奇物:両面宿儺の指   作:二等辺大三角形

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色々立て込んでいたため投稿が遅れました。申し訳ない。
かなり話が進みます。



黒い火花は誰に微笑む

 

星穹列車の一同は工造司に辿り着き、急成長しあちらこちらに根を張ってしまった建木を伐採しようとしていた。

符玄と手早く合流したいところではあるが、ここの建木を伐採しないと向こう側にいけず、民衆にも被害が出ることを考慮した彼らは工造司の中で最も長くその職務に就き、多くの機巧を創り上げてきた職人——公輸に建木への案内を頼むことにする。

 

建木の影響によって新たに発生した豊穣の霊獣や薬王秘伝の残党共を片付けていきながらその中枢へと向かう。

中心に設置されている「造花洪炉」をエネルギー源としているのか、そこから市街地への侵蝕を増やし続けているそうだ。その証拠に根は炉心が置かれている地下から出てきている。

 

「着いた!」

「お前ら、手伝ってくれ!あれが洪炉を穿つ前に切り落とすぞ!」

 

彼らの目の前には一つの大きな蕾がある。

おそらく、建木のコアのようなものだ。あれを燃やすか壊すことができれば、この建木の侵蝕も止まるはずだ。

 

「待て!…………何やら変化しているようだ」

 

ヴェルトの静止が入ったその時——大地が再び大きく揺れた。

建木の周りを漂っていた黄金の花粉がより広がっていき、そこから生えた巨大な花や草がより芽吹いていく。

蕾の隙間から光が漏れ出し始め、その花弁が今にも開こうとしていた。

 

中から、一匹の見上げるほどの体躯を持つ鹿が現れる。

美しくもあり禍々しくもあるツノ空は黄金の花が咲き、その肉体は鎧のような装飾が幾重にも重なっていた。

 

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️ーーーー!!」

 

建木が生み出した霊獣たちに酷似していたソレは、耳を壊さんばかりの咆哮をあげる。

 

「なんだコイツは……!?」

「っ、危ない!」

 

間髪入れる暇もなく、その鹿は彼らの頭上に雷を落としてくる。

かろうじて避け切るも、鹿は攻撃の手を緩めることはない。

大地を踏み鳴らし、その足元から怪しく光る小さな木が生えてきた。

 

「存護の槍よ!」

 

木々たちはそれぞれが独立した生命のようにその幹をうねらせて襲いかかってきた。

人体であれば容易く貫けるであろう幹の束を彼の持つ炎の槍が受け止める。

炎の力もあってか、火に弱い植物たちの勢いは落ち、巨獣の胴体を狙える射程に入った。

 

しかし、そこに巨獣のツノが旋風を巻き起こし穹の肉体へと迫ってきた。

肉体へのダメージを負うことはなくとも彼の体は大きく吹き飛ばされ、玄鹿との距離が開いてしまう。

 

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️ーーーー!!」

 

わずかな隙をつくように、再生した植物たちが再び鳴動し始める。

 

「星が砕ける様を見るがいい」

 

だがそこにヴェルトが小規模なブラックホールを発生させ、生えてきた植物をすべて無に帰した。

 

「ウチのとっておきをくらえ!」

 

木の壁がなくなったことを好機になのかが氷の雨を降らして鹿の足元を凍らせ、鈍重な動きをしていたあの獣に完全な隙が生じた。

 

「槍先に火を……!」

 

槍先に呪力を込め、穹の手元の灯火が灼熱の太陽の煌めきを放つ。

彼の呪力操作の精度はすでに一般的な術師と遜色がないレベルにまで到達していおり、存護の運命の力によって変質した呪力を薪とし、炎にその身を焚べる。

 

「炎の槍よ、断ち切れ!」

 

琥珀の槍が獣の肉体を突き刺し、その箇所から噴火の如き熱の塊が焼き焦がそうとした。

玄鹿は灼熱の痛みに悶えるような雄叫びを上げるが、槍先の熱は獣を逃すことなくこんがり焼き続けている。

 

このまま火力で押し切ろうとしたその時——

 

「穹、離れろ!」

 

ヴェルトの呼びかけで穹は玄鹿と自身の周りに、黄金色のエネルギーの塊が漂っていたことに気が付く。

彼がそれを止めるよりも早く、その粒子は燃ゆる獣の体へと取り込まれていった。

 

「なっ……!?」

 

