奇物:両面宿儺の指   作:二等辺大三角形

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災禍の種火

 

「契闊」

 

最初に動いたのは悠仁であった。

明らかに今までとは別人のような言動に加えて、彼女の中にある魂がとつぜん洪水が発生したように大きくなったのを知覚し、その大きさが汚れた膿のようにどす黒く膨れ上がっていくのを視た彼は瞬時に術式を発動しようとし———

 

「ぐっ……!?な、これは…………!!」

 

すぐそばにいた符玄がなんの前触れもなく苦しみ始め、術式を発動させようとしていた腕を止め振り返る。

同時に彼女の周囲にいた雲騎軍までもが倒れ伏しうめき声をあげていた。

彼らの身体には次第にイチョウの葉が浮かび上がっていく。

 

「符玄!」

 

彼はすぐに術式対象を符玄に変え、魂を捉えた「解」と反転術式を行い治療を試みる最中、停雲の姿をした何かは悠長に歩き、魔陰の身へと向かっていった。

 

「もっと観察したかったのに……とはいえ、面白いものは見れました。感謝いたしますよ、恩人様方」

 

彼女は満身創痍の丹枢へと近づき、その指先で顎を優しく撫でれば、その魂から溢れ出す光は次第に紫色へと変化してゆき、魔陰の身を貪り始める。

忌み物たちの呪いが呑まれ、書き換えられる。イチョウの葉は枯れ、光は漆黒に。異形の身となっていた彼らの肉体はどこかで見たことのあるものへと変化していった。

 

「『豊穣』の恩恵を受けたんですもの。『壊滅』の祝福に耐えられるのも……当然だろう?」

 

コキリ。

こちらを振り向いた彼女の首が折れ、悪鬼の如き笑顔がこときれた人形のように真顔になって崩れ落ちていく。

ぱたりと動かなくなった彼女の身体はすぐさま光の粒子となって空へと溶け込んでいってしまった。

その中から、大きな人魂が姿を現す。

 

「恩人の皆様。改めて自己紹介させてもらおう。——妾こそが『絶滅大君』幻朧。此度この地を訪れたのは仙舟に混沌を呼び、自ら滅びの道を歩ませるため!」

 

壊滅のナヌークの恩恵を受けた使令。反物質レギオンの司令官。星海を滅ぼすために生まれた最悪の存在がこの丹鼎司に降臨した。

 

「停雲が絶滅大君!?それにみんな急に苦しみ始めて……これってどういう状況!?」

「落ち着け!おそらく星核の力だろう。ここは兵士たちを助けながら、引くしかないな……」

 

なのかの氷矢、ヴェルトのブラックホールで向こうの動きはかなり鈍重になっているものの、豊穣の忌み物と同様、無尽蔵に現れてきた。

悠仁は片手で兵士たちを治療をし、片手でレギオンを払いのけながらなんとか活路を開こうとする。

本来ならばこのような雑兵共は片手間で殲滅できるが、今回は要救助者があまりにも多すぎた。

戦闘しながら治療する行為に関しては流石の悠仁でもほとんど経験したことがない。

彼は斬撃の威力を抑える縛りを使って、その無茶苦茶な救助方法を成立させている。

最初に救助した符玄も魔陰の身には堕ちはしなかったが顔色は良くない。今の状態で指揮を取らせるのは酷だ。

 

「仕方ないか……捌!」

 

悠仁が地面に触れ、その5本の指から先へと亀裂が蜘蛛の巣のように走っていく。

丹鼎司を壊すことはなるべく避けておきたかったが、今は緊急事態だ。贅沢も言っていられない。

不均等に切り分けられた岩の床が海上へと落ちていき、それには反物質レギオンたちも巻き込まれている。

破壊すると同時に彼が呪力が込めた瓦礫が奴らの肉体へと深刻なダメージを与え、多くいたレギオンの半数以上が消えることになった。

 

「おや、やはり急拵えの雑魚では役に立たんか。では妾はここでお暇するとしよう」

 

