奇物:両面宿儺の指   作:二等辺大三角形

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感想が増えてきて嬉しい。どしどし送って欲しいです。私が嬉しくなります。
やっぱブラザーはすげえなぁ。

それはそうと遅くなりました。忙しい中書いたので粗が多いかもしれません。


死にゆく騎兵に敬礼を

 

「穹ー……はしばらく起きなそうだな」

 

 ホテル・レバリーの客室とは異なる異様な雰囲気の室内を見渡す悠仁。

内側で眠る宿主に声をかけるも返事はなく深く意識を落としてしまっている。

 あの仮面の愚者の少女———花火とやらが何をしたのかはわからないが、ろくなものではない。

 

「とりあえず、探索するしかねぇか」

 

 少なくとも客人をもてなすために作られた場所ではない。

 消えた灯り、乱雑に置かれたカーペット、画一性のない連続する空間はまさに夢の中のいると錯覚される。

 人の気配はなく、周囲を闊歩しているのはこちらを見るなり襲ってくるモンスターばかり。

 ビールを投げつけてくる機械仕掛けのゴリラや、衝撃波を吹き飛ばしてくる手足の生えたコミカルなテレビなど、多種多様でありながらどこかポップな姿を持っている。

 ホタルが話していたナイトメア劇団と呼ばれる集団だろう。悪意を持ってしまった憶質の集合によってできたモンスターのようなものであり、人々の負の感情から発生したと考えると呪霊に近しいものを感じる。

 危険な存在とはいえ、悠仁にとっては烏合の存在でしかなく術式すら使うことなく素手で制圧していった。

 

「マジで人いない……みんなどこ行っちまったんだ」

 

 あれほど雑踏としていた街中の雰囲気はどこへいったのやら。

 夢の中であるからか、壁の上を歩いたり柱を降りたりなど現実では決してあり得ないような移動方法を使って彼は出口を探し続ける。

 調律を受けていない影響で平衡感覚が狂っているが、この程度であれば平然と耐えられる。

 長い道を歩いていけば、ようやく休憩所のような広間らしき場所に出てきた。

 

「あっ、穹!」

 

 背後からよく知った少女の声が聞こえた。

 どうやらホタルもまた、この空間に攫われてしまっていた様子だ。その安堵の声を聞いたところ、よほど穹のことを探していたみたいだ。 

 

 (……これどうする?)

 

 当たり前だが彼女は悠仁の存在を知らない。

 ここで穹のフリをするのはアリだ。

 しかし、彼に演技力に自信はないし、ホタルの目を欺けるとも思えない。

 先ほど、他人に成り済ますことのできる「仮面の愚者」が現れたのだから、余計に警戒させてしまう可能性だってある。

 であればそっくりの双子だと偽るか?

 多少強引ではあるが、誤魔化しには適している……しかし、この体の奥底で眠っている穹が目覚めた後のことを考えたらやはり却下だ。

 

 (ま、普通に話していいか)

 

 わざわざあれこれと悩んでいる暇もないので正直に打ち明けてしまおう。

 そう決めて、振り返ろうとしたその時——

 

「動かないで」

 

 駆け足で近づいてきたはずの彼女の足が止まる。

 かけられた声は穏やかとはいえず、不信感が募っていた。

 

「君は……誰?」

 

 なお、即バレした。

 悠仁は敵意がないことを示すためにとりあえず両手を上げゆっくりと振り返る。

 顔に紋様を浮かび上がらせ、暗意に別人であることを彼女に仄めかす。

 

「あー、落ち着け。ひとまずこっちに害意とかはねーから」

「……一体、何者なの?」

「俺は虎杖悠仁。こいつの中で眠っている……まあ、同居人みたいなもんだ」

「彼に何を……」

「何にもしてないって。やったのは俺じゃなくてあのサンポに化けてた変なヤツのせいだ。恨まれるのはお門違いだぞ」

 

