奇物:両面宿儺の指   作:二等辺大三角形

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かなり文が長くなりました。
ちょっとアンケートしてみますが、ストーリーに影響はありません。


線香花火は金魚鉢の中

 

 謎の美少女を追っていたファミリー所属の者たちをコテンパンに叩きのめした穹。

 美少女を守るのはいつだって美少女の役目だと彼は語る。

 

「くそっ……」

 

 夢の中であろうと存護の槍や壊滅のバットは普通に機能する上、呪力の巡りも好調だ。

 よほどの相手でなければまず負けることはなく、彼らを相手にするのも例外ではなかった。

 

「もういい、お前ら——その辺にしておけ」

 

 戦闘を終えてもなおこちらに噛みつこうとする彼らに対して、後方から声がかけられた。

 手入れすらせずに伸ばした無精髭にずれたままの赤いネクタイ。

 ガタイはよく、整っているとはあまり言えない容姿ではあるものの、ダンディな渋さを醸し出している。

 

「長官!?」

「えっと……誰?」

「知らないのか?この方は調和セレモニーのためにファミリーが派遣した保安官だ」

「ったく、お前ら何やってんだ?目を大きく開けてみてみろ。……お前らが今追ってるのは銀髪の可憐なお嬢さん。どっからどうみても目撃情報にあった銀色のヤツとは違うってわかるだろう。しかも客人と喧嘩までしやがって……」

 

 呆れた様子を見せたその保安官の男は、部下を叱りつけて彼らを元の待機場所へと戻らせた。

 険しい表情を受けべていた男は、彼らが去っていったのを見るなり、頭をポリポリとかきながら深く、深くため息をついた。

 

「いや、本当に申し訳ない。大切な客人の前で恥を晒してしまった。俺はハウンド家のギャラガー。あのバカどもは俺が育てている子犬なんだが、まだ若いのもあって経験が浅くてな。俺の指示を誤認してお二人に迷惑をかけてしまったようだ。本当に失礼なことをした。ハウンド家を代表して心から謝罪する。すまなかった」

 

 そう言って彼は頭を深く下げる。

 気にすることはない、と謝罪を受けいれ穹は彼に密航者のことを尋ねてみた。

 ハウンド家は夢境の番人と呼べる存在で、ここの治安維持活動を仕事としているそうで、先日、無法者がセレモニー前夜にピノコニー内に侵入したという知らせが届いたそうだ。

 

「……」

「安心してくれ、お嬢さん。これはきっと誤解だ。こんな可愛らしいお嬢さんが密航者のはずがない」

「ありがとう。ギャラガーさんが助けてくれなかったら、どうすればいいかわからなかった」

「なに、大したことじゃないさ。俺は他の用があるから先に行くが、何か困ったことがあればいつでも連絡してくれ。それじゃ、この夢を楽しんでいってくれよな」

 

 そう言って彼は手をひらひらと振りながらどこかへ去っていった。

 それを見た隣の少女は穹へと向き直り、感謝の言葉を伝えてくれる。

 

「さっきは君のおかげで助かったよ!危うく……連れていかれるところだった」

「銀河打者たる者、使命は必ず全うする。美少女を守るのも美少女の役目だ」

「ふふっ、面白いこと言うんだね。今気づいたんだけど、君ってナナシビトだよね?ピノコニーに来るのは初めて?」

「確かに俺はナナシビトの穹。けどごめん、サインが欲しいなら今日は無理」

 

 そういう意味で言ったわけではない。

 

「君、ファミリーに招待されて来たんでしょ?あたし、君を案内してあげられるよ。ハウンド家には密航者と間違われたけど、あたしは地元の人間なの——アイリス家の『ホタル』っていうんだ!まあ、ただのエキストラなんだけどね……」

 

 その儚げな美少女——ホタルは公演がないとき、このグラーテス通りの近くでガイドの仕事も引き受けているそうで、通常の客では知り得ない、面白い場所にも案内してくれるそうだ。

 

「じゃあ頼んだ」

「任せて、君には助けてもらったからね!」

 

 その時、腹の虫がグゥと鳴り、路道に大きく響き渡った。

 

「……うん、まずはご飯にしよっか!」

 


 

 彼女に連れていかれやって来たのは大通りに面した場所にあるレストランだ。

 