幻朧の魂がどこかへと急速に離れていった。

あれほどの気配を持っておきながら、彼女はまるで微風のように消え去り、その痕跡はどこにも残ってはいない。

その場にいた雲騎軍の兵士全員の治療をなんとか完遂させた悠仁は小さく舌打ちする。

 

「……逃げたか」

 

忌み物をレギオンの怪物に化す力を持っておきながらあっさり逃げた様子を見たところ、あれが本体ではなかったのだ。レギオンの集団にも加勢しなかった様子を見ると停雲に化けているのは分体のようなものと推測できる。

取り逃したのは痛手だが、捕えることができたとしても情報を引き出すことは不可能だと割り切った彼はそのまま穹へと身体を譲り渡した。

 

「くっ……まさか星核に魔陰の身を誘発する効果があるなんて…………」

「アレは人間の精神に取り憑くこともある。先ほど奴が使ったのはその応用だろう。符玄さん、身体に不調はないか?」

「ええ、おまえたちのおかげで魔陰の身に堕ちることは避けられた。礼を言うわ。でも、まだ全快とは言えないわね……」

 

そう言って彼女は頭を抑える。周囲の兵士も似たような症状が出ている様子。後遺症にはなっていない様子だが、星核の影響は僅かにでも彼らを蝕もうとしている。

そこに、周囲を散策してある者を探していたなのかが戻ってくる。

 

「停雲の身体………探してみたけど見つけられなかったよ。ねえ、ヨウおじちゃんなら何か知ってるの?」

「……幻朧。昔、列車に乗っていたナナシビトから聞いたことがある。彼女はナヌークの配下にして七大君のうちの一人。凡人の破滅を願い、数多の人々を惑わし深淵へと誘ったと」

「つまりあの天舶司の娘は幻朧に惑わされて壊滅の手先になったということ?」

「いや、それはないな」

 

穹の体に引っ込んだ悠仁が瞼の下から口を開き、その問いに答えを出す。

 

「俺は他人の魂を知覚できんだけど、停雲の魂に変化はまったくなかった。おおかた、元の魂を切り分けて停雲の姿にばけてたんだろ。…………一枚上手だな」

「なるほど、俺たちが星槎海で出会った時からすでに化けていたということか。本物の停雲さんを知らない俺たちがそれに気づけないのも無理はない」

「待って!……それってつまり、本物の停雲は……」

「すまない、なのか。まだはっきりとしたことは言えない。あの体が消えてしまった以上、俺たちには調べる方法がないんだ」

 

唯一わかったのは、薬王秘伝が反乱を起こした理由が反物質レギオンの大君と裏で手を組んでいたからだった。あの女が仙舟に星核を持ち込み、建木を復活させたすべての元凶である。

おそらく狙いはその復活させた建木に手を加えること。

 

「建木はまさしく羅浮の根源のようなもの。絶滅大君にでも奪われれば取り返しのつかないことになる……急いでやつを止めるわよ!」

 

そして彼らは目指すは建木が封印されている鱗淵境に向かうことになる。

 

そこにある人物からのメールが一通、穹のスマートフォンへと届いた——

 

 

————————————————————————————————

 

「天へと舞う!」

 

氷の刃が宙を泳ぎながら差し迫り、長髪の男二人は蚊蜻蛉を追い払うように跳ね除ける。

海から湧き上がる水龍が少年を小さい体躯ごと飲み込まんとそのアギトを開き、空を自在に操る少年はかろうじてそれを避け切った。

 

「彼岸葬送……」

 

そこに迫る寂れた鉄剣。

足元にはこれまでに殺してきた者たちの怨嗟を表したように彼岸花が咲き乱れる。

赤色で怪しく光る斬撃が少年の首筋をなぞろうとした時、複数の水龍がそれを邪魔した。

 

「邪魔をするな、飲月君」

「ならばその名で呼ぶな」

「……貴様を殺すのは最後だ」

 