 どういうわけか随分警戒されてしまったらしい。

 何か彼女の気分を損ねるようなことをした覚えはないが、思い返してみれば今まで平然と受け入れられていた方がおかしかったのかもしれない。

 宇宙ステーションでは当たり前のように実験体として扱われたし、宇宙と関わりの少ないベロブルグではへぇ〜宇宙ってすごいね〜で終わり、仙舟には似たような存在がいるらしく平然と受け入れられた。

 普通、人の体の中に別の人物がいるなどと聞かれたら訝しむのは当然だ。

 銀河の世界観に慣れすぎてしまったせいか、自分の立場がこの世界でも異端者側であることを忘れてしまっていた。

 

「そんな怖い目で見ないでくれ。コイツの意識が回復したらすぐに引っ込んでやるからさ」

「今までずっとあたしたちを監視してたってこと?」

「そういうつもりじゃあなかったんだが……」

 

 空気を読んで若者2人の時間を楽しんでほしいという意を込めて黙りこくっていたわけだったのだが、どうやら裏目に出てしまったようだ。

 若い頃はこんなふうにピリピリしてる時期もあったなぁ、などと若干現実逃避に浸る。

 

「よしっ。ひとまず俺のことは置いといて、ここから脱出する方法を探そうぜ。その方が穹にとってもオマエにとっても安心安全だろ」

「…………それは、そうだね」

 

 揉めごとを起こしている状況ではないことを彼女は理解してくれたのか、それ以上追及することはなかった。

 やはり彼女の中で穹は何か大事な存在らしい。

 正直、今すぐにでも正体を突き止めたい気分ではあるが、踏み込んだ質問をしたら彼女がどのような対応を取るかは目に見えているので言わないでおこう。

 

 悠仁がナイトメア劇団を片っ端から倒していき、その背後をホタルが距離を空けながらついてくる。

 

「ここがどこかわかるか?」

「わからない。少なくとも、あたしたちは夢の中にいる。でもここは"黄金の刻"とかと違って不安や薄暗が煮詰まってるような気がする。あの友達はここを本物の夢境って呼んでた」

「ファミリーとやらが何か隠してるってわけね。たしかにあのサンデーっていう兄ちゃんはアベンチュリンとは別の意味で胡散臭かった」

 

 そもそもサンポは友達ではないし。

 

 いくつもの時計の音が不協和音を奏で、それに混ざったオルゴールの音が耳に入る。

 天井から降り立つ泡の噴水。スラーダでできた不規則な桟橋。夢をつなぐ人型のパズル。

 

"ミハイル……何か心配事でも?"

 

 おぼつかない世界の裏にいる見知らぬ誰かの声も。

 どこかで聞いた事のあるような、ないような年若い少年の声。

 何かを、誰かを探す寂寥感に満ちた声音が文字として浮かんでは消えていく。

 

「ミハイル、知らん名前だな……ん?」

 

 細く長い通路をただただ静かに歩き、広間へとつながっている空間が現れた。

 無数の扉が四方に設置され、壊れかけのステレオテレビが一面に散乱している。

 時間を伝える気のない歪んだ時計は秒針を動かすことすらなく、部屋の中は暗闇に包まれていた。

  

 そして、ようやく彼の右腕が震え始める。

 

「時間か」

「……何をしてるの?」

「気にすんな。今、戻ってやるからっと……」

 

 肌に浮かんだ紋様が自然と消え、かき上げた髪が自然と下ろされる。

 

「あれ……ホタル、おはよ」

「もしかして、穹?」

「そうだけど……あれ、ていうかここ、どこ……?」

 

 頭の痛みを抑えつけながら、穹はようやく目が覚めた。

 見知らぬ天井に見知らぬ壁。あまりにも今までいた夢境とは異なる異様な雰囲気に呑まれ、意識はすぐさま鮮明になっていく。

 

「よかった、体におかしなところはない?」

「ああ、今のところは……そういえばここは?」

「わからない。あたしたちはちょうど、出口を探して彷徨ってたところなの」

「たちってことは、悠仁が出てきたのか」

「うん……あのさ、穹か————」

 

 彼女が何かを言いかけたそのとき、暗闇に包まれていたはずの部屋が明るくなった。

 

「!?と、とりあえずこの中のどれか一つから出てみよう」

 

 なんの前触れもなく電灯が点けられたことを不気味に思った彼らはひとまず目の前にある扉の中へと入っていく。

 長い通路を抜けた先には——テレビが散っている同じ部屋。

 

"助け—、助け◾️!"

