奇物:両面宿儺の指   作:二等辺大三角形

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皆さんの感想があったけぇ……もっと盛っていきたいと思います!


A jumping up to the moon and stars!

 

 崩壊した永遠の夢。

 昇華した神の肉体は土槌によって影を落とし、人々は夢から目を覚まし始めた。

 虚無の一閃、巡狩の咆哮、愉悦の笑い声、繁殖の意地、存護の倹約、壊滅の粉塵、記憶の救済、調和の旋律。

 そして……開拓の進行。

 思想も主義もすべてバラバラ。

 しかし今は世界を救うために同じ方へと歩み始めた。

 

 空から一人の少女の歌声が響きわたる。

 世界の端っこで、天の指揮者は音色を奏でようにも、失われた秩序の力はそう簡単に取り戻せはしなかった。

 

《これは……ロビンの……?》

 

 ディエス・ドミニとなったサンデーは自身の力が大幅に減少していくのに戸惑い、その原因の一端が自身の妹にあるとその歌声によって理解した。

 舞台の上には悠仁を除いた列車の全員が揃っている。

 全員が自身の得物を掲げ、開拓者は受け継いだ遺物の帽子を取り出す。

 

《秩序の夢から抜け出したというのですか……》

 

 朝日に照らされる盤上の上で、天人はこだまが群となる。

 「秩序」のコーラスは変わらずそのけたたましい音を鳴り響いかせているが、その勢いには影が見え始めていた。

 

「サンデー、俺たちの歌声を聞け!」

 

 「調和」の力のこもるコインが多段となってディエス・ドミニに降り注ぐ。

 聖歌隊の英霊たちは一つ一つに呪力が込められた金貨の雨霰によって次々と霧散していった。

 

 人々が選んだ自己救済の道。

 歌姫が眠りから醒めようとする人々の意志をつなぎ、増幅された調和の力は夢と現実の垣根を超えてゆく。

 支配から解かれ、一丸となり争うその力に「秩序」は次第に押されている。

 

《ハルモニア聖歌隊!》

 

 それでも「秩序」はそれを誤謬と見做し、根絶するために帝王は己の全身全霊をかけて戦いへ挑む。

 「調和」の音色は静まり返り、敬虔たる神々の声管楽が響いてゆく。

 残された力を振り絞り、屍で積まれた人形兵をこれでもかと彼は召喚した。

 オーク家107336の祈願者たちは今もなお神に抗おうとする。

 蝋燭の肉体を持った鎖の囚人、甘美の毒酒を味わう新たな主人、未来の声を呼び眠りへ誘う演奏者。

 三体の罪人たちは「秩序」の赴くままに行進を開始した。

 

「嘘!?まだ出てくるの!?ここまできたらもう勝ち確定イベントのはずでしょ!?」

「構えろ!くるぞ!」

 

 眠りを誘う音色とともに毒酒の沼地が紅絨毯をも溶かしながら、彼らの足元を蝕み始めた。

 迂闊に近づくことができないその最中で、ヴェルトが一歩前に足を出す。

 

「星が砕け散る様を見るがいい」

 

 いくつもの傀儡をも巻き込みながら、黒渦は毒酒を飲み干した。

 それに続くように氷の矢によって形成された足場は烏合の衆共の足を止め、氷の大地によって滑り落ちた人形たちの雪崩が起きた。

 その波の中を丹恒と穹は潜り抜けながら、聖歌隊を矢継ぎ早に攻撃していく。

 ドローンによるチェーンソーの追撃も繰り広げられ、泡のように呆気なく砕けてゆく人形たち。

 

 そんな最中で蝋燭の囚人は自らを縛り上げる鎖を網のように張り巡らせた。

 少しでも触れてしまえば、餌に釣られた魚のように呆気なく捉えられてしまうだろう。

 

「遅い!」

「ふん!」

 