支離剣を携えた死装束の男、刃は面倒そうに彼を見て笑う。

その笑みは死体を無理やり動かしたように強張り、綺麗な三日月を描いていた。

飲月君と呼ばれた男は表情を動すことなく、少し目を細めながら己の知らない過去を知るその男を見つめる。

 

「仙舟の大罪人、そして星核ハンター……君たちをここで捕える!」

 

そう言ってその少年——彦卿は背後に見上げるほどの剣を作り上げた。

龍のツノ、流した後ろ髪、そして龍尊の装束を身に纏っていたその男は氷剣を迎え打つために、辺り一面の海水を巻き込み、剣に勝るほどの龍を生み出した。

 

二つの巨大な物体がまさに衝突しようとしていたその時——

 

「みんな、聞いて。もうやめなさい」

 

その言葉と共に、龍と剣は音もなく消え去った。

 

「!?」

「————っ、何をした?」

 

無意識のうちに龍尊の力を自らの意思で引っ込めてしまった彼は己のしたことに気がつき、その女を見据える。

蜘蛛の巣柄のコート、サイズの合わない丸いサングラス、見る者を誘うような怪しい目つき。

星核ハンターのカフカがその場に合流する。

 

「カフカか」

「ハーイ、刃ちゃん。お楽しみのところ申し訳ないけど、そろそろ準備をしなくちゃいけないわ。——羅浮の将軍様の前で笑われたくはないでしょ?」

「おや、まさか銀河に名を馳せる星核ハンターに気を使われるとは」

 

そして、もう一人の乱入者がその場に現れた。

 

「景元……」

「せっかく久々に帰ってきたというのに、なんとも気まずい雰囲気のようだ。旧友としてもう少し早く知らせてくれてもよかったんじゃないか」

「将軍っ……!この者たちは……」

「わかっているとも、彦卿。だが今はそんなことを言っている場合ではないのだよ」

 

景元はそう言って飲月君の姿を模った男を懐古と寂寞の色を浮かべた瞳で見つめた。

 

「君たちのわずかながらの協力に免じて、今回は見なかったことにしよう」

「あらそうなの?羅浮の将軍様はお優しいのね。それじゃ、行きましょう刃ちゃん」

 

カフカと刃は焦ることなく悠長な足取りでその場から去っていった。彦卿は悔しげにそれを見つめつつも、将軍の言葉に従いなんとか平静をとり保ち、それを見た景元は場に取り残されたもう一人の男へ話しかける。

 

「久しぶりだな、旧き友よ」

「……俺は彼ではない」

「ああ、そうだね。わかっている……わかっているとも。すまない、今のは聞かなかったことにして欲しい」

「用がないのであれば、俺はこの場で失礼する」

「いや、用はあるとも。列車の友人たちを鱗淵境で待たせているんだ。君も彼らの安否を確認するために来たのだろう?私と一緒に彼らに会いに行こう」

 

ツノを生やした長髪の男————丹恒はどこか諦めたようにため息をつきながらも彼についていくこととなった。

 

ある男の話をしよう。

 

仙舟には数々の武功をあげ、名を連ねることとなる雲上の五騎士という英雄たちがいた。

そのうちの一人は龍尊の男がおり、その名は丹楓。

持明族として豊穣の忌み物どもと戦い続けた彼はある禁忌を犯す。

それはある豊穣の使令との最終決戦にて失った仲間を蘇らせようとしたことだ。

結果として蘇生に失敗した彼は一人の同胞を長命種へと成り下がらせ、愛すべき少女を厄災へと堕とし、彼は囚われることとなる。

そして持明族である彼は極刑として脱鱗——つまり輪廻転生を強制的に行われ、その後転生して生まれたのが、彼——丹恒であった。

 

その後かつての同胞であった応星は刃と名を変え、丹恒に前世の償いをさせようと襲いに来る。

刃からの逃亡生活の最中に出会ったのが星穹列車であり、列車の護衛としての任務がそこから始まった。

 