「ここはピノコニーを代表する料理がほぼ全部揃ってるの。クロックピザに、オークロールにルーサンサラダやスラーダも!好きなものを選んでね、あたしが奢るから!」

「いいの?ありがとう!」

「えへへ、どういたしまして」

 

 古来より無料(タダ)より安いものはなく、他人の金で食うほど美味い飯はない。

 

「奢ってあげるから好きな物を選んで大丈夫だよ」

「じゃあ……オークロールにピカ白ブドウソーダと……」

「うんうん」

「クロックピザにUFOバーガーにー……」

「う、うん……うん」

「クロックピザ丸ごととドリームアイスのトリプル」

「ええと……た、足りるかなぁ」

「それとスラーダ10本分!!」

「えっ……こ、これは……」

 

 頼みたい品をすべて頼みきり、ほくほく顔の穹。

 対するホタルは引きつった表情で財布の中身を何度も確認した。

 

「もぐもぐ……うっま」

「うう、絶対あとで怒られる……」

 

 注文の品が届き、満足そうに彼はホタルの財布事情なぞ知らずに貪り続けている。人の心とかないんか?

 

「これ美味いぞー、悠仁も食ってみなよー」

 

 そう言って彼は右手に持ったアイスを己の頬に向けた。

 しかし、反応はなくおかしな挙動をした穹をホタルは不思議そうに見つめた。

 

「えっと、何してるの?」

「あれ、おかしいな。おーい、ゆ——」

 

 雪風が吹いていた。

 人の賑わいや喧騒は消え、街を照らす光明は宵闇へと変わる。

 そこは、虎杖悠仁の生得領域であった。

 持っていたはずの食べ物の山は消え、小山の上にはフードを被り己の姿を模った悠仁の姿が。

 

「穹」

「ん?」

「俺、今あんま腹減ってないから全部、食っていいぞ」

「え、直接言えば良くない?」

「あと、しばらく俺寝っから」

「直接言えば良くない?」

「うん、まあ、うん。じゃあ頑張れ!」

「何をーーーー!?」

 

 このおじいちゃん全然説明してくれない。

 戸惑う穹を軽く手で押し倒せば、彼の肉体は雪の下へ埋もれそのまま暗闇へと落下していった。

 

「初めての青春だ。思う存分楽しめよ若いの」

 

 最後に彼がなんと言っていったのかは、豪雪の中の吹雪にかき消され耳に入ることはなかった。

 

「えっと……穹?」

「はっ、俺は一体何を……」

「ほっぺにアイスを押し付けてぼーっとしてる?」

「うおっ、冷た」

 

 やけに肌がひんやりしているなと思ってみれば彼女の言う通りほっぺたにシャーベットがひっついていた。

 夢境の中でも氷の感触はひんやりしていて肌が赤くなっている。

 どうやら悠仁はあまりご飯を食べる気はないのか出てくる気配がない。仕方ないので、穹は手元にあるご飯を一気にバクバクと食らいあげ、一気に平らげた。

 

「ごちそうさまでした!」

「すごい、あの量を一気に食べきっちゃった……と、とりあえず次の場所に案内するね!」

 

 そうして彼ら多くの店舗が並び立つショッピングセンターの通り道を抜け、"黄金の刻"のメインストリートへ出る。

 大通りを飛び出し、中央の広場へ行けばそこには謎のキャラクターを模した黄金の銅像が建てられている。

 時計に目と鼻と口をつけたようなカートゥーン調のシュールで愛嬌のある見た目をしており、観光客らしき人たちがそこで写真を撮っている。

 

「この像はね、ピノコニーで有名なキャラクター"クロックボーイ"って言うんだ」

 

 ピノコニーで一番歴史のあるアニメの主人公であり、その話数はなんと一万を超えるほどのであるそうだ。

 

「知ってる?クロックボーイのモデルって、あの有名な『時計屋』なんだって」

「時計屋?」

「知らないの?時計屋はピノコニーの歴史上の伝説的な人物で、夢境世界の創設者、『夢』を現実に変えた有名人なんだよ」

「俺が知らないから有名人じゃない」

 

 その時計屋という存在の出自には、宇宙から来た商人や監獄星の囚人、はたまた時計屋はただのシンボルでそのような人物は存在していないなどさまざまな論証があるそうだ。

 誰もが彼の素性を知らないが、誰もが彼の成功を目指し次の時計屋になりたいと願っている者もいるとかいないとか。

 