 鎖の繋ぎ目を丁寧に切り裂き、それによって起きた楔の縫い目を穹は得物のバットで粉々に砕いてゆく。

 丹恒が道を開き、穹がその道を進み続ける。

 流星が流れ背中を後押しするように、姫子の天体爆撃が彼らの道を阻もうとしてくる人形たちが粉砕されていった。

 

《ヒトは生まれながらにして弱者……楽園を築けぬ限り、虐げられてきた人々に明日はない!》

 

 天の指揮者が頭上から音色の乗せられた衝撃波を奏でた。

 それは敵も味方も関係なく巻き込む、無差別攻撃。

 具現化された譜面がただ怒りのままに空へと叩きつけられてゆく。

 

「勝手に人を定義づけるな!」

 

 彼は確かに多くの悲劇を目の当たりにしたのだろう。

 救いたかった人がいた。救えなかった人がいた。

 そんな哀れな人々を助けることの何が傲慢だというのか。

 たとえ世界がそれを傲慢と呼ぶのならそれでも構わないのだ、青年にとっては。

 

《であれば……人の姿で「終論」を明らかにしましょう!》

 

 その考えはすべてが間違っているわけではない。

 この夢の世界に囚われた結果として、救われた者は確かにいるだろう。

 しかし夢の世界は時に残酷だ。

 喜びに満ち溢れた蠱毒の中で、理想の夢が仮初であると人々が気づいた時、その絶望は計り知れず、残されるのは囚人を収める凡庸な折檻。

 

 たとえ窮地に追い込まれ、己の進む道の先に絶望しかなかったとしても、歩みを止めなかった人がいたことを穹は知っている。

 星の、仲間の、友のために生涯をかけてレールを託してくれた者の軌跡を決して無にしてはならないのだ。

 

 歌が聞こえる。

 

 厳かな秩序の響音に、小鳥の羽ばたきが入り込む。

 「秩序」の支配によって押し込まれ、仕舞い込まれていたはずの旋律が楽章の中に刻まれた。

 

「これって……」

「ああ、ピノコニーの最初で最後の不協和音だ」

 

 自身が忘れ、捨て去ったモノは呪いのように廻り帰る。

 

《ロビン……》

——兄様に聞こえているのはみんなの心の声よ……ここは彼らの望む楽園じゃない。

《ですが、人々は依然として進むべき方向がわかっていません。ワタシは空に輝く唯一の星となり、彼らを導かなければ》

——その星が……永遠に孤独な闇夜だったとしても?

 

 銀河の果ての果てで、遥かなる地平の長音が汽笛を鳴らして空を駆けゆく。

 調和の音色は列車を型取り、運河を渡る滑車は星槎のレールが「開拓」の道行きを後押しする。

 もはや規則はここに成り立たず、ここに残されたのは最初で最後の兄妹喧嘩。

 

《万物が育ち、すべては巡っていく。その果てに至った時——人の世は、人の手に託されなければならないのです!》

 

 砕けた聖歌隊の残骸をすべて吸収し、演者たちは舞台袖から立ち去っていく。

 こだまが包み、神が謁見を始めた。

 安寧に不朽を。仮初の平和に光を。

 天人は永遠に来ない明日のために、胎へと至る。

 

《すべての想像は終わり、無疑の日に至る————哲学の胎児よ。万象を再構築するのです!》

 

 この地にもはや神はおず、楽園の創造主となるのは人の主のみ。

 指揮棒を振り下ろしていた支配者は、やがて瞼の開かぬ神の赤子となった。

 ディエス・ドミニの何倍も大きな体躯を持った聖なる調律師。

 宵闇を照らすヘイローはどこにも属さぬ新たな運命の礎を作り出そうとしていた。

 

「なにか仕掛けてくるつもりよ!どうにかして止めないと……」

「そうは言ってもさっきと違って矢も槍も全然利いてないよ!」

「どうやら新たな運命を作り出そうとしているようだ……」

 