「丹楓として見ないで欲しいと言ったか。ならばその代わり、あることをやってもらいたい。……丹楓として最後に一度手を貸して欲しい。それが終われば彼の死を認め、君への追放令も撤回しよう」

「丹楓の力が俺にも残っているとは限らない」

「ならば約束はなしだ。君が丹楓ではなく丹恒というのなら、私もただの雲騎将軍にすぎない。やるべきことをやるしかないのだよ。……さて、暗い話もここまでだ。彼らの姿が見えてきたようだしね」

 

レギオンの軍団を片づけ終わっていた列車の一同が、こちらの来訪に気がついた。

同伴していた符玄はようやく訪れた景元に苛立ちを隠すことなく苦言を呈し、その横で穹となのかと悠仁は見たことのない姿の丹恒を驚いた表情で見つめていた。

 

「え、丹恒じゃん!何そのツノ!?ほんとになんかよくわからないすっごい力を持ってたってこと!?」

「イメチェン?」

「限定星五の風格があるね」

 

三者三様(一名わけのわからんことを言っているが)の言葉に丹恒はバツの悪そうな態度で言葉を返す。

 

「話すと長くなるが……俺で間違いない」

「じゃあパワーアップってこと?」

「その姿はその姿でかっこいいじゃん」

「そう、だろうか……正直、俺はこの姿はあまり好みではない」

「なんで?姿が変わっても丹恒は丹恒だろ?」

「そーそー、穹のいう通りだよ!…………あっ、もしかして何か副作用的なヤツがあったりするタイプ!?」

「いや、そういう特にはないが」

 

わちゃわちゃと三人は丹恒を置いてけぼりにしてあーだのこーだの話し合う。

収拾がつかなくなりかけたところを景元が咳払いをして場を納めた。

 

「再会の歓談を中止して申し訳ないが、雑談はここまでにしよう。列車が羅浮を訪れた時は星核ハンターの企みを警戒し諸君への協力を拒んでしまった。だが、その企みが仙舟と列車を協力させることであったのならば、諸君の誠意を疑う余地もないだろう。厚かましいようで申し訳ないが、どうか星穹列車の諸君、それに丹恒殿にも全面的に協力していただきたけないだろうか」

「……羅浮の危機が星核と関係あろうがあるまいが、座視するつもりはない。これは俺の意思であり、星穹列車を代弁することはできない」

 

探索、理解、構築、連係。

列車組が全うする開拓の心情はこの四つのワード。

恐怖や危機、死という困難をのりえて歩み続けるナナシビトはごく少数だろう。

 

「前に進むにせよ、離れるにせよ、ナナシビトの目的地は自分自身で決めるべきだ。列車が次の目的地を決める時に投じた一票みたいにな」

 

なのかと穹は丹恒の前へと歩み寄り手を差し伸べた。

 

「丹恒、アンタはどうする?」

「……」

 

丹恒もまた、覚悟を決めたように手を差し出した。

 

「俺はナナシビトとしてここに立っているわけではない。だが、せめて持明の末裔として羅浮への責務は全うしよう」

「ありがとう、丹恒殿」

 

こうして対幻朧への最後の戦いへ出向くメンツが整った。

建木はかつて帝弓によって切り分たれていたが、その残骸は残ったままであった。しかし、それを『不朽』の力を持った末裔に力を借りて封印、制御することに成功した。

その封印の跡地こそが鱗淵境。龍尊の力を使い、そこを水没させることで建木を納める器にした。

鱗淵境の入り口にある今の丹恒と似通った像。あれこそ、かつて建木を封印せしめた龍尊の御身の姿だ。

今の鱗淵境にある建木へと続く道を開けるのは同じ力を持つ者のみ。現在の龍尊はその力の一部を失っているだけらしく、残る希望は以前の龍尊の転生体である丹恒にしか残されてはいない。

 

「すべて、君に託したよ」

「頑張れ丹恒ー!」

「ファイトー!」

 

丹恒は彼らの声援を背中に受け、黙って頷く。

歴代の龍尊が編み出した禁制、そして巨獣の力の順化、分散させる結び目が構成する網がまもなく朽ち果てる。

 

