奇物:両面宿儺の指   作:二等辺大三角形

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アベンチュリンパート、黄泉とヴェルト会話パート全カットの影響でめちゃんこ話が進みます。


Night Dancer

 

 穹の視界のなかで息絶えたロビンの遺体が泡沫となり弾けていった。

 見間違いではない。あの名だたる歌手ロビンが今確かに胸に大きな傷を刻まれた状態で死んでいたのだ。

 

 「一応言っておくけど、僕はこの件と無関係だ。不運にも現場に居合わせてしまってね。信じられないならファミリーに聞いてみてくれ。彼らは僕やカンパニーを嫌ってるから嘘は絶対につかない」

「事件はここで起きたわけではないんだな?」

「ああ、今僕が見せたのは『記憶』の一部————もっとも単純な光円錐の表現技術だ。ここまで来ても、君はあの『巡海レンジャー』が無関係だと思うかい?」

 

 ファミリーは夢の中において絶対的な安全保障を誓った。危険に遭遇すれば強制的に目覚め現実世界に戻れるようにと。

 そんな約束ができるのは彼らが『調和』の庇護を持ち、破られることのない防衛戦を築き上げたから。

 その堅固な防衛戦を突破できる『死』を創り上げることのできる人物は誰か。ファミリーの許可がなければメモキーパーでさえ不可能だろう。

 

 星神の一瞥を受けた『使令』を除いて。

 

 つまり彼は命が惜しければ黄泉との接触は避けた方がいいと忠告したいのだ。

 

「マイフレンド、回りくどい話はやめて単刀直入に言おう————僕は個人的に星穹列車と取引をしたい」

 

 彼は遺産の争奪戦にはまったく興味を持っておらず、ピノコニーに来たのはある仕事のためだと言う。

 その内容は、かつてカンパニーが所有していた『辺境の監獄』に関する所有権の奪還である。

 ファミリーは隠蔽工作が上手い。

 「死」の存在すら隠蔽できていたのだから、ロビンの死も上手に隠し通せるだろう。

 そこで星穹列車にはロビンの死とファミリーの秘密事を暴いてもらい、そのチップを持ってファミリーを交渉のテーブルに引き摺り込んで欲しいとのことだ。

 星穹列車の名声は幅広く轟いており、「調和」も列車には正当な評価をくれる。

 

「もちろん、急いで答えを出す必要はない。あのナビゲーターのお姉さんは聡明だから、きっとこの価値をわかってくれるはずだ」

 

 そう言って彼は連絡先を綴った紙と、幾らかの資金を手渡し足早に去っていってしまった。

 今の取引に少なくともこちら側にとってのデメリットは存在しなかったように見えるが、やはり何か引っかかる。

 果たして「死」が本当にロビンを殺したのだろうか。

 黄泉は黒幕なのかどうか、など疑問に尽きない事ばかりだが、ひとまず彼はブラックスワンに連れられて混乱した夢境を通り抜けた。

 

 ブラックスワンは黄泉のことで調べ物があるらしく、彼に餞別として一枚のカードを手渡してくれた。「記憶」の力を込められた道標となってくれるタロットカード。どうやら、隠し事をしていた彼女のささやかなお詫びだそうだ。

 そして黄金の刻にて彼はようやく星穹列車の皆と合流することができた。

 

「ごめんなさい……あのとき、傍にいてあげられなくて」

「あのメモキーパーの言葉通り、夢境では暗流が渦巻いているな……みんな落ち込んでいる暇はない。俺たちには、まだできることがあるからな」

 

 穹と悠仁が夢境で閉じ込められたとき、彼らはファミリーの代表のサンデーと接触していたらしく、その際にとある事故で亡くなった者の調査協力を申し立たれたそうだ。

 その事故で亡くなった者はおそらくホタルのことであり、そこで彼はロビンの死を隠そうとしたのだろう。

 

「それとアベンチュリンは黄泉のことを警戒してる」

「ああ、あの『巡海レンジャー』のことか……」

 

 状況が混迷としており、誰の持つ意見が正しく、誰が悪意を持った敵なのか、それすらわからない。真実と欺瞞が渦巻く夢境は考えるだけで頭が痛くなりそうだ。

 

「結局、ウチらはファミリーとアベンチュリンに何て返事をすればいいの?」

「私の感覚で言えば、ファミリーに星穹列車への悪意はないと思う。乗員の人格を信用していなければ、外部の人間にスキャンダルと呼べるような事件の調査を依頼しないもの」

 

