ボス強化入りまーす
あなたは列車で跳躍した時、見知らぬ夢境に連れて行かれた。
状況は飲み込めないものの、巡海レンジャー「黄泉」があなたに道を示してくれた。
あなたたちはホテル・レバリーに着くと、そこでドアボーイのミーシャに出会い、カンパニーの使者であるアベンチュリンと対決することに……はならず、そこに黄泉さんが通りがかったおかげで無事にトラブルは解決した。
その後、夢の中であなたはホタルを助け、彼女と一緒にピノコニーを散策したわ。でも途中、サンポに扮した花火さんに会い、図らずも虎杖さんと共に、幼子の夢へと落ちてしまった。
その後遭遇した「死」から逃れられたけど、ホタルさんは現実世界に戻れなかった。
真実に気づいた彼女はそれをあなたに伝えようとして……偶然にも「死」を引き起こしてしまう。
さらに運が悪いことに、あなたはすぐにまた別の殺人事件に遭遇した。
この二つの「死」をきっかけに、あなたたちは美しい夢に隠された真実を探すことになる。
でも……二人の情報から手がかりを得ようとしても、結局何も分からなかった。
しかし、ギャラガーさんから「時計屋」に関する情報を得ることになったわね。
同じ頃、アベンチュリンさんも密かに自分の計画を進めていて……彼は計画を推し進めるための材料としてあなたたちを選んだ。
そして黄泉さんは激しい戦いの中で刀を抜き、やむを得ず自分が「虚無」の使令であることを明かしたわ。
その一撃はアベンチュリンさんを倒しただけではんく、美しい夢と最初の記憶息を結ぶ通路を切り裂いた。
あなたと虎杖さんはその時、あの邪悪で無神経で捻くれた「秩序」の手先によって二手に分かれてしまうも、なんとかドリームリーフに辿り着き合流し、「死」が本当は「ネムリ」であること、さらには夢境、星核、そしてドアボーイのミーシャに関することを知ったのよね。
あなたたちとサンデーさん、ロビンさんは星核を封じる方法を手分けして探すことにしたけれど、驚いたことに、サンデーさんと「夢の主」は最初から別のことを企んでいて……結局、あなたたちは調和セレモニーの舞台で生死を賭けた戦いに臨まなけれないけなくなった。
ようやく物語が終わりに近づいてきた。あなたたちは彼に勝ち、「開拓」が「秩序」を圧倒した。
そしてピノコニーも明るく平和な未来を迎えることができた……
「夢のように波乱に満ちたピノコニーの旅は、これを以って終わりを告げる。……あなたなら、もう気がついたんじゃないかしら?この物語には、既知の情報と明らかに矛盾する致命的な綻びが含まれていることに——」
どこだ。
一体どこにあったのだろうか。
あの時に感じた違和感の正体は……
「ホテルで、ミーシャと初めて会った……」
「ミーシャ……それとも今は『時計屋』さんと呼ぶべきかしら。彼は夢の泡の記憶でありながら、『開拓』の志を抱き夢の泡を離れ、ピノコニーで大冒険を繰り広げた」
どれほどミーシャが特別な記憶域ミームで「開拓」の力を得ることができたとしても、一つだけできないことがある。
「——記憶域で生まれた生命体が現実に現れることはあり得ない。じゃあ、どうして彼は現実の世界のホテル・レバリーであなたと出会ったのかしら?」
「……それが致命的な綻び」
「ええ。つまりそれはその記憶を信じて疑わなかったあなたが……今もこの瞬間も、まだ夢境の中にいることを意味しているわ。目を覚ましなさい、ねぼすけさん。この果てしない夢から抜け出して、現実の世界に戻ってくるの——そうすれば、きっとそこで答えを見つけられるわ」
——まもなく跳躍が始まる
列車内に車掌の声が響き渡る。
銀海を渡る列車が動く時、すべてはまたゼロへと収束していく。
一筋の赤が迸り、誰かの啜り泣く声が聞こえた。
歌声は沈み、あなたは空へと落ちる。
いまこそ夢から覚めるときだ。
「ここは……」
誰もいない、何も知らない、どこかもわからない物語の始発点。
かつてあの巡海レンジャーと出会った夢の遺跡に穹はようやく足を踏み入れた。
人々の理想、夢、希望をただの糧、肥料として吸収し、禍々しいほどに成長してゆく樹海。
