司令室の前をすぎると、急に廊下から人気がなくなった。冷たい照明の光だけが等間隔に並び、歩くたびに足音がやけに響く。
(これだと、本当に立入禁止のエリアみたいね)
ミナミはいつぞや先輩がこぼしたセリフを思い出した。ちょうど入局式が終わって、新人は先輩に連れられる形で局内を案内してもらっていた時のことだ。
「──あ、ここから先は立入禁止エリアみたいなところだから、極力
歩きながらだったので、当時はさほど気にも止めていなかったが、今ならわかる。あの「入らないように」には「呼び出されないように」という意味が含まれていたのだと。
隊長職にまで昇進したセキュリティには『執務室』が与えられる。権威と権力を振りかざしていた頃の名残りなのだが、他の局員を指揮する隊長職にはデスクワークも付いて回るので、こればかりは仕方がない。
(ここが……)
しばらく歩いからミナミは扉の前で足を止めた。
正確な場所は知らなかったが、ティール隊長の隊長執務室は間違いなくここだ。扉自体は他の部屋と変わりないが、立っているだけで目に見えないプレッシャーがのしかかってきて、ライディングスーツの下で肌がひりついた。
すっと背筋を伸ばす。実は隠しカメラがあってミナミの行動は筒抜け、なんてこともあり得る。であればモタモタしている暇はない。ひと声かけてから入室しようと、ミナミは息を吸った。
「開いている。入れ」
「……はい、失礼します」
どうやら本当にカメラはあったらしい。
一歩前へ出ると、襟のブローチに内蔵されたICチップを読み取って電子ロックが解除される。左右にスライドした扉の奥へミナミは足を踏み入れて、ミナミは言葉を失った。
「どうした。公章旗や勲章が山ほど飾られているのを期待していたのか」
「少しだけ、そういう部屋を想像していました」
図星を突かれては認めるしかない。この人に口先だけのお世辞や誤魔化しは通用しない。何より張りつめた空気がそれらを許してくれなかった。
隊長執務室といいつつ、その室内には何もなかった。
左右の壁は真っ白なままで、床には塵ひとつなく、飾り気の欠いた執務机だけが重々しく鎮座している。背面はガラス張りになっていて、昼時のシティを一望できた。
その景色を背景にティール隊長はデスクチェアに収まっていた。あの切れ長の目で見つめられると、また手が勝手に敬礼をしそうになる。
「貴様を呼んだのは他でもない。公犬狩りのリョナーの件についてだ」
やっぱり、とミナミは予感が的中していたことを悟った。
公犬狩りのリョナーは逮捕された。
その後の聴取で、リョナーはガールズ・セキュリティの巡回するエリアを狙って犯行を繰り返していたことも明らかになった。
窃盗時にわざと通報させる隙を見せるなど、完全にセキュリティを誘き出すために犯罪をしていた、とそこまでは局内でも情報が広まっているが、誰がリョナーをデュエルで拘束したのかについては伏せられたままだった。
「配属からわずか2週間で要注意人物の身柄を確保した前例は未だかつてない。しかも、リョナーはガールズ・セキュリティに多大な被害をもたらしていた。その被疑者を、他部署の手を借りずに逮捕したとなれば上出来だ」
「はい」
こうした権力社会では誰かの手を借りる行為、つまり相手に貸しを作る行為は後々になって不利にはたらく。もし、リョナーを他の部署の手で捕えてもらっていたら、局内でのガールズ・セキュリティの立場は危うくなっていたかもしれない。
「それからもう1つ。上層部が
ティール隊長が逆光の中からミナミを見た。切れ長の目がこちらの反応をうかがっているようだった。
「奴の逃げ足の速さには他部署も手を焼いていた。違法改造でDホイールのリミッターをはずすだけでなく、攪乱装置を搭載して信号を消していた。身内の不甲斐ない面を晒したくはないが、そのせいで奴を取り逃がし続けていたのもまた事実だ」
違法改造や攪乱装置については初耳だった。
(でも、考えてみれば当然か)
コソ泥にずっと逃げ回られ続けているなんて新人にする話でもないし、それで士気が下がったのではリョナー逮捕がさらに遠退いてしまう。
「さて、新人とはいえ、ここまで功績をあげたのなら昇進させてもいいくらいだ。しかし、
(んっ……ようやく本題に)
ミナミは気を引き締める。ここまで褒めているようで、落差を広げるために持ち上げられている気はしていた。わかっていても、この居心地の悪さはなかなか辛い。
「貴様のした本部からの命令無視と無線切断、これについては容認できない。当時、私は別の任務で不在だったが、司令室は大混乱だったと聞いている」
「…………」
それに関しては帰局後、先輩セキュリティからこってり搾られた。半分が叱責で、もう半分が心配だったのが救いだったが、それを踏まえても先輩たちには申し訳ないことをした。