 

 踊り狂ったサーカス団のように転調は狂い始め、時計の時刻は徐々にずれ始めた。

 壊れていたはずのテレビには砂嵐が起こり、どれだけ叩いても直りはしない。

 空間の上には無数の文字が浮かび、誰かが助けを求め続けていた。

 

"来ないで" "ミハイル" "早く帰って" "ボクを助けて" "◾️願い、◾️◾️やめて、◾️◾️◾️怖い……"

 

 恐怖は伝播し、不安は不信へと増幅される。

 目覚まし時計の音が無意味に鳴らされ、夢の世界は巻き戻され続ける。

 同じ部屋、同じ部屋、同じ部屋、同じ部屋。

 悪夢のように繰り返される世界を彼らはずっと走り去る。

 テレビのノイズは膨れ上がり、光は眩く照らされた。

 

 ————少年の声が聞こえました。

 

"死にたくない!"

 

 画面が暗転し、歪んだ単眼が映し出される。

 獣のように細長いその瞳孔は確かに穹と目が合った。

 散らばっていたテレビの群像に怪物の眼が次々と映し出される。

 

 そして夢を這う怪物の爪が天井を大きく切り裂いた。

 

 蛇のような、龍のような細長くうねる動体。

 手を模したような鋭い顎、無数に広がる単眼のような羽。

 歪んだ体は不恰好でどこが頭で手で足なのかすらさえわからない。

 

「ホタルは下がってろ!」

 

 バットを携え、危険なモンスターに構える。

 非現実を模した怪物に彼は自然と唾を飲み込んだ。

 夢の獣は耳を裂くような叫びをあげて威嚇の仕草をしてみせる。

 眼を模した羽を刃のように伸ばし、その記憶域ミーム——「死へ向かうのは何者」が彼らを外敵と認めた。

 

「◻︎◻︎◻︎◻︎!!」 

 

 尾を巻き上げ、それは瞳の刃を彼らに飛ばす。

 動揺を無理やり抑え込んだ穹は呪力をバットに流し込み、飛来した凶刃を一つずつはたき落とした。

 道中であったモンスターととても酷似している。

 ファミリーが隠している秘密はこれなのだろうか。

 

「ふんっ!」

 

 その鋭いかぎ爪をかろうじて避け背後に回ろうとしても、全身に目玉をつけた奴には通用しない。その細くしなやかな体では、たとえ不意打ちに成功しても急所にまで当てるのは難しい。

 

「◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎……」

 

 すると奴は床に潜航し姿を消す。

 霞のようにその姿を消す姿はまるで暗殺者のようだ。

 

「上から来るよ、気をつけて!」

 

 ホタルの助言を聞き見上げてみれば、天井に溜まっていたモヤの中から奴がもう一度姿を現す。かぎ爪が光り、禍々しい刃が穹へと差し迫る。

 

「存護の槍よ!」

 

 キィンという甲高い音と共に、炎の槍はその爪をなんとか防いだ。

 呪力で強化しているとはいえ、ここは夢の中。

 夢の中を練り歩いている記憶域ミームと比べて、調律したばかりの肉体では部が悪い。

 その力任せの剛腕はジリジリと穹の体を押し込んでいく。

 

「くっ……思ったよりも強い!」

 

 負けじと槍の横部を押し上げてなんとか態勢を立て直す。

 面倒臭いのはあの無数に広がる目玉。潰すために近づこうにも、奴はそれを察して姿を霧の中に隠してしまし、仮に一つを潰せたとしてもそれ以外の目が穹から視線を離してくれない。

 ならばどうするか。

 

(無機物に、呪力を流し込む——!)