そこは「秩序」の苗床であり、ファミリーに扮した裏切り者たちが培ってきた虚構的平和の願望器と化していた。
残っていた記憶を辿り、かつての同胞であるグラモス鉄騎の骸の謎。調和と秩序の因縁。そして、夢の主たるゴフェルの真相に辿り着いた。
ピノコニーを時計屋と共に協力して作り上げた彼は道なかばで内部騒動の反乱による凶刃によって命を落とし、その後ミームとして彼の楽園を築き上げようとする意志だけが残り、ナナシビトの強力な仲間はここで死ぬことになる。
彼の原点は壊滅の災厄が故郷を燃やし尽くしたことによって始まる。
そして次にその手から唯一逃れることができた彼に次に降りかかったのは星核の災い。
万界の癌が「調和」の創造物であることを知っていた彼は次第に「調和」に背くようになり、「秩序」がかつて世界を埋め尽くした栄華の刻を渇望してしまったのがすべての始まりにして彼の終わり。
「繁殖」に蝕まれたオーク家の夢のなかで一人のハンターが夢の主の忌々しき記憶と対峙していた。
——迷える者の心を恐怖で満たす。其の代わりに憤怒を招こう。
青く燃ゆるステンドグラス。
最後に残されたゴフェルの記憶はすべて消却されていき、遺物として残されているのはたった一つの大き繭。
——生きる者は死ぬ運命にある。
取り残された少女は臆することなく、彼に対峙し己の末路を肯定する。
「それでもあたしは今まで通り……生きることを願う」
なんの躊躇いもなく選んだ当然の帰結。
クローンとして生み出され、兵器として扱われ、いつ死ぬか分からない戦場に何年も身を置いた平凡を希う少女はこの先にどれほどの苦難が待っていようとも、死ぬために生きるのだと言うだろう。
それは間違いではない。
だが、今回に限っては正解でもなかった。
「……夢の主が、消えた?」
すでに人の身の領分を超えていた夢の主の「繁殖」の力に耐えきれず自壊して消えてしまった。
あまりにもあっけない最期に思わずホタルは拍子抜けしたような表情を浮かべ、こわばっていた全身から少しだけ力が抜けていくのを感じる。
「この音は……」
夢の主が崩壊し、彼女以外の生者はいないはずのこの悪夢に不愉快な羽の輪唱が響き渡る。
割れたステンドグラスの向こうの雲海から、魚群のように蠢く蟲の集合体が押し寄せていた。
彼女が否定した運命でありながら、彼女の運命に最も近しいとも言える災厄。
「宇宙の蝗害」が再びこの地に顕現しようとしていた。
もしあの蟲軍がなんらかの形で暴走し、夢の地に住む人々の集落でも襲ったら大惨事になるのは明白であり、それは最終的に星穹列車にとっても十二分な脅威となる。
激しく脈動する心を落ち着かせ、彼女は再びSAMを起動させようとデバイスを取り出そうとした……そのとき——
「え……?なん、で……?」
天井に置かれていた繭から「死地」が這い出てきた。
その鎧はスウォームの外殻をそのまま分解して貼り付けたような不恰好な形ではあったが、ホタルにとってはたしかに見覚えがあるものでもあった。
赤黒く、生命の熱を感じさせない冷たい装甲。
銀色はさびれ、廃れ、焼けこげた色のサムのような兵器。
それはまさに「繁殖」に犯された鉄騎の末路。
意志を持たない兵士——死を示す禍源 夢魘の蝗害が降臨した。
『コマンド:ディスアッセンブル』
彼女の生きたいという願いが星核によって歪められた結果として産まれた産物はただ淡々と目の前の人間一人を殺すために全てのシステムを起動させた。
紫炎を振り撒き、蝗害は星神タイズルスの本能のもとに「繁殖」を再開しようとする。
「夢の中はいつも焦土だった……花が咲いたことは一度もない」
どれだけ足掻いても迫り来る己の過去に、彼女は正面から向き合う。
灼熱が渦巻き、命はやがて炎へと昇る。
やがて熱の温度は超過し、少女は鉄騎の鎧を身につけ戦士となる。
「それでもあたしは燃え続ける……やがて灰となり生まれ変わるまで!』
妖炎と灼炎が相対する。
鉄騎の振り撒く赤き炎は、青緑の翼を羽ばたかせ、完全燃焼へと至った。
ぶつかり合う二体の鉄騎。
