奇物:両面宿儺の指   作:二等辺大三角形

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中途半端に長くなったので前後に分け、普段より短めになりました。
後編は明日の朝投稿予定です。


さかしまに死ぬ夢を見た—前

 

 もはや原型を留めてはいないレンガ状の床の上で、災厄と最強が相対する。

 知能のほとんど存在しない蝗害は突如として現れた敵に対して、敵意と殺意を向けながら、慎重に行動していた。

 本能が告げている。

 目の前にいるソレは己が生で出会う生物の中で過去、未来に関わらず生態系の中で王に君臨する者だと。

 

 もっともそれを最終的に判断できるのは今この場でソレに打ち勝つ、あるいはソレから逃れることができればの話だが。

 

 服のポケットに入れ込んでいた手が露わになり、三本の指がこちらを向いていた。

 

「解」

 

 刹那

 グラモスの誇る鉄騎の鎧と鋼鉄をも弾き返すほどの蟲の鎧の融合した最高硬度を有するはずの肉体に巨大な傷ができた。

 気を抜けば吹き飛ばされるような衝撃を受け、なんとか体勢を立て直した蝗害は瞬時に分析を開始する。

 

 何をされたのか。

 たった一瞬の動作でソレの指から見えない斬撃のようなモノが飛ばされ、肉体が真っ二つに切断されかけたのだ。

 生命体として危機に瀕した影響か、その威力に反発して切断面はあっという間に再生されたものの、蝗害の脳裏にはすでに「死」の文字が刻まれる。

 

「思ったより硬ぇな……違うか、どっちかつーと再生力が高いのか」

 

 己の手を見て、少し不満そうに彼はつぶやいた。

 様子見で放った御厨子の斬撃は虎杖悠仁の想定をはるかに下回る出力で放たれた。

 やはり急拵えで作り上げた肉体の影響か、呪力量も呪力出力も本来の5%程度しか発揮できないようだ。

 しかし、問題はない。

 呪力効率を極めた今の虎杖悠仁であれば、同程度のパフォーマンスは維持できる。

 

「さて……やる気あるか?」

『!——コマンド:コピー!』

 

 拳を構え、洗練された呪力が迸る。

 わずかに流した殺気に反応した蝗害は背後から無数のスウォームを射出した。

 すべて同一。すべて均一な姿をもったスウォームの嵐が一つの生命体となって悠仁を襲いかかる。

 渦巻く竜となった蟲たちの旋風は一般人が巻き込まれれば骨すらも残らず死滅するだろう。

 

「解」

 

 斬撃が煌めいた。

 

 列の先頭を最初に、放たれた斬撃の雨がスウォームを無慈悲に切り裂き、空間をも断つ透明の刃はその甲殻を無意味だとでもいわんばかりに次々と生命を奪っていく。

 

『撹拌!』

「おっと」

 

 クローンの死骸を盾にして迫ってきた黒い鉄騎の拳が頬を掠め取る。

 羽を持たず、どの甲虫よりも重厚な装備を装着していながら……おそらく他のどのスウォームよりもコイツが一番速い。

 

「捌」

 

 かろうじて避け、隙のできた胴に斬撃を入れる。

 触れた掌から枝分かれするように腹部が割れていくが、それを黒い鉄騎は持ち前の再生力でなんとか無理やりカバーし、体勢を立て直す。

 

『イニシエーティング・バイト!』

 

 トンボのような上顎を模した拳が悠仁に炸裂する。

 命中した拳を悠仁は呪力を流し込んだ腕で受け止めるも、器は耐えきれずひび割れる。

 

「チッ」

 

 確実なダメージが虎杖悠仁に入るも、それでぬか喜びすることはない。

 何故なら目の前のソレ……いや怪物は、多少の痛みや損傷程度では決して怯むことないとわかっていたからだ。

 

 拳を受け流し、返し、斬撃を飛ばし、受け止め砲を放ち返す。

 数十秒間に終わりなく繰り返されるその応酬は周囲の建物や生命を巻き込み、塵芥と化していった。

 

「捌」

 

 万物を例外なく壊す掌が迫り、脚部のジェットエンジンを起動させなんとか後退する。

 反転術式で己の肉体を修復しながら、その様子を見ていた悠仁は冷静に敵を分析した。

 

———戦いの中で成長していくタイプか。面倒だな。

 

 似たような性質を持つ式神を悠仁は知っていたが、あの神将とは別の意味で厄介だ。

 しぶとさで言えば前者が上だが、搦手や囮、同種を躊躇なく壁としたりといったといやらしい戦法を取ってくる生への執着心は後者の方が上。

 とはいえわざわざ避けた様子を見る限り、当たればダメージは十分与えられるに違いない。

 