エネルギーの奔流の元は洪炉にまとわりついていた建木からのものだ。

それが玄鹿の体内へ流れ込み、炭となって朽ち掛けていた奴の肉体を完全に再生させ、槍による灼熱の燃焼は復活した怪物の落雷によって散ってしまった。

 

その後、幾度となく隙を作っては攻撃をしかけ鹿にダメージを与えても、何事もなかったように回復しては攻撃を繰り返してくる。このままじゃジリ貧になって負けてしまうのはこちらだろう。

 

「それじゃあキリがないじゃん!」

「治癒というよりは、他の場所からエネルギーを補給しているようにも見えるな。おそらく、周囲に埋まっている建木の幹が原因の可能性が高い」

 

この工造司の周囲には多くの建木の根や幹や草木が生えてしまっている。道中で何本かは伐採したが、完全に除去できたとは言い難い状況であった。

侵蝕している幹がこの鹿の動力源なら、ソレらを取り払えば弱体化する可能性が高いと推測し、その考えに同意した公輸がある提案をする。

 

「わかった!俺がなんとか工造司にある『匣中流光』を使ってそれらを燃やしてくる」

 

工造司の立地を詳しく知っている彼であれば、どこに建木が埋まっているかをいち早く判断できるだろう。そこにヴェルトの提案が加わる。

 

「よし、俺は公輸先生の護衛をしよう。万が一、建木が襲いかかってきたら危険だからな。穹となのかは、此処であの鹿の注意を惹きつけてくれるか?」

 

ヴェルトの提案に、二人はすぐに承諾する。

善は急げということで、此処からは別行動だ。

離れていった彼らを鹿は追いかけるようなことはなく、目の前の敵である二人を警戒し続けていた。

 

挑発するように、穹がバットを振り回して大きく足を踏み出す。

 

「来い!」

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️ーーーー!!」

 

小さな木が集合体はやがて巨人の腕のようになり、我先へと伸びていく。

穹となのかはその上にある幹によって作り上げられた足場へと飛び乗り、追い討ちをかけるように建木の枝先が大量にその上でリポップする。

盤上は玄鹿の手のひらの中。ヴェルトたちが周囲の建木を壊しにいっているのを悟られないために、あえて彼らはその中へと飛び込んでいく。

 

植物とは思えない色合いの梢が周囲のあちらこちらから穹を襲いに来た。

彼の目にはそれらがこちらを幾度となく穿ち、貫き、叩き殺そうと躍起になっているようにも見える。

なのかの援護射撃のおかげもあり、穹は動きの鈍った枝葉の軍団を次々に叩きのめす。

壊滅の力、そして呪力により大幅に強化されたバットは梢の群衆を蟻を潰すように。どれほど復活してこようが関係なく、ただ一直線に彼は怪物へと向かっていった。

 

「合わせるよ!」

「ああ!」

 

なのかが大きな氷の矢を生成し、鹿に向かってその弓を引いた。

穹はそのスピードに合わせ、鹿への同時攻撃を今にも仕掛けようとする。

 

だが、その時———

 

玄鹿は己の雷をもって、周囲の足場を焼き焦がす。

 

「っ!?——足場か!」

 

枯れ死ぬように足場の一部が崩れ落ちた。

巨大な氷の矢はその身を貫くも、穹はそれに追撃できないまま落下してしまう。玄鹿の生み出した枝先が上空から無防備の状態の穹を狙い澄ました。

 

「穹!」

 

急いで地面へと着地した彼は、上から刺し殺そうとしてきた梢をバットで破壊した。

怪我はしていないものの、鹿との距離は再び引き離され上空になのかを置いてけぼりにしてきてしまう。

 

此処から上部へ飛び乗る方法はただ一つ。

 

(臍から腹……そして足先に呪力を!)

 

工造司の床が隕石が落ちたように割れ、穹は上空へと飛来した。

それはまるでロケットのように直行し、あっという間に木の足場へと辿り着く。

目の前には豊穣の玄鹿がおり、忽然と姿を現した彼に反応できてはいなかった。

 

千載一遇の好機。

その時、穹はある特訓の内容が唐突に脳内に流れ込んでくる。

 

 

 

宇宙ステーションでの模擬宇宙内の修行にて————

 

「黒閃?」

「そ。呪術師が超稀に発生させる現象」

 

ある程度呪力の操作が完了した後、悠仁は穹に対し呪術のイロハを教えていた。無論、教える内容はすべて戦闘に関する知識だけであるが。

 