双剣を構え、『サム』は迫り来る蟲の壁を切り払い、蝗害はいやらしくその隙をつくように機械的な動作で拳を放つ。
『プリペアリング・トゥ・ダイジェスト』
『アクション1実行!』
両翼を広げ、彼らは歪まれた夢の空を駆けながら火花を散らしてゆく。
無数に迫り来る蟲の軍隊を次々と灰燼にしていくも、灰が積み上げられるよりも早く次々と新たな命が芽吹いていた。
手甲から噴き出る熱光線はホタルの炎すらも呑み込まんとする勢いで発火していた。
『イニシイティング・ダイジェスト』
『ぐっ……!』
スウォームの強さはその無尽蔵の繁殖力だけではない。
遥か彼方の天外からあっという間に地上へ降り立つ亜音速並みの素早さに、『サム』などの磨き上げられたグラモス鉄騎でさえほんの数発で粉々に砕いてしまう強靭な顎やツノを持ち合わせている。
その上、奴らは増殖してゆく中で独自に進化し、多様な能力や個性を持ち合わせるようになるというこれまた厄介極まりない能力もある。
止まることのない羽音を鳴らし、赤い外殻を持つ甲虫がその身を膨らませて大きく破裂した。
自爆だ。
だがそこには他者のための自己犠牲をする尊さや覚悟などは存在せず、彼らはただ本能のまま、無感情なままに鱗粉と共に爆ぜその短い生涯を終えた。
種の生存のために自身の命を顧みることのない無差別な爆撃が味方も敵も巻き込んで連鎖する。
命の燈はどちらも烈火の如く燃え続けるが、戦況は次第に「繁殖」の本能を持つ方へと傾いていた。
だが、それでもホタルは逃げることなく目の前に広がる無数の命を斬り殺してゆく。
ここが互いに分水嶺。
蝗害が勝てば、その影響で「秩序」の力はさらに増大し、もはや誰にも手がつけられなくなる。
ホタルが勝ち、この禍々しい夢境を壊すことができれば、永遠に続く鳥籠の夢から囚われた人々を解放する一手となることができるだろう。
『燃やし尽くす!』
炎はさらに激しく燃え、木々や瓦礫が融解点を超えて原型を失っていき、残されたのは焦土だけ。
そんな灼熱地獄の中で人間の持つ命の輝きは美しいほどに際限なく解き放たれ、蟲をこれでもかと焼き尽くしていった。
『はああああああ!!』
咆哮をあげ、少女は悪夢を断ち切ろうと文字通り「死」ぬ気で彼女は最後の力を振り絞ろうとする。
天を駆ける鉄騎はまるで彗星のように美しく落ちていき、やがて新星のごとき爆発を起こした。
『——焦土実行』
そして厄災は自身の本能から生命の危機を感じ取り、淡々とコマンドを吐き出した。
生命のエネルギーを最大限に押し出し、己が生存できる最適の術を演算し、兵器はやがて羽ばたいた。
鱗粉は舞い、羽音は騒音となって世界を汚しながら、彗星へと相対する。
双方の衝突によって起きた衝撃波は夢の端の端にまで届き、泡の内海を大きく揺らした。
人の意志と生物の本能。
勝利の女神が微笑むのは一体どちらか。
立ち込めていた硝煙が消え、中から二つの影が顕になる。
『はぁ……はぁ……やれ、た?』
命をかけて放った一撃は確かに黒き鉄騎の顎を砕いていた。
その亡骸は動かなくなると同時に次第にさらさらと砂のように消えていき、ひどい息切れを起こしながらもその場にはハンターだけが残っている。
蝗害は終わりを告げたのか。
いや、違う。
彼女が長年、培ってきた戦士としての勘が戦いがまだ終わりではないと警鐘を鳴らしていた。
あの蝗害が使っていた人型兵器は、かつてこの地に降り立ったグラモス鉄騎のモノだった。
であれば、これほど呆気なくチリに帰すわけがない。
『まさかっ、おと————ガハッ!?』
蟲らしかぬ、理性的な策術にハマったことに気づいた時にはすでに遅く。
鎧に包まれた彼女の腹を巨大な鉄の腕が貫いた。
叫びたくなるような痛みを歯を食いしばりなんとか耐えて後方を確認する。
その背後にいたのは先ほど倒したはずの黒いサムの本体があった。
黒い鉄騎の背中には繭が生え、その中から鉄騎の姿を模した甲虫が何匹も誕生していた。
人間の形をした新たなスウォーム。
この蝗害は彼女との戦いの中で、最も最悪な進化を遂げていた。
彼女が黒炭にしたのはただの蟲であり、本体の鉄騎は今もなお活動を続けている?
