アベンチュリンは会議のため先に席を離れ、星穹列車はファミリーの代表者であるサンデー、そしてその妹のロビンと挨拶を交わした。
「アベンチュリンさんに代わり、星穹列車の皆さんにはご迷惑をおかえしたことをお詫び申し上げるとともに……今後、アナタたちと良い関係を築けていることを願っています。ピノコニーでの滞在中、必要がありましたら、いつでもファミリーにお申し出ください」
「夢の中で素敵な時間を過ごしてね」
穹が泊まる部屋はピノコニーの現当主であるサンデーがなんとか用意してくれることとなり、それどころか、迷惑をかけたお詫びとして部屋をアップデートしてくれたらしい。
至れり尽くせりで申し訳なさが勝つが、ここで変に謙ったりしては相手のご厚意にむしろ失礼だ。
そんなこんなで一同はようやくチェックインを済ませ、ホテルのルームキーであり、手帳や情報をまとめるアシスト機能をつけた『夢境パスポート』をもらい客室へと向かった。
客室にはドリームプールと呼ばれる専用の装置があり、そこからピノコニーの「夢境」へ入ることができるそうだ。
「ひろーい!」
「そうだな。廊下の先がまったく見えない」
エレベーターで上階に上がり、広く長い廊下を抜けてようやく客室へと繋がる休憩スペースへと辿り着く。
「到着!」
「とりあえず、二人とも荷物を下ろしてきましょ」
「ウチの部屋はどんな感じかなー。楽しみ!」
荷物を部屋へと置き、エリアに置かれているバーへと戻れば、そこで荷物をしまうことなく残っていた姫子とヴェルトの会話が自然と聞こえてきた。
「列車が受け取った『招待状』を覚えてる?」
「ああ、『ファミリーのゲストをピノコニーに招待いたします。他のゲストとともに盛大な宴にご参加ください』——この招待が届いたからこそ、俺たちはここに来た」
姫子が言うには招待状には続きがあったそうだ。
——夢の中で不可能を見届け、ピノコニーの父『時計屋』の遺産を探し出し、『生命体はなぜ眠るのか』という問いにお答えください。と
しかし、ヴェルトは招待状にそんな一文があった覚えは無い。
オルゴール型の招待状を受け取った際に、流れる音楽に不協和音が混ざっていたことを耳にした姫子がそれを解析したところ、この一文を発見したそうだ。
雑音をダビングし、列車の跳躍時の重力波の周波数と一致したのを確認し、エンジンの空間曲率をシークレットキーにするという、ナナシビトがよく使う救援要請の手段。
こちらが羅浮で星核を片付けている間に調べたらしく、誰から、どのような意図で送られたのかはわかっていない。
だが無視はできない。
実際、アベンチュリンは先ほど「時計屋」の名前を出した。
「時計屋」とは、ピノコニーで誰もが知っている大物人物であり、富や名誉を己の手で掴み夢の象徴となったと言われている出自不明の伝説の男の名。
カンパニーもまた同じような招待状を受け取り解読したのだろう。
「そういえば、サンデーさんの横にいたロビンという女性。歌のことは詳しくはないが、彼女の声に少し違和感を覚えた。ステージで歌を披露する歌手があんな声をしているものなのか?」
「あんたはファミリーが招待状の差出人ではない上に、何か隠し事をしているんじゃないかって疑ってるのね?」
「ありえない話じゃない。ファミリーが他の派閥を招待すること自体普通ではないからな。姫子の発見は第三者が関与していることを示唆している……どうやら、この『宴』はこちらの想像以上に厄介なことになりそうだ」
カンパニーやピノコニーだけの問題であれば、軽率に関わるべきではないが、ここはかつてナナシビトが訪れ「開拓」をした星だ。
この件もまた、「開拓」と関わっているのかもしれない。
「だから出発する前に、三月ちゃんと丹恒には話したの」
「……なるほど、どうやら知らなかったのは俺だけだったみたいだな」
「俺は知ってたよ!」
「いや、初めて聞いたな」
知ったかぶりはやめようね。
とはいえ、今回の旅は謎だらけ。ピノコニーの情勢はさまざまな派閥が入り混じり複雑怪奇だ。
もう少し事実が明らかになるまでこちらも迂闊に行動はできないだろう。
「当面はパムに頼まれたことに集中して、情報を集めながら『素敵な休暇』を楽しみましょう」
と、いうわけで……ひとまず夢境へと入ることにした彼らは各々が自身の部屋へ行きその準備を進めに行った。
