秩序の繰り返す永遠の夢から覚め、始発点となった夢境の中で穹は黄泉やブラックスワンと再会を果たす。
そこは彼と黄泉が出会った知らない夢境ととても見た目が酷似している。
「よかった、ありがとう。ブラックスワン」
「見たことある。ここは一体……」
「ここは夢境と現実の狭間、エナの夢から目覚めた人々がいる場所だ」
サンデーは星核、十万人ほどのオーク家の意志、そしてピノコニーのすべての人々の願いを利用して、「調和」の力を奪い、「秩序」を再誕させようとしていた。
しかし真実はそれだけではなく、彼はアスデナ星系に住む人々の意識にも干渉し、「夢」と「現実」を融合させる目論見でもあったらしく、「秩序」に支配された楽園が続けば、誰もが自分にとって完璧な夢を手にいれ、その中で暮らしていくことになる。
今はまだ全員がとらわれているわけではないが、そうなってしまうのも時間の問題であった。
「夢境の真実はこれだけでじゃない。私たちは目覚めようとするすべての人々に伝えなければならない。そして彼の力を集結させ、この長い夜に終止符を打つんだ」
夢から覚めた者は他にもいる。
そうして彼が案内されたのはホテル・レバリーを模した物静かなフロント部分。
カンパニーの重役にして「死」の証明者でもあるアベンチュリン。
存在しない「虚無」の使令を仕留めるために訪れた巡海レンジャーのブートヒル。
他にもいくつかのピノコニーに住む人々がソファや椅子の上で不安そうに座り各々が小さな声で話し合っている。
そしてそこには……
「丹恒!」
列車の大事な仲間である丹恒の姿もあった。
「会いたかった!」
「ああ、俺もだ」
どうやら彼も穹よりさきに目が覚めていたらしい。
なんとか無事な仲間の姿に安堵していたとき、ブートヒルと何やら不穏な会話を続けていたアベンチュリンが話しかけに来た。
「どうやら僕たちは随分と縁があるみたいだね、マイフレンド。今度、カンパニー特性の睡眠サポートグッズを買ってあげよう」
「残念ながら、今の私たちに必要なのは眠りではなく「目覚め」よ。それから、ここにいる面々の力だけでは『エナの夢」を完全には打ち破れないわ」
ブラックスワンによれば、夢の主が美しき夢の中で「宇宙の蝗害」を甦らせたことのよって、人々の意識が「秩序」の庇護を求め始めてしまった。
そして「秩序」の運命が徐々に復活しつつある影響でサンデーは「エナ」になってしまったのだ。
正確にはカンパニーの星艦が集結し「存護」の力が夢の中に入った影響で、完全には神になりきれていないのだが。
「サンデーの本体はすでに夢境を抜け出して、星神のように巨大な存在となっている。今の彼にとって、アスデナ星系は手のひらに収まるおもちゃにすぎない」
「ええ。止めるどころか、彼と再び対峙することすら難しいでしょうね」
「鍵はやはり「エナの夢」だ。サンデーたちが作り上げた恐怖と美しい夢の中でのみ、偽りの神は具現する。だから人々を目覚めさせ、エナの夢を打ち破ることができれば、その神格も自ずと消え去るだろう」
運がいいことに、彼はこちらが目覚めことに気づいていない。
これは運命に抗う最初で最後のチャンスなのだ。
現状を伝えるために、いち早く目覚め情報を収集していたブラックスワンが皆に伝えた。
彼らを閉じ込めている夢境は三層に重なっている。
一層目はサンデーが掌握するエナの夢。
これは夢見る者たちに美しい幻を見せて溺れさせている。
二つ目はオーク家によって再現された宇宙の蝗害が存在する原始の夢境。
この中で恐怖を養分に「秩序」の力がますます強まっていた。
最後にファミリーが築き上げた十二の刻。
最初に現実と融合し始めた夢境であり、人々を誘き出すための罠である。
黄金の刻や熱砂の刻といった「時計屋」たちが築き上げてきた遺産。
サンデーと対峙するためには、夢境の境界を破壊して、この夢境を順番に抜けていくしかない。
しかし残念なことに彼らが今いるのは第一のエナの夢。
この夢を壊すにはピノコニーのすべての人々に夢から覚めたいと思わせなければならず、数十人ならまだしも、数千、数万の人々を同時に同じ意志を持たせることは至難の業だ。
