不屈の精神を学びました。理想だけでは変えられない現実に対しても挫けない父の背中に感銘を受け、治安維持局ではデュエルチェイサーズとして──」

 

 政治家のひとり娘に始まり、モーメント開発企業の社長令嬢、プロデュエリストを両親に持つハイブリッド。そうした親の七光りをもつ志願者を不合格にすれば、どうなるか。

 

 かつての独善的かつ強権的な治安維持局であれば、外圧には屈しなかっただろう。むしろ、そうした聞く耳をもたない組織体制が問題視されていたぐらいだ。

 

 だから、再編成では同じ過ちを繰り返さないよう組織としての力を弱めた。もっとも、そのせいで今の治安維持局は半ば外圧に屈するようになっているのが悩みの種だが。

 

(とはいえ、私もその七光り組なのだけど)

 

 ひと言でいえば、ミナミは良家の子女だ。

 父は古くからの名門一族で、今はカード開発企業の重役。母は名の知れた現役のプロデュエリスト。それこそ食事はナイフとフォークだったし、Dホイールに乗る前は馬に乗っていた。ダンスだってできる。

 

 ミナミから家名を明かしたり、両親の功績をひけらかしたりはしないが、運悪く知られてしまうと、いつもこちらを見る目が変わる。デュエルアカデミアでもそうだったし、治安維持局の面接でもそう。

 

 今の治安維持局に七光り組を不合格にできるような面接官はいない。だから入局させざるを得ないが、一方で職務中にケガでもされたら責任問題になる。

 

 だから配属には細心の注意が払われるし、現場に出ようものなら腫れ物扱いを覚悟しなければならない。

 

 特に今のガールズ・セキュリティはお嬢様のお守り先として見られつつあり、七光り組はひとまずこの部署に配属しておけなんて風潮があるくらいだ。それが今は設立当初とは違った問題になっている。

 

『──最後にデュエルチェイサー313へ。ハイウェイ021を走行中の犯人を捕捉次第、こちらに報告。その後は犯人との接触を避け、距離を保ちつつ追跡に専念されたし』

 

 既にホワイトライトは逃亡犯のいるハイウェイ021へ入っていた。指示内容も当初の無線で言われたものと同じで、要するに手を出さないでくれというものだった。

 

『作戦内容は以上だ。何か不明な点は』

 

「いえ、ありません」

 

『了解した。では各員──』

 

 ──ブツッ

 

 ミナミは無線の電源を切った。

 

(本当は犯人に無線を傍受された時の非常手段なんだけど)

 

 本部に制御権があるせいで、こうでもしないと無線をオフにできない。ずっと聞かれているのもイヤだが、腫れ物扱いであれこれ口出しされるのはもっとイヤだった。

 

(……これでやっと静かに)

 

 あの男性セキュリティの気持ちも理解できないわけではない。

 

 恐らく上層部から念押しされているのだろう。もしくは彼自身、この逃亡犯はお嬢様育ちのデュエルチェイサーズには荷が重いと判断したのかもしれない。

 

 軽視しているのではなく、純粋にセキュリティとしての能力を(かんが)みての判断だ。

 

 もっとも、そういう色眼鏡で見られるのがイヤだったからミナミは家を飛び出したのだが。

 

(そろそろ見えてくるはず……)

 

 無線は途絶えても逃亡犯の位置情報は共有され続けている。逆にいえばミナミの行動も本部に筒抜けなのだが、後のことは後で考えることにしよう。

 

 モニターではミナミのホワイトライトの前方を『TARGET (ターゲット)』の赤い点が走っている。間もなく視認できる距離だ。

 

 ──ギラッ!

 

(見つけた!)