「解」

 

 斬撃を飛ばし、死を恐れることなく迫ってくる蟲の波を取りこぼすことなくすべて切り刻みながら、こう着状態は続く。

 出力は大幅に下方されたが、それでも蟲の肉体を裂くのには問題はなく、呪力量もいまだに底は見えない。

 しかし近づこうとすれば蟲の肉壁がそれを阻み、切り落とした瞬間には空高く逃げ、遠距離からチクチクと撃ってくる。

 肉壁ごと切り落とそうにも、出力の落ちた御厨子ではこれが限界であった。

 

————こっちの消耗を狙ってきてんのか。ヒット・アンド・アウェイに徹する気だな。

 

 卑怯者とは言うまい。

 戦い方に優劣などなく、勝った者こそが正義なのだから。

 

 であれば……

 

「穿血」

 

 赤き血の光線が無数の人形を模した蟲を貫き、本体にも迫る。

 赤血操術。

 呪胎九相図を取り込んだことによって使えるようになった虎杖悠仁のもう一つの術式。

 ミームで構成された肉体には血が流れない。

 しかし、呪力さえあれば血液を無尽蔵に作り出せる半人半霊として特異体質を彼は持っている無問題である。

 

 亜音速を超えるレーザービームが夢境に落ちてある建物の残骸をいくつも貫きながら、蟲もまた等しく無慈悲に切り捨てていく。

 龍のようにうねるその光線は途切れることなく黒い鉄騎を追いかけ続け、ついに対象を捉えた。

 防御姿勢をとった蝗害の腕が綺麗に切断され、中から気色の悪い断面が露出する。

 その無防備になった一瞬の隙を逃すことはなく、鬼神は自ら追撃を開始した。

 

赫鱗躍動・載

 

 彼の顔の紋様のような線が浮かぶ。

 それは呪いの王を象徴したような入れ墨ではなく、鼻緒に伸びた一本の線のような形であった。

 

 様子の変わった彼を見て、蝗害は警戒の態勢をとりながら急いで腕の修復を行う。

 蟲の豪雨を溢れんばかりに降らせ、再び彼から離れようと距離を取ろうとし——

 

「遅い」

 

 空を駆ける大量の蟲を乗り捨て斬り落としながら、悠仁は蝗害の眼前にまで急接近する。

 約2km離れた地点からの強襲に反応できなかった鉄騎は下顎を殴られる形で地に落ちていった。

 綺麗な等直線運動を描きながら派手に飛びながらも、すぐさま態勢を整え迎撃体制に戻……

 

—黒閃

 

 黒き花火が散り、秒を置いて轟音が響く。

 音すらも置き去りにする一撃に、思考をする暇もなく、鎧の腕部はあっけないほど簡単に崩れ落ちた。

 

 再び落下していく鉄騎の鎧よりも速く、彼は空の面を蹴って追撃に迫る。

 

—黒閃

 

 再び雷撃が轟く。

 二度目の打撃にはなんとか耐えることができたが、それでもこの身に与えられた損傷は大きい。

 回復力が弱まっていく中で蝗害は目の当たりにした。

 

 黒い火花に愛された男の血の気が引くほど冷え切った真顔の表情を。

 

—黒閃

 

 空の面を足場として踏み出す彼の速度はすでに音速へと並んだ。

 火花を爆ぜらせ、周囲に群がるスウォームの大群を丸ごと吹き飛ばした。

 黒閃とは打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる呪力の歪み。

 

—黒閃

 

 黒閃は技ではなく現象であり、発生にはその時の環境やコンディションなど様々な要素が加味されている。

 つまり。どうやって発動させるかは完全なる運任せであり、条件に絶対的な解はない。

 

—黒閃

 

 そう。黒閃を狙って出せる術師は存在しない。

 

 

 

 

 ただし、虎杖悠仁を除く。

 

—黒閃!

 

 黒い宝石はたった一人の王に微笑んだ。

 

 もはや腕はひしゃげ再生力はほとんど失われた蝗害。しかし、決して諦めることはなく天高く飛翔を続ける。

 生命として危機に瀕したことで、「繁殖」の力はより増大し、周囲に群がるスウォームの群れはさらに数を増やしていく。

 その全てが囮であり、デコイであり、肉壁。

 たった一つの脅威から逃れ、態勢を整える一瞬を作り出すためだけに選ばれた尊き犠牲でもあった。

 姿形に統一性はなく、たった一人の天敵を殺すためだけに産み出され続ける歪な生命は、斬撃と血の光線の竜巻に次々に殺されていく。

 

『捕食、飛翔、準備開始』

 

