奇物:両面宿儺の指   作:二等辺大三角形

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えー、いろいろあって一週間ぐらいかかりました。申し訳ない〜。
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下人の行方は誰も知らない

 

 ホタルの命が奪われた。

 何者かが————いやあの「死」の記憶域ミームに胸を貫かれた彼女は泡沫となって消えてしまったのだ。

 後に残ったのは彼女の亡骸から飛び散った夢の泡だけであった。

 

「ホタル……」

 

 目の前で起きた凄惨な状況に彼の呼吸が自然と早くなった。

 心臓が高鳴り、視界は大きく認知を歪ませる。

 足元をふらつかせながら彼はなんとか起き上がったが、その顔には深い悲しみにと絶望があった。

 動悸が止まらず意識が混濁していく中で彼に一番最初に声をかけたのは————

 

「穹」

 

 他ならぬ悠仁の声であった。

 

「落ち着け。深呼吸するんだ」

「……何が起こったんだ?俺はまだ……夢を見てるのか?」

「……私がやるわ、虎杖さん。—————————落ち着いて、あなたは大丈夫」

 

 彼に声をかけられても動揺を隠せずにいる穹を見かねたブラックスワンが「記憶」の力の一端を使い、その動悸を鎮めてくれた。

 

「ありがとう……もう大丈夫だ」

「そう、ならよかった。こんな時に申し訳ないのだけど、私はここを離れて三月さんと姫子さんの安否を確認しにいかなければならないの……黄泉さん、虎杖さん、彼のことはあなたたちに任せるわ。すぐに戻ってくるから安心してちょうだい」

 

 「死」が今もなおこの夢境を彷徨い続けているのであれば姫子たちにも危険が及ぶ可能性がある。

 あの化け物の持つ鋭い鉤爪の凶刃が仲間たちにまで及んでしまえば……今度こそ彼は正気を保てないかもしれない。

 

 ブラックスワンは2人を残しその場に消えていった。

 

「……すまない、2人とも。私がもし道中で彼女と出会っていれば、このようなことにはならなかっただろう」

「黄泉のせいじゃない」

「それでも、私の選択が招いた結果だ」

「もう、大丈夫だ。だから……まずは状況を整理しよう」

「ああ……そうだな。私たちは真の敵がどこに隠れていて、どのように対抗すればいいのかをもう一度考える必要がある。心の痛みに思考を振り回されてはいけない。自分を保たなければ、正しい道は歩めないんだ」

 

 『敵に情けをかける必要はない。それは己に対する残酷な行為だからだ。だが、真の敵が誰なのかは、しっかりと見定めなければならない』

 ある人物が彼女に諭した言葉である。

 彼は今、刀を振るう意味とその代償を知らなければいけないのだ。

 そうしている間に姫子たちを見にいってきたブラックスワンが戻ってくる。

 

 「3人とも、ただいま。姫子さんから伝言よ。……いいニュースと悪いニュースがあるわ」

 

 彼女は憶泡を取り出し、それに額を当てるよう合図した。

 彼女の言うとおりにすれば、身を刺すような冷たさが体に入り込み、次第に集まって鮮明な映像と化した。

 どうやら2人はファミリーの手先に行方を阻まれていて、穹の状況を伝えれば急いで安全な場所に避難させるようにと言ってくれた。

 

「そういうことだから、彼女に頼まれたとおり、みなさんを連れて現実に戻ろうと思うの。話の続きは安全な場所についてからね」

「私も異論はないが……あなたの転送ゲートを開くつもりはないのか?」

「今の彼の精神は不安定だから、『乱暴』な移動法はできるだけ避けたいの。それに————戻る前にホタルさんのために何かできることがあるんじゃないかしら」

 

 彼女はここに眠るホタルの生きた痕跡を少しでも「記憶」することを提案してくれた。

 

「それじゃあ、出発しましょう」

「すまないが、後数分だけもらえないか?まだ……やりたいことがあるんだ」

 

 そう言って黄泉はホタルが泡のように消えてしまった場所へ身を翻した。

 彼女は足を止めて唇を引き締めて目を伏せる。しばらくすると腰をかがめて何かを掬い持ち上げた。

 

「死があなたの長い眠りを終わらせますように……そして、あなたを目覚めの世界へ導きますように」

 