「私はね、時計屋が本当はナナシビトだったんじゃないかなって思ってるの。だって夢を開墾するってすっごく『開拓』っぽいでしょ?」

 

 もしかしたらパムが言っていたピノコニーを途中下車したナナシビトに時計屋の者がいたのかもしれない。

 そう思いつつ、今度は"黄金の刻"から遠くに見える巨大な建物に視線を移動させた。

 青白いスポットライトを無数に浴び、多くの歌声が響き渡るその建築物はとても独特な輪郭をしていて、夢境の中のモノにしては随分と形をはっきりと保っていた。

 

「あれは『大劇場』って言って、ピノコニーの重要なランドマークの一つ。元々、アスデナの中央監獄だったの。それをファミリーが改修して今みたいなピノコニー大劇場に生まれ変わらせたんだって」

 

 そして1琥珀紀に一度の調和セレモニーにて、ファミリーのメンバーが集い、ピノコニーに永遠の祝福をもたらすのだとか。

 もし"黄金の刻"で調和セレモニーを眺めたいのなら、望遠鏡が備え付けられているこの展望スポットが一番なのだそうだ。

 

「で、こっちがスラーダレクリエーションエリア——『エディオンパーク』。人が多いからはぐれないように気をつけてね」

 

 そこは"黄金の刻"で最も規模の大きい公園エリア。

 ピノコニーのシンボルの一つの『スラーダ』を開発したスラーダ社のビルもあるのだとか。

 もとは監獄星にて流行った甘い薬に大量の気泡を加え、シロップを投入して出来上がった炭酸飲料であり、ビジネスとして大成功をおさめたそうだ。

 

「この原材料の夢見草はすでに絶滅してるらしくて、初代スラーダを飲めるのはこの夢の中だけなんだって。それにここでしか『シロップ原理』を————」

「どうした?」

 

 彼女は突然言葉を止め、用心深い眼差しでこちらを、いや彼の背後にいる何かをまっすぐ見つめていた。

 

「ううん、なんでもない。時間は待ってくれないし、早速行こっか!」

 

 公園の中はまさにテーマパークのようであった。

 一人でに動き演奏を奏でる楽器の集団——スウィート・ドリーム劇団。

 憶質の影響で自我を得た彼らはファミリーに飼い慣らされ、ゲストのための劇団員となったそうだ。

 しかし危険な記憶や感情に影響された悪事を成すこともあり、そうなってしまった集団は『ナイトメア楽団』と呼ばれているそうな。

 

 他にもスロットマシンや巨大なガシャガシャなどの遊具で遊びながら、夢の地を満喫した。

 

 めいいっぱい遊んだ穹はひとまず公園に置かれているバーらしき建物の椅子に座り、冷えたスラーダを一本頼んだ。

 

「ふふっ、楽しんでる?」

「ピノコニーってすごいな」

「だよね、慈愛に満ちた寛容な夢。……まるでファミリーそのもの。広大で深くて、どんな小人でも眠れる大海原みたい。……君が助けてくれたこと、本当に感謝してるの。そのおかげであたしはこの楽園を紹介できるから。あたしを受け入れてくれたここを他の人にも共有したかったんだ」

 

 何か引っ掛かる物言いだ。

 

「なんか、ここの人じゃないみたいな言い方だ」

「い、一応合法的な身分があるから……今は……」

 

 どうやら訳ありのようで、その内容について彼女はあまり話したがらない。

 

「そういえば、君は一人でここに来たの?」

「いや、仲間が一緒なんだ。他の友達は夢境に行ってる」

「あっ、そうだったんだ。……気づいているのかわからないけど、あたし、さっきから遠回りしていろんな場所を案内してるの。それは————誰かが君の後をつけてきているから」

 

 ぴくり、とかすかに瞼の下が動く。

 どうやら悠仁もその存在には気づいていたようだ。だったら言えばいいじゃん。

 しかも、すぐに穹に声をかけなかったあたり、列車の仲間というわけでもなさそうだ。

 

「君の友達かなって思ったんだけど、なんとなく違う気がして……身長は180前後、誤差は2センチ以内。体格は逞しくて、明らかに鍛えてるのがわかる。歩幅は大きいけど足音は聞こえない。とても、軽快で……こういう歩き方は足跡が残らない。戦闘に長けているみたい——特に秘密裏の戦闘とかに。手のひらは大きいけど指は細くて柔軟。多分、ナイフとか短剣みたいな刃物の扱いに長けてるんだと思う。そういう人知り合いにいる?」