 

 夜間照明の灯ったハイウェイに、疾走するDホイールの後ろ姿。無線で聞いた通り黒一色で、登録番号もない。武骨で飾り気のないデザインは目撃者の記憶に残りにくくするため細工だろうか。

 

(いずれにせよ、逃亡犯と見て間違いない。だったら──)

 

 ミナミはギアをあげた。モーメントがうなり、風圧が重力をもったように襲いかかってくる。体幹に力を入れ、前傾姿勢で逃亡犯に追い迫る。

 

 スピードは時速150キロに達しようとしていた。エンジン搭載のバイクならいざしらず、モーメントを動力源にするDホイールにとって、このくらいは安全運転の範疇だ。

 

『前方の黒のDホイール、こちらは治安維持局ガールズ・セキュリティ! 直ちに停車しなさい! これは警告です! 繰り返します! 前方の黒のDホイール、直ちに停車しなさい!』 

 

 ホワイトライトに搭載されたスピーカーからミナミの声が大音量で発せられる。

 

 シティとサテライトが分断されていた頃は毎日のように叫ばれていた決まり文句だ。母は笑ってくれるかもしれないが、心配性な父は間違いなく頭を抱えるだろう。

 

 だが、この勧告で大人しく停車するようなら、セキュリティはいらない。

 

『ははっ、弱い犬ほどよく吠えるっつーが、てめぇほどデカい吠え声は初めてだぜ』

 

 モニターがオープンチャンネルの通信に切り替わった。派手に開いたライディングスーツの襟をはためかせながら、黒のフルフェイス男が笑う。

 

「警告が届いていて何よりです。てっきりイヤホンで音楽でも聞いているのかと」

 

『言ってくれるな。で、そのうえで俺が停まらなかったら?』

 

「警告に従わないのであれば、こちらも実力行使させてもらうまでです」

 

『そいつは俺が誰か知っての話か』

 

「強盗の現行犯ならびにDホイールの不正改造の容疑者。それ以外のことは取調室で聞きます」

 

『おいおい、ちょっと待てよ。てめぇらセキュリティは犯罪者なら一緒くたにしても構わねぇだろうが、それだと俺の気が済まらねぇんだよ、この公犬(こうけん)どもが』

 

「公犬?」

 

 その呼び名には聞き覚えがあった。データで閲覧したので見覚えというべきか。

 

 いわく『公僕(こうぼく)』と『権力の犬』が語源で、それを口にする犯罪者はただひとり。

 

「──あなた、『公犬狩りのリョナー』ですか」

 

『そうだ、そうとも! やっと気づきやがったか。公犬のくせして鼻が鈍いな。そんなんじゃ昇進できねぇぞ、はははっ!』

 

 モニター越しに公犬狩りのリョナーが笑う。わざとらしくDホイールを蛇行させているのは挑発のつもりか。

 

 元々リョナーに『公犬狩り』などという大袈裟な呼び名はなかった。

 

 ただ逃げ足が速いだけの窃盗犯で、犯行を重ねはすれど被害額はそれほどでもなく、治安維持局としても臆病なコソ泥としか捉えていなかった。

 

 一方で身柄確保に立て続けに失敗している状況は看過できず、最終的には指名手配がなされた。

 

 そして、ある夜に事件は起こった。

 

 巡回中だったガールズ・セキュリティが窃盗の現行犯を見つけた。それがリョナーだった。

 

 Dホイールで逃走するリョナーをガール・ズセキュリティは追跡し、ライディングデュエルで拘束しようとして…………失敗した。

 

 要するに負けたのだ。

 

 モニターには『DEFEAT(敗北)』の赤い文字。

 強制停止したDホイールが大量のスチームを噴き、ガールズ・セキュリティは真っ正面からそれを浴びた。悔しかったろう。顔をしかめ、唇を噛んだだろう。

 

 だが、フラッシュが焚かれた瞬間、その顔はまったく違う感情に支配された。

 

 パシャリ、パシャリ、と手の届かない所からリョナーは負けたガールズ・セキュリティに残酷なフラッシュを浴びせた。

 

 咄嗟に手で顔を覆ったが、ほとんど無意味で、むしろその抵抗が嗜虐心(しぎゃくしん)を煽り立てた。

 

 その後、リョナーはいつもの逃げ足の速さでまんまと第2の犯行現場から逃走し、翌日には治安維持局に差出人不明の写真が届いた。

 

 上層部はセキュリティ全体の沽券(こけん)に関わると慌てたが、最も心配すべきは心の傷を負った本人だ。幸か不幸か、ミナミが目を通した記録ではそれ以上本人についての記載はなかった。

 

 あとはすべて公犬狩りのリョナーについての記録になっていた。

 