 優しく光る弔いの灯火が、夢の空へと浮かんでいってやがて泡となって消えていった。

 地面に落ちていた見知らぬスマホを拾い上げ、未送信のメッセージを見つける。その中には、記念写真のようでとても幸せそうに笑い合う2人が写っていた。

 

「……なあ、悠仁」

「おう」

「悠仁には仲のいい友達はいたのか」

「まあ、いたな」

「じゃあ、その友達が死んじゃったとき、悠仁は…………いや、ごめん。なんでもない」

 

 どう思った?、だなんて聞けやしない。

 彼は以前、呪物となる前は400年ほど生きたと口にしていた。もしその友人が仙舟人のような長命者でもない限り、彼は多くの人を看取ってきたことになるだろう。

 だが、その時の気持ちを聞くなどあまりにもデリカシーに欠けていることは穹にもわかる。

 まだわずかに残っていた動揺と混乱のせいでうっかり滑らしてしまいそうになった口を塞ぎ、彼は憶質を無我夢中でかき集めた。

 

「寂しかったよ」

「…………そっか」

「でも前に進まなきゃいけないんだ。俺は呪術師だからな」

「俺も…………そんな風になれるといいな」

 

 これ以上、彼女の死を引きずってはならない。

 あなたにはまだ、「開拓」を続ける理由があるのだから。

 


 

 夢で満ちた世界の中を進んでいる道中、ブラックスワンが不意に足を止める。

 

「……どういうこと?憶質が急に、暗くなった?」

「あなたも気づいたか。まるで何かが燃えているような……」

 

 確かに匂いを嗅いでみれば、どこからか夢境にふさわしくない焼けこげた匂いが漂っていた。

 先を進めば、周囲に残っていたのはナイトメア劇団の焼け焦げた残骸が散らばっている。

 モンスターの死骸には狭く深い傷跡が残されており、周囲には灼熱で焼かれ焦げた痕跡があった。

 

「悠仁の炎で焼かれたみたいだ」

「俺のはこんなに器用に焼けないさ」

 

 黒焦げになった痕跡をみれば、つい最近ついたような焦げ臭い香りと熱を感じる。

 招かれざる客はそう遠くまで行っていないようだ。

 

「これらの残骸の記憶から判断すると……その人物は大柄で平均的な成人男性よりはるかに頑丈。行動に迷いがなく、全て一撃で命を奪っている————傭兵かあるいは殺し屋かもしれないわね」

「それって……」

「銀狼が言ってた"サム"って奴のことか?」

「彼はロビー側のドアから入ってきて、ホテルのさらに奥へと向かった。だとすれば……なるほど。できるだけ早くホタルさんの姿が焼き付けられた記憶域に向かいましょう。彼の目的地もまた、彼女と同じだとすれば———もう現場には何の手がかりも残っていないかもしれないわ」

 

 記憶域にいるモンスターの残骸を見ながら彼らは夢境を縦横無尽に駆け巡る。

 メモキーパーであるブラックスワンの協力もあってか、その足取りはとても軽い。

 彼女に連れられ、彼らはようやくホタルの痕跡を見つけることができた。

 

 壁一面に巨大なスクリーンが置かれた歪な空間にホタルの残響の姿が浮き上がる。

 

『あの時、穹が出会ったアレは……きっと、"時計屋"と関係がある』

「彼女、あなたの名前をあげたな」

「陰でもそう呼んでいるなら、あなたたちの関係は本当に悪くなかった見たいね。ともかく、彼女は自分の発見を誰かと共有していて、しかもそれは『時計屋』と関係がある」

 

 彼女にはどうやら協力者がいたようだ。

 「記憶」の残響から見えない誰かと会話をしている。

 無数に連なっていく彼女の影を追いかけてゆくと、見知らぬ部屋でその記憶の結晶が動きを止めた。

 

『どうして……!これじゃあ約束と違う……!!』

 

 状況が変わり始めた。

 ホタルの同行者は道中で彼女を裏切り行方をくらませたらしく、さらに別の誰かにも追われていた。

 ハウンド家の者だろうか。

 