鉄騎の中で彼女は血反吐を吐き、意識が朦朧とし、命の炎が急激に弱まっていった。
濃密になっていく「死」の気配。
(……これが、二度目なのかな)
覚悟はしていた。
死ぬこと自体に悔いはない。それが脚本にあるのなら。
だが、それでも何も成せないまま、ここで惨めに死ぬのだけは御免だ。
『焦土……作、戦。実……行……』
彼女は息絶え絶えになりながら、ある小さな装置をどうにか取り出す。
グラモス兵士の時代の頃、よく使われていた自爆誘導装置。
かつて自身の指揮官が蟲の母を倒すために使用し、地表を灰と焦土にしていった光景を思い出しながら。
(ごめん、みんな。約束守れなくて)
兵士として、兵器として生み出され、何のために生きるのかすらわからないまま戦い続けた毎日。
星核ハンターとして罪やかつての仲間たちの覚悟を背負ってきた彼女にとってそれは言うのも、思うのも烏滸がましいことかもしれない。
ああでも……
(……普通に生きて、みたかったなぁ)
どこにでもある普通の学生で、仲の良い友達に囲まれて、好きなものを食べて、好きな場所に行って。
そんな当たり前の生活を一生懸命に誰かと一緒に駆け抜けてみたかった。
(なぁんて、あたしにはちょっと……贅沢すぎたかな)
そうだ。これは本来あり得ないもしもの話。
だからこの話はここでおしまいなのだ。
『私は……生きるために、死ぬ!』
今際の際で彼女は装置を握りしめ、掲げた。
グラモスの象徴は女皇陛下のためにではなく、自身の夢のために「死」へと向かう。
決して手を離すことなく、装置のボタンに指を置き、起動させ————
「穿血」
ようとしたその時、赤き光線のような何かが彼女の持っていたデバイスを破壊した。
『っ!?』
混乱するのも束の間、その水平方向へ一直線に伸びていた赤線は大きく曲線を描き、多方向へと同時に分岐した。
分裂したそれはまるでいくつもの頭を持つ大蛇のようにホタルの周囲にいたスウォームを貫いていく。
そして状況が掴めないのは彼女だけではなく、その腹部を貫いていたはずの蝗害も突然の奇襲に動揺しているような様子だった。
『アクション2 実こ——「解」
この場に留まっていてはまずい、と本能で察知した蝗害はすぐさま脱出体勢に入ろうとした。
だが、その思考回路が命取りになる。
なぜなら状況を察知するよりも早くその腕が見えない何かによって一瞬のうちに切断されたのだから。
そしてホタルの肉体はその腕から自由になり、ゆっくりと空の上で放り投げられた。
低速的に落下していく最中、その鉄騎の鋼を受け止める者がいた。
懐かしみのある灰色の髪。黄色い瞳。馴染み深い顔。
けれど、よく知っている彼ではない、もう一人の彼がそこにはいた。
「よっ。無事……とは言えなそうだな」
『何で……ここに……』
「何って。助けに」
穹とは違うどこかの学生服のような衣服を身に纏った悠仁は、血の足場を形成しながら空を渡っていく。
迫り来る蟲の追跡を払い除けながら、彼は小さな瓦礫の下に重傷を負ったホタルの身体を優しく壁にかけた。
「今治すから待っててくれ」
そう言って悠仁は握った拳を貫通した腹部に置いた。
何をしているのかはわからない。
おぼつかない意識の中で、彼の腕から白いモヤのようなモノが見える。
『これは……』
「反転術式ーってもわかんないか。まあ、治療術みたいな感じ」
すると、空洞ができていたはずの腹部が徐々に、徐々にと埋まっていく。
そこには傷跡すら残っておらず、腕が貫通したとは思えないほどに綺麗に治っていた。
彼が仙舟にて他者を治療する手立てを持っていたことは知っている。
問題は、彼の現在の肉体がミームで構成されていて、呪力や術式などはすべて使用できなくなったはずなのだ。