多くの客が行き交う廊下を抜け、自分の個室へとたどり着く。
扉を開けばそこはまさにVIPルームと呼べるほどの豪勢で広々とした客室であった。
丁寧に手入れをされた観葉植物に、高級で豊富なアメニティの数々。
ブランド品であろうソファには汚れの一つも付いていない。
そして、部屋の中央にはどういうわけか、見知った男がいる。
「また会うなんて、本当に奇遇だね」
その男は、ホテルのチェックインの際に便宜を図ってくれたカンパニーの重役、アベンチュリンであった。
自分の部屋に本来いないはずの怪しげな男がいれば常人は怖気付くか、警戒するのが基本だ。
「また会ったな、マイフレンド!」
だがあいにく、穹は常人ではないので元気よく挨拶をする。
まさか朗らかに挨拶を返されるとは思わなかったのか一瞬アベンチュリンは目を見開き、そして、朗らかな笑みを返してきた。
「そうだね、マイフレンド」
どうやら彼がここにいる理由は、もともとこの部屋が穹の部屋ではなく彼が泊まるはずの部屋であったらしい。
「ラッキーな棟番号、ラッキーな部屋番号、ラッキーなフロア。この素晴らしい場所を予約するために結構苦労したんだけど、君に譲ってあげたんだ。大切に使ってくれよ、マイフレンド」
「この部屋はお前が譲ってくれたのか?」
「当然だろう?ピノコニーは正真正銘、夢の地だ。銀河に生きるほとんどの人がどれだけ働こうともここの宿泊券は当たらない宝くじのようなものさ。僕が裏で手を回さなければ、ファミリーがそう簡単に君みたいな招かれざる客に門戸を開くわけないだろう?」
その「招かれざる客」という言葉には穹を"招待状の名前に乗っていなかった客"という意味ではないことがほのかに暗示されていた。
「だからほら、座って話をしようじゃないか。——僕にはその資格がある。違うかい?」
「何が話したいんだ?」
「賢い人は話が早くていいね。簡単に言えば、僕には君
彼の目的はファミリーが現在所有しているあるモノ。
それは本来カンパニーが持つべきものであり、今回の彼らの目的はそれを奪取することだそうだ。
そのために、星穹列車と接触し協力を申し出たのだろう。
「なにしろ、君
「…………」
「そうだろう?星核くん。それと……君の親愛なる隣人くんもね」
星核は彼の中に眠っている万界の癌。
そのことを知っているのは列車の身内とヘルタのみ。
それ以外であれば、少なくともブローニャやゼーレなどがいるが、全員そのような情報をサラッと流せるほど口は軽くないはずだ。
そしてアベンチュリンの言う隣人は、穹の体内にいる悠仁のことで間違いない。
ピノコニーではあまり顔を出していないはずの彼のこともなぜか知っていることに穹は警戒心を自然と強めた。
「……何の話だ」
「ははっ、演技が上手だね。心配しなくても、今すぐ答える必要はないよ。機が熟したらまた僕の方から君に会いに行こう。もちろん、仲間と相談しようが、逆に僕を利用しようがかまわない。なんだろうと歓迎さ、それも君たちの価値を僕に証明することに繋がるからね」
そう言ってアベンチュリンは穹の横を通り過ぎ、彼の横で耳打ちする。
「僕は損する取引はしないつもりなんだ。マイフレンド……僕をがっかりさせないでくれよ」
「考えておく」
「それは何より」
部屋を出る途中で彼は何かを思い出したかのように大袈裟に立ち止まってみせた。
「そうだ、出て行く前にゲームをしよう。なあに、お互いをよく知るための簡単なゲームさ——こうして知り合った以上、君たちにはもっと僕という人間の性格や物事の進め方を理解してもらいたいからね」
パチンッ——甲高い音と共に1枚のチップが投げられ、瞬く間に消えた。そして、チップの代わりに二つの握り拳が目の前に現れる。
「左?右?……じゃあ、答えを発表しよう。ああ、君がどちらの答えを選ぶのか、答える必要はないよ。なぜなら——ゲームはもう始まっているからね」
右手に持っていたコインは指の隙間から弾き出され、生き物のように彼の手の上をころころと回る。
「さあ、僕と取引をしよう。——君は断れない」
握った手の上。
見せつけるようにゆっくりとあげた彼の両手に————そのチップは乗っていなかった。
そして穹の握り拳の中に硬くひんやりとした感触が突然伝う。
「断る理由がない」