 いや、違う。

 逃げて走りゆく彼女の口から溢れた言葉の中には「メカ」という文字があった。

 ハウンド家が追っている犯罪者の中にも「銀色の鎧を着た大柄な男性」がいる。

 おそらくホタルと星核ハンターのサムには何かしらの関係がある。先ほどから辺りに転がっている黒コゲの残骸から、彼は周囲を巡回していたのかもしれない。

 しかし妙なことにそのサムの姿は視認できず、こうして調査をしている一同を放置した状態にしている理由がわからないままだ。

 変幻自在の記憶域の通路はただの迷路より複雑怪奇だ。

 

『出口だ……これに沿っていけば出られるかも……』

 

 そんな迷宮を抜けることに成功したホタルにとってこの時は知る由もないだろう。

 この道が最終的には「死」の巣窟へ繋がっているとは。

 

 そうこうしているうちに、彼らは再び夢境のロビーへと戻ってきていた。

 漂っていた焦げ臭い香りがより充満していき、あの凄惨な事件が起きた場所へと辿り着く。

 あの時と変わらない、まるで夢見に落ちたようなあやふやな感覚。

 

「あそこに、誰かいる——」

「いよいよ表舞台に出るつもりなのかしら……『星核ハンター』、サム」

 

 いつもと違うのは、その中央に銀色の甲冑を身に纏った大男がいることだろうか。

 

 煉獄のように火種は飛び散り、ナイトメア劇団の残骸を手に持っていたその男が振り返る。

 その銀色の装甲は輝きを失うことはなく、体を動かすたびに内部で金属の破片が精密に動作している音が聞こえる。

 兜で覆い隠したエメラルドのような複眼をこちらに向け、殲滅した烏合の衆を彼は無造作に捨て去った。

 

『巡海レンジャーに……メモキーパー。そして…………呪いの王』

 

 重圧な銀鎧を動かし、サムはその姿に似つかわしくない紳士的な口調で挑発をする。

 黄泉はすでに刀を携え、ブラックスワンはタロットカードを取り出した。

 穹もまた、得物のバットを手に握り呪力を流して獲物を見据える。

 

『このまま去れば誰も傷つきません。でなければ……全員、死にます!』

 

 戦はすでに始まっていた。

 サムの手のひらから溢れ出す炎はすでに奔流し、生命体のようにうねり夢境を焼いていく。

 一面はすでに炎の海。

 逃げ場はなく獲物と狩人の立場はすでに逆転している。

 

『掃滅 開始』

 

 有無を言わせる暇もなく、サムはその健脚を伸ばし彼らへと蹴りを入れ込んだ。

 大気の水分が一瞬で蒸発してしまうほどの熱気に包まれた豪撃が大地を勢いよく粉砕する。

 それをなんとか避け、炎の檻から抜け出すように彼らは自然と分散した。

 

『Action1 実行!』

 

 だがそれすら狙いだったと言わんばかりに、サムは攻撃対象を黄泉に定めた。

 モノアイが命を燃やすように光り、その灼熱はさらに熱を上げる。

 

「災厄の誓い」

 

 だがそれをブラックスワンの生み出した記憶の結晶の断片が防いだ。

 ガラス片のように砕け散った一つ一つの記憶の破片がサムの装甲に突き刺さるも、彼はそれすら気にすることなく猛進を続ける。

 

『私は……大海に火をつける』

 

 彼のコアらしき胸部から炎が旋風となって巻き起こる。

 バツ印を描いた炎の鎧は自身の肉体すらも焼き焦がし、焦土の夢を広げて行った。

 妥協を許さぬ、猛烈な姿勢に大きな人数的有利を持ちながら思うように攻めに転じることができない一同。

 

「黄泉さん」

「わかっている」

 

 赤い絨毯から無数の手が這い出し、サムの体を捉える。

 彼は歯牙にもかけず、その剛腕を用いて大きく振りかぶり結晶を粉々に砕く。

 出し惜しみなく放たれる純粋たる暴力。

 しかし、その大袈裟な動作が僅かな隙を作り出した。

 

 刀を鞘に入れたまま、黄泉の放った一線が鎧の胸部に命中する。

 

「やはり硬いな」

 

 その甲冑に傷は一つも付いてはいなかった。

 

『無駄です。今の状態のあなたたちでは私の鎧には傷すらつかない。…………いつまで静観をしているつもりですか?』

 