「ああ、呪力のことね。これは、まあ色々あってな……」
それは列車が「熱砂の刻」でホタルと別れた後に起きた出来事だった。
ピノコニー大劇場の入り口。
人気のない通路にて……
他の者たちが先へと進む中、穹は時折、後ろを振り向き数秒だけ立ち止まるという動作を何度も繰り返していた。
「穹、どうした?」
「いや……なんでも」
「やっぱホタルのことが気になんのか?」
やはり気づいていたのか。
穹は悠仁の問いかけに黙って頷いた。
彼女は間違いなく今まで出会ってきた友人たちの中で上位に来る強さを持っている。
星核ハンターとしても単純な戦闘力だけなら彼女が一番上であり、それは直接相対して身にしみてよくわかっていた。
そう、だから、何も心配はいらない。そのはずなのに……
「不安が消えないんだ」
「そうか」
ミハイルから時計屋の遺物を預かり、その意志も継いだと彼は宣言した。
これから「秩序」と相対し、サンデーの目論見を破ることにはなんの異論もない。
ただただ理由のない不安感がじわじわと真綿で首を絞めるように募っているのだ。
だがそれを気にしたところで何になるというのか。
今更、ホタルのところに向かったとしても、それは彼女自身の覚悟を、そしてこちらに対する信頼を無碍にしてしまうことになってしまうかもしれない。
「うん……いや、やっぱり大丈夫だ。行こう、悠仁」
「じゃ、俺が様子を見に行くってのはどうだ?別にオマエらなら、俺抜きでも十分サンデーに勝てると思うし。ホタルに何もなければすぐに戻ってこれるはずだ」
なんてこともなさそうに、悠仁はそう提案してきた。
たしかに彼が行ってくれれば、こちらも安心して戦いに心置きなく臨める。
しかし、それには一つ問題もある。
「待ってちょうだい。もしものことがあった場合に備えてホタルを助けにいくことに異論はないけど、今のあんたの体じゃ術式も呪力も扱えないんでしょ?流石に、その状態でスウォームの軍隊に突っ込んでいくのは危険すぎるわ」
悠仁の実力を疑っているわけではない。だが現実的に考えていくら彼でも丸腰の状態だけではリスクがデカすぎる。
実際、彼はスウォームをたった一撃で殺すことはできたが、ミームの肉体がその威力に耐えきれずに自壊してしまったことを思い出す。
「でもそれだと、この場にいる別の誰かがホタルを助けにいくことになるかもだけどどうするの?ウチは絶対無理だよ!すぐに虫の餌にされちゃうに決まってるもん!」
「そう言われるとな。せめて俺に呪力でもあればいいんだが……」
やはり無茶な提案だっただろうか。
そもそもこれは自身のエゴのようなもの。
これ以上、彼らに迷惑をかけてしまうことも憚られた穹は結局、提案をなかったことにしようとしたその時。
「星核の力とかで呪力を悠仁に分けたりとかは……流石に危ないよね。それじゃあさっきゲットできた『調和』の力を上手く使ったりとかで……」
「『調和』……『調和』か……ん?ちょっと待ってよ?……そういえばマルたちが使ってたのも『混沌』と『調和』だったな……」
なのかの無茶振りに対して何か思いついたのか、独り言を誰にも聞こえないような声で呟く悠仁。
「いや、もしかしたらイケるかもな」
「本当?」
「俺が呪物になった経緯って教えたよな。俺がその決断を後押ししてくれた奴が『調和』と似たような力を持ってたんだ。ソイツの術式を使って、俺たちは全人類から呪力を可能な限り無くした。もしかしたら、同じ要領で逆のことができるかもしれん」
悠仁の持つ「記憶」の肉体と穹の持つ呪力を「調和」させれば、悠仁も呪力や術式を再使用できるかも知れない。
ただし、問題は山積みのままだ。
まず、彼の知り合いの「調和」の術式と、穹の持つ「調和」の力は名前は同じであれど、呪力の有無もあり、本質は違うものの可能性が高い。