 覆ることのない絶対的な宇宙の法則の書き換えは万物の攻撃を弾く。

 項垂れるように眠る神の子の後光が照らされた。

 流れる涙は黄金のように、与えられし運命から脱した彼は恩寵を授ける。

 

《アナタたちの楽園がより多くの人を救えるのなら、その手でワタシの進む道を断ってください》

 

 一日目、真実が授けられ……

 

《死した神よ、アナタに敬意を》

 

 二日目、暦法が構築され……

 

《完全になり得ない「秩序」を、ここにて断ち切る!》

 

 三日目、言語が与えられ……

 

《須臾に消え去る「記憶」をここにて断ち切る!》

 

 四日目、価値が齎され……

 

《苦難をもたらす「巡狩」を、ここにて断ち切る!》

 

 五日目、規則が成され……

 

《光なき「虚無」を、ここにて断ち切る!》

 

 六日目、意味が組み立てられ……

 

《不可能と知りながら進む「開拓」を、ここにて断ち切る!》

 

 七日目、尊厳が造られ、最初の行為がそこに納められた。

 完璧な楽章をもって顕現せし、新たな落とし子。

 空に描き出されるのは今はなき古の「秩序」の巨大な左腕。

 

 夢と現実の狭間——「(まじな)い」で胎児は神と交錯する。

 

《その肉体を以って、我が楽園の礎となりなさい》

 

 サンデーは天へと指を伸ばし旧き神から新しい生命としての命が吹き込まれていた。

 不気味なほどしんみりとした悲しい水滴の音が一つだけ鳴り、次に訪れたのは「静寂」。

 

「来るぞ!衝撃にそな——」

 

 その警告も虚しく、0.00001秒後に繰り出されたのは、世界そのものを書き換えるような衝撃波が放たれる。

 「死」も「生」もなく、それはある種の安らぎとも言える。

 だがその先に待ち受けているのは奈落に続く最悪の悪夢。

 防ぐことができなければ、明日を生きれる保証はない。

 

 残念なことにその絶対に喰らってはいけない攻撃に対処できる者は……この場には一人もいない。

 

 

 ()()()には。

 

「龍鱗 反発 番いの流星————解!」

 

 世界を断つ斬撃が世界を還る衝撃を真っ二つに分つ。

 そして二の矢、三の矢となって降り注ぐ刃の嵐が、残りの衝撃をすべて切り裂き無に返される。

 それらの斬撃には例外なく次元を断ち切る効果が含れ、融合しかけていたサンデーの夢と現実の境界を断ち切ったのだ。

 

「悠仁だ!」

 

 唯一、その攻撃が誰のものか分かった穹は目を子供のように爛々と輝かせる。

 振り向こうとも彼の姿はどこにもない。

 しかし、穹にはどこからともなく放たれたその斬撃が彼のものであるという確信があった。

 

「一体どこから……」

「そんなことは今はいいって!千載一遇のチャンスだよ!」

 

 そう、虎杖悠仁は変わらず第二の夢境——「繁殖」に染められたオーク家の歪んだ夢におり、この場所の近くにまでやってきて攻撃を行ったわけではない。

 それは本来ならば攻撃どころか、視線でさえも絶対に届かないような次元を超えた裏側の世界。

 しかし、彼の「御厨子」は確かにここで彼らを守った。

  

 虎杖悠仁は「閻魔天の掌印、呪詞の詠唱、手掌による指向性の設定。そして、ミームの肉体において"御厨子"を後に使用する際にはこれらの条件を満たさなければいけない」という縛りを以って、その世界を超えた超遠距離狙撃による次元の刃をここにまで届けた。

 

「畳み掛けるわよ!」

 

 列車の全員が自分に残された最後の力を極限にまで振り絞り、攻撃を再開する。

 先ほどまで不屈の肉体を誇っていた「哲学の胎児」であったが、もはやその身は多少頑丈なだけのハリボテに過ぎず、次第に列車による攻撃によって傷ついていく一方だ。

 

《ぐっ……!》

 