 黄泉も穹もブラックスワンもまた、自身の力を温存しているというサムの予想は的中していた。

 無論、その理由は彼を舐めているからではなく、戦いがいまだに序盤であり消耗を避けるため。

 彼の言葉はただの挑発であり、それにわざわざ乗ったり反応したりする者などいなかった。

 

 だからこそ、穹の中でその戦いを見ている悠仁はその言葉がたった一人————即ち、自分に向けられた言葉だと察している。

 だが、彼は顔すら出さないまま静観を決め込む。

 

『あくまで傍観者を維持すると?……いいでしょう。であれば、現実に戻り全ての人に伝えてください。あなたたちの旅を終わらせたのは星核ハンターだと』

 

 大気の熱はふたたび鼓動を起こし、サムはその場で大きく飛翔した。

 背部からのジェット噴射がその重厚な装備を羽のように飛ばし、彼の通った跡には炎の竜巻が荒れ狂っている。

 

『ターゲット……ロックオン!』

 

 空気は逆流し、灼熱を放出し続ける彼の体は彗星のように世界を落とそうとする。

 星一つが砕けるかもしれないほどの純粋たるエネルギーの塊が夢の跡地をも巻き込んで滅ぼさんとしてきた。

 

「……打ち勝てるか?」

 

 あれほどの質量攻撃を受け止め切るのは存護の槍でなければ不可能。

 しかし、あれほどの熱量をもった炎を相手に今の琥珀の炎では火力が弱すぎる。

 拮抗できたとしても、すんでのところで焼き殺される未来しか見えない。

 

(今の俺じゃあ炎を最大限燃やすことまでが限界だ。それならどうするか。それを教えてくれたのは……!!)

 

 焔が夢へ烙印を刻もうとするその刹那の瞬間、彼の記憶に蘇るのは自身の視界の中で見たあの光景。

 大海を瞬く間に蒸発させ、絶滅大君の身を灰燼にさせた壊滅の青い焔。

 

 彼は槍を構え、その先に火を焚べる。

 呪力を帯びたことで存護の槍は恒星のように照らされるが、それでも熱量はサムに劣っていた。

 

「槍先に、火を!」

 

 尖った槍の先の先。

 目を凝らしてやっと見ることのできる小さな蜂のような針に炎を集める。

 彼は「火を込める槍先の面積を減らす」ことを"縛り"とし、代わりに「その温度を大幅に上昇」させることに成功した。

 

『協定採択 焦土作戦実行!』

「存護の槍よ、揺らぐことなし!!」

 

 琥珀色の槍はアピスラズリのような光沢のある暗い青に染まり、槍先にはごく僅かな焔がそれでも消えることなく存護の意志として残り続けている。

 サムの火拳に青焔の槍は向けられた。

 生命を焼きほぐす赤き炎と消えることなく意志を灯し続ける青い炎。

 

 衝突はたちまち起こり、エネルギー同士のぶつかり合いが夢境の中に爆発音を轟かせる。

 高熱の衝突によって煙が立ち上り、穹の体はその余波で大きく吹き飛ばされていく。

 対するサムはその全身の鎧に若干の火傷痕を残してはいるが、稼動を停止した様子はなく、すぐさまその鎧からジェットを噴出させ穹の身体を今にも掴まんとした。

 

「させない」

 

 黄泉は手にもっていた刀をブーメランのように投げ、飛行していたサムの体にぶつけた。

 煙で視界が良好ではなかった最中に攻撃を受けたため、それに対応しきれなかった彼の頭部にその鞘がクリーンヒットした結果、均衡を保っていたその鋼の肉体はほんの少しだけ体勢を崩すことになる。

 黄泉はその隙を逃さず、彼と穹を引き離しながら次々と追撃を加えていった。

 

「よしっ」

 

 なんとか消耗を最小限に抑え立て直した穹が加勢に向かおうとしたその時—————————

 

「この舞台は譲ってあげましょう」

 

 眼前に割り込んできたブラックスワンは、その手にもった一枚のタロットカードを広げ穹の視界が暗転する。

 焦げ臭かった匂いは嘘のように消え、戦いの後は何事もなかったように彼は全く見知らぬ場所に立たされていた。

 緊迫した状況からあっという間に戦場の雰囲気が霧散してしまったことに彼は思わず拍子抜けしてしまった。

 ここは夢境?なぜこんなところに飛ばされた?黄泉とサムは一体どうなった?