右手を開けば、今さっきアベンチュリンが持っていたはずのコインが入っていた。
驚きで視線はチップへと注がれ、いつの間にか眼前にまで迫っていた彼の接近を許してしまう。
「断る余地もない」
虹色の瞳と目が合った。
吸い込まれるような魔性の眼差し。
もちろん、彼の瞳にはなんの力も存在しない。それでも、その眼力には有無を言わせぬ迫力があり、思わず穹はそれに気圧されてしまった。
「おい」
アベンチュリンの背後から見知らぬ誰かの声がかけられる。
「私の部屋で何をしている」
青紫の長髪、切長の眼、左手に携えた長刀。
どこかで会ったことのあるような、ないような不思議な雰囲気を身に纏わせる女性がこちらを鋭い目つきで睨んでいた。
「……君の部屋?ほぉ……ふぅん。すごいな、ピノコニーに来て間もないのに、もう他人を仲間に引き入れる術を身につけたのか。仕方ない、僕はこれで失礼するとするよ。……二人とも、楽しい時間を過ごせますように!」
そう言い残し、アベンチュリンは後を濁さないように去っていった。
しかし問題は解決しておらず、一難去ってまた一難。
カンパニーの重役の相手の次は面識のまったくない所在不明のミステリアスな女性とは。
「……」
彼女は黙って何も言わず、ただこちらを黙ってみ続けているだけだ。
やはり、変だ。
明らかに初めて会ったような気がするのに、初めて会った気がしない。
言いようのない既視感に、穹は居心地の悪さを感じ黙りこくってしまったため、先に口を開いたのは彼女の方からだった。
「どうして出ていこうとしない?」
「いや、ここは俺の部屋だ」
「それはおかしい。ここは私の部屋だ」
しばしの沈黙。
しかし、それを破るように彼女は優しげに微笑み返した。
「冗談だ。そう固くなる必要はない。ここは間違いなく、あなたの部屋だ。私はたまたま通りかかっただけにすぎない」
「え……?」
「私も先ほど自分の部屋を探していたんだが、ここから物音が聞こえて、様子を見に来たんだ。あなたがドアを閉めていなければ危ないところだっただろう。——見ればわかる、あの男は明らかによからぬことを考えていた」
どうやら彼女は部屋を間違えたのではなく、善意でこちらを手助けしてくれていたらしい。
だが、穹は首に引っかかった小魚の骨のような違和感が拭いきれなかった。
「とにかく、あなたが無事でよかった。私も自分の部屋に戻ろう。……だが出て行く前に、1つ質問をしてもいいか?少し奇妙というか、失礼だと思うかもしれないが……わたしたちは、どこかで会ったことがあるか?」
「いや……ないはずだ」
「恥ずかしい話だが、過去のある出来事のせいで私は忘れてはいけないことを忘れてしまうことがある。だから確認を日常的に行なっているんだ。気にしないでくれ」
巡海レンジャー、黄泉。
彼女はそう名乗った。
節々に言いようのない違和感を感じながらも、彼女は言葉を綴った。
「最後に少し忠告を……決死の覚悟と信念を抱きながらも、それを正しいことに使おうとしない連中がいる。あの男の顔には、私のよく知る表情が浮かんでいた」
彼女の言っている男というのは十中八九アベンチュリンのことだろう。
彼女は彼をギャンブラーと呼び、彼はいずれ背水の陣を自らの手で敷いてオールインを狙ってくる、という忠告だ。
「こういうことは、選択する前に知っておくべきだからな。じゃあ、私はこれでしつれ————」
そう言って、部屋から出て行こうとした彼女の動きがふと止まった。
何事かと思い、心配そうな視線を送れば、鉄仮面のように思えた彼女の眉が下がっている。
「……その、本当にすまないんだがロビーへの戻り方を教えてくれないか?この辺りの廊下は本当によく似ていて……」
黄泉に戻り方を教えれば、彼女は何度もお礼を言って去っていった。
不思議な雰囲気を醸し出す女性ではあるが、少なくともアベンチュリンほどの胡散臭さはないし、こちら側を騙すような悪人というわけでもなさそうだ。
静けさを取り戻した客室で彼はようやく身体を休めることができる。
あとはパスポートのガイドに従って、夢境へと入るだけだ。
「……いやぁ、やっぱヤバいやつが多いんだな。銀河って」
部屋に誰もいなくなったのを確認した悠仁がようやく口を開いた。
その声色はあまり調子がいいとは言えず、心なしかほんの少し疲労感が混じっているような気もする。