 ピノコニーはファミリーのテリトリーだ。彼らと手を組むことは今後の活動においても役にたつ。

 

「俺からしてみればアベンチュリンさんは一筋縄ではいかない相手だ。俺たちと交渉する時こそ意識して腰を低くしていたが、言葉に出さないところでじわじわと相手を追い詰めていた」

 

 しかし、状況がはっきりしない今、より多くの繋がりを築いておくのは悪いことではない。利害さえ一致すれば、彼は頼もしい味方となってくれるだろう。

 やはり星穹列車もファミリーとの距離は慎重に保ちながらカンパニーともバランスよく協力していくべきだ。どちらかが良からぬ企みを抱いていたとしても、その関係を断つことができる。

 リスクはあるが、それぞれの腹の中が分かった後にもう一度判断すればいい。

 

「後の問題は……黄泉さんのことか。彼女と接触した二人から見て彼女はどんな人物だった?」

「物静かだった」

「何事にも動じないタイプだったな」

「迷子癖がある」

「気づいたらどっか行きそう」

「持ってる刀がおしゃれでかっこいい!」

「髪が紫で長い」

「わかったわかった、もう十分だ。少なくとも二人は彼女を危険人物だとは思っていないんだな」

 

 少なくとも悪意を持ってこちらを騙したりするつもりはないはずだ。

 そもそも彼女がそんなことをできるほど器用な人物ではない、浮世離れした雰囲気を持つ彼女ではあるが、しっかりとした善性を持ち得ている。

 何も証拠がない状態で、アベンチュリンが黄泉を殺人犯として告発したのはなぜなのか。

 少なくとも彼の推論には明らかな根拠が存在せず、かえって穹の信頼を損ねてしまうかもしれない。

 

「今のところ、二人が目撃した二つの殺人事件がもっとも直接的な手がかりだから、そこから手をつけるのがいいと思うわ。一つ気になるのは夢の中で誰かが死んだ場合、その人が現実でどうなるのか気になるところね。ホテルでホタルとロビンさんの情報を探ってみましょう」

「それなら二手に分かれて行動するのはどうだ?実は夢境の中で少し気になることがあってな。……俺は先にそちらを調べたい。君たちとは後で合流しよう」

「気になること……?そう、わかったわ。じゃあ、そっちはお願いね」

「えっ?せっかく二人のタッグが見られると思ったのに……じゃあヨウおじちゃん、気をつけてね!」

 

 そうしてヴェルトと残りの三人は別行動を取ることにした。

 彼の言う気になることが何か知りたくもあるが、問いただしても答えてくれないだろう。

 去り際には—————

 

「一人だけで大丈夫か?」

「ああ、問題ない。そっちは頼んだぞ」

 

 要領を得ない二人の会話がやけに耳に残っていた。

 


 

 ホテル・レバリーにてロビンのことをそれとなく聞いてみたものの、特に彼女が死んだなどという情報は流れていない。従業員にすら漏洩しないあたりファミリーの徹底した厳重な警戒網が敷かれていると見て間違いない。

 さらに奇妙なことに、ホタルの情報も存在していなかった。

 密航者である彼女のことだから、痕跡は消したのかもしれないが、少なくとも偽の身分証ぐらいは必要だろう。

 それならばハウンド家の者に聞いてみようと、彼らはもう一度夢の中へと戻る。

 

「なるほど、わざわざ俺に会いに来た理由はそういうことか。……あの子のことは本当に残念だった」

 

 ハウンド家の保安長官であるギャラガーは、ドリームボーダーの屋上で仕事に当たっており星穹列車の一同の姿を見るなり、その口につけていたタバコの火を落とす。

 やはり治安維持にあたっているハウンド家の長官であるからか、彼はホタルの死について知っていた。

 

「だからファミリーに協力して、真相を明らかにすることにしたの。死んでしまったあの子のためにもね」

「ほぉ……まさかナナシビトがファミリーとつるんでるとは……これが神のイタズラってやつか」

「ファミリーが、どうかしたの?」

「いや、なんでもない。どんなに美しい夢に抵抗しようが、その時がくれば名残り惜しくなる、温かい場所から出たいと思う奴がいると思うか?」

「……何かを仄めかすような言い方ね」

「いや、そんなつもりはないさ。事件について聞きたいんだろ?それならついてきてくれ。ここは話をするのには向かないから場所を移そう」

 