 鉄騎は背後で塵と化していく仲間たちの姿を少し物寂しく眺めた。

 

 勝てる勝てないの話ではない。

 

 今ここでこの男を殺さなければ、いずれ同種の、そして「繁殖」の運命が潰えることになる。

 故にこれから散っていくであろう命にはきっと価値がある。

 彼らは決して朽ちぬ「繁殖」の礎となるのだ。

 

 それは蟲が初めて抱いた感情という機構。

 生物として一つ上の段階に昇華した証であり、このたった一体のスウォームはまだ見ぬ方向へと進化しようとしていたのだ。

 

 無論、そんなどうでもいい夢の話はここで途絶えることとなる。

 

「領域展開」

 

 呪いの王が開く万死の厨房が再び産声を上げた。

 突如として彼の背後に出現した巨大な菩薩。

 要となる外側の殻を取り除いた閉じない領域であり、頂に立つ者にしか許されない神業。

 

——近くにホタルがいる以上、御厨子は使えない。ならばどうするか。

 

 領域内では術者本人の術式が付与される。

 そしてこの術式は領域内では必中の効果を持ち、他者の術式の中和効果も持ち合わせる。

 この場合、重要なのは領域に付与される術式の話。

 

 前述した通り、虎杖悠仁の肉体には二つの術式が刻まれている。

 かつての呪いの王——両面宿儺の持っていた「御厨子」。

 

 そしてもう一つは…………自身の兄弟を取り込んだことによって発現した「赤血操術」である。

 

「◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎」

 

 手印が組まれたその瞬間、醜く赤く歪んでいた夢は澄み渡るほどの綺麗な真紅で彩られた。

 蝗害の視界に血の雨が浮かび上がり、その全てが自身に向いていることをようやく理解した時には、全てが等しく終焉を迎え、必中必殺の血の槍は、数十、数百、数千、数万へと枝分かれしながら際限なくスウォームの核を貫いていく。

 大きさ、硬さ、見た目、強さなどの個体差には関係がない。

 

 本能から逃げる個体もいた。

 種の存亡のために立ち向かう個体もいた。

 そんな彼らに訪れるのは恐ろしいほどに平等な死だけだ。

 

 たとえいくら増殖しようにもそれを上回る速度で枝分かれし続ける血の槍になす術はない。

 羽は切り刻まれては捨てられ、鋼より硬いはずの外殻は割れ、立派なツノはなんの役にもたたないことを示すかのように執拗なまでにへし折られた。

 

『———!?————!————ッ!!』

 

 彼は領域展開中の攻撃や防御といった動作のすべてを禁じる「縛り」をもって、その閉じない領域の効果範囲を大きく広げている。

 規模はおおよそ、この蝕まれたオークの夢の中全土を覆い尽くし、ホタルを除いた全ての有機生物に対する必中効果は、たとえ夢の果てだろうと逃すことはない。

 

『————支援要請!支援要請!』

 

 その対象は夢魘の蝗害もまた例外ではなく、四方八方から迫る穿血の雨を相手に立ち向かうことはもはやできなかった。

 生命としての格が違ったのだ。

 最後に見上げた光景は、無感情にこちらを見下ろす呪いの王の御姿。

 同胞をそこら辺にある石ころのように切り捨てるヤツに対し、怒りを感じる暇もなく、その視界の中を何十本もの赤が埋め尽くす。

 

 宇宙の蝗害はここで完全に途絶えることとなった。

 

「終わったか」

 

 存外、その「繁殖」の行人たちのあっけない最後にすら、特に感慨は抱くことのない悠仁はそのまま塵となった蟲の屍の山を一瞥だけして踵を返す。

 

 その時

 

『————全テハ!「繁殖」ノ名ノ元ニィィィィィ!!!』

 

 それは術師の常套手段であり、本来なら防げたであろう凡策。

 しかし、今の彼のミームの肉体では魂を知覚することができず、領域展開直後の焼き切れが作用し、術式の使用もできない状態にある。

 

 蟲の山から怨念が這い上がり、背中を向いていた勝利を確信した者への急襲が迫る。

 

 この個体は虎杖悠仁が先ほど仕留めた夢魘の蝗害の本体ではない。

 積み重なった同胞の死体の山の中で、死ぬ直前に蝗害によって生成された人型クローンの一体であり、本体から直接体内の「星核」を移植され、蟲たちの願いを聞き遂げて「繁殖」の行人となったタイズルスの後釜。

 このままいけばやがて新たな「繁殖」の星神となるかもしれない奇跡の個体は、無惨にも散っていった無念を集い、油断していた怨敵に牙を向ける。

 

 虎杖悠仁が振り返った時にはすでに、その憎しみの籠った拳が眼前にまで迫ってきていた。

 