 

 床に飛び散った石材の破片を掴み、呪力を込めて砕く。

 一つ一つの細かい粒に込められたそれはお世辞にも丁寧とは言い難かったが、穹はその破片を一斉にその記憶域ミームへと投げた。

 呪力は術師にしか認識できない。

 これは幾千時が経とうとも変わらない摂理であり、夢の中もまた例外ではなかった。

 それゆえ、ミームはその石つぶてが弾丸の威力で飛来することにすら気付かぬまま避けることなく弾丸の雨を喰らうことになる。

 

「◻︎◻︎◻︎◻︎ーーー!?」 

 

 呪力を込めた石材の破片は怪物の眼球にクリーンヒットし、余程の痛みを感じたのかミームは叫び声を上げながら暴れ狂っている。

 急所に命中したのは行幸であるが、ホタルとの距離が空いてしまった。

 そして運が悪いことに怒りで煮えたぎるミームの視線が穹ではなくホタルへと向かってしまったのだ。

 

「————っ!」

「ホタル!」

 

 彼女の瞳とバケモノの眼差しが交錯する。

 呪力を込めた足先で跳躍しようにも、あちらの方が早い。

 少しでも彼女に届くように手を伸ばす。

 しかし、その救いの手は別の者が差しのべた。

 

「凶兆よ、来たれ」

 

 地面から放たれる結晶体の巨大な腕。

 どこからともなく現れたステンドガラスから伸ばされた多腕は、怪物の体を赤子の手をひねるように最も容易く抑えつけた。

 

「正しい方法を知らなければ、『死』の陰からは逃れられないわ」

 

 紫のベールを身に纏う艶やかな美女。

 どこからともなく姿を現した彼女は懐からタロットカードを取り出し怪物へと投げつける。

 アメジストの如き輝きを持った鋼鉄の手が再現し、復活した「死」をもう一度取り押さえた。

 

「安心して、私は味方よ。姫子さんたちにあなたの捜索をお願いされたの。色々と聞きたいことがあるでしょうけど、今とりあえずここから脱出しなさい」

 

 そう言って彼女——ブラックスワンは新たに取ったタロットカードを空へ放てば、怪物の瞳が映る夥しい数のテレビの一つにカードが届き、眩く輝く扉が出現した。

 

「行こう!」

 

 目まぐるしく変化する状況に戸惑っていた穹の腕を掴んでホタルはすくまさまその扉の中へ突入した。

 視界を白が覆い、泡の海で眠っていたはずの意識が再び叩き起こされた。

 


 

 誰かの視線を感じ、穹はようやく目を覚ます。

 そこはホテルの客室のドリームプールの水の中。

 ひんやりとした感覚が徐々に意識を覚醒させていく。

 

「目が覚めたかしら、ねぼすけさんたち」

 

 それは夢の中で見たミステリアスな雰囲気を纏う女性、ブラックスワンだった。

 頭の中が疑問符で一杯一杯だが、ひとまず仲間と合流するため彼女は彼をホテルの休憩スペースに案内してくれた。

 そこには丹恒をのぞいた星穹列車の仲間が全員揃っており、穹の顔を見るなり安堵したように皆が揃えて小さなため息をついた。

 

「穹!大丈夫!?現実にも夢にもいなくて心配したんだから……」

「無事でよかったわ。紹介するわね、彼女はブラックスワン。ガーデン・オブ・リコレクションのメモキーパーよ」

 

 ガーデン・オブ・リコレクション。

 記憶の星神——浮黎を崇拝し追従する一団であり、彼らは己を縛る肉体を捨てミーム生命体として各世界に散らばる生命や物質の記憶を収集し続けている。

 どういうわけか姫子とは面識があった様子だが、姫子によれば夢境で偶然出会い夢境の調査の協力を買って出てくれたそうな。

 穹はこれまでの経緯を隠すことなく伝え、夢境で謎の赤い服を着た少女に襲われ奇妙な夢へと落ちてしまったと説明する。

 ブラックスワンはその少女——花火が「仮面の愚者」に所属する愉悦の運命を歩む者であることを知っているようで穹の落ちた夢は彼女と何も関係がない、と言った。

 