門の手前、鱗淵境の海原を一望できる段の上。

丹恒は手に持つ宝玉の力を解放し、そこから一筋の光が天すら貫くように迸出されていった。

彼の周りには水の束が集まり、空色を映し出す水面が色を変える。

不朽の力によるエネルギーの柱は大海を引き裂き、水底で眠る古の都市の姿をあらわにしていった。

崩れ落ち、原型を止めることなく建木の花木と融合した持明族の龍宮。魚群の影だけ揺蕩い、止まっていた時が再び動き出す。

破れた海原の奥底には距離が離れていてもはっきりと視認ができるほどの体躯を持った龍が眠っていた。

 

「符玄殿」

「はい」

「ここに残って、雲騎軍を率いて道を守ってくれ。他の邪魔が入らないようにしてほしい」

「……正気ですか?あの絶滅大君を相手に一人で向かうおつもりで?」

「正気も正気さ。何せ、私たちには友人たちが同行してくれるではないか。無論、諸君らが己の手で仙舟を守りたい気持ちは理解できる。だが、この先の戦いは豊穣の忌み物ではなく、壊滅の手先だ。ゆえに君たちにはもっと重要な使命がある。この場に集う雲騎軍の兵士たちよ、聞け!」

 

雲騎軍の兵士たちも、仙舟を守る誇り高き使命を持つ戦士だ。

これがまさに仙舟の命運を分ける戦いと彼らも理解しているからこそ、異郷の旅人に任せきりにせず、自分たちの手で故郷を守りたいのだろう。

だが、相手は豊穣の忌み物を己の手駒へと創り変えることの出来る壊滅の使令だ。建木の力すら握ったかもしれない彼女を前に仙舟の民草を差し向けるのは悪手と判断した彼は兵士全てに通達する。

 

「私が『建木』に入り、海が戻ったら即座に撤退し洞天を封鎖せよ。その後は太卜の指示に全て従え!」

「はっ!」

 

誰もが将軍の意を汲み、反論を上げなかった。

 

「符玄殿、もし私が帰って来なかったら、事の顛末を整理して他の仙舟に報告してほしい」

「……帰って自分でやりなさい、などとは申しません。その命、しかと承りました」

「ふふ、少しだけ、将軍に見えてきたよ」

「…………少しは余計です」

 

将軍としての凛とした表情の間に、少し以前と同じような柔和な微笑みを混ぜた後、先頭に立ち、列車を鱗淵境へと案内する。

多くの持明族の痕跡を辿り、龍宮の中を蔓延る反物質レギオンや豊穣の忌み物の残党を片付けながら彼らは建木の封印を解いていく。

三箇所の持明による封印を解き終えた彼らは、奥地で眠る龍の影へと向かった。

 

「あれなに!龍?」

「ここが建木の玄根。豊穣の御業が宿る地。龍の力を受けて、玄根に龍の形をした木のコブができている、今、最後の封印を解こう……」

 

それはつまり、かつての龍尊が仙舟の民を守るために行ってきた偉業をここで台無しにしてしまうことだ。本来なら行ってはいけないはず宿業の断絶。

しかし、それに反対する者はいない。

 

「準備はできているね?」

 

その場にいた者は全員、何も言わずに頷いた。

丹恒が龍の頭蓋へと近づき、その手を伸ばす。

光が瞬き、龍の封印はもうどこにも残ってはいない。

ただただ霧が立ち込め、建木の大きな枝根があるだけだ。雲海の上を歩き建木の眠る方へと行けば、どこからともなく聞いたことのある悍ましい声が彼らの耳に入ってくる。

 

「おや、客人は羅浮の将軍であったか」

「幻朧……!」

「恩人様も来ていらっしゃるのですね。身支度が終われば会いに行きますよ」

「諸君、くれぐれも気を抜かないように。丹恒殿、私の背中は任せた」

「わかった」

 