 有り余る自身の力の大半を削がれたサンデーにもはや防御できる手段は残されていない。

 しかし、たとえ惨めだろうと意地汚かろうと理想の楽園の創造のために彼は最後の抵抗を決して辞めはしなかった。

 黄金の両手を無意味であろと懸命に動かし続け、列車の一同を近づけさせまいと抗った。

 

「静止した世界に、幸福は永遠には訪れない」

「道を開拓することで、俺たちは時間を進ませ、それに意味を与えられる」

「美しき夢が終われば明日が来る。みんなが前に進んで、たくさんの物事に出会えるの」

「明日を迎えれば、みんなわかってくれるはずよ——世界は美しく、守るために戦う価値があると!」

「立ち止まった美しき夢じゃ、俺たちの願いは閉じ込められない——」

 

 一瞬のみのこう着状態……そこに、列車の汽笛が鳴り響く。

 「開拓」の主張は確かに聞き届けられた。

 ならばもう、この夢に留まっている理由はない!

 

「この旅がいつか群星に辿り着かんことを!」

 

 どこまでも続く地平を追い求める「開拓」の音色が列車の形となって、「哲学の胎児」たるサンデーの身を貫いた。

 

 胎児がその身を維持できず、ステージの上に倒れ込んだ。

 手をついた衝撃によって砂埃が舞うなか、彼は瞼を開けることのない仮面の(かんばせ)を上げる。

 まだ立ち上がるつもりなのか、と再び武器を構えるも、穹がそれを手で止めた。

 

《なぜ……生命体は眠るのか》

 

 それは純粋な問いかけ

 生者の生きる証であり、彼自身が探し求め続けた疑問の一つ。

 

「それは、いつの日か……夢から覚めるためだ!

《——————!》

 

 サンデーはもはやその巨大な体躯を維持することはできず、ステージが崩壊したことによって自然と足場から落ちていった。

 たった一人の青年は、いつまでも届かない欠けた満月に手を伸ばし続ける。

 しかし、どれほどの力があろうと本当に掴みたかったものを、彼は最後まで掴むことは叶わなかった。

 

「やはり……夜は短すぎる……」

 

 もはや憎らしいとも思えず、ただ淡々と口から文字が溢れ出る。

 ただただ落ちていっている状態なのすらも忘れ、遠い星々の輝きが視界に映っては消えていく。

 奈落の中で得られぬ理想を渇望し、目を閉ざし続ける彼の身に一つのぬくもりが添えられた。

 

 小鳥の羽毛のように柔らかく、そして温かい。

 その抱擁がたった一人の家族のものであると気づくのに、そう時間は掛からなかった。

 

「兄様……夢から、覚める時よ」

 

 離れ離れになっていた兄妹は昇り行く朝日の中で再開を果たし、風に乗って羽ばたく調和の旋律ファ宙を眺める二人を密かに祝福していった。

 

 こうして「秩序」との決戦は幕を下ろし、夢に囚われ続けていた人々が目を覚ます。

 崩壊した楽園の中で人々がどんな風に生きるのかはわからない。だが、少しは信じてみてもいいのではないだろうか。

 

 彼らにはあの星々を追い続けるための足があるのだから。

 


 

「ここ、は……」

 

 少年と少女はされるがままに宙から落ちる。

 明日の太陽に照らされ、運河をかける彗星が静かに消えてゆく星空をサンデーは眺めた。

 想起されたのは妹の歌声が響き、「調和」の力をもって人々が一丸となり己に立ち向かう光景。

 温もりを感じれば、ロビンは小さな寝息を立てて気を失っている様子だった。

 それも当然、夢の地に住む人々と繋がりながら夢から醒めるまで"調和"の旋律を歌い続けたのだから、体力が大幅に消耗してしまうのも無理はない。

 

「ああ、そうか。ワタシは敗れたのでしたね……」

 

 神に昇華し、人々が永遠に理想を夢見れる楽園を築き上げようとした画策は奇しくもあと一歩のところで全てが瓦解した。

 "開拓"の道を拓いていく力はこちらの想像以上であり、思わず賞賛の言葉をかけたくなるほどの気持ちのいい勝ちっぷりであった。

 

 敗因は一体なんなのか。

 無数の陣営をピノコニーに招いたこと?