「『夢想の地』というのは、ファミリーが何らかの手段で大切に守ってきた成果であり、美しく造成された夢。彼らの落ちた記憶域は、夢境の本来の姿。混乱、危険、謎、変幻自在の迷宮に住む記憶の獣」

 

 彼女が言うにはピノコニーの美しい夢は「沈没」しているそうで、元の記憶域の姿に戻ろうとしているらしい。

 噛み砕いて言ってしまえば、それは夢境の崩壊を示している。

 宿泊客の安全すら保証できない。その証明こそ、先ほど遭遇したあの「死」の記憶域ミームだ。

 死と暗殺の象徴が、ファミリーが絶対安全と公言する夢の中に現れた。嘘を吐いている者が一体誰なのかすらわからない。もしかしたら、それにはファミリーも含まれているかもしれない。

 

「現状は十分理解したわ。あんたの提案に戻るのだけど……ガーデン・オブ・リコレクションはどんな理由で星穹列車と協力しようと思ったの?」

「ああ、少し訂正させて欲しいのだけど、これは私個人のお願いで、ガーデンを代表するものではないわ。答えは簡単、私はただ交換をしたいの。「記憶」に関する交換をね」

 

 彼女はメモキーパーでもありコレクターでもある。

 キラキラと輝く貴重な夢を見たいという彼女の美学が星穹列車の「開拓」の精神を見出した。

 

「私はあなたたちの潜在能力と、この舞台で放つであろう唯一無二の輝きを信じているの。それに……そこの彼の記憶にも興味があるわ」

 

 ブラックスワンの視線は穹——いや、彼の奥底にいる悠仁に向く。

 

「理由を聞こう」

「星神すら存在していなかった遥か彼方の惑星に眠り続けたあなたの記憶はとても貴重だもの」

「…………俺の記憶はキラキラってよりドロドロだからあんまり人に見せられるもんじゃないんだけどなぁ。つーか、この星に来てから当たり前のように俺のこと知ってる奴ばかりなんだけど、そんなに有名なった覚えがないんだが?」

「他の人たちが知ってる理由は存じ上げないけど、ガーデンの中であなたはそこの坊やに受肉する前から有名だったわ。あなたの指が天才クラブに渡るまで、それはあるメモキーパーの所有物だったの」 

 

 そのメモキーパーがとある天才に譲渡した「記憶」の一部が漏れ、ガーデンの中にも彼の記憶の一部を所有している者がいるそうで、皆が口を揃えてここまで素晴らしい記憶はないと述べたらしい。

 しかしガーデンはカンパニーほど公明で密接な関係を持つような組織ではないため、彼の記憶を銀河の中で見つけるのはゴミ山の中から宝石の粒を見つけるようなものだそうで、ブラックスワンは悠仁の「記憶」を熱心に求めた。

 悠仁にそれを拒む理由はプライバシーの観点を除いてあまり無いのだが、どうにも歯切れが悪い。

 

「あまり他人に自身の記憶を覗かれるのが嫌だという気持ちはわかる。無理して見せる必要はないぞ、悠仁」

「でもさ、夢境の中でも自由に行き来できるブラックスワンの能力があれば探索がもっと楽になるかもしれないよ?」

「あー、うん。いや、見られることに抵抗はねぇんだけどさ……」

「もちろん、今すぐになんて自分勝手なことは言わないわ。目下の問題が無事に解決した後でも構わないし、協力は惜しまないつもりよ」

「…………わかった。念のため言っておくが苦情は受け付けないからな」

 

 とはいえ今後のことを考えるためにこちらでいくつか話し合いをしておくことにした。

 彼女の話は完全には信用できない。

 しかし、もし本当に夢境で異変が存在していて、それを裏で操っている者がいるとしたらそれは「時計屋の招待状」と関係がある可能性は高い。

 誰かが外部の勢力を引き入れてファミリーを揺さぶりピノコニーを掌握しようとしているのか、それともファミリーが自分たちを守るために送った救援だったのか、はたまたそれ以外か。