 

 ワインレッドのコートにグリーンの瞳にダークブルーの髪でなければ、思い当たる人物はいない。

 

「あっ、来た!」

 

 振り向けば、その人物は————

 

「おや、僕の大のお得意様の穹さんじゃありませんか!」

 

 ヤリーロ-VIのベロブルグにて、出会ったサンポであった。

 あいも変わらず胡散臭すぎる笑みを浮かべながら彼は元気よく挨拶を交わす。

 

「まさか、ここであなたにお会いできるとは思いもしませんでした——いやはや本当に運がいい!」

「なんでここに?」

「おや僕に会ったことがそんなに意外ですか?これもすべてあなたのおかげ——ヤリーロ-VIの門戸が開かれたんですから!」

 

 なるほど、どうやらファミリーはベロブルグの者にも招待状を送っていたのか。

 どうせならサンポなんかじゃなくてブローニャやゼーレと再会したかったが……まあ、それはまた別の機会に取っておくとしよう。

 

「えっと、この人は……?」

「知らない人だよ」

「そんな!ともにベロブルグを救った仲ではありませんか!?こほんっ、ごきげんようお嬢さん。僕はサンポ、彼の古い友人です。よろしくお願いしますね!」

「ホタル、行こう」

「そんな寂しいこと言わないでくださいよ。せっかく会えたのにどうして行ってしまうんです?せっかくピノコニーで会えたのですから、よければ僕にこの近くを案内させてもらえませんか?」

 

 なぜピノコニーに来てまもないはずの彼がここのことを知り尽くしているのかは甚だ疑問が尽きないが、どうせ聞いても答えてくれない。

 

「ホタルさんは本当にピノコニーのことをよく知っているようですが、『大人の遊び』については僕の方が一枚上手かと」

「……大人の遊び?」

「どうやら図星のようですね?さあ、2人とも—このサンポが大人の世界を体験させてあげましょう」

 


 

ここは遥か遠い銀河の先にあるゴミの惑星、ベロブルグ。

そこでは「ゴミキング」という称号を持ちし者タルタロフが民草たちに圧政を強いていた。

かのゴミの番人は玉座に座って、謙虚なゴミ箱を助け、横暴なゴミ箱を抑えてこの星の礎を築いていたが、寒波とともにこの地に降り立った謎の物体によって彼の目は曇り、今や民たちの呼びかけに耳を傾けることなく、貧しいゴミ箱を虐げ、忠実なゴミ箱を理由もなく辱める暗君となっている。

 

圧政に耐え切ることなく空炎の大旗を掲げた勇敢たるゴミ箱たちのリーダー、シャターナは民を正しい道へと導くことを誓う。しかし、あの邪悪な王はそれを妨害し、悪質なデマを流して勇者たるゴミ箱たちの仲を引き裂いてしまったのだ。

そこで彼女は英雄にある提案を呼びかけた。

ゴミ箱に落ち着きを取り戻させ、再び団結を試み、そしてあの偽物の王に反撃を仕掛けようと。

 

勇士たる穹はそれに同調し、彼らをなんとかまとめ上げることに成功する。

そして来る叛逆の日。

雪の山脈が連なる貨物基地に、反逆者たちは集う。

 

しかし待ち伏せをしていたゴミキングは英雄たちに爆弾の雨を降らせた。

勇者たちはたとえ仲間が犠牲になろうとも、その無念を忘れることなく邪悪の王を討ち滅ぼさんと進み続ける。

仲間たちが次々と息絶えていくなか、穹は激情を燃やしゴミキングへと迫る。

 

散っていったゴミ箱たちの無念を集め、彼は燃えゆく巨大なゴミ箱と化す。

悪を滅ぼす正義の拳が今、暴虐の王へと矛先を向け、ゴミキングもまた勇者を讃えて迎え討たんとした。

大地を分つ最後の攻撃。

両者の拳が今、まさにぶつかろうとし————

 

「ま、待って!——流石にふざけすぎーー!!」

 

 夢の中でホタルの声が響き渡った。

 

「おや、残念。あなたがどうやってゴミキングに立ち向かうか見たかったのに……」

 

 先ほど流れていたよくわからん映像は、"黄金の刻"にある夢境ショップにてサンポが見せてきた夢である。

 