 そう言ってギャラガーが向かった場所は、夢境の端にある小さな小さなバーの中であった。

 彼はいくつかのカクテルを用意し、一同に手渡す。

 

「結論から言えばあのホタルって女の子は地元の人間でも、招待を受けてやってきた客でもない。正真正銘の密航者ってことだ」

 

 そこまでは彼らもわかっていることだ。

 しかし問題はそこではない。

 宴の星では密航者もそれほど珍しいことではなく、捜査も難しくはない。

 事件後、ハウンドたちは夢境と現実世界の両方から追跡を開始したもののホタルの痕跡は何にも残っていなかった。

 現実空間での体も、夢の中にいた痕跡もまるで最初からピノコニーにいなかったかのように。

 

「はっきり言うが、彼女の状況は……お前らはおろか、ハウンド家にとっても初めてのことなんだ」

「つまり……ピノコニーには確かに『死』が存在するってこと?」

「ああ、もう隠す必要もないか。華やかな一面があれば、そこには人に言えないような裏の面もあるってことだ」

 

——夢の中で不可能を見届け、ピノコニーの父『時計屋』の遺産を探し出し、『生命体はなぜ眠るのか』という問いにお答えください。

 招待状にはそう記されていたが、このメッセージはおそらくファミリーから出されたものではない。

 ギャラガーが言うには、ファミリーと時計屋の関係は良好とは言えないどころか、敵対関係であったらしくハウンド家は彼を何年もの間捕まえることができなかったそうだ。

 おかしな言い方だ。まるでピノコニーが誇る大スターである「時計屋」をさも悪者のように言い表している気がする。

 ファミリーは星穹列車の調査で時計屋の尻尾を掴みたいのだろうか。

 

「時計屋は夢の地の伝説などではなく、”ピノコニーの分家史上最大の汚点”であり、すべての夢境の異変の発端だからだ。その裏切り者の名前はミハイル。彼こそが有名な時計屋だ」

 

しばらくして———

 

 彼らはギャラガーから時計屋の話を聞くためにある場所は連れて来られる。

 その名はクラークフィルムランド。

 ピノコニーで一番人気の映画エンタメセンターだ。

 

「あれ、『時計屋』の話をするんじゃなかったの?てっきり資料室みたいなところにでも行くと思ったのに」

「街の文化ってのは歴史においても最も信憑性のある注釈だ。お前からしたらここは遊び場かもしれないが、俺の目には監獄に見える。この星の過去を閉じ込めるためのな」

 

 ピノコニーはかつてカンパニーの監獄星であり、多くの囚人たちがガーデンのために憶質を回収していた。

 長期的に高濃度の憶質に晒されていた監獄では、人々が夢の中で交錯し現実世界のような生活を送るようになるという不思議な現象が発生した。

 それこそがこのピノコニーにおける夢境の美しい夢だ。

 しかし、何事にも代償はある。現実世界の苦しみを解消できなかった人々はカンパニーの鎖を断ち切り、自由のために戦い始めた。

 その代表者は夢境の街の兄貴分として知られるマスコットブラザーハヌのモデル———ハヌヌであった。

 ピノコニーの有名なキャラクターたちは美しき夢の中だけでなく、はるか遠い過去にも生きていたのだ。

 ブラザーハヌにモデルがいたとすれば、クロックボーイにも対応する者がいたはずで、その者は十中八九「時計屋」だろう。

 

「つまり歴史上の『時計屋』自身も過去の戦争に参加したってことになるんじゃない?」

「壮大な独立戦争だった。仮面の愚者、ナナシビト、虚構歴史学者、弔伶人、厄災前衛……ハヌヌは多くの仲間と他の星から来た客の助けを借り、戦乱を平定した。その中にはもちろん『時計屋』も含まれている」

「つまり、そうなると……時計屋は何百年も生きてるってこと?」

「わからない。俺がミハイルと会った時、彼はすでに『時計屋』だった。多分名前を引き継いだんだろうな」

「保安官さんって何歳なの?」

「……13歳」

「絶対嘘だ!」

 