「それなら問題ねぇ、黄泉。これを覚えてっか?」
「私が返した『遺物』だな」
ブートヒルはそう言って一つの弾丸を取り出した。
それは黄泉がピノコニーに来た本当の目的のものであり、星穹列車のナナシビトであり元巡海レンジャーのティエルナンの遺物であった。
黄泉の故郷の星にて遭難してしまい、そのまま命を落とした彼は居合わせた彼女に意志を託した。
それは巡海レンジャーにしか使うことの出来ない彼らにとっての副葬品。
輝かしい戦功を挙げた英雄にのみ持つことを許された旗印であり、この弾丸が射出されたとき、無数の流星が空を裂きながら銀河中に散らばる巡海レンジャーを集結させことができる。
夢の中に落ちた黎明はやがて夢で眠る人々に彼らの名を思い出させ、深層心理から彼らを引っ張り出させる、ということである。
「それじゃあその次はあなたの出番ということね。たとえ偽物だろうと、対抗するのに使令の力は必要不可欠だもの」
「使令かどうかは関係ないのかもしれない。……私は皆のためにすべてを尽くし悪しき神を討ち果たそう」
第一の夢はどうにかなるだろう。
であれば残り二つはどうするか。
もし黄泉が第一の刻で力を使ってしまえば、残りの夢境を破壊できる者がいないのではないか、と疑問に思うも、どうやらブラックスワンにはアテがあるらしく……
「第二の夢の方は問題ないわ。そこにはホタルさんと虎杖さんがいるもの。使令に並ぶ力をもつ二人なら問題なくあの夢境を破壊できる」
「さすがホタルさんとお兄様ですね」
たしかに彼女の言う通り、あの二人なら大丈夫に違いない。
問題は、その後の第三の夢をどうやって破壊することができるのか、今先ほどまでこの場にいないはずの者の声が聞こえたことである。
「あっ、妹!」
(((妹……?)))
穹の謎の呼称に他三人——特に丹恒は強く疑問に思ったが、今はそんなことに言及している暇はなかったためあえて黙して伏せた。
彼らの眼前に現れたのは悠仁の妹を自称する謎のメモキーパー、ダリアと…………星核ハンターの銀狼の姿があった。
「やっほー、元気そうじゃん」
「その体は本物?それともホログラム?」
銀狼はどうやらアスデナ星系の辺境で待機していた際に巻き込まれたらしく、ダリアが偶然、そこを見つけたらしい。
「正真正銘本物の私の体。って、そんなことは今はどうでもいいから。……第三の刻については星核ハンターに任せて。私たちの協力者が十二の刻で『調和』の神に選ばれたもう一人を探してるの」
「それはロビンのことかい?」
「そ」
彼女は自力でエナの夢から脱し、眠りについた人々を起こし続けているらしい。
彼らがこうして目覚めることができたのも彼女の献身のおかげであるようだ。すべては「調和」の志を守り抜き、人々の夢を自分の手で切り拓かせ、そこで自身の兄をも含めたすべての人を掬い出すつもりでいるのだ。
「でも……人間の弱さは一朝一夕で変えられるものでないわ。そうした努力だけで、本当にすべての人の気持ちを変えることができるのかしら」
「そうだな。大事なのはすべての人の気持ちを変えることではなく——すべての人に自己救済を選ばせることだ」
救われる覚悟のない者を救う価値はない。
彼らが自らの意思で夢から醒めたいと思わなければ、この計画はたちまち頓挫してしまうだろう。
「ロビンと私たちの協力者が大きな騒ぎを起こして、十二の刻を破ってくれる」
「それなら……最後は僕たちカンパニーの切り札を切るとしよう。夢の主の計画の中心地にまで乗り込んだ僕が、カンパニーに知らせるために手を尽くしてないわけないだろう?」
カンパニーが艦隊を動かしたのは正面衝突のためではない。
それは夢の中にある「存護」の地盤に確かな土台を作り上げるため。
サンデーはアベンチュリンから基石を押収したが、それは彼自身のものではなく、もう一人の十の石心——ジェイドの翡翠石だった。
ピノコニーの奥深くで眠る翡翠の宝石は所有者の謁見を必要としない。
彼女が存護の加護を人々に与えることを約束し、彼らがそれに従って「欲望」を差し出せば王は必ずそれに答える。
宇宙の蝗害の終焉と同じように、アスデナの星系に鉄槌の音が響き渡ることになるだろう。