 ガールズ・セキュリティにデュエルで勝ったことで自信を得たのか、犯行はエスカレートする一方。窃盗や強盗をはたらき、Dホイールで逃亡しながら、わざとガールズ・セキュリティの巡回エリアを通過する。そうしてデュエルを挑ませる……。

 

『てめぇ、よく見りゃあいつに似てるな』

 

「なんの話ですか」

 

 何となく察しはついたが、ミナミから認めるのには嫌悪感があった。

 

『俺がコレクションにしてやった最初の公犬だよ』

 

「…………」

 

『あんなバカでけぇ警告はしてこなかったが、そうだな……実直で真面目で、言葉遣いからデュエルまで何から何までお行儀よかったぜ。やっぱ、どっかイイとこの嬢ちゃんだったのか?』

 

「それで、負けた姿を撮影したのですか」

 

『──ああ、そうだ』

 

 フェイスシールドの下でリョナーが嗜虐的に笑った気がした。

 

『序盤は勝てるって確信してたみたいだったな。けどよ、中盤からは不安が態度に出てたぜ。そんでもって終盤よ。ブツブツなんか無線でもつないでんのかと思ったら、負けない、負けないって自分に言い聞かせててよ、はははっ!』

 

「…………」

 

『だからよぉ、負かしてやった瞬間は堪んなかったぜ。気づいたらシャッター切りまくってたってわけよ、はははっ!』

 

 なぜ、この男が要注意人物のリストインしているのか。なぜ、無線で男性セキュリティがリストインの理由を答えなかったのか。

 

 その理由をミナミは肌で感じ取っていた。不覚にもライディングスーツの下では鳥肌が立っている。そして同時に怒りも。

 

「ひとつだけ訂正しておきます」

 

『訂正? 何をだ?』

 

「さっき私のことを、最初のガールズ・セキュリティに似ていると言いましたね。実直で真面目、言葉遣いからデュエルまで何から何までお行儀よくて、どこかのお嬢様じゃないのか、と」

 

『その耳は録音機かなんかか。で、訂正って何だよ』

 

 面白くなさそうなリョナーを無視して、ミナミは続ける。心の底から出た言葉だった。

 

「私は、あなたの知るガールズ・セキュリティほどお行儀よくありませんよ」

 

 わずかに沈黙が降りる。言葉の意味を咀嚼するような間を置いて、通信越しに笑い声が響いた。

 

『はははははっ! そうかよ、そうかよ。大人しい公犬(オンナ)は好きだが、威勢のいい公犬(オンナ)はもっと好きだぞ! 負けたショックでDホイールごとクラッシュなんてしてくれるなよ? ははははははっ!』

 

 腹を抱えるような笑い声をあげながら、リョナーはDホイールを加速させる。本気で逃走を図っているわけではない。このままだと振り切って逃げるぞ、と言外にアピールしているのだ。

 

 あのセリフを言わせるために。

 

「公犬狩りのリョナー! これよりあなたを()()()()()()()()()()!」

 

『そうこなくっちゃな! ははははっ!』

 

 自信にあふれた笑いに負けぬよう、ミナミも声を張る。

 

「フィールド魔法〈スピード・ワールド・ニュー〉セットオン!」

 

 ホワイトライトに内蔵された、ライディングデュエル用の新カードが発動する。

 

『デュエルモード・オン! オートパイロット・スタンバイ!』

 

 Dホイールと一体化したデュエルディスクに光が走り、ソリッドビジョン・システムが起動する。

 

 それはリョナーのDホイールも同じだ。セキュリティのDホイールにはデュエルを強制執行する機能が搭載されている。ミナミのホワイトライトも例外ではない。

 

 2台のDホイールを中心に波紋が広がり、(またた)く間にスピードが世界を支配する。ここから先はデュエルの勝敗がすべてを決する。

 

「準備はいいか、公犬」

 

「いつでも構いませんよ」

 

 そして、2人の声に決闘(たたかい)の火蓋が切って落とされる──。

 

「「ライディングデュエル!! アクセラレーション!!」」

 

 

 

 To be next true ……




「おい、デュエルしろよ」の声が飛んでこないうちに次の話を投稿します。
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