黒閃とは呪力による戦闘によって発生する現象であり、物理的な衝突の際、黒く光った呪力が稲妻の如く迸り、はるかに上昇した威力を叩きこむことができるようになる。

平均で通常の呪力を込めた打撃の2.5乗。

黒閃を経験した者とそうでない者の間には呪力の核心の差に天と地ほどの差がある。

 

「スポーツでいうところのゾーンって言えばわかりやすいか」

「ゾーン……?ゲームでいうバフみたいな感じ?」

「そうそう。あー、そっちの方がいいか」

 

黒閃はあくまで技ではなく、現象。

そのためどのような術式であろうと、どれほどの呪力量を持とうとも、呪力を宿していればその機会は誰にでも訪れる。

 

「実際見せた方が早そうだ」

 

身体を入れ替え、悠仁は配置された反物質レギオンに拳を構える。

動かない人形に悠仁は見やすいように大振りで殴りかかった。

 

黒閃

 

彼の拳が衝突しようとしていたその時————わずかに視界が歪み、そして黒い火花が爆ぜた。

それは赤黒く迸る稲妻のようであり、彼の体にまとう呪力の渦が大きく跳ね上がったのが目に見えてわかる。

悠仁の黒閃を喰らったレギオンの電子体は光の粒子になって消えてしまった。

 

「おー」

「黒閃が発動すれば、相手に大きなダメージを与えられるし、呪力操作や出力も大きく向上する。とはいえ発動条件がかなり厳しいから狙って出すのはやめておいた方がいいぞ」

 

悠仁が言うには黒閃は技ではなく現象であるため、それを狙って出せる術師はおらず、発生するタイミングは打撃との誤差0.000001秒以内の衝突時にのみ発生するらしい。

 

この説明を受けて穹は何かおかしいことに気が付く。

 

「0.000001秒?」

「そう。0.000001秒」

「今、ジャブみたいな感覚で出してなかった?」

 

先ほど悠仁は大振りに構えて、お手本のような殴り方で黒閃を発生させていた。

彼の説明を聞く限りでは、黒閃は狙って出せないし運がどれだけ良くても出る確率は低いことがわかる。

穹の疑問に対し、彼はなんてこともなさそうに答えた。

 

「あー、慣れ慣れ」

「慣れで確率っていじれるもんなの?」

 

とりあえずわかったことは悠仁が規格外なことぐらいだ。

後でこの記録を見ていたヘルタは2.5乗や0.000001秒といったあまりにも現実味のない測定結果に文句を言ってきたことについては割愛しよう。

 

 

場所は再び戻って工造司。

 

木の足場へと戻ってきた彼の眼前には豊穣の玄鹿がいる。

奴はこちらの存在にわずかに気づくのが遅れ、無防備な状態を曝け出していた。

 

穹は握っているバットを構え直し、腰を低く重点を足に置く。

 

「…………——————」

 

息を吸うことすらも忘れ、彼はただただ得物に呪力を流し込む。

見据える先には一匹の鹿。

視界に映る全ての物質は時が止まったように彼より遅く動き続けている。

無意識のうちに瞼を閉じることすら忘れ、彼はついに境地へと————至る。

 

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️ーーー!?」

 

こちらの存在に気がついた玄鹿が大慌てで己の周りに木の壁を作り出そうとしていた。

 

だがもう遅い。

足元が爆ぜるように響き、足場は一気に瓦解する。

瞬間移動のごとき速度で穹は鹿の間合いへと入り込んだ。

 

空間が歪み————呪力は黒く光る。

 

黒閃

 

黒き産声が上がり、獣は大きく後方へと殴り飛ばされた。

 

「これが……黒閃…………」

 

己の持つ呪力が今までのとはまったくの別物に変化しているのをその身にひしひしと感じている。

修行によって操作をコントロールできる頃とも違う。体の芯から湧き上がる呪力のエネルギー。

肉体の内側から溢れ出すとてつもない変化に戸惑いながらも、彼は獣に向けてバットを持ち直す。

 

おそらく今ほどのダメージを与えてもなお、獣は死んではいない。

それどころか先ほどと同じように建木の力で再生しあっという間に元通りになるかもしれない。

 

勝機はヴェルトたちが建木の根を燃やし尽くしてくれること。

勝利条件はそれまでにここで持ち堪えればいい。

 

「いや……その前に、倒す!」

 