 人々を一方的に弱者と見做し閉じ込めたこと?

 「秩序」に傾倒し、「調和」を捨てたこと?

 妹の覚悟を見誤ったこと?

 

 きっと全て正しい。

 だが、もはや何を思ったところで後の祭り。

 ただの独りよがりの自己中心的な盲人の望んだ世界は今ここで破られたのだ。

 

 ならば、すべて間違いだったのだろうか?

 人を救いたいと願ったことが、弱者を掬い上げることが間違いだったのか?

 

 いや……もうすべて終わった話だ。

 

 今の状態の自分に成せるのは彼女を抱えて、ただ無意味なままに落下することだけ。

 一体、どこまで落ちてゆくのだろうか。

 むしろこのままずっと奈落にでも落ち続けたい気分だが、ロビンのことを考えればそういうわけにもいかない。

 

 永遠に落ちゆく最中、一本の赤い紐状の糸が二人を優しく巻き上げた。

 

「これは……?」

 

 変色することのない純粋な赤……血だろうか。

 粘性をもったその糸は二人の身体を優しく掴み、割れ物を運ぶような手触りでゆっくりと近くのビルの屋上にまで運んで行った。

 そこは夢の世界を一望できるドリームボーダー。

 かつて一人の少年と少女が語り合った秘密基地でもあった。

 

 人の気配のしないその場所に唐突に下ろされたサンデーとロビン。

 サンデーは周りを警戒しながらも怪我をしないよう眠っている彼女を近くのベンチに置き、そっと離れた。

 

 先ほどの血の糸はスルスルと音を立てながらどこかへ戻っていく。

 それを追いかけていった先に待ち受けていたのは————

 

「アナタは……」

「よっ、お疲れ」

 

 他でもない虎杖悠仁の姿だった。

 血の糸を指先へと戻し、木製のベンチに座っていた彼はこちらを一瞥したあと、遠くで羽ばたくハーモニーピジョンに視線を送っていた。

 彼の手には2本のスラーダがあり、戸惑うサンデーに彼は笑いながらそのうちの一本を差し出す。

 

「とりあえず座れよ。疲れてるだろ?一本飲む?」

 

 先刻まで敵対関係であったはずの彼がなぜこのようなことをするのか、疑問に尽きないがそれ以外にすることもないため、彼は黙ってそのスラーダを受け取り、少し距離を置きながら隣に座った。

 プシュッと栓を抜いた気持ちのいい音がなり、炭酸の弾ける音がこぼれ出る。

 

「ぷは〜〜っ、やっぱうんまいね、これ」

「……お気に召したようであれば何よりです」

「心配しなくてもオレの奢りだから気にせず飲めって」

「いえ、気にしているのはそこではなく」

 

 一体、何が目的なのか。

 星穹列車を裏切った?いや、その可能性は間違いなくゼロだ。

 何せ理由もない上に、そのような行為を平然と行える人物でもなかったはず。

 

「何が……目的なのですか?」

「ん?」

「なぜワタシを助けるような行為を?これは列車にとっての違反行為では?」

「そんなルールみたいなもん列車(ウチ)にねぇって。俺が助けたかったから助けた、それだけだ」

 

 なぜ?