「見るまでもない。秒殺だ」

「実に残念です!こんな味わい深い夢が、ホタルさんの手で中断されてしまうなんて……あなたが真実に気がついた瞬間、どんな表情を見せるのか楽しみにしてたんですよ」

 

 含みのある発言だ。

 穹は何を言いたいのかがはっきりしないサンポを警戒し、背後にいるホタルが思わせぶりな表情を浮かべていることに気づかない。

 

「真実って?」

「どちらかといえば、種明かし、というべきですね。美しい景色に惑わされないでください。——ぬるま湯のような環境では、人の目を狂わせますから」

 

 何を企んでいるのかさえわからない人々が、狭い舞台で誰もスポットライトを浴びたくないからと、芦毛の舞台役者を前に押しやる。

 夢境は家のバスタブなどではなく、予測不可能な変化をする深海だ。

 彼は、どうやら言外にこの地で出会う人々を疑えとでも言いたいのだろうか。

 

「最初から変わってなどいない。本当にわからないなら、振り返ってみて……あの少女はまだいますか?」

 

 振り向けばホタルの姿はどこにもなかった。

 

「口ではピノコニーが地元だと言っておきながら、細かいことは何も知らない。それでいて、コソ泥の腕はかなりのもの。一体何者なんです?あなた、本当に少しも彼女を疑わなかったんですか?」

 

 穹ですら気が付かなかったサンポの尾行に最初から気づいていたり、その容姿や立ち振る舞いすらも把握していたことから只者ではないとはわかっていた。だが、それをあえて追求しなかったのはこの夢のような時間を壊したくんかったからかもしれない。

 

「忠告ですよ。何か聞きたいと思ったなら、すぐにあの少女を探しに行った方がいい。まんまと逃げられないように気をつけてくださいね。それでは僕はこれで……お願いですから、僕をがっかりさせないでください」

 

 穹は急いで彼女を探すためにサンポと別れることにした。

 今の会話の一瞬で消えたのだから、それほど遠くまで行ってはいないはずだ。

 店舗が立ち並び、人だかりのある通りを抜けてようやくホタルを見つけることができた。

 

 少女は横を向き、遠くを眺めている。

 まるでこちらの視線を避けているかのようだ。

 しばらくすると、彼女は振り返り静かに話し始めた。

 

「……ごめんなさい」

「謝る必要はない」

「……あたし、君に隠してたことがあるの。たとえば、あたしは地元の人間じゃないってこと。ハウンド家があたしを追っていたのも、あたしが君と一緒にいたのも理由があったから。……でも、助けてくれたことに感謝してるのが本当だよ。もう一ヶ所、君を連れていきたい場所があるんだけど、いいかな?今回は観光スポットじゃなくて、『秘密のアジト』みたいなところなの」

 

 そこで彼女の知っていることを、できる限り教えてくれるそうだ。

 


 

「チクタク、助けて!助けて〜!」

 

 大通りで誰かが助けを求める声が聞こえた。

 やけに大袈裟で年若い少年のような声だ。

 

「死んじゃうよ!誰か!」

「何かあったのか?」

 

 それは"黄金の刻"の広場に置かれていたあの像と同じ姿をした謎の生き物。

 

「え!?君、僕が見えてるの!?」

「急にどうしたの?」

「手足のある時計が見える。呪霊かも」

「……ジュレイ?」

 

 どうやらその存在はホタルには見えていないようだ。

 確かにこれほど声を張り上げているのに、通行人が見向きもしないのはおかしい。

 呪力を扱える穹にしか見えていないということは冗談抜きで呪霊の可能性もあるのでは?

 

「僕の名前はクロックボーイ、美しき夢の町ピノコニーの大スターさ!トモダチと一緒にこの町の平和を守ってるんだ。そうだ、ミーシャ!ミーシャが危険な目に遭ってるんだ——チクタク、助けて!」

「クロックボーイってアニメの存在じゃなかった?」

「つまり、現実には存在しないアニメのキャラクターが見えたってこと?でも、あたしには見えないことだ」

「チクタク!僕を見ることができるのは、素直で純粋で無垢な心を持った子供だけなんだと思う」

 

 じゃあ俺じゃん。と穹は思った。

 

「ホタルには素直さ、純粋さ、無垢な心が足りないんだってさ」

「あ、あたしのどこに素直さ、純粋さ、無垢な心が足りないっていうの……!」

 

 彼女の心のことは一旦置いておいて。

 クロックボーイが言うには彼の友人のミーシャとやらがギャングのボスに絡まれているらしい。

 駆け足で走っていく彼を追いかけた先には数人のギャングらしき男と、それに取り囲まれている2人の姿があった。1人は彼が言っていたミーシャという少年。彼は現実のホテル・レバリーにて荷物運の見習いとして手伝おうとしてくれた子供だ。

 そしてもう1人はなんと、現実の客室で出会った黄泉であった。

 何やらトラブルが起きているらしく、一方的にギャングどもが難癖をつけている様子である。

 

 穹のバットが火を吹くぜ!