より磨かれた呪力を込め、彼はついにゾーンへと突入した。

自分以外の全てが自分を中心に回っているような全能感を肌で感じながら彼はバットを鹿の懐に入れ込む。

黒い稲妻は微笑まなかったが、より出力の上がった呪力によってその威力は戦車の大砲を遥かに上回っていた。

 

下腹部に回り込み、ホームランでも打つような動作で獣の纏う外殻を割り、回復する暇すら与えることはなく勢いに任せたまま上へ飛び乗り、ご立派に育った片側のツノをへし折る。

痛みが激しいのか、鹿は人間のような悲鳴をあげて悶えていた。

 

それは彼にとってはまたとないチャンスでもある。

 

「……————!!」

 

一点。ただ一点。

穹の視界の先にはひるんで下がった鹿の頭だけ。

 

黒閃

 

再び、黒い火花が雷鳴のように轟いた。

急所を殴られたことでその両角は無惨なままに折れてしまい、脳の肉がまろびでる。

もう後一度か二度、急所にあたればおそらく倒せる。理屈も理論もわからないが、穹にはその確信があった。

 

だがそれを許してくれるほど、豊穣の星神の力は甘くない。

奴の背後にある建木が再び発光し、その粒子たちが瀕死の鹿へと集まろうとしていた。

 

「またかっ」

 

慌てて回復を阻止しようとその場にいたなのかと穹が動いたその時——洪炉に燈が灯り、建木がその炎によって燃やされ始めた。

ヴェルトたちが全ての建木の根を燃やしてくれたのだろう。

その粒子たちは途端に赤く発光して空中へと舞い静かに消えていく。

 

「ヨウおじちゃんたちがやってくれたんだ!」

 

回復させるまもなく倒し切ることはできなかったが、作戦は成功。

建木による回復ができなくなった玄鹿にはもう防御手段など残ってはいない。

弱々しく立っているその豊穣の霊獣は、もはや人々に仇なすだけのただの害獣に過ぎなかった。

 

バットを握り締め、その頭蓋に狙いを定める。

 

黒閃

 

黒い火花は的確に鹿の頭蓋をカチ割り、脳天からイチョウの葉っぱが血のように溢れ出してきた。

崩れ落ちていく身体を前に、穹はありったけの呪力をバットに流し込んだ。

 

以前であれば大雑把になった呪力が漏れ出し器を保てなかったが、三度の黒閃を体験した今ならできる。

 

「はあっ!」

 

黒閃

 

玄鹿の身体を覆い尽くすほどの大きさで黒い火花が花開く。

 

四度目の黒閃。

旧黒閃連続記録へと並び立った。

 

「◾️◾️◾️◾️……————」

 

玄鹿は悲壮感に満ちた声を上げた途端、パタリと倒れその亡骸は銀杏の葉となって空へと消えていってしまった。

洪炉にまとわりついていた建木はすでに枯れており、再び脈動する様子はない。

 

「ふぅ……なんとか間に合ったみたいだな」

「ヨウおじちゃん、ナイスタイミング!」

「あの鹿の恐るべき回復力を見ると、仙舟がなぜ『巡狩』に従い、『豊穣』を排除しようとしているのか理解できた気がする」

 

死滅することのない造物。

それは聞こえのいいように思えるかもしれないが、生物が持つには長すぎる寿命は世界の生態系にとってあまりにも有害である。

だからこそ、仙舟は星を持つことなく移動し続けたのだろう。

 

公輸は豊穣に溺れそうになった先祖のことを哀れに思いながらも、列車の一同に向けて激励の言葉をかけてくれた。

 

「手を貸してくれて本当に感謝してもしきれん。お前らはこれから『丹鼎司』へ行くんだったな。あそこは建木と隣接している。状況は厳しくなっているだろう。気をつけるんだぞ」

 

彼の見送りを受けながら、工造司を後にする。

 

 

 

人の気配が消えた丹鼎司には、代わりに魔陰の身や豊穣の霊獣などの魑魅魍魎が跋扈していた。

周辺には完全停止し、火花を散らして故障してしまった機巧や雲騎軍の亡骸などが散乱し、激しい戦闘のあった痕跡があちらこちらに伺える。

 

「……ひどい」

「どうやら工造司に長居していた間に太卜様が軍を出したようですね」

 

敵も味方も等しく倒れてしまっていて、行軍が成功した様子ではない。

周囲を調べながら彼らは生存者を求めてあちらこちらを探し回り、薬王秘伝の残党や霊獣どもを薙ぎ倒しながら、ようやく雲騎軍の陣営らしき場所を見つけた。

 