 悠仁とサンデーはたった一回だけ顔を合わせた程度の存在であり、親しい仲などと呼べる間柄では決してないはずだ。

 それにサンデーは列車の仲間を傷つけた。

 捕えてカンパニーやハウンド家に突き出すのならともかく、彼はそのようなことをする素振りも見せない。

 

「オマエの信念には共感できたし納得もできたからな。誰かを救いたい、助けたいって気持ちは間違いじゃない」

「しかし、アナタは星穹列車の一員として、ワタシを討ち倒した。……やはり、アナタの言う通り世界を救うのにたった一人のワタシのみの力では不可能だったのでしょうね」

「別にオマエじゃなくたってムリだろ。俺にだってできないし」

 

 横を向けば、悠仁は空になった瓶を見つめている。

 

「あの時俺がオマエに言ったことは半分本音だ。実際、俺の先生は一人で全部抱えて……いや俺たちが抱えさせたせいで、何もかも無茶苦茶になりかけたしな」

「であれば……もう一つは?」

「こっちは……まあ、俺の我儘みたいなもんだな。オマエがロビンを一人にしようとしたのが気に入らなかった。たったそれだけ」

 

 それはあまりにも身勝手で理不尽な理由。

 しかし、サンデーはどういうわけかその理由に怒ることも苛立ちを覚えるようなこともできなかった。

 

「たしかにサンデーが言った通り、ロビンは強い子だ。きっと夢の中で自分の兄がいなくなっても上手くやっていけるかもな。それにオマエが現実で取り残される覚悟も生半可なものじゃないってのはわかってる。でもな————一人は思ったより寂しいぞ」

「…………!」

「俺にも兄貴がいたからな」

 

 それ以上、彼は何も言わなかった。

 空瓶を持って立ち上がり、遠い遠い夜空を見上げる彼の瞳にはどこか虚しさのようなものが写っている。

 サンデーは悠仁がいったいどのような人生を送り、どのような苦難を乗り越えてきたのかは知らない。 

 だが、その言葉に嘘偽りがないのは「調律」を使わなくてもはっきり読み取れた。

 

「虎杖さん」

「ん?」

「生命体はなぜ眠るのか、アナタの意見をお聞かせ願えますでしょうか」

 

 サンデーはすでに列車との戦いで答えを得てはいたが、どうしても彼にも聞きたくなってしまった。

 神妙な顔つきをしていた彼の表情が少しだけくしゃっと歪む。

 

「えー……俺は穹とかホタルとは違って単純な答えしか出せねぇけど……それでもいいか?」

「構いません」

「生命体が眠る理由か……」

 

 どこか渋るような表情をした悠仁は地平線から顔をだす恒星の輝きを見つめる。

 ピジョンの影は輝く黄金の街へと消えていき、人々の行き交う喧騒が再び聞こえ始めていた。

 行き交う街の人々を眺めながら、悠仁は一つの答えを出す。

 

「生きるため、とかかな」

「……生きるため、ですか?」

「ああ。体を休めるだけじゃなくてさ。人間ってさ、嫌なこととか最悪な出来事があっても、ただ寝て、起きて、食っていくだけで案外何とかなるもんなんだよ」

「そう…………いうものなのでしょうか」

「さあな、少なくとも俺はそう思いたい。——ガキの頃、寝る前に雪が降り始めたときとか、ちょっとだけワクワクしたんだよ。起きたらどんなふうに降り積もるんだろうな、とか友達とどんな遊びをしようって楽しみだった。単純でバカな子供っぽい考えだろ?」

「いえ、そこまでは……」

「ハハっ。ま、俺の地元じゃ雪はそんな珍しくもない当たり前のもんだったしな。でも、そんな単純でちっちゃな当たり前を過ごせるようになるために、生命ってのは眠るんじゃないか?」

 

 それはある意味では生命体が眠ることに深い意味は存在しないということを意味しているのではないのだろうか。

 いや、それこそがある意味では正解になるのかもしれない。

 

「さて……覗き見とは随分いい趣味だ」

 

 悠仁は突然、サンデーのいるさらに後ろの方に視線を送った。

 先ほどまでの穏やかな雰囲気とはうって変わり、静かな警戒心を誰かに向けている。

 

「お話の途中のようだったから控えていたのだけど、どうやら誤解を生んでしまったようね」

 