 こんなおじさんの見た目をした13歳がいてたまるか。

 なお、青年の見た目をした推定400歳以上の老人もいるのだが。

 冗談はさておき、やはりギャラガーは時計屋ことミハイルと何らかしらの縁があったらしい。

 時計屋と繋がっていたのなら、ファミリーの裏切り者は……

 

「いや、俺は彼の仲間じゃない。数多くいる彼の『子供』のうちの一人だ。だが、確かに俺も裏切り者ではあるな。裏切ったのはファミリーではなく……ミハイルだったが」

「何をしたの?」

「何もしてない。それこそが最大の裏切りさ」

 

 彼には昔、背中を預ける仲間がおり、共にピノコニーのために心血を注いでいたのだが、ファミリーはそんな彼らに不義を働き、ミハイルを密かに中傷して辱めていた。

 それでもなお争い続けていた「時計屋」の勢力はミハイルが歳を取るにつれて弱まっていき、夢の地はファミリーの巣窟となってしまったのだ。

 ギャラガーは諦めてしまったのだ。

 運命を受け入れ、保安官というの名の檻を造られ、首輪を無理やりつけさせられた哀れな番犬だと彼は自嘲気味に嗤った。

 

「しかし……どうやらどこかに『時計屋』の名を継ぎ、密かにファミリーへの反抗を続けている奴がいるらしい」

「それは一体誰なんだ?」

「残念ながら、これだけの年月が経っても俺はそれが誰なのか掴めていない。もしかしたらミハイルの亡霊だったりしてな。これでわかったか?なんで俺がここまでお前たちに話したのか……あの娘の死はきっと『時計屋の遺産』に関係しているからだ」

 

 彼らが探している答えはきっとそこにある。

 

「さて、俺の知っていることは全部話した。お前らがこの老犬を対等に見ようとしてくれた礼だと思ってくれればいい……うん?スタジオの方で何かあったみたいだな。俺はもう行く。お前らの幸運を祈ってるぞ」

 

 そう言って彼は振り向くことすらなく立ち去っていった。

 その背中はどこか哀愁を漂わせていて、声をかけようにも言葉が見つからない。

 ホタルの行方は謎のままだったが、少なくとも今残っていた多くの疑問が解決された。

 時計屋の正体はクロックボーイのモデルのミハイルという男。

 ファミリーとは敵対関係であり、そのファミリーもまた一枚岩ではなく、夢と死の裏で激しい権力闘争が行われていること。

 そしてアベンチュリンが黄泉に因縁付けたことは全くの無関係であったこと。

 

「今回の調査で、随分と進展があったけど、もう少し考える必要がありそうね。ヴェルトに向こうの状況を聞いてみましょう」

 


 

 ヴェルトは彼らにとある人物を紹介したいとのことで黄金の刻で合流することにした。

 その人物こそ————

 

「姫子となのかは初対面だったな。彼女がアベンチュリンさんの言っていた『巡海レンジャー』の黄泉さんだ」

「はじめまして、私は姫子。星穹列車のナビゲーターよ」

「ウチは三月なのか!穹と悠仁とは知り合いだろうし、紹介はいらないよね」

「俺のことはクロックボーイって呼んで」

「じゃあ俺はブラザーハヌで」

「ちょっと、穹はともかく悠仁までボケだしたら真面目担当のウチがツッコミ疲れしちゃうでしょ!」

 

 彼らが黄金の刻で別行動をした後、ヴェルトは黄泉と接触していた。

 そこで彼女を信用に足る人物だと判断した彼は、彼女と共にオーク家について調べていたようだが、当主のサンデーが現れ、調査は中断してしまったそうだ。

 

「はじめまして。誰も私が現れたことに驚いていないようだが……」

「ヴェルトが一緒に行動するって決めたことは、あんたを信じてるってことだもの。私たちも同じようにヴェルトの判断を信じるわ」

「あなたたちの関係は羨ましいな」

 

 黄泉は危険分子ではないし、星穹列車に敵意を持っているわけでもない。

 ただアベンチュリンが一方的に犯人扱いしただけであり、その理由について彼に納得のできる説明を貰わなければならないだろう。

 少なくとも、ただ考えなしに行動しているわけではあるまい。

 おそらく彼もまたピノコニーの隠された秘密に気がつきそれを暴くために色々と画策しているに違いない。

 

「こうなった以上、彼の計画の中で星穹列車がその位置にいるのかが重要になる。最悪の場合、俺たちを利用してとんでもないことをしでかそうとするかもしれない。そこまで事態が発展した場合を考えると、味方は1人でも多いほうがいい」