大海と雲海の隙間。

魚影が流れゆく先にある蓮華の花に魂の火種が焚べられ、雲の天井から巨大な人影が姿を現す。

終末獣を超え、造物エンジンに並び立つほどの巨人が彼らの前に姿を現す。

壊滅の身に豊穣の業が繋がれた美しきに肉体。

常人ならば身に余るほどの力を代償なく受け取った幻朧は団扇を優雅に仰ぎ、こちらにその不気味な眼差しをむけていた。

 

「豊穣の御業……確かにその名に恥じぬ力よ。それ、これで何が出来るか、試しているか」

 

団扇を一度仰げば、雲河に蓮華の花が咲く。

ツタが大蛇の首のように蠢き、彼らへと襲いかかってきた。

丹恒の水龍がそれぞれのツタを顎で喰らいき相殺させる。

 

「諸君らはあれら幻花の対処を。私が奴の肉体を討とう」

「ほう、虫けら如きが随分と大言を吐くな。建木が生み出したこの尊き身を討つなどと」

 

蝿を追い払うように大きく仰げば、たちまち暴風が巻き起こり、彼らの体を最も容易く吹き飛ばしていく。

 

「ひゃわーー!飛ばされちゃうーー!」

「なのか!」

 

ヴェルトが重力を逆転させ、宙に吹き飛ばされかけた彼女を何とか地上に引き戻した。

 

「それ」

 

注意が逸れたヴェルトにむけて指を弾いた。

モロに喰らえば骨も簡単に折れるような衝撃波は、海水を掻き立てながら彼へと向かう。

 

「揺らぐこと無し!」

 

琥珀の槍がその衝撃を受け止め、呪力をこめた肉体は痛みを完全に相殺した。

炎を衣として纏い、建木の幹を次々と焼き払う穹に幻朧の視線は向いている。奇異なものを初めて見つけた子供のような眼差し。

 

余裕綽々と構えているところへ、景元がその長刀を構えた。

羅浮の紋様が刻まれた黄金色の薙刀。

数百年を共にしながら一切の刃こぼれを起こしていない彼の愛刀が雷を纏い幻朧を狙う。

 

「忌み物を排除する!」

 

振り上げた一閃はツタを纏めて斬り落とし、幻朧の胸に細かな傷跡を残す。

 

「ほほほ、かゆいかゆい」

 

しかし、肉体にそれほど損傷は入っていないのか、彼女は退屈そうにあくびをするだけだ。

絶対的な強者ゆえの余裕。

確かに壊滅の使令と比べれば、ここに彼一人の持つ力はちっぽけなものかもしれない。

だが、それでも景元は仙舟・羅浮の雲騎将軍。

豊穣の使令、忌み物の多くを狩り続けながら魔陰の身に落ちることなく、仙舟を守り続けてきた。

 

計略はすでに練られた。

あとは盤上に奇兵を用意さえすればいい。

 

「雷霆よ、ここへ!」

 

彼の背後に巨大な鎧の威霊が姿を現す。

帝弓より賜った英霊の影法師——神宵雷府総司駆雷掣電追魔払穢天君

それは仙舟の将軍のみが扱うことのできる御霊。

将軍としての権威の象徴でもあり、彼の身に課せられた責任でもある。

 

「断ち……切る!」

 

煌々たる威霊はその剣をもって、油断しきっていた幻朧の胸を突き刺した。

雷鳴が轟き、抉り続ける神君の刃。

得体の知れない建木の花々は次第に枯れ、幻朧はその場に倒れ込みかける。

 

「やった!」

「いや……まだだ!」

 

すぐさま起き上がった幻朧は天高くその手を伸ばし、はるか先にある恒星の如き天球を掴み取った。

 

「虫けらを潰すのに、堕つ星ほど適したものはない」

 

それは壊滅の因子の集積。

彼女の手のひらで星石は塵芥となり、鱗淵境の水分はあっという間に蒸発した。

 

「存護の名の下に!」

 