 少なくとも、ナナシビトの暗号文を発信した人物と夢境の異変の黒幕は同一人物である可能性が高いだろう。

 

「俺からもいいかだろうか。ハウンド家や来賓に聞いたところ、ピノコニーで銀色の鎧を着た背の高い男性を目撃したらしい。彼らの情報源を探った結果、これを手に入れた。ほら、送ったから開けてみてくれ」

 

 スマホをいじり、星穹列車のグループチャットに一つの動画ファイルが添付された。

 その動画のマークは見覚えのある銀色の狼。画面が移り変わり、よく見知った人物の姿が映し出される。

 

「こほん、聞こえる?久しぶり、星穹列車。ピノコニーは楽しかった?」

「これって……あのハッカー娘!」

 

 声の主は星核ハンターの凄腕ハッカー銀狼であった。

 どうやら録音らしく、彼女は一方的にこちらに情報を流してきた。

 

『真面目な話をするけど、あなたたちがピノコニーの異変を調べてることは知ってる。むしろワクワクしながら見させてもらってる。ファミリーが何かを隠そうとしてる、そうでしょ?親切で優しい私があなたたちに情報を共有してあげる。残念だけど楽しい休暇は終わり。このコードをドリームプールに入力して隠しマップに行ってみて』

 

 グループチャットに、いつの間にかコードの羅列が送られている。

 

『それと"サム"のことはもう聞いてるよね。楽しみにしてて。あいつは単純な性格で、正々堂々とした勝負が好きだから、あなたたちときっと『気が合う』と思う。ああでも虎杖悠仁、あなたは気をつけた方がいいよ。理由?教えないに決まってるでしょ?——おっと、そういえばあいつから伝言があるんだった。『辿り着けない夢の中で、まもなく演目の幕が上がる』だってさ。頑張って、もういろんな勢力が動き出してるから、星穹列車も遅れを取らないように!』

 

 そう言って、添付されていた動画ごと彼女の記録は削除されてしまった。

 

「星核ハンターの奴ら、ピノコニーにまで根を張ってるなんて、ほんとにしつこいね!」

「なんか悠仁の名前呼ばれてたな。モテモテじゃん」

「俺にモテ期はちょっと遅すぎるな」

 

 情勢は明らかになった。「時計屋の遺産」をめぐって各勢力がそれぞれの目的を持って互いにバランスを保っている。

 その遺産が何かはわからないが、この争奪戦は遅かれ早かれ罪のない人々にも波及するかもしれない。

 

 『熔火騎士』サム——グラモスの鉄騎の残党で遺伝子改造戦士。常人とは異なる認識を持ち、行動は果断で妥協の余地はなく、カフカや刃にも劣らない危険分子だと言われている。

 今後のことを考えるに、星核ハンターの罠にあえて乗ってみるのはアリだ。

 

 一同はブラックスワンに同行を申し出た。

 快く了承した彼女に従い、彼らは夢の中へと再び足を踏み入れる。

 夢境の中でもう一度仲間と合流するため、ブラックスワンとともに夢のホテルを歩いていた矢先彼らが出会ったのは——

 

「む、どうしてあなたたちが?」

「それはこちらのセリフよ」

「また迷子?」

「その言い方は正しくないな。私はただ、自分がどこにいるのかわからないだけだ」

 

 つまり迷子である。

 なんと夢境のホテルで出会ったのはホタルではなく黄泉であった。

 彼女もまた、あの仮面の愚者と接触しこの夢の回廊にまで連れてこられたのだとか。

 

「ともかくいいところに来てくれた。この夢境は危機に瀕している。目的が一致しているなら、私と一緒に行かないか?」

 

