「──あの人には気を付けた方がいいよ」
入局式の合間、ちょうど手洗いから帰ってきた時だ。声をかけられて振り替えってみると、後ろの座席から赤毛の女子先輩がミナミを見ていた。
「えっと……」
「君だよ、君。まぁ座んなさいって」
「は、はい」
両肩に手を乗せられ、うながされるまま着席すると、赤毛の先輩も座席の列を迂回して隣へ腰を下してきた。
一応そこは新人の席で、先輩方の席は別にあるのだが、周りを見てみればどこもかしもこも同じような状況だった。
ガールズ・セキュリティの入局式は現在ブレイクタイム中で再開までまだ時間があり、新人たちは先輩方の顔を覚えるべく、あるいは顔を覚えてもらうべくコミュニケーションにいそしんでいる。むしろ、さっさと着席していたミナミが少数派なくらいだ。
「気をつけた方がいい人というのは」
「うちの隊長だよ。さっきまで登壇してしゃべってた、背の高い金髪の人っていえば伝わるかな?」
「ティール隊長ですか」
「おっ、もう名前まで覚えたんだ。優秀、優秀っと」
言いながら先輩はさっと目を走らせる。さながら敏腕セキュリティが周囲を警戒する際の仕草だが、ミナミには誰も聞き耳を立てていないか確かめているように見えた。
(確かに厳格そうな人ではあったけど、そこまでして警戒するほどのこと……?)
そう思いつつ、登壇したティール隊長を思い返す。
歩く姿すら緊張感を放っていて、壇上からあの切れ長の目を細められると、まるで粗相を見咎められたようで、自然と背筋が伸びた。
一挙一動すべてから手練れたセキュリティであることが伝わってきた。新人への挨拶もひどく堅苦しいものだろうと思っていたが、マイクから聞こえてきた声は熱意のこもったティール隊長自身の言葉で、ミナミとしては少し意外だった。それでも他の新人からの評判はといえば──。
「──あの人、絶対に鬼教官だよね」
「──怒ったら超怖いって先輩も言ってたし」
ミナミの席は列の端に程近い。だから歩きながら話している新人たちの声はそれなりに聞こえてくる。
告げ口する気はないが、この手の陰口は遅かれ早かれ本人の耳に入る。女子のコミュニティは壁に耳あり障子に目あり。それがミナミの個人的な経験則だった。
「鬼教官だってさ。君らの世代でも新しい呼び名ができるのかな」
「先輩方の世代では特別な呼び名があるのですか」
「そりゃあるよ。うちらは2期生なんだけど、リアルゴヨウって呼んでるくらいだし」
「リアル……そ、それは…………ぷふっ」
ダメだ、我慢できなかった。
「あっ、いま笑ったね」
「い、いえ、これは、なんといいますか、その」
「おっと、うちの尋問から言い逃れできると思わないことだね。笑ったとこ、しっかり見てたからね。ほら、早く認めないと、どんどん言い逃れが苦しくなっていくよ?」
まるで駐禁違反を認めない違反者と、それを問い詰めるセキュリティだ。
ミナミもあそこまで露骨に吹き出してしまった以上、誤魔化すのは無理だと理解はしていたが、入局式で隊長のあだ名を笑ったとなれば、この先どんな目に遭うかわかったものではない。
そっぽ向いたミナミの耳元で先輩が「……リアルゴヨウ……リアルゴヨウ」と囁き攻撃をかけてくる。そのたびにミナミは太股をつねって、笑いを堪えていたのだが──。
「ちょっと、そこ。新人に何してるのよ」
びしっ、とこちらを指さすような声が割って入ってきた。振り向くとブロンドヘアの女子先輩が腰に手をあてて、何やらお怒りの様子でこちらを睨んでいる。正確にはミナミではなく、その隣でさっきからリアルゴヨウと囁き続けている赤毛の先輩を指さして。
「正式な配属説明の前に変なこと吹き込むのは規則違反よ。わかってるの」
「そんなことしてなって、うちはただ注意喚起を……痛たたたたっ、痛い痛いって」
耳を引っ張られた赤毛の先輩が涙目になりながら引き剥がされてって、ミナミはホッと胸を撫で下ろす。
それを見るなりブロンドの先輩が「あんた、何かやったでしょ?」と問い詰め、赤毛の先輩は目尻に涙を浮かべたまま「……なんにもしてない」と首を振る。
「怪しいわね。ねぇ、あなた、こいつに何もされてない? 変なことされてたからあたしがシバいといてあげるから」
「ホントになんにもしてな……痛たたたっ、耳っ、耳とれちゃうって」
赤毛の先輩は耳が弱点なのか。真っ赤になった耳を庇いながら先輩は半泣きになって弁明する。
「この子が不用意にうちらの隊長に近づいて、雷を落っことされないよう注意喚起してただって」
「あぁ、うちの狂犬さんね。それならまぁ」