「たしかに」

「ようやく主人公の出番ってわけだな!」

「また変なこと言って……いずれにしてもピノコニーの危機を無視するわけにはいかないよね」

「『時計屋』の謎を解き明かすには、カンパニーの持っている情報が必要になるわ。たとえあちこちにきかんげ潜んでいたとしても、それに立ち向かうのが『開拓』よね?」

「異論はないようだな。それで……黄泉さんは?」

「もちろん、同行させてもらおう」

「じゃあ、出発しよう!でも……どこに行けばアイツに会えるのかな?」

「心配いらないだろ。ああいう手合いのヤツはド派手に人を巻き込むのが好きなタイプだしな」

 

 悠仁がそうポツリと呟いたそのとき————

 

『レディース・アンド・ジェントルマン———』

 

 夢の地でアベンチュリンの声が大音響となって広がっていく。

 

『ピノコニー史上、最も驚きに満ちた、最も盛大なショーが、まもなく幕を開ける————スターピースカンパニーが皆さんをお待ちしております————是非クラークフィルムランドにお越しください!』 

 

「やっぱりな」

「役者と観客の両方が来なかったら、アベンチュリンさんの仕掛けが無駄になってしまうものね」

 

 これは彼から星穹列車に送られた挑戦状、はたまた謎かけのようなものだ。

 

「行こう、みんな———『開拓』の道を貫く時が来た」

 

 そうして再びクラークフィルムランドに戻ってきたものの、肝心の観客の姿は全くなく、ピノコニー随一の観光施設は不気味なほどに静まり返っていた。

 先ほどハウンド家が客を追い払っている姿もあったが、彼らもどこかに行ってしまったようだ。

 足元、天井さまざまな場所からアベンチュリンの声がスピーカーを通して聞こえてくる。

 人気のないカーペット沿いの街路を抜け、彼らが訪れたのは見上げるほど巨大スクリーンのある広場へと辿り着く。

 

『随分、遅かったね。星穹列車の諸君。そして、そっちの『招かれざる客』」

「言われた通り来たわよ、アベンチュリンさん。礼儀として、そっちも姿を見せたらどう?」

「もちろんそうするさ。でもその前に、改めて今夜の主役を紹介させて欲しい———拍手で迎えよう、『星核』くん!ああ、それと、親愛なる『隣人』くんも忘れずに!」

「お母さん、俺たちテレビに出たよ!!」

「俺もテレビ出演は初めてだなぁ」

「……」

 

 危機感が欠如している二人をなのかは呆れたように見た。

 

「このステージと穹の正体や悠仁の存在は真犯人逮捕とは関係ないはずだ」

『いいや、関係ならある。そうじゃなきゃ、どうして僕が君たちの信頼を得るために頑張ったり、ここに招待したりするんだと思うんだい?それはね——彼らが3件の殺人事件の唯一の目撃者であり、『夢境の中に怪我や死は存在しない』という定説を絵空事と証明するのに最適だからさ!』

「待て……3件だと?」

 

 一つ目は「死」に殺されたホタルのこと。

 もう一つは同じように殺されてしまったロビンのことだ。

 であればもう一つは?

 

『そう、三件目の殺人事件はここで起きる。ここ、クラークフィルムランドで———"本当に盛大な死"がね。君、君、君、そして君……全員が死ぬだろう。そう、全て君のせいでね、星核くん』

「何が言いたい?」

『もっとわかりやすく言おうか。僕は体内にある君の星核を爆発させてピノコニーでちょっとしたトラブルを起こそうとしているのさ』

 

 虚勢だ。

 どれほど強大な力を持っていようとも星核の制御はできない。

 たとえ使令であろうとも、それができる運命は限られているはずだ。

 仮にできたとしても、それを今までやってこなかった理由がわからない。

 市街地に穹を呼びつけて周囲の市民ごとドカンと巻き込んでしまえばいいのだから。

 

『僕はツガンニヤの砂漠から来たんだ。たった60枚の銅貨のために、人々は僕の体に焼印を入れ、枷に嵌め、磔にして、砂の中に埋めた。けれど僕は死ななかった。それどころか、流砂は僕をカンパニーの懐へ運んでくれた。覚えておくといい。僕は偶然一度勝ったんじゃなく、一度も負けてこなかっただけさ』