次に彼の「記憶」の肉体はミームで構成されていて、地球人類のものではないため、呪力を受け入れることができるのかどうかも問題がある。
それらもあって成功の確率は著しく低く、さらにそれほど時間をかけてる暇もなかった。
「問題は俺が『調和』とか『記憶』とかについててんでわかんねぇことなんだよなぁ。うーん、せめてどっちかの専門家でもいてくれたら助かんだけどな。メモキーパーとか……」
「お呼びでしょうか?」
振り向くとダリアがいた。
もう一度言おう。
振り向くと、ダリアが、いた。
「……なんでいるん?」
「何故って、お兄様がお呼びなったからじゃありませんか。『呪術』にも、『調和』にも、『記憶』にも精通していて尚且つしっかりとした頼りになる妹分のメモキーパー、と」
「そこまでは言ってねぇって」
どういうわけだ。
彼女はブラックスワンが監視しているのではなかったのか。
いやどうせ十中八九、監視の目を盗んで勝手に来たのだろうが。
「えっと、悠仁。彼女は一体……」
「ああ、コイツはえーっと、そのー……」
姫子に問われ、列車が彼女と初対面で会ったことに気がついた。
なんと言えばいいか、悠仁は反応に困ってしまう。
とりあえず自分が知っている彼女の情報をまとめてみた。
ホタルやガーデン・オブ・リコレクションを裏切ったメモキーパー。
永火官邸からやってきた「壊滅」の手先。
「秩序」に与した焼却人。
困った。どれもこれもトラブルの種にしかならないものばかりだ。なんなんだコイツ。
ホタルを裏切った、とい事実だけで列車の印象は最悪になる。
「壊滅」の手先、と言われてもそれは同じ。なんならこれから「秩序」と対峙しようとした矢先にコイツ「秩序」陣営ですなどと言ったら揉め事が起こるに決まっている。
そして一番厄介なのは、彼女がこれら最初を除いた二つの陣営もちゃっかり裏切っていることだった。オマエなんなんだよ。
複雑すぎる相関図に、どう説明しようか頑張って思考を張り巡らせた悠仁。
秒数、わずか0.2秒の思考時間。
そして虎杖悠仁が出した結論は————
「あー……まあ、とりあえず、俺の……妹みたいなもんってことで」
その時ダリアに電流が走る!
「お兄様……!!!!」
口元を抑え、彼女は感嘆の涙を流した。
「えっと……事情はわかんないけど、感動的なシーン、で間違いないんだよね?」
「多分間違いだと思うわ、三月ちゃん……」
「つまり……俺の妹でもあるってコト!?」
などとまあ、結局いざこざのようなものは発生したが、そこは割愛して。
ダリアの協力もあり、ミームの肉体でも呪力、及び術式を再度使用できるようになったのだ。
結果論ではあるものの、こうしてホタルのところに向かったのは正解であった。
『力を取り戻せたのなら、尚更彼らと共に戦うべきだったんじゃないの……?わざわざあたしを助けに来なくても……』
「だからって仲間一人をみすみす見捨てられるほど、俺は高尚な人間じゃない。結局、俺はヒーローじゃなくて呪術師だからな」
助けたいと思った人を助けていったい何が悪いというのか。
すべては助けられないからこそ、助けようと決めた人は何が何でも助かる。それが若人ならばなおさらなだけ。
「若いヤツから青春を奪うのは、たとえ星神であっても許されねぇんだよ。どの時代、どの星であってもな」
治療を終えて、安静にしているようにホタルに促し、これから迫り来る脅威に視線を向けた。
飛来する蟲軍。
その先頭に位置する夢魘の蝗害を彼はただただ一瞥していた。
呪力を込めた指の骨をポキポキと鳴らしながら、鬼神は瓦礫の山に登り、そして構える。
「さて、害虫駆除の時間だ」
これより半システム時間後、虎杖悠仁の領域展開がピノコニーに戦跡を刻む。