 

 しかし、あの人数を倒し切るには時間がかかる上に悪目立ちしてしまう、とホタルに止められてしまい、そこでクロックボーイは穹にある提案をしてきた。

 それは彼の持つ力、『クロックトリック』を使ってギャング共の荒んだ心に安らぎを取り戻させることだ。

 クロックボーイの姿を見れる穹ならその力を使えるそうで、彼は早速その力を使ってみることにした。

 

「それじゃあ使ってみて!」

 

 手をかざせば、時計の鐘が鳴りギャングのボスの心がチューニングされ……

 

「あれっ、俺は、何を——?」

 

 どうやら成功したようだ。

 ギャングのボスは黄泉たちに今までの非礼を謝罪して、すぐさま去っていった。

 

「あれ、また会いましたねお客様!」

「ミーシャ、この灰色のトモダチを知ってるの?」

「彼は大切なお客様で——最近お友達になったんです」

「……ありがとう。こんなに早く再会できるとは思わなかった」

「俺も俺も」

 

 どうやら先ほど「仮面の愚者」と呼ばれる集団が町で騒ぎを起こしていたらしく、この場所に偶然居合わせた黄泉はその取り調べを受けたそうだ。しかし、その最中に誤解が生じ、先ほどのようなギャング集団とトラブルになってしまったのだとか。

 

「このお姉さんも知り合いなの?」

「一度会ったことがあるだけで、知り合いというほどではないさ。彼はホテルでも私を助けてくれた優しい人だ。しかし……先ほどの彼に一体何をしたんだ?」

 

 黄泉にもクロックボーイには見えていない様子だが、穹が『クロックトリック』を使ったことには気がついたみたいだ。

 事の顛末を伝えれば、どうやら思い当たる節があるようで———

 

あなたと別れてから程なくして、私はホテルで黒いベールを纏った女性に出会ったんだ。彼女も招待されたらしく、私たちはグラスを手に取り、宴の話をしながら楽しい時間を過ごした。ただ彼女の名前を聞くのを忘れてしまってな……『ガーデン・オブ・リコレクション』から来たことだけはわかっているんだが」

 

 ガーデン・オブ・リコレクションとは「記憶」の派閥に所属する組織であり、銀河に巡る人やモノの記憶を収集して残すことを主な目的としている。

 彼らはミームの形で世界をめぐり、特定の人の前にだけ現れるため、このクロックボーイの存在も彼らと同じようなものなのではないか、という推測だ。

 

「とにかく、またしても世話になったな。私は2人の……デートの邪魔をするつもりはない。どうか、夢の中で楽しい時間を過ごしてくれ」

「デ、デートじゃないから!」

「ふふ」

 

 顔を若干、赤く染めたホタルに対し黄泉は微笑を浮かべて去っていってしまった。

 

「チクタク!助けてくれたありがとう!こっちはもう大丈夫だから、君たちも好きなところに行くといいよ」

「助けていただきありがとうございました。また、縁があったら会いましょう!」

 

 ミーシャとクロックボーイも彼らに別れを告げて離れていく。

 少々、脱線してしまったがようやく秘密のアジトに向かうことができそうだ。

 


 

 それは細く狭く険しい道のりを抜けた先にあった。

 観光客が本来訪れてはいけない黄金の刻の境界。夢境の端の端にある観光スポットではない人々の営みが残る古ビルの街並み。

 喧騒は嘘のよう止み、静寂が街全体を覆い隠す。

 夢境の中で誰かの歌声が木霊していく。

 工事の完了していない中途半端な形のビルの上。

 2人は雲上を流れゆく星々を見上げ、はるか地平線で輝く恒星を見守っていた。

 

「ここは夢の中に一番近い場所で、町の喧騒から離れて他の人たちの言い争いもない。誰にも邪魔されることなく、今の風景、人、夢を感じられる」

 