「止まれ!……ん?いえ、失礼しました。外は危険ですのでどうぞ中へお入りください」

 

景元はすでにこちら側のことを伝えてくれていた。それに合わせて符玄がこちらの来訪を占い、この広場で待機しておくように命じてくれていたそうだ。

雲騎軍の部隊の大部分は丹鼎司の中央にある広場で待機しており、符玄は一部の兵士を連れ斥候として前方へと向かっていた。広場内には防衛駐在している雲騎軍の兵士や工造司によって作られた機巧、そして捉えられた薬王秘伝の者までいる。

 

「おまえたち、待たせたわね」

 

しばらく待っていれば、軍の指揮権を取り扱っている符玄が帰還してきた。

薬王秘伝が何かを企んでいるのか判明したそうだ。

豊穣の災禍を振り撒こうとしている彼らの目的は文字通り仙舟の滅亡だ。

それは今までも勘づいていたことではあるが、厄介なのはその手段であるらしく、彼女は一同を連れ見晴らしの良い高台へとやってくる。

 

「暁鐘に見るは夢の中の夢、煙霞は身外身に集いて散る……おまえたち、あれが見える?」

 

それは丹鼎司の中でも一際大きく見える丹炉であった。

もくもくと煙が立ち上り、周囲には雲霞が漂って、風情のある趣を作り出している。

 

「あれが雲騎軍の兵士が『魔陰の身』に堕ちた原因か?」

「その通り。奴らは炉心の中に『魔陰の身』を誘発する丹薬を入れ洞天にそれをばら撒いた。奴らのせいで雲騎軍は一時的に進行を中止することになってしまったの。ふん、忌々しい……」

 

止めようにも雲騎軍の兵士は例外なく皆仙舟人だ。少しでもあの炉から漏れ出る煙を吸えば、魔陰の身に堕ちてしまう。自分の隣で共に戦っている仲間がいつ怪物になるかわからない状況は、士気を下げるのに最高の手段である。

 

そこで奇兵————つまり、自分たちの出番である。

魔陰の身へ落ちるのはあくまで仙舟の人々のみ。天外からやってきた星穹列車の面子はその影響を受けない。

雲騎軍が進軍したと見せかけて相手の注意を引き、その隙にこちらが煙を消す、そういう算段だ。

長年潜んでいた薬王秘伝が今になって姿を現したのはあっち側が勝機を見出したから。しかし、その作戦はあくまで仙舟の雲騎軍が相手だから通用するだけであり、星穹列車を相手にした対策などは何も考えていないはず、と彼女は言い切った。

 

「要するに、何の影響も受けずに丹炉を消すことはおまえたちにしかできないの。どう、やってくれるかしら?」

「わかったよ。だってウチらにしかできないことだもんね。みんなもそう思うでしょ?」

 

反対する気が元々無い二人は黙って頷いた。

 

「煙が消えたらすぐに駆けつけると約束する。決しておまえたちを孤軍奮闘させたりしないわ」

 

無辜の人々を守るためにここを守り続けてくれた彼女が言うならば信じられると思い、その言葉に従うまま彼らはその高台から丹炉のある区画へと降り立つ。

 

多くの橋で繋がれた水上の街。

白煙が立ち込め、豊穣の忌み者どもが湧き出る泉のようにそこら中に蔓延っていた。

しかし、符玄が奴らの注意を引いてくれたおかげもあり、その数は彼らでも対処できるほどに数を減らしていた。

 

「これが丹炉?」

 

それは細長い瓢箪のような形をしており、下部には井戸のような穴が空いている。どうやらあの煙はこの穴の奥深くから漏れ出ているようだ。

 

煙を吹き出す小型の炉を丁寧に一つずつ閉じる。

炉心の揺れは次第に収まり、絶え間なく湧き上がっていた煙は徐々に消えて行った。

 

そこに符玄たちのひきつれる雲騎軍が合流し、最も大きな炉心へと向かう。

炉の煙を作り出す雲霞紫府も煙はすでに出てはいない。代わりにそこにいたのは、薬王秘伝の首魁である丹枢と呼ばれていた丹鼎司の女性がいた。

しかしどうやらその身はすでに豊穣の身に堕ちてしまったのか、建木の葉を仙女の羽衣のように身につけている。

 