(いや、狂犬さんって……)
ブロンドの先輩のあだ名もなかなかパンチが効いている。例えが犬なのは犯罪に対する嗅覚が鋭いからではなく、相手が誰であろうと噛みつくからなのだろうか。
頭の中でティール隊長に犬耳と尻尾を生やしていたミナミをよそに、ブロンドの先輩は溜め息を吐く。
「確かに気をつけないといけないけど、わざわざ入局式で伝えることじゃないでしょ。まったくもう」
「……うぅ、痛ったぁ……耳ちぎれるかと思った」
ようやく解放されて、赤毛の先輩は真っ赤になった耳を優しく手で包み込む。見ているだけで、ミナミまで耳が腫れてきそうだったが、これに関しては先輩にも非があったということで納得してもらいたい。
「でもさぁ、早めに言うに越したことはないじゃんか。ほら、この前だってまた」
「えっ、なに。もしかして、またやったの?」
ブロンドの先輩がいぶかしむような顔になる。
入局したばかりのミナミにガールズ・セキュリティの内情はわからないが、先輩たちの顔を見れば、好ましくない何かがあったことくらい容易に想像できた。わざわざ首を突っ込んだり、盗み聞きする気はないが、座ったままのミナミのそばで交わされた会話は自然と耳に入ってくる。
「他部署のセキュリティがDホイールの駐禁を見逃してくれって頼まれたらしくてさ、しかもこれで」
赤毛の先輩が声をひそめ、親指と人差し指で輪っかを作る。ちゃりん、と聞こえるはずのない金の音がした。
「えっ、まさか受け取ったの?」
「いやいや。もらったらそれこそ大問題だから注意して見逃すだけにしたんだって。けど、その現場をうちの隊長が見つけちゃってさ」
「あぁ、なんとなく想像つくわ」
「相手のセキュリティは勤続して10年以上のベテランだっていうのに一切容赦しなかったんだってさ。ここも再編成されたけど、やっぱまだ年功序列ってあるじゃんか」
「良いか悪いかは別にして、まぁありはするわね。──あなたも気をつけなさいよ。新人だからって手加減してもらえるわけじゃないんだから」
「あっ、はい。ですが……」
「んん?」
先輩同士の間で交わされていた会話が急にこっちへ飛んできて、ミナミは思わず言葉につまる。
喉のそこまで言葉が出かかっているのに、今さら話を聞いていなかった体を装うのもわざとらしいし、こうなれば思ったことを素直に答えるまで。
「ティール隊長の行動は公明正大な精神を求められるガールズ・セキュリティとして模範的なものではないのですか。賄賂は受け取らずとも、違反行為を見逃すのは不正に加担することになります」
「…………」
しまった、と言ってからミナミは後悔した。
これではまるで外聞を気にして、いかにも優等生ぶった回答をしているようにしか見えない。あるいは先輩に楯突く生意気な新人だ。
現に先輩たちもさっきまでとは打って変わって、ちらちらとお互いに顔を見合わせている。じんわりと嫌な汗が浮かんぶ。
「すいません、新人がこんな……」
「なるほど、なるほど。さっすがは
咄嗟に取り消そうとしたミナミの声を遮って、赤毛の先輩がまた肩に手を置いてきた。なんだか慰められているような格好だが、きっとこれは先輩なりのスキンシップであって他意はないのだろう。
それよりも今、気になるフレーズが聞こえた。
けれども、ミナミがそれについて尋ねるより先に赤毛の先輩がまた話を続ける。
「まぁ、君の言う通りなんだけどさ。うちの隊長はなんていうか、度を越えてるっていうの?」
「法があるのにそれが守られていない状況を許せないのよ、あの人は」
言いながらブロンドの先輩が隣に座ってきた。反対にはさっきから肩に手を置いている赤毛の先輩がいて、ミナミはちょうど先輩2人にサンドイッチされた形になる。
「無法者は許さない、ということですか」
「それもちょっと違うかもしれないわね。違反を見逃さないのは当然として、簡単に破られちゃう規律や法律に対しても怒ってるっていえばいいのかしら」
「おっ、なんか理解度たかいじゃんか。もしかして、こってり搾られてた口?」
「そんなんじゃないわよ。こってり搾られてきた子から聞いたの」
自身を挟んで交わされる会話に、ミナミは今さっき聞こえてきた新人からの評判を思い出す。鬼教官だの、怒ったら怖いだの、口から出任せだろうと聞き流していたが、それなりに付き合いのあるだろう先輩たちが言うのなら、あながち間違ってもいないのかもしれない。
「法の番人っていう言葉があるけど、まさしくそれなのよね。あそこまで厳格になれるのは一種の才能な気もするけど」