 惚けかけた脳を戻し、ブラックスワンへと問いかけようとしたその時———————

 

「アッハッハッハ———————!」

 

 聞き覚えのある男の笑い声が響いた。

 

「素晴らしいショーを見せてもらったよ」

 

 振り返れば、その先のソファには一人の男が座っていた。

 軽薄さがうっすらと滲み出るような怪しい笑みを浮かべながら、虹色の瞳を浮かべたカンパニーの重役————アベンチュリンはソファから立ち上がりこちらへとゆっくり歩み寄ってくる。

 

「お疲れ様、メモキーパー。なかなかいい誘き寄せ作戦だったね。レンジャーとハンターが一緒にいるのを見た時は、さすがの僕も心臓が縮んだけどまさか君が成功するとは思わなかったよ」

「約束通り、この子をあなたの前に連れてきたわ。これで取引完了よ」

「……どういうことだ?」

 

 状況が掴めない穹の代わりに悠仁はわずかに苛立ちの籠った声で彼の疑問に答える。

 

「つまり、そっちは初めからグルだったってわけだ」

「おおっと、気を悪くしないでくれ隣人くん。君の相棒を騙したことは認めるけど、君たちはむしろ彼女に感謝した方がいい。何せ、彼女は君たちを騙したわけではなく—————むしろ救ったんだから……その、『巡海レンジャー』の手からね」

「何?」

 

 星核ハンターならまだわかる。

 彼らは星海でも名の知れた極悪非道の犯罪者であり、カンパニーであれば彼らを警戒するのは当然だ。

 しかし、どうしてここで「黄泉」の名前が出たのだろうか。

 彼女は明らかに何かしらの秘密を隠しているが、少なくともこちらを襲ったり騙したりなどといった悪意をもつ人物ではないことは短い交流ながらも理解できていた。

 

「ぶっちゃけ言うと、あの『黄泉』って女は君が思っているほど単純じゃない。隣人くんはうっすらと気づいてるんだろう?彼女は————死と終局をもたらす使令の一人だ」

「黄泉がホタルを殺した犯人だって言いたいのか?」

「まあ、君のガールフレンドの件に関しては僕は何にも知らないから言いようがないけどね。……おかしいとは思わなかったかい?君は当たり前のように彼女の隣で隣人くんと話をしていたけど、彼女はそれについて何も言わなかった。さも、最初からその存在を知っていたみたいにね」

 

 ブラックスワンが悠仁の存在を知っていたのは、「両面宿儺の指」がメモキーパーに渡っていたから。

 サムが知っていたのは、星核ハンターの他の仲間から聞いたから。

 

「お前の話を信じろと?」

「少なくとも、真実を何も言わない彼女よりは正直者のつもりさ。そうだ、カンパニーの資料をあげよう。君は『冥火大公』————トフェトのアフリートを知っているかい?」

 

 永火官邸————かの壊滅の主、ナヌークを信奉しているアナイアレイトギャング。

 星を焼き払い、略奪を行い、『壊滅』の意志を実践しており、その凶悪集団の名はこのピノコニーでも有名だ。

 どういうわけかファミリーは彼らにも招待状を送り、その結果として永火官邸は断ることなく宴の星を火の海にすると誓ってやって来ようとした。

 しかしその永火官邸のリーダー、アフリートが死んだことでその計画は頓挫し、永火官邸は完全に壊滅してしまったのだとか。

 犯人が神業とも言える手口でアフリートを惨殺し、彼らが受け取ったはずの招待状を奪った。

 

 そしてある一人の『巡海レンジャー』がピノコニーにチェックインする。

 その人物こそ、黄泉である。と彼は言いたいのだ。

 

 巡海レンジャーは神出鬼没でお互いの交流も乏しいため、隠れ蓑のとしては最適だ。

 

「カンパニーが調査するのもいいけど、それだと時間がかかりすぎる。だから、君が選んでくれ。……今すぐ振り返ることなくここを離れて、真実に近づくチャンスを永遠に放棄するか————あるいは、僕の誘いを受け入れ、ピノコニーをひっくり返せるほどの"真実"を知るか。僕には君の助けが必要だから、返事は待つけど————あまり長くは待てない。準備ができたら、ついてきてくれ」