 

 画面に映るスペードのマークはその顔色を写さない。

 

『生命体はなぜ眠るのか。それは僕たちがまだ死を迎える準備ができていないからさ。毎晩夢を見るのは死に向かっているのと同じことだ。まさに今この瞬間も、僕たちは死の志を抱いて眠りについている。そして『死』も、僕たちの夢の言葉に合わせてやってくる』

 

———もうゲームはすでに始まっている。

 

『君たちは断れない———断る理由がない———その断る余地もない』

 

 大画面が暗転し、照明は落とされる。

 彼らは自然と武器を携え、懐から取り出した。

 

『賽は投げられた———さあ、ゲームを始める準備はいいかい?』

 

 何も写さなかった巨大スクリーンにアベンチュリンの姿が映しだされる。

 彼は穹が手に握っている琥珀の槍を一瞥し、鼻で嗤った。

 

『建創者の屑石か……なんの価値もない』

 

 足元に三つのサイコロが転がり落ち、穹の足元で止まる。

 浮かび上がるマークはすべてスペード。

 地母神に祝福された呪い子は壮大な死のためにすべてを捧げ終えていた。

 

『僕が勝つ』

 

 曇天の天井から黄金の雫が降り注ぐ。

 

『オールインだ!僕は死をも乗り越えてみせる!』

 

 計略が決して露見しないように彼の震える右手は青緑の宝玉を掴みとり、そして砕いた。

 煌びやかに輝くステージの上に道化のように仮面を貼り付けた怪人が姿を現す。

 

「すべてを———琥珀の王に!」

 

 ショーが幕を開けた。

 

「さあ、最後ま笑っていられるのは誰かな——ゲームスタートだ!」

 

 顔の見えない仮面に頭を覆い隠すほどのシルクハットを被ったアベンチュリンが天空より降り立つ。

 クリフォトの神体の欠片である基石の力によって彼の力は存護の使令としての権能を一部行使できるようになっていた。

 命よりも大事とされる基石を躊躇なく砕いた現在のアベンチュリンの力は未知数。

 彼は手のひらのチップを器用に動かし、卓上を支配していた。

 

「不運を味わえ」

 

 彼がパチンッと指を鳴らせば、頭上からいくつもの巨大なサイコロの目が雨のように降り注ぐ。

 

「避けろ!」

 

 賽の目は客席を削り取り、黄金を散らしていく。

 彼がサイコロを一度振るだけで黄金が湯水のように溢れ出し、チップの波が押し寄せてきた。

 

「存護の槍よ!」

 

 呪力を込めた存護の槍は折れることなく、その金貨を弾く。

 しかし、際限を知らないチップの波は穹の周囲からマムシのようにその体ごと呑み込まんとした。

 

「とどまれ」

 

 ヴェルトの生み出したブラックホールが黄金のチップを呑み込んだことで、攻撃は降り止みなんとか脱出に成功する。

 休みを入れることさえ許さず、アベンチュリンの攻撃は再開した。

 

「終局は空から訪れる」

 

 賽の目が踊るように飛び跳ね、無造作に大ステージの看板や装飾を破壊する。

 それは夢の中の光景を嘲笑い、盛大に台無しにしようとするようなピエロのようだ。

 

「ウチのとっておきをくらえ!」

「燃やし尽くせ!」

 

 存護の力を宿したあの装いはあまりにも硬い。

 なのかの氷の矢や姫子の長距離爆撃なども意に介さない。

 存護の意をその身に宿す彼のワンプレーは続いていった。

 

「君たちが持つ可能性は、僕が全力を出すのに値する!」

 

 気づけば盤上はルーレットに様変わりし、運命を決めるサイコロが転がり落ちる。

 手数はそれほど多くないため、こちらが対処に困るようなことはない。

 ただ、単純に硬すぎるのだ。

 呪力を込めた琥珀の槍を突き刺しても、できるのは微かな破片だけ。

 

 あの大ぶりな攻撃を避けることだけを続けていれば、いずれジリ貧になるのはこっちだ。   

 基石の力に時間制限などがあったりするのかどうかはわからないが、あれをその場で砕いてみせたことから今の彼の力は通常の状態よりも強大になっているに違いない。

 

「ヨウおじちゃん!」

「ああ、わかった」

 