「そこまで徹底されているのですか」
「そりゃもう」
言いながら赤毛の先輩が大袈裟に頷く。
味方であれば心強いが、こちらが不正に手を染めたらどうなるかは考えたくなかった。リアルゴヨウのあだ名が頭をよぎって、十手を振り回しながら地の果てまでも追ってくるティール隊長のイメージが浮かんだ。
「ところで、なぜティール隊長の話を私に」
会場内を見渡せば、相変わらず新人は先輩をつかまえて盛んにコミュニケーションをとっている。
ひとりの先輩に何人もの新人が集まっているグループもあれば、逆に新人間で同期の輪を広めようと集まったグループもある。席でひとりポツンとしている新人はどこにも見当たらない。
もしかして輪に入れないタイプに見られて気を遣われたのだろうか。
「なぜって、そりゃ君が
「その、例の新人というのは」
さっきも同じフレーズを聞いた。まるで先輩たちの間でミナミが注目株になっているような言い種だが、そんな噂されるようなことは何も──。
「あら、もしかして人違いだった?」
ブロンドの先輩が小首を傾げる。それから赤毛の先輩が続けた。
「えっ、君じゃないの。入局試験で暴走したライディングロイドをデュエルで強制停止させたっていう噂の新人」
「…………」
「おっ、やっぱそうなんだ」
「ということは、あれも本当なの。相手のミラフォを貫通して強行突破したっていう話は」
「え、えっと…………
なぜデュエル内容まで噂になっているのだ。と思ったが、恐らく暴走したライディングロイドを追って駆けつけた現職のガールズ・セキュリティが漏らし……いや報告したのだろう。
そしてどうやら、ミナミは自分で思っている以上に先輩たちの間で認知されているらしかった。でなければ、わざわざこうして声をかけられもしないだろう。
ティール隊長についてあれこれ忠告してくれたのも、入局試験の一件で増長したミナミが雷を落とされないように、という気遣いにも納得できた。
「その節は、えっと……本当にお騒がせしました」
「いいよ、いいよ、今さらそんな
「そうね。仮にも治安維持局開発のライディングロイドだから。民間人に被害が出ていたら大変だったし、当時は即対応できるデュエルチェイサーズも少なかったし」
「最悪、うちの隊長を呼び戻さないといけなかったからな。まぁそうなったら鬼の形相でホワイトライトをカッ飛ばして急行してくれるだろうけど」
「あとが怖いわね、それ」
ミナミはホワイトライトを変形させ、ジェットブースターを噴かせながら疾走するティール隊長を想像した。
まだ登壇したところしか見ていないが、あの人なら暴走ライディングロイド以上の猛スピードでDホイールを駆っていても不思議ではない、なんて勝手な想像が浮かんだ。会話もまだなのに、過剰なイメージだけがどんどん膨らんでいく。
「ティール隊長はやはりデュエルも強いのですか」
この話題はあまり続けたくなかった。居心地が悪くて仕方ない。
目を泳がせていると、ちょうど会場正面にあるスクリーンが視界に入った。
投影されているのはガールズ・セキュリティのによる逮捕劇で、ライディングデュエルで犯人を拘束する映像がダイジェストで映し出されている。
逃亡犯に反撃の隙を与えぬほどの苛烈な攻勢を見せてるデュエルチェイサーズ。そんな面々を執り仕切る人なのだから、デュエルの腕前ならプロにも匹敵しても不思議ではない。
「んー、うちはまだ見てないけど、かなり強いはずだよ。なっ?」
「そうね。いつだったかしら……あっ、ちょうど映ってるわ」
話を振られ、ブロンドの先輩がスクリーンを指差した。
ライディングデュエルのシーンから映像が切り替わり、郊外にある廃工場を空撮している。夜間らしくサーチライトが忙しなく走り、その光がコンテナ車を照らし出した。
以前、ミナミもニュースで見たことのある、窃盗団による希少カード輸送車強奪事件の映像だ。事件解決にガールズセキュリティが貢献し、そこから一躍注目を集める切っ掛けになったと聞いているが──。
「あの窃盗団のアジトに単身で乗り込んで制圧したのがティール隊長なの」
To be next true ……
もうお察しの方も多いかもしれませんが、ティール隊長もSp 1-1に一瞬だけ登場しています。
「──なんだ、貴様ら? 鉛玉ごときで私を倒せると本気で思っていたのか? 銃なんか捨てて、さっさとデュエルディスクを構えろ」
このセリフで件のカード窃盗団は半分が戦意喪失、もう半分はデュエルで一網打尽にされてます。3年前でこれです、ヒエッ