「丹炉が……消えてしまった……」

「ここまでよ、薬王秘伝の魁首、丹枢。星核を仙舟に引き入れ、建木を甦らし、人々を魔陰の身へと堕としめた大罪を清算してもらうわ」

「大罪?太卜様はおかしなことをおっしゃいますね。大罪を犯したのはあくまで我々の祖先!薬王秘伝は彼らの歩んできた道を辿ってきただけのこと。それに……太古、建木が羅浮を包み込み誰もが自在に仙人になれた輝かしい時代と比べ、今の妖弓にかどわされたこの仙舟は大いに乱れているではありませんか!今からでも遅くはありません。再び古制をとりもど——」

「くどい!ごちゃごちゃとご高説を垂れ流したと思えば、結局や力だの何だのありきたりな言葉ばかり。私たちの祖先が帝弓と共に戦ったのは再び人間として生きようとしたからよ。仙舟に仙人など必要ないわ。おまえたちのしてることはただの外道の所業に過ぎない!」

「……お話になりません、太卜様。あなた様のなさった選択は、実に愚かとしか言いようがありません」

 

符玄の啖呵を前に丹枢は心の底から残念な声音を浮かべ、その右手に持つ大木の杖を振りかぶる。

薬王秘伝の集団、そして霊獣が建木の力によって次々にその場に出現した。

 

「総員、直ちに構えなさい!ここで、豊穣との禍根を断つ!」

 

雲騎軍の総員が声をあげて薙刀を構え、それに続くように星穹列車も自分の武器を取り出す。

これから先はどちらが早く全滅するか、させるかの総力戦だ。

 

巨大な銃火器を構えた器元士が、こちらに向けて狙い澄ますことなくその凶弾を乱発し、白い霊獣は影の狼を生み出してその勢いを強くしていく。妖術を操る武弁が次々と上空から押し寄せ、止まることなく敵軍の数は増え続けていた。

 

だがこちらも負けてはいない。符玄の第3の目による指揮は素早くそして的確。

相手側に先手を一切取らせることなく、雲騎軍の兵士はまるで一つの大きな矢のように進軍し続けた。

 

「顛撲不破!」

 

符玄が陣を展開し、味方に星座を模したバリアを展開させ、軍の進行は止まることを知らない。

それを後押しするようにヴェルトの重力波となのかの氷矢が炸裂し、穹は軍団の先頭で敵の頭数を次々に減らしてく。

 

「ふんっ!!」

 

彼の力はもはや一騎当千。呪力の籠る炎の槍と壊滅のバットを器用に持ち替え、その勢いに感化された兵士たちが彼の後に続くように敵を薙ぎ倒す。

戦況はすでに優勢。

星穹列車の援護もあり、雲騎軍から犠牲者が出ることはなかった。

 

「慈悲深く薬王よ、我が許へ!」

 

そこに人間性の重荷を捨て去り、仙道で再構築された真体——承露天人と成り果てた丹枢が穹に狙いを定めて襲いかかる。

銀杏の葉を乗せた風の術法が彼の身に降り注ぐ。

大きな殺意のこもった風の攻撃が彼の身を襲おうとしたが、存護の槍はそれを難なく受け止める。

 

「神木よ、罰をくだせ!」

 

彼女が口先で術を唱えたかと思えば、穹の肉体に巨大な負荷がかかる。

それは彼女の持つ、建木の力による『呪い』であった。

穹はそれを己の呪力で弾き返し、溢れ出す呪力を槍先に込め——

 

「炎の槍よ、断ち切れ!」

 

彼女のその身を再生させる暇もなく燃やし尽くし、その影響は彼女のそばで戦っていた他の忌み者をも巻き込み、熱と光は伝播していった。

山火事が風で広がるように、イチョウの葉は明るく燃える。もはや炭と化してしまった豊穣の残骸が数匹、かろうじて息をしているだけであった。

 

「建木は……必ず降臨する……」

 

絶命だけは免れた丹枢が今際の際で叫ぶ。

 

絶滅大君よ!約束を果たしなさい!今……ここでえ!!」

 

その虚しい怨嗟のこもった声があたりに響き渡る。

穹がその言葉の意味を理解するよりも早く、一人の女の声が耳に入ってきた。

 

「あらあら、どうして私の手を汚させようとするのです?……虫ケラ風情が」

 

振り向いた先にいた声の主は————羅浮、天舶司商団の少女、停雲であった。

 





今更ですが、丹恒側の視点は呪術要素が一切絡まないため全カットにします。尺がぁ……
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