 なのかが氷の矢を生成し、そこにヴェルトの虚数エネルギーが束となってまとわりつく。

 避ける仕草を見せず、余裕綽々な態度のままであったアベンチュリンの体にその停滞の矢が刺さる。

 そこにダメージはなく、彼の姿勢も崩れはしない。

 だが、停止の力によって氷の侵食が解けるのが遅くなり、それが彼の肉体を数秒間だけ押し留めた。

 

「穹、いまだ!」

 

 凍りついた状態では指を鳴らせず、彼の胴体はガラ空きだ。

 呪力で強化した健脚で彼は飛躍し、バットを構えて狙いをその歪な仮面へと向ける。

 

「ルールは破るためにある!」

 

 至近距離まで迫った彼の得物が黄金とはまた違う、色鮮やかな空色の輝きを作り出し、そこに黒い雷鳴が轟いた。

 

————黒閃

 

 黒光の火花が、その琥珀の仮面を砕き轟音がフィルムランドに響き渡る。

 非対称の仮面が砕かれ、その中から虹色の瞳が映りその眼差しには驚愕が浮かんでいた。

 

「——ハハ、ハハハ、アーハッハッハッ!いや、すまない。どうやら君のことをみくびっていたようだ。さすがだね、マイフレンド……さて——」

 

 期待を超えた穹の強さに彼は心の底から嬉しそうな顔を浮かべ、その顔はすぐに忌々しげなものへと変わる。

 視線の先は、ずっと避けるばかりでその刀身を顕にしない黄泉へと向かっていた。

 

「スロープレーかわざとらしい……イラつくなぁ」

 

 金細工の指先を黄泉に向けた後、彼は天井へと神のように昇っていく。

 雷鳴が轟く曇り空の中、黄金の恒星が輝きを増す。

 

「思いっきり楽しむために、すべてのチップを賭けよう。理性を捨ててこそ、本当のゲームができる」

 

 チップを投げ捨てたその空は黄金のカーテンが下ろされた。

 金色の雲海からは巨大なチップの束が流星群のように堕ちようとし、ピノコニーの夢の地を今にも滅ぼさんとする。

 オールオアナッシング。

 その激情をもって、彼はこの舞台に盛大な「死」を遺す。

 

「これは、まずいな」

 

 金貨の流星群は目につくビルを次々と破壊し、やがて星穹列車の頭上に迫る。

 圧倒的な質量攻撃の前に押し潰されてしまうことは目に見えていた。

 だが今なら間に合う。

 悠仁の「領域展開」なら瞬時にこの黄金の雲海を切り刻み、あの命知らずの博徒に「死」を与えることができるだろう。

 

いや……まだ、あなたの出る幕ではない

 

 しかし、それに制止をかける者が一人。

 チップの束が雨粒と共に落ちゆく中、虚無に触れたその者が足を一歩前に踏み出した。

 指先は血のように赤く染まり、彼女の気配は白くなる。

 伽藍堂の中で時空が一つに溶け合った。

 

「涙雨 降りて溢るる 渡り川」

 

 停滞してゆく時の中で、彼女の涙が垂れ落ちる。

 錆切った剣丘の上、角を折れた赤鬼が死の海の中で一瞥を向けた。

 

「黄泉路をゆけず 常世還らむ」

 

 全ては消え、虚無へと帰す。

 咲き乱れた紅い月華が雷鳴を静かに鳴らし、世界を裏返してゆく。

 血に染まった刀剣は、色のない海に触れモノクロの夢境にひとすじの"赫"を迸らせた。

 

 天井を落とすたった一つの斬撃。

 遅れてやってきた"白"によって黄金は砕け散り、衝撃によって巻き起こった旋風が黄金の刻を通り抜けてゆく。

 後に残ったのは止むことを知らない雨の中でその刀身を鞘にしまい込んだ黄泉の姿だけだった。

 

 クラークフィルムランドに、虚無の影が落とされた。

 

 

 

 記憶が徐々に戻ってくる。

 アベンチュリンが最後の攻撃を仕掛け、キラキラと輝くチップが雨のように降り注ぎ、黄泉が刀を抜いた。

 そして、言葉では形容できない力が『存護』を断ち切り、周囲の時空が一瞬にして停止した。

 思考をぐちゃぐちゃの塊にし、全身の感覚が消え、脳を引き裂き、果てしない暗闇に落ちていく。

 呪いは剥がされ、すべてが虚無へと成っていく中で———炎があなたを包み込んだ。

 