「たしかにアイツ、俺たちのこと知ってたもんな」
悠仁はともかくとして、星核のことがバラされるのはあまりいいことではない。
とはいえ、普通人間の肉体に災害を呼び起こす厄災の塊のような存在が埋まっている、などと言われて信じる人など少数派だろうから、そこまで大事にならないはずだと彼は信じたい。
問題は秘密裏にしているはずのそのことが外野の人間に知られてしまっていることだ。
「ん?あー、あの金髪の胡散臭い兄ちゃんの方か。たしかに、アイツも中々厄介そうだけど……俺が言いたいのはそっちじゃない」
「え?」
「あの黄泉っていう女……あんなに魂がすり減ったヤツは初めて見た。正直、なんで立っていられるかもわからん。それにこれはあくまで予測だが————アイツ、多分幻朧と同格ってヤツだ。はぁ……楽しい休暇にしたかったんだけどな」
使令。
かの星神からの一瞥を受け、人の身に余る強大な力をその身に宿した領域外の生命体。
全宇宙の中でほんの一握りの頂を掴んだ者にのみ与えられし称号。
ピノコニーが混迷と狂乱の渦中に堕ちるのはまだ序章に過ぎなかった
『リラックスして、体の起伏を感じてください……』
ドリームプールへ入れば、専用の機械音声が鳴った。
貝殻のベッドの上には空に浮かんでいく泡や、色のついた温水が浮かんでいる。
水は温かくも冷たくもない適温で、不思議なことに衣服を着用したまま濡れることなく、浸かることができる不思議なプールだ。
専用音声に言われるがままに、彼は意識を深い霧の中へと落としていく。
夢の泡は天井へと浮かび、眠気が視界を奪い去った。
『呼吸に集中して、楽園を想像して……』
幾何学模様に差し込む朝日。
泡の体を使って揺蕩う魚群の影。
中央に座した時計は止まることなく回転し、テレビの電源は点けられたままだった。
『帰ってきて……』
誰かの泣き声が差し込まれ、画面の先には"彷徨う死"が映し出される。
弱音を上げた少年の声が次第に頭の中で強く響き、肉体は天上を飛んでいく。
『ミハイル……!』
夢の中で、夢から覚める時が来た。
涼しい風、荒れることなく体動する浮雲。
下に見えるのは、暗闇を星空のように照らす無数のスポットライト。
「おおっ!」
多くの人々が行き交い、その喧騒が遥か空からでも耳に入る。
巨大な建物に置かれた古時計は止まることなく動き、遠くには巨大なアトラクションも見えた。
夢と希望に満ち溢れた古から続く楽園。
「これがピノコニー……!」
風を仰ぎ、宙を自在に舞いながら彼はその雄大な景色を眺め続け、そして彼はようやく気が付いた。
今、自分は空を飛んでいるのはなく、急速的に落下していることに。
「あっ、いや、ちょっ、まぁっ————!」
夢の景色を見続けることに気を取られ、彼はバランスを大きく崩しながら地面に土煙をあげて衝突した。
ヤムチャしやがって……
通行人は衝突した際に発生した爆音に一瞬だけ驚いた様子ではあったが、すぐさま何もなかったようにその横を通り過ぎていった。
「いだだ……くない?」
受け身を取ろうが取らまいがどう足掻いても落下死するような高さから墜落したが、その体に痛みはなく、戸惑う彼に一つの手が差し伸べられる。
「えっと、大丈夫?」
それは、このピノコニーにおける至高の歌姫、ロビンであった。
そして彼女の隣にはオーク家現当主のサンデーの姿も。
この宴の主催者である二人に早速痴態を晒した穹は若干気まずくなりながらも、彼女の細い腕を掴んで起き上がる。
「心配しないで、無事に『夢境』に辿り着いたわ」
「どうやら現実から夢境の変化に慣れていないようですね。ですが心配はいりません。そうした『無重力感』は初めて夢境に入った旅行者によくあることですから。ロビン、彼がこの美しい夢に順応できるよ、手伝ってあげてください」
「任せて、兄様」
ロビンが兄に小さく頷くと、その緑色の瞳をこちらに向けた。
彼女が微笑んだその時、瞳の中にさざ波が起こり、大きな渦潮が湖の底から湧き上がるのが見えた。
視界が暗くなり体が溶け始めるような心地がする。共鳴し、振動し、静かなリズムを一つに脈打つ心臓がハーモニーを導く。
「大丈夫、力を抜いて。すぐに終わるから」
突然、体を襲った未知の感覚に困惑した彼を安心させるように彼女が声をかけた。