穹はその爆発が起きるより早く、三人の前へと出て槍を盾に構える。

そして降りかかる壊滅の波動。

身を焼き、焦がし、滅ぼそうとする圧倒的なまでのエネルギーの放出によって、防御した彼は海原へと身を投げ出してしまった。

 

「穹!」

「彼なら大丈夫だ!今は前だけ見ておいた方がいい!」

 

建木の持つ黄金の光は途絶え、今の幻朧を照らすのは壊滅の権能。

青、黒、そして紫の毒々しい色合い。

それもまた、彼女の肉体美に調和していた。

 

「豊穣も、巡狩も行き着く先は壊滅のみ。例外なくな」

 

ツタによる攻撃は途絶え、代わりに降りかかってきたのは幻花の呪禍。

肉体の使用負荷を増発させ、こちらの体力をごっそりと奪ってこようとしている。

物理的なダメージこそないが、壊滅の力をもつ彼女の前にいたずらに体力を消費することは命に関わってしまう。

 

「雲騎必勝!」

 

なら消費するよりも早く、こちらの最高火力を持って潰してしまえばいいだけのこと。

 

無論、そんなことは向こうも把握していた。

ゆえに、相手の最も嫌がること——この場における最高戦力への最大級の妨害。

呪いの大半が景元の身に降り注ぐ。

肉体への負荷、そして重度の目眩と頭痛が彼を襲う。

 

「ぐっ……!」

「ふふふ、仙舟の将軍様はそんな体でこの惨禍をどう乗り切るのだろうな?」

「丹恒殿、あとは、任せた……」

 

雲海の下から、巨大な龍の水影が姿を現す。

海の鱗、悪逆を噛み砕く顎。

龍尊の力を想いのままに使役した丹恒は雲吟の術を武の力として解き放つ。

 

雲吟怒哮を開放し、荒れ狂う龍が津波となって幻朧の身を押し流してゆく。

人々を惑わす幻花はあっけなく流れ萎み、予想だにしなかった「不朽」の末裔の攻撃によってついに幻朧の余裕が崩れ落ちた。

 

「まさか、今更になって建木を守る役目を果たそうと?」

「俺は過去から続く彼らの意志を最後に果たしに来ただけだ」

 

大龍は消えてしまったが、龍尊の力は健在であり、小柄でありながら勇猛さを忘れることはない龍が次々に幻朧を襲う。

追い打ちをかけるように、景元の神君もまた再び行動を再開する。

 

雷電と水撃。

神龍一体。

息を合わせた二人の猛攻はさらに勢いを増していく。

彼らの行動を阻もうとするツタや幹はヴェルトとなのかが可能な限り削ぎ落とした。

 

「煌々たる威霊よ、吾が命に従え」

「洞天隠月……」

 

本来なら二度と見れることはない、旧友との合わせ技。

雲は紫電をうねらせ、大海は豪雨の雨粒となって天へと舞う。

 

「斬!」「蒼龍よ、世を濯がん!」

 

渦巻きを作り出した海龍にその神霊の薙刀が上乗せされ、その勢いは壊滅すらも押し潰していく。

不朽の龍、巡狩の威霊。

完全に威勢を失った幻朧に対し、景元は高らかに言伝る。

 

「私たちを虫けらと言ったね、幻朧。こうして、虫けらとほぼ互角に戦っている君も、絶滅大君の中では初めてなんじゃないか?」

「ほう……?それはつまり、他の絶滅大君にも会ってみたいという意味か?ふふ、ははははは!残念だが、お主らにその機会は訪れない」

 

暗雲が砂塵へと変わる。

熱が大気を差し上り、雲海は崩れゆく台場へと化してゆく。

噴火の跡のように空は赤く染まり、建木の幹は焼きこがれてゆく。

 

「咲き誇れ、玄根の力」

 

豊穣の玄蓮はその数を瞬く間に増殖し、その力をもって幻朧を癒してしまう。

呪禍を花粉のように飛ばし、幹を根を枝葉が一斉に脈動を開始した。

手足のように自由自在に伸びゆくそれらに、神君の霊体は拘束され、水龍も熱によって大勢を失ってしまった。

 