 柱の影から出てきたのは、大きなブリムを持つ黒帽子がよく似合う蠱惑的な女性の姿があった。

 彼女の背後には複数のカンパニーの兵士の姿があり、どれも百戦錬磨の強者の雰囲気を醸し出している。

 

「誰だ?」

「スターピースカンパニー、戦略投資部のジェイドよ。どうぞ、以後お見知りおきを」

「彼女はアベンチュリンさんと同じ十の石心のうちの一人です」

 

 つまりそうやすやすと警戒心を解けるような人物ではないということだ。

 彼女はピノコニーで質屋も経営しており、その貸付屋としての手腕は他のどの石心よりも群を抜いて優れている。

 表と裏の顔を持つ慈善活動家、魂を質草にする悪徳商人などさまざまな噂も響いていた。

 

「で、わざわざそんなお偉いさんがコイツに何の用だよ」

「ファミリーがサンデーさんを指名手配犯としその身柄を押さえようと躍起になっている。全ハウンド家の人間が総出で夢の中を捜索し始めた。ここが見つかるのも時間の問題でしょうね」

「つまり、先に捕まえて手柄を横取りしようっていう魂胆ってことか」

 

 自然と、彼はサンデーの前に周り、庇うように静かに手のひらをこちらへ向けていた。

 瓶を持っていないもう片方の指がほんのわずかに動く。

 

「そう邪険になさらないで、虎杖さん。私たちにあなたの機嫌を損ねるつもりはない。ここに来たのは彼を保護するためであり、あなたの、ひいては星穹列車の不利益になる行為はしないと約束するわ」

「理由と目的は」

「ファミリーは今回の騒動を全てサンデーさんに押し付けた。もし今、彼らに捕えられてしまったら、サンデーさんは窮屈な鳥籠の中で一生を静かに終えることになるでしょうね」

「オマエらならそうならないって言える保証がどこにあんだよ」

「ならばカンパニーではなく私個人が保証しましょう。一時的にサンデーさんを私の保護下に置き、ほとぼりが冷めるのを待てばいい。そしてファミリーとの交渉が滞りなく済めば、彼を必ず解放すると琥珀の元に誓いましょう」

 

 ジェイドの本質は良くも悪くも商人であること。

 彼女は自身、そしてカンパニーにとって利益のある行動を確実に取る。

 これは人生の前借りであり、その返済は巡り巡って彼女たちへと帰るのだ。

 一体、どのような魂胆があるのかは知らないが、その翡翠の瞳には自身が思い描く理想のロードマップが敷かれているに違いない。

 

 サンデーは立ち上がり、悠仁の前に足を踏み出し、ジェイドの元へと向かう。

 

「サンデー」

「庇っていただきありがとうございます、虎杖さん。しかし…………ケジメはつけないといけませんから」

 

 悠仁はおそらく首を縦には振らないだろう。

 短い付き合いながらも、彼がいかに優良で芯の強い人間というのはこれでもかと理解した。

 

 しかし、もしここで彼が敵対するような行動をしてしまえば、列車がカンパニーやファミリーとの関係が悪化することにも繋がる危険がある。

 ファミリーはともかく、カンパニーは銀河中に名を轟かせる超巨大企業だ。

 宇宙を駆け巡る列車とはこの先も関係を持っていくことは必然であり、関係が悪くなれば彼らの旅路にも影響が及ぶかもしれない。

 

 もちろん、悠仁もそれを理解しているだろう。 

 それを加味してもなお、悠仁がカンパニーと敵対するような姿勢をとる可能性は十二分にあった。

 

 サンデーの行動の意図を感じ取った悠仁は頭をかきながら呆れたように深くため息をついた。

 

「はあ……まったく、とことんマジメだなオマエは。妹も苦労しそうだ」

「申し訳ありません。これは幼い頃からの性分なので」

「わかったわかった。……でも、全てが終わったら絶対ロビンに会いに行けよ」

「ええ、必ず」

「スムーズに話が進みそうで何よりだわ。虎杖さん、あなたの寛大な慈悲に感謝を」

 