 あの「死」の怪物が姿を消しながら彷徨っていることを考えれば、同行者は何人いてもいい。

 黄泉の強さがどれほどのものかはわからないが、あの悠仁が彼女を司令級と評したことを考えれば実力を疑う余地はない。

 だがブラックスワンはあまり好意的には思っていないのか、彼女の同行の申し出には不安を隠せない様子だ。

 

「あなたは、どう思う?」

「黄泉が一緒なら百人力だ」

「ありがとう……心から感謝する。また、あなたに同行できて光栄だ、ブラックスワン」

「ええ……それが本心だといいのだけど」

 

 黄泉が同行者として加わることになったが、場の雰囲気はあまりいいとはいえない。

 黄泉は相変わらずどこ吹く風な様子でのほほんとしているが、ブラックスワンはどうやら彼女を警戒している。以前、彼女との間で何かいざこざでもあったのだろう。

 歪み、モンスターの徘徊するホテルを突き抜けながら、他の者たちの痕跡を辿っていく。姫子やなのかも手探りで進んでいるようだが、あまりうまくはいっていないらしい。

 

「待って、これは……?」

 

 記憶域にある残響を拾っていたブラックスワンの動きが止まる。

 

「前にあなたと一緒にいた女の子がいるわ」

「ホタルのことか?」

 

 なぜ?少なくとも、彼女も穹と同じように戻っていったはず。

 仮に彼が心配で戻ってきていたとしても、こんな夢の奥深くにまで来る理由はない。

 

「彼女は走ってる?いいえ……これは逃げてるのかしら?彼女の後ろに何か……まずいわ。2人とも、先を急ぎましょう」

 

 彼女の眼差しが自然と真剣になったことに2人は事態が急を要する事態であるとすぐさま理解した。

 走り走り走り続ける。

 ホテルの扉が閉まるたびに、思考が渦巻く水の流れに邪魔されて渦中へと引き込まれる。この扉の先にどんな景色が待っているのかは誰にもわからない。

 形容し難い暗黒が、胸から喉へと流れ込み窒息感が外から包み込む。そして、声が聞こえた。

 

『焦土の夢を見た。一本の新芽が土を突き破り、朝日に向かって咲き誇る。そして、あたしに囁くの。——人々はなぜ眠ることを選んだのか?あたしはね……夢から覚めるのが怖いからだと思う』

 

 誰もいない無人のロビー。

 生命体の気配はなく、荒らされた痕跡ばかりがそこには残る。

 遠くの監獄からの光だけが届くこの場所に彼女はいた。

 

「あれは……ホタル!」

 

 その場でぼうっと立っている彼女の背中に声をかけた。

 だが、様子がおかしい。

 穹の声に反応せず、こちらを振り向きすらしない。

 

「……ホタル?」

 

 不気味な様子におそるおそる近づき、彼女に手を伸ばせば————ドサリと彼女の身体が事切れた人形のように倒れた。

 

「ホタル!」

 

 持っていたバットすらも手放した穹は崩れ落ちゆく彼女の体を地面に当たるすんでのところで受け止めた。

 その胸には貫かれたような傷があり、流血するように夢の泡が彼女の肉体から溢れ出してくる。

 

「……穹?」

「ホタル、何があったんだ!?」

 

 周囲に飛び散った水の液体はそこで凄惨な事件があったことを物語っている。

 かろうじて意識を残していたホタルが最後に放った言葉は——

 

「ごめん」

 

 そして、その言葉を最後に強く抱きしめた彼女の身体が跡形もなく泡沫となって消えてしまった。

 

 後に残るモノはなく、彼女の行方は誰も知らない。

 穹がその手に掴めたのは命を燃やして終える蛍の光だけだった。

 




ホタルがネムリに刺されるシーンですが、原作準拠だとどうやっても刺される前に悠仁が止めてしまうので泣く泣く改変いたしました。強すぎるキャラって難しいな……



Ver.4.3 ネタバレ無し感想
色々とヤバいとお祭り騒ぎ状態ですが一言だけ。

もう丹恒の勝ちでいいよ。

もし悠仁がプレイアブルしたときの性能とか書いてもいい?

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