『ハアアァァァーー!!』

 

 そこに蒼い彗星が落ち、蟲の怨念を蹴り飛ばした。

 銀色の甲冑と、青緑の羽。

 腹部を露出させながらも、「サム」に搭乗したホタルは五体満足の姿で彼の前へと姿を現す。

 

『怪我は!?』

「大丈夫だ、サンキューな。助けてくれて」

『礼は不要です。あなたには何度も助けられていますから』

「そういや乗ってる時はその口調なんのね」

『…………これは当時の癖が抜けきっていないだけなので気にしないでください』

 

 あまり言及してほしくないのか、もしくはこんな時にそんなこと聞いてくんなと言いたいのかはわからないが、仮面の奥の視線は恩讐の蟲が飛んでいった方へと向けていた。

 

『殺ス、殺ス、殺ス、殺スゥゥゥ!!』

『まさかスウォームがこれほどの知能を得るなんて……』

「お熱い歓迎だな」

『そんなことを言ってる場合じゃないでしょう』

 

 新たな生を受け、知能が大幅に向上した害蟲は悠仁に対して憎悪の念を向けていた。

 鉄騎を纏っていたときとは違う、生物兵器ではなくただの生物に成り下がったただの悪夢だ。

 今までにないほどの膨れ上がった殺意が浴びせられるも、悠仁はそれに戦慄したりなどはせず、黙してその蟲に視線を送るだけ。

 その態度がさらに怒りの薪をくべる。

 

『焦土作戦実行!デバウリング・オート・マテリアル!』

 

 噴火のような紫煙を立ち上らせ、舞い上がっていく蝗害の始祖はただ一点の場所へと堕ちていく。

 

「ホタル」

『了解』

 

 視線を受け、その意図を理解した彼女もまた、目の前の災厄に対抗するために命の炎を極限にまで燃やす。

 だが、その程度の灯火なぞ、数千、数万の屍の上に上げられた無念に比べれば屁でも無い。

 殺意の質量はとどまることなく、火花を散らし、星を震撼させる最初で最後の全身全霊の一撃が迫っていた。

 もし当たれば如何に呪いの王であろうと無事で済むはずがない。

 

——当たれば、だけどな。

 

 指を向ける。呼吸をする。脈を図る。

 すでに術式は回復していた。

 

「借りるぞ、兄貴」

 

 空から落ちゆく禍々しい流星は気づかない。

 宙に漂っていた無数の血の雫に。

 

「超新星」

 

 百斂で圧縮した血液を解放し、全方位へ散弾のように撃ち放つ赤血操術における切り札。

 この技の開発者は虎杖悠仁ではないものの、彼は数百年間における術式との向き合いによってその技量はオリジナルにすでに並んでいた。

 雨粒のように浮かんでいた雫は害蟲の進行上にすでに設置されており、連鎖的な散発弾はまさに文字通り星が弾けるような音を轟かせ、その外殻を粉微塵に砕いていく。

 

『ア……ア……アア"ア"ア""アア"アアア!!』

 

 だがそれほどの威力を持つ血の爆発も、蟲の命を完全に絶てるわけではなかった。

 硝煙の中から腕も足も崩れ落ちた蟲はもう一度自分のクローンを作り上げ、蝗害の再演を試みる。

 しかし、腕も足もなく宙を漂っている状態はまさに格好の餌食であった。

 

『終わりです!』

 

 鎧のコアに彼女の投げた双剣が突き刺さった。

 その隙を逃さず、サムに搭乗したホタルはジェット噴射の音をけたたましく響かせながら、その胸に蹴りを入れ込む。

 今持てる鉄騎のすべてのエネルギーを放出しながら、彼女は己の過去と決別する。

 

『マダダッ……マダ、オワッテェ……!!』

「いや、終わりだ」

 

 ホタルの蹴りでも絶命しないそのしぶとさに呆れながら悠仁はその背後に回り込み、拳を構えた。

 

 小さな雷鳴が産声を上げ、精神は極限に至る。

 空間は歪み、呪力が黒く染まった。

 

——黒閃!

 

 黒い彼岸花と青焔の花弁が夢境の中で同時に花開く。

 無意味に芽吹いた生命たちを弔う華は次第に枯れ、蝗害の肉体は今度こそ完全に消滅した。

 羽音は綺麗さっぱりに消え、不気味なほどの静寂が夢境を包みこむ。

 

 そしてその死骸から一つの黄金に染まる忌々しくも美しい輝きが放たれ、夢の世界を照らす。

 万界の癌にして、銀河における災厄の象徴たる星核がその姿を現したのだった。

 

 




盛りすぎたかな……まあいいかぁ!
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