 美しい景色だ。

 時間が永遠に止まり黄金の夢になっていくような陶酔した感覚。

 ただ黙ってその鮮やかな景色に心を奪われていれば、隣にいたホタルは深刻な眼差しで告解をしてくれた。

 

「ごめんさない……本当が、あたしが『密航者』なの」

「……知ってたよ」

「やっぱり、君は騙せないね」

 

 彼女の故郷ははるか昔に滅びてしまった。

 それが反物質レギオンの仕業か、はたまた世界を侵食する害虫『スウォーム』の仕業なのかどうかは、真偽はわからないが、ピノコにーには彼女と似たような境遇の星間難民が多く存在している。

 調和はあらゆる人々を受け入れたが、結局はどの放浪者もこの輝かしい大都会の中で育ってきたわけではない。

 ここにいる人々が抱く夢は現実と変わらない。

 それはホタルも同じであった。

 

「"ロストエントロピー症候群"って知ってる?」

 

 この病気にかかった人は物理構造が不可逆的な慢性解離に陥り、ゆっくりとその存在を消していく。

 その消失は誰にも気づかれることはなく、残るのはただの空虚だけ。

 

 だが、今の彼女の様子を見るにどこも健康不良な様子はない。

 

「人並みに走ることも、ジャンプすることも、他の人と会話することもできる。全部正常に見えるの。ただ、いつも人より少し遅いだけ……」

 

 それがさらに遅くなり、世界と自分の境界を曖昧にし、現実と夢のように何もかもの区別がつかなくなってしまう。

 

「だから、どうしても拒めなかった。この夢の中ではあたしは冷たい『医療カプセル』の中にいなくてもいいんだから。医者の言葉を忘れて、自分の体で好きなものを聞いて、見て、触って、考えて、感じられる。この世界は真実じゃないけど、この感覚は何よりも大切なの……今、この瞬間のように」

 

 穹は彼女にどんな言葉をかければいいのか、わからなかった。

 

「ごめんなさい。ちょっと事情があって。まだ全部は打ち明けられないの。でも、君と敵対するつもりはない。『時計屋の遺産』を追い求めているのは本当だけど、それをめぐって対立するなんてことはあたしは望んでない」

「うん、俺もだ」

「ありがとう。……それに、あたしのもう一つの目的は……ううん、これも今話す内容じゃない」

 

 焦土の夢を見た。

 一本の新芽が土を突き破り、朝日に向かって誰かに囁く。

 この夢の地ではあらゆる可能性が満ち溢れている。

 忌々しい過去は泡のように消え、向き合いたくもない明日は永遠に訪れない。

 

「招待状の内容を覚えてる?——生命体はなぜ眠るのか。あたしはね……夢から覚めるのが怖いからだと思う」

 

 沈黙が2人の間に降りる。

 生命が眠る理由。そんなことを彼は考えてこともなかった。

 

「なんだか重苦しい雰囲気になっちゃったね。ごめんなさい、こんなはずじゃなかったんだけど……どうすれば、空気を変えられるかな。そうだ——君には列車に友達がたくさんいるんだよね?こういう状況の時って、いつもどうしてるの?」

「パムが霧吹きで俺たちを落ち着かせる……」

「霧吹き……は流石に今持ってないかな。他に方法はないの?」

「悠仁がめっちゃおもしろいギャグを披露してくれる」

「………………へぇ、愉快な人なんだね。でも、あたしはちょっとセンスがないから難しいかも」

「あとは、なのかが俺たちを巻き込んで自撮りをしたりとか……」

「自撮り、自撮り……それいいかも。1人で取るのはちょっと慣れないから、一緒に撮らない?記念だと思って」

 

 ホタルがスマホを受け取り、カメラを開いた。

 フレームに2人とも収められられるようにあなたは腕を伸ばしてスマホを高く掲げた。

 

「1……2……チーズ!」

 

 シャッター音が切られ、美しい夢の景色を背景に彼らの笑顔が投影される。

 そのよく撮られた写真を眺めていれば、星穹列車のグループトークにメッセージが送られてきた。

 どうやら事態に進展があったそうだが、その文脈を見たところ、状況はあまり喜ばしいとは言えないようだ。

 

「もう帰るの?時間が経つのって本当に早いね。それじゃああたしも現実世界に戻って休もうかな……『黄金の刻』でお別れしよう」

 