「くっ……!」

「遊びは終わりだ。すべてを終わらせてしまおう」

 

破滅のエネルギーを掌に集め、虚数の木々を岩岩として連ねようとしていた。

建木と塵垢の力を合体させたその攻撃はまさにこの船そのものを沈めんとする一撃。

 

そして、雲塵の中で蒼き炎が迸った。

同じ壊滅の力。だが、そこに混ざっている力の源は建木とは異なっている。

 

「あれは……穹!」

 

全ての呪力を足先に込め、建木の幹を足場に彼は閃光となって跳躍した。

巡狩の意志を滅ぼさんとする厄災の塊が大地へと迫る直前、穹は有り余る全ての力を使ってその場に降り立つ。

 

「うおおおおおおお!」

 

青白く発光する壊滅のバットが呪力に混ざり合い、一つの新たな力となってエネルギー弾へと向かった。

十秒にも満たない、ほんのわずかな間の激突。

右腕を燃え上がらせながら、穹はその手を離さない。

 

「ルールは……破るためにある!」

 

そして相殺、いや、わずかに押し負けたエネルギー弾はバットによって消え、残された彼の壊滅の力が呪いの力によって放たれる。

その余波は悪意の華を滅ぼしながら幻朧に突き当たった。

 

「おのれぇ……!」

 

幻朧の作り出した肉身の右腕が消し飛び、黄金の血が海へと流れ落ちてゆく。

よほどの痛みがあったのか、彼女は残った片腕でその傷を覆い、忌々しげに穹を見つめた。

 

「油断ならん力とは思っていたが、ここまでとはな……いいだろう、お主らをヴォイドレンジャーに変えナヌーク様の駒にする演目はやめだ。ここからは敵として目障りな貴様らを滅ぼしてくれよう!」

 

いまだに本気を出さずにいた彼女は、いよいよ躍起になったようにその力を放出した。

身にまといし幻花は咲き乱れ、建木の幹を鎧のように何重にも重ねる。

 

宇宙の片隅で災厄の花が開花しようとしていた。

 

「……まずいな」

 

景元はすでにかなりの満身創痍。

丹恒の龍尊の力はいまだに衰えてはいないものの、彼の持つ力だけではあの絶滅大君には敵わない。

己の持つ全呪力を込めて攻撃をしてしまった穹は呪力切れを起こしかけ、力を温存できているのはなのかとヴェルトだけであった。

 

「まだだ。まだっ、やれる……!!」

「無茶をするな、穹。————仕方ない、ここは俺が……」

「いや、それはまだ取っておいた方がいい、ヴェルト」

 

今にも倒れ込み、意識を失いかけていた穹の体から声がかけられた。

 

「悠仁……」

「選手交代だ、穹」

「……アイツに勝てる?」

「ああ。————勝つさ」

 

その言葉に驕りはない。

穹を安心させるための虚言ではなく、ただの純然たる事実だった。

そのまま眠るように意識を暗闇へと落とした彼に代わり、悠仁が肉体の主導権を得る。

髪を逆立て、黒い入れ墨の刻まれた青年のようでありながら、老人のような雰囲気を醸し出していた。

 

「今更、のこのこと現れるとはな。虫けら風情が何をしヴォ————ゔぇ?」

 

突然、言葉を話せなくなった幻朧は己の顔に急いで触れた。

そこにあったのは、黄金の血を垂れ流し丁寧に捌かれた自身の顎と舌が落ちている。

怒りと戸惑いの視線を向けるも、彼は手元を一切動かしてはおらず、ポケットに手を突っ込んだままだった。

 

「ごちゃごちゃうるせぇよ」

 

ゆっくりと彼女の方へと歩き、仕舞い込んでいた両手をようやく出した。

 

領域展開

 

————地球最強の呪術師が仙舟・羅浮にて完全顕現を果たす。

 

 





ようやく一番書きたかったところを書けそうです。
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