あの夜、ミナミが無線を切ったことで本部からの無線はすべてガールズ・セキュリティの司令室に飛んだ。しかも他の新人にまで事態が知れ渡れば全体の指揮系統にまで混乱をきたす。
だから、この件については先輩隊員の間で何とかすることになった。けれども、先輩たちからの連絡もミナミに届かないわけで、しかも相手はガールズ・セキュリティを狙う要注意人物だ。
(あの独断専行はさすがに迂闊だった……いや、あれは本当に……)
犯人逮捕のためとはいえ、味方への迷惑にまで気が回っていなかったし、そのことに関しては素直に反省しなければならない。そして、組織に入った以上は反省だけで済まされないことも理解していた。
「リョナーの一件に関する行動をすべて加味したうえで上層部と協議した結果、貴様の処遇は私に一任されることになった」
「ティール隊長に、ですか」
「不満か」
「いえ、決してそのようなことは」
ガールズ・セキュリティを執りまとめるのは隊長職にあるティール隊長の役目だ。
それはそうと、本当に一任
「これから貴様にいくつか質問をする。貴様の今後を左右するものだ。それを踏まえたうえで、よく考えて答えろ。いいな」
「はい」
自然と体が強張る。まるで尋問だ。しかもミナミに非があるのがまた痛い。
「私からの質問はシンプルだ。なぜ、あそこで本部からの命令を無視して、リョナーにデュエルを挑んだ」
あの時の無線での指示は今でも覚えている。逃亡犯との接触は避け、距離をとったまま追跡せよ。犯人確保とは程遠いものだった。それを振り返ったうえでミナミは答える。
「──職務をまっとうするためです」
「その職務の中に命令遵守は含まれていないのか」
間髪入れずに追及が飛んできた。まっとうな問いだ。
「軽率な判断と行動だったと反省しています。ですが、犯人を逮捕できる状況でありながら何もするなという指示には従えません」
「随分な自信だな。それとも功績さえ立てれば、どんな横暴でも許されるという思い上がりか」
「それは……どういう意味でしょうか」
「入局試験での一件、あれを私が認知していないとでも思っているのか」
言われてミナミの脳裏に、当時の出来事がフラッシュバックする。
治安維持局の入局試験には実技デュエルがあり、デュエルチェイサーズの志望者には当然ライディングデュエルでの試験が課される。ミナミも例外ではない。
相手はセキュリティが過去に開発したライディングロイドだ。元々はオートパイロットでハイウェイを巡回し、デュエルを監視する目的で開発されていたらしいが、紆余曲折あってあの時はライディングデュエルの試験官を務めていた。
ライディングスーツに着替えたミナミが順番を待っている時、事件は起こった。
当時、ライディングロイドのデュエルレベルには低めに設定されていた。これはあくまで入局試験であり、いたずらに不合格者を出すためのデュエルではないからだ。その設定を、ミナミの前にいた受験者が勝手に変更したのだ。デュエルレベルを高くして、他の受験者より優れていると見せたかったのだろうが。
『──暴徒鎮圧システム起動。バトルロイヤルモードへ強制移行』
「──バトルロイヤル? なんですの、これは。きゃあぁ!?」
いかにも令嬢然とした受験者だった。目の前でライディングロイドは急発進し、試験コースからハイウェイへ向けて走りだした。Dホイールだけでなく、一般車両をも暴徒と誤認識したらしい。
他の受験者も非常事態に慌てふためき、試験監督も「誰か停めろ!」と叫ぶしかなかった。そして、モーメントの起動したままだったDホイールに飛び乗ったのが次に待っていたミナミだった。
激戦の末、ミナミはライディングロイドのライフを0にして強制停止させた。そこへ駆け付けてきた本職のガールズ・セキュリティの隊員に囲まれた時は被疑者にでもなった気分だった。
騒動があって入局試験は一時中断。当然ミナミとライディングロイドを暴走させた受験者は呼び出された。
相手は暴走したマシンで手加減など一切してこない。それなのになぜ勝手にデュエルを挑んだのか。そう問い質された。
「誰か停めろ、と言われたから。そう答えたそうだな」
ティール隊長が言った。逆光で顔が陰っているのに見られていることだけはハッキリとわかった。
「当時の試験監督も頭を抱えたそうだ。無線に向かって叫んだものの、その声は当然周囲にいた受験者にも届いていた。非常事態で、そのうえ試験監督からの要請もあった。野放しにしておけば一般人にも被害が出てしまう。ここまでお膳立てが整えば、どんな不法行為も正義執行のためとして許される。そうは思わないか」
「いえ、そのような意図は……」
「微塵もなかったと明言できるか。入局試験だけではない。リョナー逮捕の時も同じ状況だった」