 悠仁との実力差がわかっていないわけじゃないだろう。

 それでも臆することなく交渉の場につこうとするこの女性の姿勢にはもはや脱帽だ。

 どこか金にがめつい昔の知人が少し思い浮かぶ。

 

「ジェイド……だったか?一つだけ約束しろ」

「あら、それなら契約書でも持ってきたほうがいいからしら」

「いやそれはいいよ、俺そういうの得意じゃないし。俺がオマエらを信じてコイツを預けるんだ。————蝶よりも花よりも丁重に扱え。わかったな?」

 

 そこで列車の利益とも自身の利益とも関係のないことを口にするのはなんとも彼らしい。

 悠仁の利他的な条件にジェイドは少しだけ目を見開き小さく微笑んだ。

 

「…………ふふ」

「あれ、なんか変なこと言ったっけ?」

「いいえ、ただあなたという人間がどんな人なのか少し理解しただけよ。……十の石心として星穹列車のナナシビトに誓いましょう。対価に見合った働きは必ず果たすと」

 

 

 こうしてサンデーはジェイドによって無事保護される形となった。

 

 

 琥珀歴2158紀、紀元元年。燃え盛る陰謀が「夢の地」にて実行に移されたが、混乱と迷いの中で瞬く間に灰燼に帰した。

 太陽は落ち、楽園は崩れ、世界の主は変わり、一人の体は朽ち果てた。

 そして兄妹は長い別れを迎える。

 銀河は純粋なる夜明けを迎え、激しい嵐が形を成し始めた。「すべてを琥珀の王に捧げよ」という声はますます高まっているが、人々がどれだけ見つめようと、クリフォトに巨大なハンマーを振り下ろさせることができるのは、時間だけ。それは永遠に、止まることなく繰り返される。

 今回の星穹列車の物語はひとまず終わりを告げた。しかし、時間は前に進み続け、「開拓」の旅も新たな章の幕を開けようとしている……

 


 

「ふっふふふっふ〜ん」

 

 黄金の刻、眠りから目覚めた人々の群衆の中を愚者は軽快な足取りで駆けていく。

 星核ハンターとしての仕事を終えた彼女は次の面白いものを探しに夢の街へと繰り出した。

 

「んー?」

 

 そんな彼女の前に青色の炎を灯した蝋燭が現れる。

 群衆はその怪しげな焔には気付かないまま素通りし、花火だけがそれを視認していた。

 そしてその蒼い焔には見覚えがある。

 

 青火が成した影は一輪の花を咲かせ、人の形を形成し始めた。

 そうして愚者の前に現れたのは————

 

「ここにいたのか」

「あっれ〜?あれれれれ〜?てっきり花火はあの焼却人のお姉さんが来ると思ってたんだけど、まさか小指ちゃんが出てくるなんて思いもしなかったよ」

 

 あの永火官邸の子にしてメモキーパーの裏切り者でもあり「秩序」の手先の肩書きも持った女——コンスタンスことダリアではなく、虎杖悠仁の姿だった。

 

「それで?今更、花火に何の用なの?この前の借りはしっかりと返したと思うんだけどな」

「心配しなくても出会い頭で首チョンパなんかしないっての。今回は頼み事をしにきた」

「へぇ、わざわざ『仮面の愚者』にお願いをするなんて、いよいよおかしくなっちゃった?」

「星核ハンターのは聞いてたろ」

「あの子は同業者みたいなものだからノーカンノーカン!それで?小指ちゃんは一体どんなお願いで花火を愉しませてくれるの?」

 

 悠仁はその花火の疑問に対し、なんてこともなさそうに平然と答える。

 

「——ああ、脚本をぶち壊す」

 

 それはいまだに誰も行ったことのない未業。

 なんてこともなさそうに言い放つ彼を前に花火はわかりやすく驚き固まり、そしてすぐさま三日月のような笑みを浮かべた。

 

「さいっっっこうに"愉悦"だよ、小指ちゃん!!」

 

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