 

 そう言ってアベンチュリンはこの大広間の出口へと向かった。

 そこでこちらが準備を終えるかどうかを待っているらしい。

 とりあえず、裏でアベンチュリンと取引をしていたブラックスワンの話を聞いてみよう。

 彼女には問いただしたいことが山ほどある。

 

「あら、傷ついた小動物のような顔をしているわね。それでも私と話をしてくれるの?私としては、まだあなたの心理療法士になりたいと思っているけれど」

「人の心を傷つけるような奴に心理療法士が務まるとは思えんがな。アベンチュリンの奴が俺のことを知ってたのも、オマエから聞いたんだろ?」

「ええ、そうね。それに関しては認めるわ。でもあなたのことについて話したのは私がアベンチュリンさんを信用しているからよ。彼は優秀な商人だから。この広大な宇宙で、商人ほど誠実さと契約を重視する人間はいないわ」

 

 ピノコニーでは誰もが嘘をつく可能性もある。それはもちろん、ブラックスワンも含めて。

 しかしガーデンは星穹列車の開拓の旅を妨害するような思惑はない。むしろ、彼らが切り開いていく未来を待ち望んでいるのだ、と彼女は言う。

 

「あなたが混乱しているのも、悲しんでいるのもわかる。あの女の子が誰であれ、一人の人間の終わるべきではない記憶が水に溶ける泡のようにに消されてしまったのだから……それでも、アベンチュリンさんを信じて欲しい。あるいは私を信じて。そして彼の言った"真実"を見てほしい。それが私たちをピノコニーの背後にある、より深い秘密に導いてくれる」

 

 少なくとも今の彼女の言葉にも嘘はない。

 しかし、騙されてここに連れてこられた身としてはそう簡単に首を縦に振れるわけでもなかった。

 

「俺はアリだと思う」

「悠仁もそう思うか?」

「アベンチュリンがイマイチ信用できんのもわかるけど、かといって黄泉の方を全面的に信じられるわけでもないし」

「情報は多いに越したことはないしな……仕方ない。行くか」

「ありがとう。ことが終われば必ず私が仲間の元に送り返すと約束する。それじゃあ、私はいざという時に備えてミームの形であなたの傍にいるわね。出発しましょう」

 

 そうしてアベンチュリンのもとへ向かえば、彼は穹の姿を見て満足そうに頷いた。

 

「君なら来てくれると信じていたよ、マイフレンド!あのメモキーパーは……まあいっか、多くは聞かないでおこう。僕は損する取引はしない主義なんだ。フレンド諸君、僕をがっかりさせないでくれよ。さあ、こっちだ」

 

 それはホテルを模した夢の回廊。

 小さな鯨の泡が廻遊してはどこかへと消えていく。

 なんの変哲もない廊下の右端に一つだけ、ほんのすこし扉の開いている部屋があった。

 

「さあ、着いたよ。このドアの向こうだ。目を凝らして見てくれ」

 

 そのドアノブを触り、おそるおそる開いた。

 

「ああ、そういえば今はちょうどあの時と同じ時間だね。そう、僕たちがゲームをした時さ。あの時、僕はたしかに君にこう言ったんだ」

 

 部屋の明かりはついていない。

 

「ゲームはもう始まっている。僕と取引をしよう」

 

 無尽蔵に散りばめららた泡を踏みながらアベンチュリンはドリームプールへと歩みを進める。

 

「君は断れない」

 

 賽はすでに投げられた。

 

「断る理由がない」

 

 彼は穹に視線を送り、ドリームプールにあったあるモノを見せつけた。

 そこにあったモノは……

 

「断る余地もない」

「!……なんで」

 

 ピノコニーが誇る世界的歌姫————ロビンが胸に大きな傷を残した状態で横たわっていた。

 あの傷跡は奇しくもホタルに残されたモノと同じ。

 眼を見開き困惑と驚愕の顔を見せる穹を他所に彼女の亡骸は泡沫となって消えていく。

 いなくなった彼女の跡を知る者はもはや誰もいない。

 

 「死」が、またもう一つの夢を奪い去った。

 

 

 

 

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