さすがにミナミも、ここまで言われては「微塵もありませんでした」とは即答はできない。それでもお門違いな追及に屈する気はない。
「ティール隊長は、私がライディングロイド暴走の件で味を占めて、今回も同じように許されると見込んで単独行動に出たとおっしゃりたいのですか」
「協議ではそのような意見も挙がった、とだけ言っておこう。誰とはいえないが」
「そうですか」
どうやら上層部も一枚岩ではないらしい。治安維持局が再編成されてからの上層部は以前と比べて穏やかになったが、その一方で今の上層部は面倒な問題には触れたがらない傾向があるとも聞く。
ガールズ・セキュリティをお嬢様のお守り役にして、その名を聞けば現場から遠ざけたがるのがいい例だ。しかし今は違う。
(敬遠どころか、リョナーの件を理由に敵意を向けてきている。誰が言い出したのかは、あまり考えたくないけど──)
「もう1度、さっきと同じ質問をして、貴様は同じ答えを返せるか」
なぜ命令を無視し、逃亡犯にデュエルを挑んだのか。その問いに職務をまっとうするためだと答えられるか。
「できます」
ミナミは毅然として答えた。臆してはいけない。
正直なところティール隊長がミナミを
(わからない。けど……ここで怯んでいてはダメ)
ミナミは逆光の中から睨んでくる目に視線を返した。触れ合った視線同士が今にも火花を散らしそうな、そんな緊張感に思わず息苦しさを覚える。
ほんの数秒がいやに長く感じる。先に口を開いたのはティール隊長だった。
「上層部との協議でこういう意見があった。例によって発言者が誰かは明かせないが」
席を立ったティール隊長がミナミのすぐ横までやってきた。さっきより顔が見えるようになったせいで、切れ長の目が威圧的に感じる。
「貴様の家柄や育ちがいいことは私も知っている。貴様自身がその経歴をどうとらえているかはさておき、今は治安維持局に属し、ガールズ・セキュリティに配属されている。ならば、家柄や育ちといった背景はすべて無視して、当局の規律にのっとって処遇を決めるべきではないのか、と」
「規律にのっとった結果が、ティール隊長への一任ですか」
「結論としてはそうなるな。言っておくが、袖の下でどうにかなどとは考えるなよ」
〈魔宮の賄賂〉のカードが頭をよぎった。言われずともミナミ自身、そんな汚い手は使わないし、そもそも賄賂が通じない相手であることは承知のうえだ。
(でも、この状況は……正直かなりまずい)
媚びへつらって許してもらう気は毛頭ないし、ティール隊長もうわべだけ取り繕った態度を誰よりも嫌っていそうだった。
では平等かつ公正に判断して処遇を決めようとしているかといえば、今もなおミナミは自身に向けられた
「わかりました。では、ティール隊長のご判断をお聞かせください」
「判断か。そうだな、貴様を生かすも殺すも私次第なこの状況下で動じないその度胸は評価に加えてもいい」
動じていないわけがない。今もこの胸の音を聞かれていないか気が気でないし、少しでも油断すれば声が震えてしまいそうだった。
「私の考えはこうだ。貴様は要注意人物を単独で逮捕した実力ある新人であり、部署としても手放すのは惜しい。しかしながら司令室に混乱を招いた罪も大きい。このままお咎めなしでは他の局員に示しがつかないうえ、第2、第3の違反者を出しかねないからな。そこでだ」
カツッ、と固い足音が鳴った。振り返ると、腕を組んだティール隊長の立ち姿が今まで以上に大きく見えた。
「貴様の処遇は、私とのデュエルをもって決定する」
「デュエルで、ですか」
「何を不思議がっている。貴様が私に勝てるほどの腕前なら、今度の件は初犯ということで水に流そう。たった1度の失態で有望な新人を失うのは治安維持局としても避けたいからな」
「……もし、負ければ」
「即刻懲戒免職だ。単純明快だろ」
言いながらティール隊長はミナミに微笑みかけた。
この人が笑うところを見るのは、これが初めてだった。力で優れた獣が崖っぷちに追い詰めた獲物を見る時のような顔に、思わず背筋が冷たくなる。
(単純明快……確かにそう)
ティール隊長の狙いは間違いなくミナミの懲戒免職だ。
いかに命令違反があったとはいえ、犯人逮捕の功績があるミナミを一方的にクビにしたのでは非難の的になる。ならば、本人の実力を見たうえで処分を下せばいい。
ミナミが負ければ、リョナーに勝てたのも運が良かっただけで、実際は他の新人と大差なかったと上層部にも報告できる。
「ハイウェイ巡回は別の者に任せてある。1時間後、第3デュエルフィールドへ来い。貴様の処遇のかかったデュエルだ。後悔のないようデッキ調整をしておけ」
To be next true ……
最近の治安維持局ではクビにする/しないもデュエルで決まります。なぜならここは遊戯王5D'sの世界だから。