『……目が覚めましたか』

 

 古びたノイズの混ざる男性の声が聞こえてきた。

 視界を開ければ、そこは海のような碧に包まれた夢の中。

 彼の仲間の姿は見えず、浮かんでいるカーペットの上に銀色の甲冑に身を包んだ男だけが立っていた。

 

「お前は……?」

『私は星核ハンターのサム。以前にもお会いしたことがあるでしょう』

 

 夢の世界を燃やし、混乱に陥れようとした大犯罪者の一人がその姿をようやく表す。

 警戒するために、穹はほんの少し身構え、そして気がついた。

 

「悠仁……?」

 

 身体の中で眠る彼の気配がない。

 瞼の下を触ればそこにあるのはやわらかい肌だけ。

 

『虎杖悠仁には私の協力者によって席を外させていただきました。彼はこの夢の地、いえ銀河において異分子ですから。もっと早くあなたの前に現われ、事実を伝えたかったのですが……予想以上の妨害に遭いまして。11回試したのですが、すべて失敗に終わりました』

 

 黄泉の斬撃の余波によって吹き飛ばされていく最中で、何者かによって悠仁が引き剥がされてしまったらしい。

 彼は現実世界において特殊な方法を試さない限り、呪物と肉体の分離は不可能と言っていた。

 しかし、ここは夢の中。

 あの「死」と触れ合ったことによってできた衝撃が、穹と悠仁の繋がりを断ち切ったのだとサムは言う。

 

『エリオの言うとおり、あなたも私も、この夢の地で忘れられない収穫を得ることでしょう。私は彼やカフカのように人の心を知り尽くしているわけではありませんし、銀狼や刃のような特技もありません。私が得意とすることのほとんどは、慈悲を必要としない悪党にしか使えないのです』

 

 夢の星空を眺めながら、ポツリと彼はつぶやいた。

 

『なので——私が取れる《手段》も一つしかありません。そう……』

 

 サムの銀鎧が突然、発光し灼熱が彼の身体を覆う。

 

『君に見せるしかない……」

 

 機械音に包まれた男性の声が、聞いたことのある肉声へと変わる。

 炎の渦は大男を覆い、中から小さな影が姿を現す。

 そして、鎧を外したサムの姿を見て穹は驚きで目を見開いた。

 

「あたしのすべてを」

 

 そこにいたのは、夢の中で死んでしまったはずのホタルであった。

 


 

 悪夢のように赤く輝く不気味な宙。

 どこからともなく蟲の羽音が聞こえ、崩落した夢の跡地が悠仁の視界を覆った。

 

「術式が使えない……いや、そもそも呪力がスッカラカンなのか」

 

 己の身につけている懐かしい学生服を見て、彼は目を細める。

 淡い黒色の学ランに自分が改造した赤いフードがはみ出している呪術高専の学生服だ。

 何故これをいま着用しているのか。

 自身の顔に手を当てたが、手触りや髪色から肉体の容姿は穹のままであるらしい。

 体温は感じる。皮膚の感覚もある。目も鼻も耳も口も問題なく動かせる。

 それなのに違和感が尽きない。

 呪力が無いからか?いや、それよりも生命としての存在が希薄なように思えた。

  

「誰だ?」

 

 何者かの視線を感じ、威圧的な声と共に振り向く。

 星穹列車の仲間の気配では無い。それならば、すぐにこちらの姿を見て声をかけてくれるだろう。

 それをしないということは背後にいる人物は黒幕もしくは敵の可能性が十分にある。

 そうして彼が振り向いた先にいたのは———

 

「お久しゅうございます、虎杖様」

 

 顔すら見えないツバの大きな白い帽子から、悪魔のような黒い角が顔を覗かせている。

 花のように白いドレスに、やけに強調された豊満な胸元。

 瞳の奥は怪しく燃え続け、彼女は恍惚とした笑みを浮かべていた。

 

 そんな彼女に対し、しばらく惚けた後に悠仁は口を開いた。

 

「マジで誰?」

 





存在しない記憶を作り出すお姉さん登場。
感想欄で夢の中だから悠仁と穹が分離するのでは?とおっしゃってる方がいて少しビビりました。
太卜司の方かな?もしかしたら星核ハンターの猫さんかもしれませんね。

もし悠仁がプレイアブルしたときの性能とか書いてもいい?

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