 それに賛同し、黄金の刻へと戻ってきた2人。

 どうやらホタルが言うには、現実に戻るためには最初、穹が訪れたあの巨大な羅針盤の前へといけばいいようだ。

 しかし、様子がおかしい。

 あれほど賑わっていたはずの『黄金の刻』には人っこ一人姿を見せず、ドリームボーダーと同じように静まり返っていた。

 

 警戒しながらも黄金の刻の入り口へ戻ってくれば、そこに待ち受けていたのはあのサンポだった。

 だがいつもの軽薄さは消え、失望の濁った眼差しをただただ向けていた。

 

「またお会いしましたね。ああ、僕の忠告を気にもかけていないようだ。……残念です、そんなにその少女に夢中なのですか?あなたは本当に、周りが見えていない」

「気をつけて。今ならはっきりわかる。君の友達には問題があるって」

「おや、この勇敢なお嬢さんはあなたを守りたいようですねぇ。あなたたち、そんなに親密な関係でしたっけ?」

「……ふざけないで」

「あなたの性格、とっても好きですよ、お嬢さん。そこの芦毛や小指と違ってあなたの鼻が効くことも認めましょう。それでもあなたは集団に遅れを取っている。この状況になってもファミリーの隠した秘密に気づいていないのですから」

 

 そう言って、サンポ——いや、サンポの姿をした何者かはゆっくりと足を踏み出す。

 

「本当に、芦毛ちゃんたちには失望したよ」

 

 金魚が揺れ、揺蕩う。

 赤い花びらは人を角わし、遊泳する魚影は意識を惑わす。

 視界は歪み、夢は幻になる。

 すでに2人は彼女の手中に収められ、誑かされて夢の体も重くなる。

 

「悪いけど……本当の夢境の中で」

 

 吐き気はなく、途方もない虚脱感に襲われ彼女の接近を許してしまう。

 

「ちょっと眠ってて」

 

 波紋が浮かび上がり、穹とホタルの体は勢いよく地面に落ちることになる。

 落ちゆく瞼の下で最後に見たのは、知らない少女の軽い足取りだけだった。

 

 

 

 

 

 

「うんうん、よく眠れたかな〜?」

 

 仮面の愚者——愉悦の派閥に属し、己の快に準ずる享楽集団。

その一角である幼い姿をした和装の少女——花火は狐の仮面を撫でながら2人が眠っている様子を間近で観察していた。

 

 イタズラに成功した子供のような笑みを浮かべ、彼女は穹に手を伸ばそうとし——

 

「おいたがすぎたな」

 

 意識を落としていたはずの穹の瞳が開かれる。

 燃えるような真紅の瞳を浮かべ、体を入れ替えた悠仁の手が露骨に苛立ちのこもった声と共に躊躇なく花火に差し迫る。 

 

 避ける暇など、ない。

 

「はい、そこまで」

 

 よく知っている、しかしここにはいないはずの人物の声が聞こえた。

 悠仁の視界に映っていたはず黄金の刻はいつの間にか見知らぬホテルの客室へと様変わりし、首筋を掴もうとしていたはずの手のひらは空気だけを掴んでいる。

 一瞬、現実のホテル•レバリーへと戻ったのかと思ったが、部屋を見渡せばどこもかしこも散らかっていて、客室のようには見えない。

 

「……やっぱり、何か隠してやがったな、アイツ」

 

 あの声はおそらく本物のサンポのものだ。

 攻撃の矛先を花火に向けていたため、本物への意識が薄れてしまい、その隙を突かれてしまった。らしくないミスだ、『調和』の調律を受けなかった影響がここにも出てきている。

 想定外のジョーカーの存在にため息を吐きながら、彼は見知らぬ客室から出た。

 

 




———黄金の刻にて

「まったく、あなたの提案に乗った僕も僕ですが、こんなこと命がいくつあっても足りませんよ」
「え〜?ひよってちゃダメだよ、サンポちゃん。それでも愚者のつもり?」
「仮面を返してもらっていなければ、僕たちは今頃首から下とお別れだったというのに……少なくとも僕はこれ以上付き合いきれませんからね。次、悠仁さんに会えば本当に殺されてしまいますから」
「はいはい、小指ちゃんには花火がフォローを入れてあげとくから、安心してねー」
「なーんにも安心できる要素がありません……」
 
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