銀河に似たような運命は二つもいらないのだ。
これこそが人々が反撃を始める最初の狼煙になるのだ。
すべてが成功したそのとき、彼の神格は剥奪され、その眼前へと赴ける者が現れる。
それが他でもない方開拓者自身。
盛大な宴はもうすぐ終わり、最後の舞台の出発点、そしたかつてのピノコニーの出発点で穹は黄泉と再び相見えた。
「それでは行こう。……目を閉じてくれ。蛍の微かな光、ひとときの嘆き——生命体は眠る勇気があるからこそ、目覚めることができる」
気づけばブラックホールに沈められた浅瀬に立っていた。
存在の地平線。
眠る無相者の鏡の上で、人々は「虚無」と別れる出口。
「死」の泉に足をつけながら、青年はかつての旅路の残影、そして生きる者たちの願いを聞き届ける。
「開拓」が開いてきた旅路を思い描きながら、生命体は眠りから醒めようとしていた。
なぜ眠るのか、という答えを見出せないまま。
いや、むしろそれこそが答えなのかもしれない。
「虚無は傲慢で恐ろしい夢。それを招くのは得ることでも失うことでもない。道が途絶え……欲望が失われたその時のこそ現れる」
死神のように白く、そして赤に染まった「死」を象徴する黄泉の姿。
比良坂の旅を歩んだ先に待ち受けていた先には何もない。
しかし、「虚無」の影の背後には、きっと世界で最も激しく輝く光源が存在しているに違いない。
「出発する前に……あなたの願いを聞かせてくれないか?」
それは始まりと同じ問いかけ。
「愛するものを見つけて、全力で守り抜く……」
だがその答えを導き出すのに、もう躊躇いはいらない。
「いつかすべてを失うことになるとしても……迷わず開拓を続ける!」
これは決して正解ではないかもしれない。
しかし、「開拓」の旅路に正解はなく、大事なのはあなたが決断を下したという意志があることだ。
この旅の終点がどうなるかはわからない。
喜劇か悲劇か、ハッピーエンドかバッドエンドかすら知る者はいない。
それでも彼らは旅を続ける。
あの星海の先に手が届くその日まで。
「この先は厳しい道のりになるだろう。もう一度、出発点に立つ覚悟はできているか?」
「ああ」
「そうか。……きっとあなたたちは太陽の下で再会できる。あなたが人々を、そして彼女を目覚めの世界へ導くことを願っている」
雨が、降り始めた。
夢の地に咲いた「秩序」。
神に昇華した小鳥は、瞼を閉じることなく世界を一望し続ける。
天の下で「虚無」は囀り、天の上では「存護」が槌を構える。
「愉悦」は待ち望み、「調和」は憂う。
「巡狩」が星間を駆け、「記憶」は残す。
「繁殖」は生きるために死に、「壊滅」は嗤った。
戦鎚が世界にヒビを入れる。
その光景に"呪い"は最後まで微笑まない。
赤が迸った。
人々は平等に彼方へと飛ばされ、蒼き矢が空を泳ぐ。
鉄騎が遥か天上へと飛んでゆくとき、世界を断つ斬撃波と龍のような血の雨が背中を押すように共に舞い上がる。
人々の建造した古き建物は爆破され、調和の旋律が羽ばたいた。
——この言葉の意味をよく噛み締め、目覚めの世界へ帰るといい。
世界が割れ、あなたは荒波に飲まれる。
第一の壁を越え、崩壊していく世界を渡る。
第二の壁を越え、「秩序」の縛りは消えていく。
第三の壁を越え、夢の銀河へあなたは落ちる。
思うように体を動かせない乱気流の中を、一つの鉄騎が支えた。
命の炎を極限にまで燃やし、最後の燃料はすでに空になりながら、蛍は明日に向かって羽ばたき続ける。
皆の力が一丸となり、ようやく開いた夢の孔にあなたたちは向かう。
『夢から覚めるのは怖くない』
鉄騎は最後の力を振り絞り、「開拓」の道を後押しする。
『だから、みんなの……あたしの……開拓の権利を取り戻して』
そう言い残し、一人の少女は静かに「死」を迎えた。
泡となって消えゆく彼女の思いを馳せながら、開拓者は最後の壇上へと昇る。
列車の仲間たちと共に舞台で対峙したのは最後の「秩序」——ディエス・ドミニ。
「俺たちが探している答えは そこにある」
これが正真正銘の最後の戦い。
あなたの——「開拓」の旅路のために、列車は神と対峙した。
いよいよクライマックス。