伝わってくる温もりが全身を包み込み、その旋律はだんだん遅く、軽くなっていく。子守唄のように七色の幻が頭を優しく撫で、目を閉じさせてくれる。
心地よさを感じながら、あなたは深い眠りについた。
「あら……?」
「ロビン、どうかしましたか?」
「いえ、なんでもないわ。これで調律はバッチリのはずよ」
再び目を開くと、先ほど遭遇したすべてが凝縮されたかのようだった。
思考は追いつかないが、一瞬の安眠で体には元気が漲っていた。これまでにない活力だ。不思議と、呪力の起こりもいい気がする。
「これで夢境を完全掌握したわ——ようこそ、ピノコニーへ」
「さっきの音は……」
「あなたの精神状態を少しだけ調整して、快適に感じるようにしたの」
「ご心配なく。彼女はアナタが夢境の中で自分の体を自由に動かせるよう、『調和』の共鳴を利用してアナタを調律しただけですから」
ピノコニーの夢の本質は「憶質」が構成する世界。
その性質を掌握しなければ、その中で自由に行動することもままならない。
ガーデン・オブ・リコレクションのメモキーパーを除いて、普通の人間が憶質を思い通りに操ることは難しいそうだが、「調和」の力さえあれば、基本的な現実世界の物理法則に基づいて夢の世界の仕組みを理解することができるとのことだ。
「私たちはお先に失礼するけど、あなたはファミリーが作った美しい夢の楽園を楽しんでいってちょうだいね。じゃあね!」
「夢のようなひと時をお楽しみください」
そう言って彼らはどこかへ去っていった。
おそらく主催者として来賓の人々に挨拶をしにいっているのだろう。こんな場所で会えたのは行幸であった。
「うーん……」
「どうしたの」
二人が完全に去ったのを見計らい、悠仁がどこか心配そうな声をあげる。
「いや、夢の中だからなのか魂が上手く観測できなくてな。呪力に関しちゃ問題ないからなんとかなるとは思うんだが……」
呪力とは人間が持つ負のエネルギー。
人間の内包する感情によって作り出されるため、現実の肉体でなくとも行使が可能なのだろう。
「もしかしたらあのロビンって嬢ちゃんの『調律』とやらを受けてないからかもしれん」
「え、受けてないの?」
「不思議そうな反応してたし、多分俺は判定外だったんだろ。特に悪意とかはなさそうだったからスルーしてたんだが、体の方は大丈夫そうか?」
「最高にハイって奴だ!」
「じゃあダメじゃん」
どうやら調律を受けていない影響なのか、悠仁の方はあまり調子がいい状態ではないそうだ。
とはいえ、時間経過で慣れるだろうと楽観視した彼らのもとに一通のメールが届いた。
メールの送り主はなのか。
現在、穹たちがいるのは"黄金の刻"という都市とテーマパークが融合したような歓楽街だ。対して彼女がいるのは"黄昏の刻"というオークション会場がある施設にいるそうだ。
今から合流するには時間がかかりすぎるため、各々が別行動でピノコニーを楽しむのはどうかという提案を彼女はしてきた。
それに賛同した彼らはひとまず"黄金の刻"を観光することに決め、群衆を駆け抜けながら夢の地を観光する。
ピンボール型のアトラクション、通行人を所構わず引いていく倫理観の欠落した近未来的な乗り物。
生き物のように動き出した看板に、聳え立つ広告塔の数々。
近くの売店ではピノコニー特産の"スラーダ"が山のように売られていて、高級そうなレストランが点在している。
山の数ほどあるアトラクションを楽しみながら、ようやく腹の虫が鳴っていることに気がついた。
夢の中でも腹を減らすのか、と不思議に思いつつもどこか手頃な店にでも寄って行こうと考えたそのとき——
「あっちに逃げたぞ!捕まえろ!」
「逃すか、この密航者め!」
何やらあちらが騒がしくなり群衆が出来上がっているのが視界に入った。
チラリと覗き見れば、ファミリーの手の者らしき人物たちが一人の少女を取り囲んでいる。
銀髪に洒落たリボンをつけている、いたって変わったところのない普通の美少女だ。
群衆から顔を出し、その野次馬の中で誰よりも近場にいた穹とその少女の目が合った。
彼女はこちらを見るなり、そそくさと走ってきた彼に助けを求める。
「ご、ごめんなさい!手を貸して……!」
彼女の名前はホタル。
穹はこの宴の星にて、忘れられない夢を彼女と共に見ることになる。